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本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
四章:《救世主》消失編
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最速の間合い

「おーおー、クリスの嬢ちゃんは派手だねぇ」


《ゾディアック》の一人、《牡牛座》のランディは、久々の休日をプライベートビーチでハーレムの女性たちとのバカンスに当てていた。


《六天魔軍》がそうであるように、《ゾディアック》も高給取りなのである。

 とはいえ、莫大なそれを使いきれるのかというと、はっきり言って否である。

 世界中の大半の魔王たちは、使い道が思い浮かばずに死蔵してしまうか、捨て銭として適当に投資したり寄付したりしている。

 ごく稀に、それでも身を持ち崩してしまう猛者もいたりするが、それは希少例である。


 ランディもまた、使い道が思い浮かばず、特に意味もなくプライベートビーチを買ったり、豪邸を建てたり、ハーレムを築いたりしている。

 それでも貯金額は増えていく一方だが。


 彼は、夏の日差しの下で肌を焦がしながら、携帯を義務付けられている情報端末に流れてきた速報を流し読みし、目の前に広がる海の向こうを思う。


「B級映画は、娯楽として楽しむもんであって、体験するもんじゃないと思わねぇか?」

「なぁに? 映画評論でもしたいの?」


 寝そべるランディにビキニ姿で添い寝しているハーレムメンバーの一人に言うと、怪訝な声が返ってきた。


 スタイルの良い美女である。

 何かのミスコンで優勝した事もある女性であり、分かりやすくランディの金目当てでハーレム入りしている人物だ。


 ランディは、それでも良いと割り切っている。

 どうせ余らせていても経済的には不健康なのだから、使いたいという奴がいるなら使いきってみせろと投げ渡している。


 尤も、自分が稼いだ金銭である事は確かなので、自分に見返りを渡せる者に限るが。

 ハーレムメンバーの場合は、それが美貌と身体であったというだけだ。


 メンバーは、大抵が金やら名声やらが目当てである。

 もしかしたら、本当にランディの事を愛している女性もいるかもしれないが、彼自身にその区別が付かないから一纏めにしているが。


(……そう思わねぇと、恋愛とか楽しめねぇもんな)


 持てる者の宿命といえる。

 そうやって割り切っていないと、まともに人付き合いなど出来ない。


「いやな、この先で《水瓶座》の嬢ちゃんがヘンテコなサメと戦っているんだと」

「あら、怖いわね。大丈夫なのかしら?」


 ちっとも心配していない風に、女性は訊き返した。


 自分の男は、ヒーローなのだと知っている。

 勝敗などはともかくとして、自分が危険の最前線に立つのだと、そう行動する事を知っている。


 だから、少なくとも彼よりも先に自分が死ぬ事はない。

 絶対ではないそれを確信できる程度には、信頼しているのだ。


 愛してはいないけども。


「大丈夫だろうよ。

 変なサメみてぇだが、別に苦戦してる訳じゃねぇみてぇだしな」


 速報では、やたらと生命力が強くて中々死なない事に苦慮しているようだが、それだけだ。

 戦況は常に優勢に進められているようだし、援護を求める信号も出ていない。


 ならば、任せていれば良い。

 でしゃばって戦場を混乱させるべきではないのだ。


 それに、こちらは休暇中なのだし。


「そう。なら、安心ね」

「おうよ。

 そんなつまんねぇ事よりもよ、もっと楽しい事をしようぜ?」

「あんっ……。もう、仕方ないわね」


 ランディは、添い寝する女性をより近くに抱き寄せ、その柔らかな肌を堪能し始める。


 女性は、それに抵抗を示さない。

 彼の欲を受け止める事、それが唯一にして絶対の契約なのだから。


 そうして、真昼の太陽の下で男女の交わりを始めようとした瞬間、ランディの耳が異音を捉えた。


 ざばっ、と水から上がってくる音だ。


 ビーチなのだから、そういう音が鳴る事自体は違和感もクソもないのだが、問題はここがプライベートビーチであり、他のメンバーで泳いでいた者が誰もいないという事だ。


 何処かから、知らずに迷いこんだ一般人だろうか、と思いつつ、彼はその音の正体を確かめる。

 お楽しみを邪魔されたのだから、少しくらいは脅かしてやろう、とも思いながら。


「…………Oh」


 水を滴らせながら砂浜に上がってきた人物を見た瞬間、ランディは天を仰いだ。

 見なかった事にして、何処かに消えるまで息を潜めていようか、なんて悪魔の囁きが彼の脳裏を過っていた。


(……それが一番な気もするがな)


 とはいえ、そうもいかないだろう。

 理由は色々とあるが、もしも見逃した事が上司にバレたら後が怖過ぎる。


 なので、深い深い諦めの吐息を吐き出して、彼はビーチチェアから起き上がる。


「……家ん中に入ってな。

 絶対に出てくんじゃねぇぞ?」

「……分かった。皆にも言っておく」

「良い子だ」


 声を潜めながら女性に告げる。

 彼の大真面目な表情に、詳細は分からないまでも事態の深刻さを察した彼女は、足早に家の中へと引っ込む。

 そこは、散財する為にシェルター構造で造られており、下手に逃げるよりも閉じ籠っていた方が安全なのである。


 足手まといがいなくなった所で、ランディは意を決して上陸した不審者へと近付いていく。


 それは、小柄な少女である。

 黒い髪を肩口で切り落とした短髪をしており、肌はキメが細かく、下手な白人種よりも白く手入れされている。

 女性的な凹凸は少ないものの、引き締まった四肢が見えており、女豹のようなしなやかな美しさが見て取れた。

 見慣れた、ある意味で悪名高き制服を着用しておらず、活動的な印象を受ける私服を身に着けている。


 頭の上には、不思議な色合いの毛並みを持つデブ猫を乗せており、実に特徴的な姿をしていた。


 雷裂美影。

 極東、瑞穂統一国の魔王であり、現在は懸賞金付きで指名手配されている罪人だ。


 他国の事ゆえに、あまり詳しい事情は分からないが、直接の面識があるランディとしては、違和感を覚える話である。

 とはいえ、正式なルートでの要請である事も確かだ。

 立場上、見なかった事にできないのが、本当に辛い。


(……さっさとどっか行ってくれねぇかな)


 声をかける前にいなくなれば、こんな人物を見かけたが、確認する前にいなくなったので確証はありません、という曖昧な報告一つで誤魔化す事が出来る。

 そうならないかな、という内心の願いは虚しく、ゆっくりと牛歩戦法で近付いていたというのに、普通に声が届く距離にまでやってきてしまった。


 彼女は今、海水で張り付いていた衣服が煩わしかったらしく、堂々と脱ぎ捨てて水分を絞り出していた。


 眩しい位の綺麗な肌が晒されているが、ランディはピクリともしない。

 彼にロリの趣味はないのだ。

 せめて、外見年齢があと十は上でないと、食指は動かない。


「なー、あのよー……」

「あん?」


 控えめに声をかければ、不審げに美影は振り返った。

 その目に見つめられた瞬間、正直な所、ランディは逃げ出したくなった。


(……超怖ぇ~)


 何処までも落ちていきそうな、奈落の如き瞳。

 完全にタガが外れていると一発で看破した。

 元から彼女は雷裂の直系だ。

 倫理観やら道徳観に疎い一族であり、その片鱗は常に見え隠れしていたが、今の彼女はそれらを完全にぶっちぎっている。


 今ならば、美影は何でもするだろう。

 何を目的としているのか知らないが、目的を達するまで走り続けるだろうし、その邪魔となるものは、それが如何なるものであろうと徹底排除に動く筈だ。


 雷裂とは、そういうものなのだから。


「……あれ? タウロスじゃん。

 何でいんの?」


 割と普通の声音で美影は言葉を紡いでいた。


 少なくとも、目に付くもの全てをぶっ壊す、という破壊神が如き精神状態ではないらしい。

 その事に安堵しつつ、ランディは何処か困ったように言う。


「そりゃ、いるだろうよ。

 ここ、俺のプライベートビーチだぜ?

 むしろ、お前が不法侵入側だからな?」

「……ふぅん。そっか。

 バカンス中に邪魔したね」


 興味なさげである。

 危機感らしきものも感じられない。


 もしかしたら、自分が指名手配されている事を知らないのでは、なんて事も考えてしまう程だ。


 しかし、いきなり藪を突いて蛇どころか破壊神を呼び覚ますほどの度胸を、彼は持っていない。

 なので、別の切り口から話題を広げる。


「ところで、お嬢ちゃんは羞恥心とか持たない派か?

