姉、来る
短め。
時を同じくして、瑞穂の一角より、一本のロケットが射出された。
非常に大型の物であり、打ち出す向きを変えれば、地球の重力さえ振り切って宇宙にまで飛び出したであろう程の大出力を吐き出していた。
大型弾丸輸送機《桜花》。
何処かの馬鹿が考案し、設計時点で欠陥品だと分かっているにも関わらず、つい製造してしまった作品である。
それは太平洋を横切り、北米大陸へと一直線に向かって飛翔していく。
そのロケットの機首部分に、何故か人影があった。
音速突破の風圧にも衝撃波にも負けず、仁王立ちで古びた巻物を広げながら、長い黄金の髪をたなびかせていた。
『…………とても今更な質問を良いだろうか?』
「なぁに、久遠?」
美雲である。
彼女は、巻物から視線を外さぬまま、耳にはめた小さな通信機からの声に応答した。
『何故、外にいるのだ?』
「あら、せっかくの空の旅なのよ?
綺麗な景色を楽しまないと損じゃないかしら?」
『……その割には、周囲を見ていないようだが』
「ちゃんと見ているわよ、目の端で」
適当な事を言っている。
実際は、あまり見ていない。
巻物の内容に集中している。
『中で読めば良いものを……』
ちゃんと桜花の中に入って、風圧と衝撃から身を守っている久遠は、呆れたように呟く。
それに対して、美雲はとても不思議そうに言い返す。
「何を言っているの?
せっかくの姉妹喧嘩なのよ?
見映えで負けたらシャクじゃないの」
『その思考回路がよく分からん。
到着前に外に出るのでは駄目なのか、と、私は愚考する』
「まさに愚考ね。
いつどこで見られるか分からないんだから、気を抜いちゃ駄目よ。
お洒落の基本にして秘訣は、我慢強さなんだから」
言って、彼女は久遠も外に誘う。
「あなたもこっちに来なさいな。
瑞穂の女たるもの、ロケットの上で仁王立ち出来るくらいでないといけないわ」
『そんな常識は何処にもないし、そんな事が出来るのはお前くらいだぞ』
魔力全開で身体強化していれば、やって出来なくはないだろうが、そんな事をしていれば到着前に疲労困憊で力尽きてしまう。
自前の肉体だけで、そんな気違い染みた芸当が出来る雷裂の一族がおかしいのだ。
『ところで、話は変わるのだが、お前はさっきから何を読んでいるのだ?
この時代に紙媒体自体が珍しいというのに、更には巻物な上にやけに古びているが』
美雲が真剣に目を通しているものに興味を持った久遠が訊ねる。
それに、彼女は特に隠す事でもないとあっさりと答えた。
「ああ、うちの体術秘伝書よ。
せっかく美影ちゃんと喧嘩するんだもの。
ちゃんと予習しておかないと」
『…………』
とても悩ましげな雰囲気が、通信機越しに流れた。
成程。
敵を知り、己を知れば、百戦危うからず、という言葉もある。
相手の戦闘手段を代表として、情報はいくらあっても良いものだろう。
とはいえ、すぐ目の前に迫った激突の予習を、今からやるものだろうか。
しかも、文字の上にある情報だけで。
何を言ったものか迷った久遠は、口を開いては閉じてを繰り返し、やがて絞り出すように問いかける。
『……読んだこと、無かったのか?』
「興味がなかったから」
実家の秘伝くらい、一通りは読むものだと、久遠の常識は言う。
彼女も美雲も、両者ともに次期当主なのだから、実用的かどうかはさておいて、目は通しておくものだと思っていたが、どうやら雷裂の家は違うらしい。
「近くで殴り合うのって、私の趣味じゃないのよねぇ~。
手の届かない所から、一方的にパキュンする方が、よっぽど気持ちいいわ」
『趣味が悪いと言うべきか、合理的と言うべきか、安全重視と言うべきか、非常に迷う発言だな』
確かに、その通りだ。
確かに、正しい。
相手がどうにも出来ない位置から、こちらは一方的に打ちのめす。
戦いの基本であり、極意でもある。
とはいえ、もう少し言い方というものを考えて貰いたい。
あまりにも直接的過ぎて、まるで卑怯極まりない外道の所業のように聞こえてしまう。
『しかし、それにしても対戦前夜に読むものではないな。
一夜漬けか。
身に付かんぞ、それは』
まるで優等生のような口うるさい事を言う久遠。
確かに彼女は優等生だが。
それに対して、美雲は悪びれた様子もなく返した。
「身に付ける気なんてないもの。
それに、私、才能がない訳ではないのよ?」
美影の存在が光を放ちすぎて埋もれているだけで、美雲は決して無才ではない。
雷裂としては、〝普通〟程度の才能はある。
つまり、彼女はやれば出来る子なのだ。
今まで、まるで興味を持ってなくてやらなかっただけで。
秘伝書を読む程度で技術を習得できるのか?
