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本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
四章:《救世主》消失編
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血の繋がり

遅れた理由は、寝過ごしただけです。

『は? もう一度、言ってくれよ。

 最近、耳が遠くなっちまってなぁ、おい』

「国境付近にて、亜音速で遊泳……あれを遊泳と言ってよいものか、大変に難しい所ですが、まぁ遊泳するサメを発見しました」

『……あー、新作のB級映画の宣伝でも見かけたか?

 光速シャークとか前にあった気がするが、二番煎じの上にグレードダウンしてねぇか?

 なぁおい』

「いえ、大統領閣下。

 ハリウッドの話ではなく、現実の話です」

『チッ。冗談の分からん奴だなぁ、お前は』

「Yes.性分ですので」

『まぁいい。

 で、どうすべきだとお前は言うんだ?』

「処分がよろしいかと。

 まかり間違って海水浴場にでも紛れ込めば、それこそ映画の話になりかねません」

『捕獲の線は無しか』

「その様な超生物、廃棄領域にしか存在しません。

 偶然、迷い出てきた超生物は、大抵、持て余す事は経験上、承知している筈です」

『冗談だって言ってんだろ。なぁ、おい。

 行間を読んでくれよ』

「その様な技能の習得は、私の給料に含まれておりません」

『はっきり言ってくれるね。

 じゃあ、まぁ、そういう事で。

 適当に対処してくれ』

「Yes.ご命令、受領しました」


 通信を切った後、彼女は海上にて立ち上がる。


水瓶座(アクエリアス)》クリスティアナ・リリー。

 世界に名を馳せる真の魔王の一人が、動き始めた。


~~~~~~~~~~


 それに気付いたのは、外側である永久が最も早かった。


 自身に向けられた一本のライン。

 鋭く冷たい、殺意という名の攻撃。


「あぶなっ!」


 永久は、左エラからだけジェットを噴き出し、急転換した。


 直後、彼女が直前までいた場所を、か細い激流が撃ち抜いた。

 おそらく、頭蓋をピンポイントで撃ち抜いていたであろう一撃。


 それで死ぬ構造をしていない永久であるが、普通の生物ならば即死となる筈だ。


「ちょっとー、もっと安全運転しろよー」


 胃袋の中から文句が届く。

 急転換によって、胃袋の中身がシェイクされてしまったからだろう。

 流石に攻撃され、その為の緊急回避したのだという事が分かっているからか、その口調は強くない。

 仕方ないな、という感情が滲んでいた。


 とはいえ、せっかく無事に回避したのに、それにケチを付けられるのは面白くない。


 だから、永久はそっけなく黙らせる。


「五月蠅いです。

 私が矢面に立っているのですから、それくらい我慢しなさい」

「あー? なにー、こいつー。

 僕に反抗しようってのー?」


 ゲシゲシと胃壁が蹴られる感覚が伝わってくる。

 痛くもないし、胃袋を突き破るほどではないが、身体が内側から揺れて、正直に言って鬱陶しい。


 仕方ないので、腹に力を入れて、きゅっと胃袋を締め上げて今度こそ黙らせる。


「ちっ……」


 永久は舌打ちして、進行方向を睨む。


 先程から断続的に水流による狙撃が続いている。

 水平線の向こう側という超長距離を正確に撃ち抜く腕前と言い、その距離を届かせる魔力の強さと言い、ほぼ確実にSランクの術者だ。

 もしかすると、本物の魔王、《ゾディアック》に籍を置く者の可能性もある。


(……水属性である事を考慮すると、《水瓶座(アクエリアス)》でしょうか?

 あーもー、何で魔王なんかと戦わねばならないのでしょうか)


 敵の正体を予測しながら、永久は内心で愚痴を垂れる。

 確かに、自分は非公式とはいえ魔王クラスに位置しているけれど、決して戦う事は好きではない。

 いや、正確に言えば、一方的に蹂躙するのが好きなのであって、お互いに殴り合う事は嫌いなのだ。

 だから、自分を打倒し得るほどの強者なんかとかち合いたくはない。


 とはいえ、そんな事を言って、すたこらと逃げる訳にもいかない。


 今回の件は、刹那の事が関わっているのだ。

 点数を稼ぐ為には、この案件は見逃せないものである。


 内心で諦めの吐息を漏らして覚悟を決めた彼女は、前方を見据える。


 狙撃を躱しつつである為、速度は出ないし、距離もあまり稼げていない。

 このままではじり貧である事は明白だ。


 だから、永久は決断した。


「一気に行きます。

 しっかりと掴まっていてください」

「掴めばいいの?」

「ぐぬ!?

 ま、まぁ良いです」


 胃壁を思いっきり握り込まれるという違和感が永久を襲うが、言ったのは自分なので我慢する。

 なんだか捻りを加えて、より痛くしようとしている気もするが、きっと気のせいである。


 そうと自分に言い聞かせて、口から首にかけての筋肉を意識する。


「最高速で突っ切ります」


 全力でジェット水流をエラから噴き出した永久は、亜音速という超速度で敵に向かって突き進んだ。


