B級映画
酔っぱらった勢いで書いたもの故、あんまり期待せんといて。
「見た目! 復活!」
「……死になさい」
サメの頭に生えた人型だったが、生やしたと同時にクリスティアに頭部を粉砕されてしまった。
しかし、そんな物は飾りである。
永久に一切のダメージはない。
なので、細胞を増殖させて即座に元通りの形へと復元させていた。
それを見たクリスティアは、極寒の視線で再度の激流を放つが、
「二度も当たる私ではありません!」
左右のジェットを繰り返し、巨体とは思えぬ俊敏性で躱していく。
同時に、頭上の人型部分がガクガクと揺れる。
ゼロ・マックス・ゼロの急加速及び急制動は、相当な筋力とその瞬間的な操作能力を要求されるのだ。
急ごしらえの人形では、それだけの能力を発揮できなかったのだ。
見た目、自分とうり二つの身体が前後左右に揺れ動いている様は、クリスティアの神経を逆撫でするに充分過ぎる無様な有様だった。
「生きては返しません」
青筋付きの宣言に、永久は素で応じる。
「最初からそのつもりじゃありませんか、ヤダー!」
バシャバシャと水面を叩いて喚く姿は、どうにも人間臭い。
天然の生物とはとても思えない動きである。
どうでも良い事だが。
たとえ人間並みの知能や文明度を持っていようとも、ここまでコケにされて、無事に生かして帰すなどという穏当な性格を、クリスティアはしていない。
魔王級水属性派生魔術|《絶対零度の地平線》。
凍結は、水属性魔術の応用だ。
生まれながらにして凍結能力に対して異常な適性を誇るリネットには及ばないまでも、クリスティアとて水属性の魔王の一人だ。
やって出来ない事はない。
彼女を中心にして純白の大地が広がっていく。
「きゃっ!? こ、これはやばいですよ!?」
完全凍結しようとも、死にはしない。
無駄に生命力に溢れているショゴスの身は、それではどうにもならない。
しかし、行動不能にはなってしまう。
未来に向かって永久保存されてしまうと、大変に困る。
まだ準備が出来ていないのだ。
このままでは、本当に研究所送りになりかねない。
なので、永久は巻き込まれる前に飛び跳ねて、海中から全身を抜け出させる。
大きく口を開いた彼女は、並ぶ乱杭歯をクリスティアに向けた。
「喰らいなさい!
魚類闘争術、散弾乱杭歯!」
「本当に魚ですか、あなたは」
無数の歯列が発射され、その鋭い先端がクリスティアを襲う。
呆れるばかりである。
彼女が知っている魚の能力から、何処までも逸脱している能力だ。
これが命属性の術師ならば、まだ分からなくもない。
ロシア神聖国のヴラドレンや、ヨーロッパ諸国連合のエメリーヌを見ていれば、命属性術者の異常性は特に理解できる。
しかし、これは天然の生物なのだ。
廃棄領域産である事を天然と言えるかどうかは分からないが、少なくとも何らかの超常の力が加わった生命体ではない。
その筈なのだが、ここまでの力を発揮している。
どう考えても、異常の一言だ。
廃棄領域内でも、ここまでのヘンテコ生物はいなかったと思う。
はっきりとは断言できない意味不明さが、あの土地にはあるが。
クリスティアは分厚い水障壁を生み出し、射出された乱杭歯を受け止める。
比較的薄めの端部では、乱杭歯が障壁を貫いているが、クリスティアに向かう物はしっかりと防ぎきっている。
彼女が、くるりと手を回すと、水障壁が分解され、無数の水流となる。
「ノ、ノォォォォォォッ!?」
ハイドロジェットは、口から取り込む海水をエラから高速で排出する事で加速力を得る技だ。
その特性上、空中にある身では使えない。
結果、水流の槍が永久の巨体を串刺しにしていく事になった。
「ちっ、全く手応えがありませんね!」
命まで届いている感触がない。
魔王として数々の戦いを演じ、数多の命を屠ってきた経験が、まだ目の前の怪生物が終わっていないと断言していた。
「魚類回避術、ウナギの心得!」
ニュルリ、と串刺しにしていた無数の槍水から逃れる巨大サメ。
体表面には、ヌメル体液が吐き出されており、まるで本当にウナギのようである。
それらが追撃の水流を受け流していく。
「それはサメのやる事ではないでしょうに」
苦い顔つきでクリスティアは愚痴を吐き出した。
「……なんだか、妙な気配が混じっておりますね」
眼下の海中に、多数の不思議な気配があった。
それらは、彼女が持ち上げている水流を辿って、こちらへと向かってきているようである。
「今です! 喰らいなさい!
