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本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
四章:《救世主》消失編
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疑念の種

 灼熱の滝が流れ落ちていく。

 それを、汗を垂らしながら永久が分別していた。


 汗、と分類しているが、正確には違う。

 彼女という存在を構成する細胞が、溶け出しているのだ。


 永久は、身体の全てがショゴスと同化している。

 一見して人の姿を取っているが、それはあくまで擬態の一種であり、本質としては粘体で構成されたショゴスである。


 その為、熱に対して非常に弱い。

 大抵の物理耐性を持つショゴスであるが、何もかもを焼き尽くす焦熱攻撃に対してだけは、脆弱性を見せてしまう。


 永久も、その特性を引き継いでいる。


 マグマに触れている訳でもなく、ただ発散される熱量だけで、彼女の身体が溶け出していた。


「……全く、気軽に引き受ける物ではありませんね」


 自らの安請け合いを呪いながらも、しっかりと仕事は行っていく。

 マグマに含まれた成分を選別し、熱量を奪い去ってはそれぞれに押し固めていく。


 ほとんどは単なる岩であり、有用な鉱物資源はそう多くない。

 だが、そこは量でカバーする。

 無尽蔵に吹き上がる赤熱した流体を、根気よく精製していけば、それなりの量にはなっていく。


 ある程度、かき集めれば、それをコンベアに乗せて美影の下へと送っていく。


「はふぅ……」


 垂れ落ちる汗に見せかけた自身の細胞を拭いながら、永久は深く吐息する。


「大変な重労働ですね。

 とはいえ、任せられた仕事を投げ出す訳にも参りませんか」


 信用を得るのは、大変な事だと思う。


 自身は、先日までの一件で、大いに信用を失っている。

 仮にも炎城の娘なのだ。

 世間的にそうであっても、生きていく事には大した問題はない。


 だが、彼女としては、消えてしまった兄との絆を改めて結び直したいとも思っている。

 虫の良い話だが。


 その為には、こうした事からコツコツと積み重ねていく事が必要となる。


(……特に、今はお兄様の危地ですからねぇ)


 もはや表では呼べない名を呼びながら、下心を満載しつつ、真面目に仕事をしていく。


「はぁ。それにしても、一体、どれだけ続ければいいのやら」


 というか、下心でも搭載していなければ、こんな仕事を続けていられない。


 水分を補給して、ショゴス細胞の分裂を加速させながら、彼女は作業を黙々と進めるのだった。


~~~~~~~~~~


「こっち、固定して」

「ほいほい、と」

「溶接するから、そのまま維持してて」

「はいはい」


 美影の指示に従いながら、ノエリアは各種パーツを持ち上げて空中に固定する。


 ぶっちゃけ、彼女の役割はそれだけであり、楽をしているという気分である。

 ノエリアの念動魔法ならば、重量が数百トンに及ぼうとも大した魔力消費にも繋がらない。


 指定された位置にまで持ち上げると、身軽に飛び上がった美影が、不安定な足場に取りつきながら指先に雷光を奔らせる。


 電熱を利用した溶接だ。


 盛大な火花を散らせながら、ノエリアの力で浮かせていただけのパーツが接続されていく。


「ふぅ……。次に行くよ」


 僅かな時間でしっかりと固定され、軽く出来を確認した美影は、休む間もなく次のパーツへと移動する。

 作業を開始して、既に三日もの時間が経過している。


 その間、彼女は最低限の栄養補給を除いて、不眠不休で動き続けている。


 肉体が飾りでしかないノエリアはともかくとして、あくまでも人間でしかない美影には、かなりの負担がある筈だ。

 にもかかわらず、彼女の作業から繊細性は失われておらず、丁寧な仕事を手掛けている。


 パーツの形成から始まり、固定に至るまで、美影の仕事に雑な部分は少しも見られない。


(……なんと、もはや。人間とは思えんのぅ)


 実際の所、彼女が一切の休息を取っていない訳ではないと、ノエリアは見抜いている。

 側で見ていれば分かる。


 美影という少女は、おおよそ一時間に一度という割合で、約一分前後ほど、瞑目して停止している時間がある。

 背を適当な壁に預けて、呼吸を穏やかに完全に動きを止めているのだ。


 その時間だけで、精神的及び肉体的疲労を回復させているのだ。


 尋常ならざる回復能力である。

 ノエリアの知る人間という生物の能力の、遥か上を超えている。


 一日に、三十分に満たない時間だけの休息だけで、十全なコンディションを保っているのだから。


(……天才、というものか)


 戦慄せざるを得ない。

 己や刹那の様な、星と人々に愛された超越者ならば、そういう事も出来るだろう。


 だが、彼女にはそんなものはない。

 人として生まれ、人として育ってきて、これだけの性能を得ているのだ。


 才能という一言で片づける以外に、一体、どう表現すれば良いのか、ノエリアには分からない。


「……あるいは、こやつこそが本物の〝守護者〟なのやもしれぬな」


 ただの人間であるにもかかわらず、その才覚のみによって、己さえも打ち破ってみせたのだ。

 ノエリアの感想は、きっと大きく外れていないと思われた。