答えは、付け焼き刃程度なら容易く、である。
『……なんと、もはや。
真面目に努力する気が失せる話だな』
「だったら、真面目じゃない努力でもしてみる?
うちの商品に、サイボーグ化パッケージとか、遺伝子強化パッケージとか、そんなのがあったと思うけど」
脳まで電脳化する百%改造コースや、明日から巨大怪獣化変身コースなど、実に多彩なラインナップを取り揃えてある。
ちなみに、整形レベルのちょっとした改造ならともかく、全身まるごとスペシャルコースは今のところ販売実績が0という悲しい現実があったり。
非合法だから仕方ない部分もあるが。
この辺りで、ちょっとビフォーアフターの実例モデルが欲しい所だ。
実例と運用実績があれば、きっと世界中の非合法で命の値段が安い方々から注文が殺到する事だろう。
あとは、その顧客情報を適当な政府機関に売り渡せば、更に稼げる事間違いなしである。
そんな美雲の内心を読んだのか、久遠ははっきりと言う。
『いや、人間を止めたいとは言っていないぞ。
勘違いしてはいけない』
「駄目かしら?」
『駄目』
「……そう、残念ね」
油断していると、気を利かせて(?)勝手に改造されかねないので、久遠はしっかりと釘を刺しておく。
「ところで、話は変わるんだけど、あなた、何しに行くの?」
美雲は、妹と喧嘩をしに行くのだが、久遠には付いてくる理由はないように思える。
確かに、彼女の妹も何やら美影に付き合っているようだが、久遠はそれを容認しているようだから。
『……うん、まぁ、なんだ。
雷裂の喧嘩など中々見れないものだからな。
友人の心配をしているという体で、見物でもしていようかと』
「……ただの姉妹喧嘩よ?
見ていて楽しいものじゃないと思うけど」
『そうさ。ただの、さ。
だけど、お前たちは雷裂だからな。
見るだけの価値はあるんだよ。
武人なら、きっと誰もがそう思うだろうさ』
「そんなものかしら?」
『そんなものさ。
……まぁ、あと、ついでに一応形だけでも永久を連れ戻そうとしてみようかと、そう思ってな。
駄目なら駄目で構わないのだが。
会えるとも限らないしな』
「……本当に放っておくつもりなのねぇ」
自分と全く逆の対応をするつもりの友人に、呆れたような、羨むような、複雑な心境を籠った呟きを返した。
そうこうしている間にも、雲の切れ間から地上が見えた。
一面の大海洋が終わり、大地の色がどんどんと近付いている。
北米大陸に入る。
「……もうすぐよ。
首を洗って待っていなさい、美影ちゃん」
美雲は、愉悦を含んだ笑みで、呟いた。
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後に、当時のアメリカ大統領、スティーヴン・クールソンは、苦い顔で語る。
カンザキは何処まで行ってもカンザキだった、と。
どんなに良い子に擬態していようと、決して油断するべきではなかった、と。
いっその事、あの時、両方まとめて爆殺してしまうべきだった、と。
莫大予算を費やした研究都市がまるごと一個、跡形もなく消し飛んだ、ごく普通の姉妹喧嘩。
人智を越えたたった二人の女の子の激突が、すぐそこに迫っていた。
どこら辺が欠陥品なのかは、名前の時点で察せる事かな。
まぁ、一応秘密という事で、気付いても言っちゃ駄目ですからね。
最近、寒いですね。
おかげで、布団の中から這い出すのも億劫に。
その影響で、書く速度も低下中。
なので、明日の更新はないかもしれない。
なかったら、くたばったんだな、と舌打ちして下さい。