~~~~~~~~~~


「……躱されるとは。

 ただのサメではありませんね」


 クリスティアナは、最初の狙撃で頭を吹き飛ばしてやるつもりだった。

 相手は廃棄領域で誕生した生命体だ。

 それであっさりと死んでくれるとは思っていなかったが、少なくとも牽制や動きを鈍らせる事は出来ると思っていた。


 だが、まさか察知されて完璧に回避されるとは思っていなかった。

 侮っているつもりはなかったが、それでもこの結果は侮っていたという事なのだろう。


 意識を切り替えた彼女は、その後、幾度も狙撃を敢行している。

 直接狙うものだけではなく、逃げ道を無くす為の威嚇狙撃も含めた、相当に高い殺意を込めたものだ。


 通常の生物の知能レベルなら、そんな誘いなど見破れないだろう。

 簡単に袋小路に入ってハチの巣になった筈だ。


 だが、このサメはしっかりと罠を見抜いて、巧妙に逃れている。


 単なるサメではない。

 ジェットで遊泳する時点でただのサメではないが。


「知能も高い、と。

 害獣退治と言うには、少々、派手になってしまいますか」


 相手があれなだけで、仕事の内容としてはただの危険生物の駆除である。

 こんな事で事を荒立てて、世間を騒がせる事はない。

 そう思って、出来る限り静かに、最低限の攻撃で、即座に片を付けるつもりだったが、そうはいかないらしい。


 攻撃を続行しながら観察していると、とうとう痺れを切らせたらしく、例のジェット遊泳法によって急加速したサメが、クリスティアナとの距離を急激に詰めてくる。


「ほぅ。逃げるのではなく、向かってきますか。

 威勢も良し、と」


 都合が良い、と彼女は判断する。

 遠距離で仕留めたかったのは確かだが、本気で相手をするならば目に見える位置にいてくれた方が全力を出し易い。


「どんなビックリ機能が飛び出す事でしょうか」


 少しだけ期待を抱きながら、サメが到着する瞬間を待った。


~~~~~~~~~~


 仕切り直しにおいて、先手を取ったのは永久の方だった。


 水平線近くに、ヘビのように首をもたげた水流を形成し、そこに鎮座する人影を目視した瞬間、ハイドロジェットを停止し、首だけを海上に浮かべた。

 彼女は、肉体構造を作り直し、準備を整えると乱杭歯の並んだ口を大きく開いた。


「喰らいなさいっ!」


 通常とは逆に、エラが海水を吸い上げる。

 吸い上げた弾丸は、超常の筋力によって速度を与えられ、口から一直線に吐き出された。


「これぞ、魚類闘争術裏奥義、ハイドロブレス……!」

「ンな魚がいるかよ……」


 サメの巨体を亜音速にまで加速させる驚異の水流が、人影に向かって突き進む。


 人影は、ゆっくりと片手を掲げる。

 すると、海水が持ち上がり、大質量の盾となって彼我の間を遮断した。


 矛と盾が激突する。


「アハハハハハッ!

 無駄です無駄です!

 そんなもの、貫いて差し上げます!」


 テンション高く、永久が吠える。


 彼女の吐き出す水流は、最初の一瞬で半分近くまで水盾を貫いていた。

 その後も継続して吐き出される威力は、徐々に水盾を削り取っていく。


「エラを経由する事で呼吸は万全!

 紛れ込んでくる小魚を捕食する事で栄養補給も完備!

 これぞ攻防一体の究極奥義です!

 おお、私はなんと恐ろしい技を生み出してしまったのか!

 アハハハハッ、お前が死ぬまで私は攻撃を止めない!

 さぁ、海の重さを知りなさい!」

