表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/417

人の理性など脆いもの

 目覚めは爽快だった。


 まるで世界の全てが変わったかのようだ。

 偽物の世界が消え失せ、本物の、自分が生きるべき世界が広がったかのような、そんな気分だった。


 いや、真実そうなのだろう。


 実際に、見える世界が変わっている。

 今までは見えなかった世界の流れが見える。


 直感的に悟る。


「これが、センパイの世界なのか……」


 魔力とはまた違う、別のエネルギーを感じられる。

 魔力よりも力強く、身に馴染む様なそれが刹那の力の正体だというなら、


「……勝てっこねぇな」


 今はまだ、と付け加えるのはせめてもの強がりだ。


 起き上がり、窓際に備え付けられた机に向かっている刹那を見る。


 手合わせをした時、刹那は言っていた。


 ――星も砕けぬ一撃では俺を倒せんぞ、と。


 今なら、それが冗談でも比喩でもない事が肌で理解できる。

 まるで一個の巨星が、そこに鎮座しているかのようだ。

 もはや比べるのが馬鹿々々しくなる程のエネルギー量の差を感じる。

 道理で勝てない訳だ、と納得する。


 相性云々、技量云々の問題ではない。

 海に角砂糖を溶かして甘くしようとするようなものだ。

 そして、その比喩ですら生温いと感じられるのだから、大概化け物である。


 俊哉が起きた事に気付いた刹那は、頭だけで振り返り、揶揄う様な笑みを浮かべる。


「おはよう、トッシー後輩。気分はどうかね?」

「清々しい気分だよ、まったく。

 生まれ変わったような気分だぜ」

「まぁ、そうだろうな」


 自分が超能力に目覚めた時もそんな気分だった、と思い出す。

 同時に、その直後にでかい熊に襲われて死にかけた苦い記憶も。


 覚醒直後の超能力など、そんなものだ。

 漲る万能感の割に、大した事が出来ない。

 刹那で言えば、ドングリ一個を動かすので精一杯だった。

美雲は自分の小指が一本動かなくなるだけという微妙振りで、美影は静電気で髪の毛を逆立てるだけ。

 おそらく、俊哉のそれも似たような物だろう。


 とはいえ、それはこれから鍛えていけば良い話である。

 美影なら普段は暇をしている筈なので、預けて滅茶苦茶に鍛えて貰おう。


 などと、不穏な事を考えていると、俊哉が問いを投げてくる。


「なぁ、これって何なんだ? 魔力とは違う、んだよな?」

「超能力だ。

 便宜上、そう呼んでいるだけで、実態は違うかもしれんがね」

「超能力……」

「昨夜、トッシー後輩に覚醒の儀式を施した。

 おかげで世界が変わって見えるだろう?

 現状ではそれだけだが」

「ああ、こんなに世界がエネルギーに満ちていたなんて知らなかったぜ。

 ついでに、それと同レベルのセンパイが信じられねぇ」

「ククッ、なぁに、鍛えればこれくらいにはなる」

「マジかよ。嘘じゃなくて?」


 疑いの目を向けてくる俊哉。

 刹那は、それに自信満々に頷きを返し、


「多分」

「多分かよ!」

「いや、実例が少な過ぎてどの辺りが上限なのか、さっぱり分からんのだよ」


 刹那が超能力を鍛え始めて十年近くも経っているが、いまだに成長限界に達した様子はない。

 美雲や美影も、四年ほど経過しているが、今も成長中らしい。

 これが単に三人そろって超能力の才能があるが故なのか、それとも超能力の基本性能なのか、判別が付かないのだ。

 サンプルが少な過ぎて。


 強いて成長限界に達しているとすれば、天帝が挙げられる。

 だが、彼の場合、能力の種類が種類だったが故に、最初からマックスだったとも言えるので、比較対象としては微妙だ。


(……不死者ではな)


 死なない事が能力の本質であり、ぶっちゃけそれだけだ。

 現状、物理的――斬ったり焼いたり潰したり――な死因では死んでも復活し、毒物なども無駄に終わった。

 あとは寿命辺りを残すのみとなっている。

 寿命すらなくなっていたら、永世に君臨する事も可能だろう。

 本人は何処かで引退を望むだろうが。


「まぁ、何にせよ、新しい力に目覚めたのだ。喜びたまえ」

「……いまいち苦労していないから、素直に喜べねