凶血
ウルトラ短い。
いつもの三分の一くらいしか。
何かと抱き合わせようかと思ったけど、単体の方が良いかもと思い、そんな感じで。
何処に入れようか迷いつつ、まぁ、激突前夜な今にしました。
もしかしたら、並べ替えるかもしれません。
元々、彼らには確固たる名前はなかった。
彼ら自身、そんな些末な事に興味を持っていなかった。
彼らにあったのは、克己心ぐらいなものだ。
より高く、より強く、物は試しだ、行けるところまで行ってみよう。
そんな、ある意味でごく普通の感情だけを持っていたのだ。
問題は、彼らがそれしか持っていなかった事だが。
彼らの発祥は、遥かな古代にまで遡るらしい。
人間が、文明だの社会だの、そうした物を形成し始めるよりも過去に、祖があるという話だ。
始まりは、やはり珍しくもない小さな感情である。
死にたくない。
喰われたくない。
ただそれだけ。
生物ならば、誰もが持つであろうそんな想いだったそうな。
始祖たる彼は、散々に悩んで悩んで悩み抜いて、単純な結論へと達した。
そうだ、強くなれば良いんだ、と。
それが、彼らの発祥だという話だ。
嘘か真か、確認のしようもないが。
それから、彼は研鑽を始めた。
より強くある為に、誰にも喰い殺されない為に。
原始的な鍛練に始まり。
武芸の元祖のような物を編み出し。
そして、より強い番を得て、更に強い血族を産み出そうと、本能的で、しかしそうであるが故に的確な遺伝子操作まで、彼は行ったという。
彼から始まった強者への渇望は、世代を越えて脈々と受け継がれていった。
人間が、野生から文明を作り出し、道具や知恵を磨いていく中で、彼らはそれでも時代に取り残されるように、野生の強さを、生身の研鑽を続けていった。
あまりにも、馬鹿馬鹿しい試みである。
進化しようとして進化できれば、どんな生物だって苦労しない。
しかし、何処かで途切れてしまう筈だった血のバトンは、些細な心変わりで途絶えてしまう筈だった進化への志は、歴史の裏側で連綿と紡がれ続けてきた。
そして、いつしか、それは結実した。してしまった。
何百、何千、何万という世代交代の果てに、彼らの血脈は、進化を始めた。
肉が、骨が、爪が、牙が、人体を構成するあらゆる器官が、人類の枠組みを越えて、止まらなくなった。
人間が文明の利器を得る事で失ってしまった、野生の武器。
それを受け継ぐのみならず、更に鋭く強く研ぎ澄ませてしまったのである。
超人。
まさにそう呼ぶに相応しい、人間の姿をした怪物の誕生である。
そこまで辿り着くと、彼らの中にふとした疑問が湧いてくる。
果たして、己は本当に強いのか?
という、根元的な疑問だ。
だから、彼らは試す事にしたのだ。
自分たちが得た武器は、強き者に通用するのかを。
それが、人類文明にとって悪夢が到来した瞬間であった。
彼らは、自らの力の証明の為に、時代時代の支配者たちに挑みかかり始めてしまった。
何かを得たい訳ではない。
何らかの恨みがある訳でもない。
ただ、強そうに君臨してるから、挑戦してみたと、本当にそれだけである。
東奔西走。
地球上の何処にでも、ふらりと現れては、持てる全力でもって支配者を叩き壊していく怪物たち。
彼らは、鬼と呼ばれ、悪魔と呼ばれ、時として神とさえも、呼ばれた。
そう、破壊と混乱ばかりをもたらす彼らだが、一方で彼らの行いに救われる者たちも、確かに存在していたのだ。
時代の支配者に虐げられ、搾取されるだけだった弱き者たちである。
そんな弱者にとって、悪逆たる支配者を滅ぼす彼らは、まさに救いの神であった。
彼らには、そんな意図はないにせよ、である。
弱者の味方? 否。
正義の味方? 断じて、否。
彼らは、あくまでも強者の敵であっただけだ。
だから、階級が入れ替わり、弱者が新たな天に上り詰めれば、やはり彼らは新しい強者へと襲いかかるのだ。
自らが得た強さを確かめる為だけに。
人類の災禍。
強き者の天敵。
狂いし血族。
天を犯す邪悪。
理不尽を踏み潰す理不尽。
時代の節目に現れては、好き勝手に変革をもたらす彼らは、世界各地で悪し様に語られ、同時にこれ以上なく怖れられてきた。
同時に、信仰と崇拝を集めてきた。
極東のとある土地において、そんな彼らは神を引き裂く者、〝神裂〟とそう呼ばれてきた。
そして、今、その末裔がとてもありふれた、同時にとんでもなくはた迷惑な姉妹喧嘩を始めようとしていたのだった。
そういう訳で、廃棄領域に適応しちゃったり、なんかおかしな能力をナチュラルに持っていたりする訳です、あの姉妹は。