魚類闘争術、コバンザメミサイル!」
槍水に貫かれた際に、千切り取れてしまった永久の肉片。
それらは、別に死んではいない。
基本的に、焼き払われない限りショゴスは死なないのだ。
肉片を遠隔操作して小さめのサメに変形させて、それらを水流に乗せて突撃させていたのである。
「……鬱陶しいですね」
小さめ、と言っても人間程度の大きさはあるサメが、無数に水流の中から飛び出してくる。
それらを埃を払うようにビンタで叩き落しながら、クリスティアは次なる一手を打つ。
海面から、水蒸気が立ち上る。
「うあっつぁぁぁぁぁぁッッ!!」
永久が悲鳴を上げた。
本気の悲鳴だ。
それもそうだ。
海水が沸騰しているのだ。
熱系統の攻撃は、弱点ど真ん中である。
水に対してのみ、という制限はあるものの、水属性を極めていくと熱量を操作する技術を身に付ける事が出来るのだ。
凍結が出来るのだから、その逆も出来る筈ではないか、という発想である。
火属性ではない、という事で油断していた所での炎熱攻撃に、永久の肉体は大いにダメージを受けていた。
体表面が蕩け、全身の造形が崩れ出している。
「? 効きましたね」
今までにない悲鳴とダメージに、意外そうにクリスティアは呟く。
殺到していたコバンザメを水煮にしてやる程度のつもりだったのだが、まさかの有効打に目を瞬かせた。
「…………まぁ、良いです。
有効ならそうしましょうか」
先の影響で、氷山の浮かぶ極圏並みの光景となっている周辺海域を、一気に沸騰させていく。
瞬く間に氷山が溶けていく。
ついでに、巨大サメがのたうっている。
「うあちゃちゃちゃちゃ!
溶ける! 溶けてしまいます!
アイスのように!」
「ほほぅ、文明度が高いですね。
アイスも知っているとは思いませんでした」
もしかしたら、何処かの廃棄領域では原住民たちによる新文明が築かれているのかもしれない。
(……廃棄領域の調査を進言しておくべきかもしれませんね)
超進化した生命体たちが、群を為して進軍してくれば、脅威と言わざるを得ない。
下手をすれば、異界からの侵攻よりもよほど危険だ。
ただでさえ、魔王と言えども油断ならざる能力を有した生命体だというのに、それだけに留まらず知恵まで携えているのだ。
これが脅威と言わずして、何を脅威と言うのか。
クリスティアは、もはや完全に油断している。
弱点を見つけ、そこへの攻撃手段を持っている彼女にとって、既に巨大サメは脅威ではない。
故に、今後の事を悠長に考えている有様だ。
その隙を突いて、永久は上空へと飛び上がった。
「隙あり――――――ッ!」
巨大な咢を大きく開いて、重力に任せて頭から食らい付こうとする巨大サメ。
一㎞にも及ぶ巨体が落ちてくる様は、まさに天が落ちてきていると言わんばかりの圧巻さである。
通常の神経をしていれば、あまりの事態に思考停止してしまい、ろくに対応する事も出来ないだろう。
だが、クリスティアは魔王である。
この程度の事を、危険視するような軟な経験を積んできてはいない。
「異な事を」
彼女は頭の上で両手を合わせる。
指先から魔力が溢れ、それが水流となって形を造り上げる。
それは、刃であった。
薄く、速く、鋭く、そして何処までも長く、研ぎ上げられた水の刃だ。
「これは隙ではありません」
彼女は、焦る事なく、その刃を振り下ろした。
ゆっくりという表現に分類されるであろう腕の動きだが、あまりの長大さに、末端速度は軽く音速を突破していた。
大気を爆ぜさせる衝撃波を撒き散らしながら、水刃がサメを真正面から捉える。
「余裕というのです。
覚えておきなさい、サカナが」
「ぎゃぁ――――ッッ!!」
頭から真っ二つにされ、綺麗に二枚に下ろされた永久は、わざとらしい程の悲鳴を上げながらクリスティアを素通りし、海中へと没した。
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派手な戦闘海域から、遠く離れた水中に、小さなサメが泳いでいた。
メダカサイズのそれは、背後から伝わる振動に揺さぶられながら、優雅に必死に泳いで距離を取っている。
「魔王と正面切って戦うなど、正気の沙汰ではありませんよ。
あー、くわばらくわばら。
やっていられません」
永久である。
大きい方が本体である、という必要性は全くない。
ショゴスは全身の細胞が本体であり、脳細胞のような物だ。
どの破片が本体か、など、動かす本人の意識次第である。
槍水に貫かれて破片がばら撒かれた際に、幾つかの断片を水域から離脱させるように動かしていたのだ。
バレてしまった時はバレてしまった時だ、とアバウトに考えつつの行動だったが、しっかりとクリスティアの目を欺く事が出来た。
水煮にされた時は若干焦ったが、その結果として油断を誘い出す事ができ、彼女の集中力を削ぐ事ができたのだから、結果オーライという物である。
「これはもう、美影様に色々と貸しですよ。
しっかりと返済して貰わねば、割に合いませんよ、全く」
ぶちぶちと愚痴を言いながら、彼女は人知れず北米大陸を目指す。
どうやって先行組と合流しようか、なんて致命的な事を考えつつ。
二話前のタイトルを変更しました。
内容は変わっていないので、覚えていないという方以外は読み返さなくても良いと思います。