~~~~~~~~~~


「…………ほぅ」


 小さく吐息する。


 色々な不安を忘れる為に、ここ十日ほど、マジノライン三式の建造に集中してきた。

 そのおかげで、おおよその形自体は完成していた。

 艤装はまだまだ手つかずのままだが、動かすだけならば可能だろう。

 机上の理論でしかないが。


 テストは当然必須だ。

 正直、突貫作業で造ったから、かなりのパーツを省いたり、劣化品で代用してある。


 テストするまでもなく、長時間連続使用は不可能だと最初から分かる。

 一回二回ほど、短時間だけ持つ程度の性能があれば良いのだ。


「……全く、勿体ないのぅ。

 これ全部、我が吸ってしまいたいのじゃがなぁ」

「五月蠅い。

 ぶつくさ言ってないで、言われた通りにしなさい」

「仕方ないのぅ」


 テストの準備をしていると、ノエリアが文句を垂れていた。

 起動に使用する為の純粋魔力を惜しんでいるのだ。

 マジノラインという巨大兵器を動かすのだから、その為に必要とされるエネルギー量も必然的に多くなる。

 消費エネルギーの桁が違うノエリアであってさえも、決して無視できない程の量だ。


 それをテストで消費してしまうのだから、その分を自分に寄越せと言いたくなる気持ちは、美影にも分かる。

 分かるだけで考慮はしないのだが。


「おぉーい! こっちのセットは終わりましたよー!」


 床面の細工を任せていた永久から、完了の報告が上がってくる。


 三式の性質上、床への負荷が非常に大きくなるし、なにより上手く連動してくれないと三式どころかこの工場自体が破損しかねない。

 そんな重要な場所を彼女に任せていたのだが、これにはちゃんとした理由がある。


「……案外と器用だね、あいつ」


 パーツ作製の過程で、永久に成分抽出と同時に成形まで出来ないか、試しにやってみて貰ったのだ。

 その結果、意外なほどに精巧な工作を見せてくれた。

 強度も充分だし、寸法も寸分狂わず指定通りに出してくれたのである。


 おかげで、かなり時間と労力の節約が出来た。

 嬉しい誤算である。

 ちなみに、ノエリアにも試しにやらせてみたのだが、こっちは論外であった。

 アバウトの極みであり、とても採用できない完成度だった。

 怒りのあまり、美影がつい黒雷で焼き払ったほどである。

 作成者ごと。


 ともあれ、意外な手先の器用さを見せた永久には、色々と仕事を任せる事が出来た。

 確認こそちゃんとしているが、やり直しや手直しが必要となった部分はほとんどない。


「まっ、そりゃそうじゃろ。

 混沌魔力は、かなり緻密なバランスの上に成り立っておるのじゃぞ?