 一応、俺って男なんだけど」


 むしろ、ランディほど見た目で男らしい男も中々いない。

 二メートルに届くかという巨躯をしているし、その大きさに恥じない太い骨格と、それを覆う分厚い筋肉の塊を搭載している。

 これで女性だったら、詐欺どころの話ではない。


 そんな男が、ブーメラン型の海パン一丁で目の前に立っているというのに、美影は特に気にしていない。

 警戒心を抱くどころか、相変わらず素肌を見せたまま、衣服の水気を払っている。


「別に。

 見るだけなら僕は構わないし。

 触れようとしたら捩り殺すけど」


 減る物ではないし、見るだけならば好きなだけ見れば良い。

 美しいものを思わず見てしまうのは、男女問わず、人間の確かな感性なのだから、注目されるという事は悪い事ではない。

 それだけ、自分が魅力的という事なのだから。


 だが、触れる事だけは断じて許さない。

 この身は、心とセットでただ一人の男に捧げているのだ。

 それを穢す事は、たとえ神であろうと許しはしない。

 世界の果て、地獄の最果てにまで追いかけてでも、必ずや殺す。


 美影は、そう考えているのだ。


 おおよそ水気が消えてきた衣服を片手に、彼女は立ち上がる。

 薄い胸板を堂々と見せつけながら、ランディへと対峙する。


 そして、美影は彼が踏み込んでこない場所に、あっさりと踏み込んだ。


「それで? お前は僕を捕まえる気でいるの?」

「……ちゃんと指名手配の事は知ってんのな」

「当たり前じゃん。

 お姉も容赦のない事だよ」

「姉妹喧嘩かよ」

「似たようなものだね。

 ……で? どうすんの?」


 ここで初めて、美影の全身から闘気が溢れ出した。

 立ち姿は全く変わらず、脱力したようなのに、明らかに放つ雰囲気が違う。


 魔力などを放出している訳ではないというのに、周囲が歪んで見える様な濃密なそれに、ランディは内心で悲鳴を上げていた。


 彼も、Sランク魔術師だ。

 そして、《ゾディアック》の魔王として、それなりに長く君臨してきた。


 だから、世界中の様々な戦士を見てきた。

 その中には、当然、名だたる魔王たちも含まれるのだが、それでもこれほど鮮烈な意思を具現化させる者など、誰一人として見た事がない。


 勝算のあるなしを度外視して、喧嘩を売りたい相手では絶対にない。


 仮にも魔王に対して、闘志一つでそう思わせるのだから、瑞穂の帝が彼女を気に入って世界中に自慢するのも無理はないだろう。


「…………どーしたもんかねぇ」


 悩む様に言いながら、彼は小さく一歩を踏み込んだ。

 ランディの巨躯からすれば、その一歩だけで間合いに入る。

 どうするかはまだ決めていないが、それでも戦闘圏に捉えられる。


 戦闘――おそらく美影は素直に降伏しないと見越して――するにしても、見逃すにしても、どちらにでも舵を切れるギリギリの間合いである。


 だが、美影はそうと取らない。

 普段なら、彼の事情も考慮して、もう少し成り行きを見ていただろうが、今の彼女には余裕がない。


 だから、速攻で行動していた。


 グラリ、とランディの巨躯が傾ぐ。

 力無く、砂浜へと倒れていく。


「ぐっ……」


 完全に倒れる直前、僅かな呻きを漏らした彼は、足を大きく広げてギリギリで踏み止まった。


「ダウン、一個貰ったけど……まだやる気はあるかな?」


 静かに美影は問いかけた。

 ランディはなんとか姿勢を戻して、改めて彼女と対峙するが、内心では冷や汗が滝のように流れている。


 美影の言葉通り、今の一瞬、ランディは気を失っていた。

 なんとか意識を取り戻して醜態は免れたが、それでも今も脳味噌はグチャグチャで、視界はドロドロに溶けている。


(……迷いが、俺の敗因だな、これ)


 本当にやる気なら、最初からそのつもりで用意しておくべきだった。


 改めて考えれば、間合いの広さは美影の方に分があるのだ。


 最速の魔王の異名は、伊達や酔狂で語られている訳ではない。

 美影は、最高速度だけではなく、反応速度や加速力という点においても、最速なのだ。


 神経ネットワークを雷属性魔術で代替している為であり、その肉体は、文字通りに思うがままに動かせる。

 それによって生まれる瞬発力は尋常ではなく、真っ当な人間の捉えられる限界を容易に突破する。


 今の一瞬、彼女はランディが踏み出す足に反応して、瞬発、顎先に掠らせるように一撃を加えていたのだ。

 それが拳だったのか足だったのか、それすらも分からないが、現状の結果を見ればそうだった事が分かる。


 小さな一歩で自分の間合いに入る?