「テンション高いっていうか、ヤケクソって感じがするね」


 五月蠅い、と内部からのコメントを内心で斬って捨てる。

 そんな気分でもなければ、魔王と相対などしていられない。


 遠目に見えた人影は、確かに《ゾディアック》の一人であった。

水瓶座(アクエリアス)》のクリスティアナ・リリーだ。


 どういう名目か知らないが、強いて言えば害獣退治程度の案件に、わざわざ《ゾディアック》が出てくるな、と盛大に文句を言いたい気分である。

 それとも、実はこちらの正体がばれていて、中に美影を仕込んでいる事が見抜かれているのだろうか。


(……なら、美影様を囮にすれば、私は安全に上陸できるのでは?)


 なんて考えも浮かぶが、既に攻撃をしてしまっている以上、無害なサメと主張するのも難しかろう。

 つまり、自分がここを突破して北米大陸に侵入する為には、適度に誤魔化さねばならないという事だ。

 面倒な事である。

 主に自分の行いが招いた事態だが。


「…………言葉を操る、という事を、もはや言及はしませんが」


 水を伝って、遥か遠くから声が届いた。


(……なんと器用な)


 クリスティアナの無駄に高度な技に、永久は瞠目する。


 水を振動させて、声として成立させているのだ。

 水流操作の極致的技巧と言える。

 これを使う為だけに、どれだけの労力を必要としたのか、見当も付かないレベルである。

 ぶっちゃけ、アホの所業だ。

 

 だが、更に驚く事態が、次の瞬間に現れていた。


「我が祖国の海で、好きに出来ると思わない事です」


 世界が持ち上がる。

 永久には、その様に感じられた。


 莫大魔力がクリスティアナから放出されると同時に、見渡す限り一面の大海洋が鳴動して、永久を取り囲むように海面がせり上がったのだ。


「海の重さ、体感してみなさい」


 先の永久の台詞を取って、クリスティアナは腕を振る。


「ぎゃ、ぎゃ――――――ッ!!??」


 直後、持ち上がった海面は、大津波となって崩れ、永久を衝撃と質量によって押し潰したのだった。


~~~~~~~~~~


 海底に叩き付けられた永久は、ほぼ肉塊となっていた。


「あいった~~~~。容赦ないですね」


 ショゴスの生命力を舐めてはいけない。

 つみれになった程度では死にはしないのだ。


 とはいえ、このままではまるで相手にならない。


 魔力を解禁すれば、もっと良い勝負が出来るし、勝つ事も出し抜く事も不可能ではないだろう。

 今の永久は、そんな位置に立っている。


 しかし、それは出来ない。


 魔力には、指紋の様な固有の波長がある。

 個々人で変わり、同じ形である事はよほどの奇跡でもないと存在しない、と言われている。

 だからこそ、魔術師同士での魔力の受け渡しが出来ず、純粋魔力という物が革命的発明として脚光を浴びる訳だが。


 だから、永久が魔力を使えば、その魔力の波長を観測され、後に解析されるだろう。

 そして、犯罪者――前科者を含めて――の魔力紋と照合すれば、サメの正体が永久であると一発でバレてしまう。

 なにせ、永久はちょっと前まで世界的テロリストであり、要注意人物として名を馳せていたのだから。


 今のところは、おそらくバレていないだろう。

 ちょっと常識の壁を突破した害獣程度に思われている。


 だから、その勘違いをそのままにしたまま、突破したい所だ。

 姉――久遠になるべく迷惑をかけない為に。


(……ショゴスの身は便利ですねぇ)