 本能的に錬成できる我と違い、あやつは感覚や知識で学ぶしかない。

 にもかかわらず、短期間でマスターしよったのじゃぞ。

 あれはあれで才能じゃの」

「ふぅん……。

 まぁ、何だって良いや。使えるならね」


 使える連中は、当たり前のように使っているので難易度が判定できないのだが、それ程に難しいものだったらしい。

 聞けば、惑星ノエリアの歴史上においてさえ、混沌魔力を安定して扱えたものは、同時代に五人以上もいた事はないという話だ。


 器用さは折り紙付き、という事だ。


 下に降りて確認するが、やはりほとんど修正の必要がない。


「ここ……ここの軸、もうちょっと、気持ち太くしてくれないかな?

 多分、これだと折れちゃう」

「ああ、分かりました。気持ち、ですね」

「うん」


 このアバウトなニュアンスで伝わるのだから、中々の理解度だ。

 アバウトなノエリアに指導されている内に、自然と身に付けた能力なのではなかろうか。


 そんな事を思いつつ、微調整を進めていき、ようやくテストの準備が完了した。


 あとはスイッチを入れるだけ、という状態にまでなった時点で、彼女たちは一度集まって今後の事について確認する。


「多分、この起動テストで居場所がばれる。

 現時点で、もう絞り込まれてるしね」


 覗き見していた《サウザンドアイズ》の状況からして、居所の候補がかなり絞り込まれており、その中にこの工場も含まれている。


 起動テストで発生する余波は、誤魔化すにはあまりにも莫大だ。

 潜伏先の候補地でそんな波動が発生すれば、間違いなく断定して行動し始めるだろう。


 そうなれば、猶予はない。

 さっさと逃げださねば、虐殺パーティの開催を宣言しなければならなくなる。

 相手側の、だが。


「しかし、脱出するにしても、どうやって逃げるのですか?

 追跡されちゃいますよ?」


 特定されたら、今度こそ逃がさないように周辺一帯を精査し始めるだろう。

 その目を誤魔化す手段が、いまいち思い浮かばないから、こんな所に引き籠って暇潰しをしていたのである。


 永久の問いに、美影は答える。


「うむ、良い質問だ、ミス・スミス」

「その称号はどうかと思いますが……まぁ、褒められているようなので有難く」

「実はさっき思い付いた事があるんだけど……」


 前置きをして、美影は手段を語る。

 それを聞いた一人と一匹は、温度差のある反応を示した。


「ふむ。それは面白いのぅ。

 最悪、我の幻術を使うかとも思っておったのじゃが、我の魔力が心もとないしのぅ」

「……それ、私の負担が大きくないですか?

 上手く誤魔化せる自信、ありませんよ?」


 とても興味深そうに感心するノエリアに対して、若干嫌そうに顔を顰める永久と、とても対照的だ。


「安心しろ。

 凡人に初めての成功を期待するほど、僕は無体な天才じゃない。

 バレたら戮殺すれば良いだけだよ」


 美影は、嫌がる永久にそう言い放つ。

 彼女の本気を感じ取った永久は、嘆息一つで諦める。


「……そうならないように、全力を尽くしましょう。

 また前科が増えるのは御免です」

「こやつは本当に躊躇わぬ女子じゃのぅ……」


 今度こそ、揃って呆れた反応を示した二人を放って、美影は手を叩く。


「はいはい。そんな感じで行くよ。

 とっとと準備しなさい」


 行動を始める。


~~~~~~~~~~


 美影が賞金首として手配されてから、約十日後の深夜。

 突如、太平洋の海底にて、大規模なエネルギーの発動が観測された。


 魔王クラスの全力放出に匹敵するほどのエネルギーの波動に、美雲及び瑞穂政府は美影がそこにいると断定し、即座の戦力の派遣と周辺への監視網を巡らせた。


 逃げ出す何者かを観測されぬまま時が過ぎ、特別に編成された強行制圧部隊が突入する。


 しかし、そこには誰の姿もなく、もぬけの殻だった。


 あるのは、エネルギー発生源となった巨大兵器と、一筆だけ残された書き置きだけだった。


『これはプレゼントしてあげる。

 見える物だけが真実とは限らないよ。

 愚かな妹から賢い姉へ』


 と、そこには書かれていた。


久遠イメージ画


挿絵(By みてみん)



本当は泣き黒子を付けたかったのですが、何故か付けるとエラーが出るという不思議。


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