 とんでもない。

 もうとっくに美影の間合いの中に入っているというのに、あまりにも遅過ぎる考えである。


 対話か戦闘か、迷ってどっちにも傾けられる中途半端が、この事態を招いたと言っていい。


 今から魔力を励起させ、魔術を発動させている暇はない。

 そんな悠長な事をしている間に、美影はランディの首を落とす事が出来る。


 生殺与奪を完全に握られている現状で、彼に選択肢はなかった。


「……あー、雷裂美影っぽい奴は見たが、確証はない、って報告くらいは良いよな?」

「んー……。

 まぁ、お前にも立場があるし?

 口封じしても余計に面倒だから、それくらいは許容範囲内かな?」


 ここでは何もしないが、報告だけはする、というランディのギリギリの譲歩に、幸いにして美影は頷いていた。

 口封じに彼を殺しても、現役の《ゾディアック》が殺害されるという事態は、余計に面倒を招き寄せてしまうと、そうと判断したのだ。


 彼女の穏当な判断に、ランディはほっと安堵しながら、少しばかりお節介を焼く。


「あと、お嬢ちゃん。もうちっと変装しろ」

「……面倒なんだけど、しないと駄目?」

「有名人なんだから、町なんか歩いたら速攻で顔バレすんぞ。

 適当に服を見繕わせるから、少しは顔を隠してくれ」

「仕方ないなぁ」


 彼から戦意が完全に消えた上での助言故に、美影は素直に聞いていた。


 変装は、彼女を助ける意味合いもあるが、何より彼女の正体に気付いてしまった誰かを守る意味が強い。

 今の美影には、法律を遵守するという意識が薄い。

 もはやないと断言しても良いだろう。

 そんな彼女が、目撃者に気付いたらどうするのか、というと、そんな物は決まっている。


 即座に抹殺するに決まっている。


 今回は、ランディが《ゾディアック》の一人であるという事で、なんとか事なきを得たが、大騒ぎされない一般人であれば、彼女はきっと躊躇しない。

 下手すれば、一人二人ではなく、町一つが地図から消えてもおかしくないだろう事が簡単に予測できた。


 守るべき民を救う為には、逆に彼女を支援する事も必要なのだ。


 隠れていた女の一人を呼んで、美影に合う服の調達を任せながら、ランディは最も重要な事を訊ねる。


「でよ。お嬢ちゃんは何でまたアメリカに来たんだよ」


 目的の確認である。

 アメリカを潰す為、とか言われたら、本当にどうしようと内心で不安に思いながら、彼は訊ねた。

 もしかしたら答えてくれないかも、とも思いながら。


 そんな内心に反して、彼女は化け猫をサンドバックにしてストレス発散をしながら、あっさりと答える。


「人に会いに来たんだ。

 人かどうかは分かんないけど」

「……誰だ、と聞いても良いかね?」

「お前の方がよく知ってんじゃない?

 《蛇遣い座》の女だよ」

「……あいつか」


 身体は良いのだが、どうにも性格と服装が微妙だった女と記憶している。

 抱く気にはなれないな、と。


 目的が知れたのは僥倖だった。

 それが目的ならば、下手に刺激して被害が拡大する危険性が低い。

 知れなければ、最悪の可能性を考慮して、彼女の抵抗とそれによる被害を受け入れてでも、強行制圧せざるを得なかったかもしれないのだから。


「んじゃあ、着替えたら、とっとと行ってくれ。

 俺は程好く報告して、今日の不運と幸運を神に感謝してくる」

「……信心深い事だね」

「アメリカ人なもんでな」


 踵を返したランディは、一秒でも早くこの場を去りたいとばかりに、足早に立ち去って行った。

B級映画の内容を具体的に書くべきか、ちょっと悩み中。

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[気になる点] 「ハーレムたち」→おかしい表現な気が。 「ビキニ姿で寝そべるランディに添い寝しているハーレムメンバーの一人に言うと、怪訝な声が返ってきた。」→ビキニ姿のランディを脳内変換してしまったよ…
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