 こういう時は、本当に便利だと思う。

 永久は、肉団子となった自分を解き、海中に大きく広げる。


(……さぁ、捕食しなさい)


 ショゴスは悪食だ。

 何でも食べる。

 岩でも水でも、空気さえも、食べ物として取り込んでしまう。


 海底にある何もかもを捕食し、削れた身体を補填し、更に大きく膨らませていく。


「メガ進化……!」


 膨らんだショゴスを新たな形へと造り直しながら、永久は海上を目指す。

 再形成が終了すると同時に、彼女は海面を爆ぜさせながら海上へと躍り出た。


「メガ! シャーク、改……!」


 それは、全長1㎞弱というバカでかい生物だった。

 造形こそ、先程までのホオジロザメスタイルだが、兎に角大きい。


 そして、それで終わらない。


 サメの頭の部分が蠢き、大きく粘液が噴き出す。

 それが見る見るうちに形を取っていく。


「っ、なんとふざけた真似を……!」


 それを見たクリスティアナは、憎々し気に吐き捨てた。


 サメの頭に形成されたのは、人の上半身だった。

 形は女性の物で、胸やくびれの様な分かり易い部分のみならず、顔立ちや髪まで再現されているとても丁寧な造りをしている。


 そして、そのモデルは、クリスティアナだった。

 巨大な自分の上半身が、サメの頭の上に創り出されたのだ。


 全裸で。


「恥を知りなさい、愚か者め!」


 クリスティアナは赤面しつつ瞬発し、巨大な水槍で偽物の頭を撃ち抜いた。


「ぎゃ――――!!

 せっかく作った力作になんて事を!

 芸術を解さない不届き者ですね!」

「肖像権を行使しますよ、怪生物!

 すり身にしてカマボコにして差し上げます!」


 第二ラウンド、開始である。



~~~~~~~~~


 大怪獣と魔王の戦いを、やや離れた海面から見る視線があった。


 美影と、その頭に乗っかったノエリアである。


 永久が海底に叩き付けられた際に、彼女たちはその場を任せて、こっそりと脱出していたのである。

 永久が派手に引き付けてくれているおかげで、どうやらこちらの存在には全く気付かれている様子はない。


 このまま魔力を封鎖したまま泳いでいれば、問題なく密入国が叶うだろう。


 それは良いのだが、遠くに見える戦闘には半目を禁じ得ない。


「……あいつってさ、多分、馬鹿なんじゃない?」

「うむ。我もそう思っていた所じゃ」

「ついでに、適応能力もバカ高いわ。

 あいつ、自分がショゴスである事を受け入れ過ぎだろ」

「というか、人間であった事を忘れておるのではないのかの?」


 仮にも囮になってくれた相手に対して、酷い言い様である。


 とはいえ、彼女たちがそう評するのも無理はないだろう。

 人間である事を止めて、目の前に顕現した大妖怪となっているのだから、大概に現状を受け入れ過ぎである。


「……本人は否定するだろうけど、お兄との血の繋がりってものを感じるよね」

「もしかすると、あの姉も案外と適応能力が高いやもしれぬのぅ」


 ともあれ、今の内に退散するに限る。


 目視圏内は、魔王にとって余裕で巻き込んでしまう戦闘範囲内だ。

 巻き込まれた結果、居場所を見つけられては敵わない。


 視線を切った美影は、ゆっくりと北米大陸に向けて泳ぎ始めるのだった。


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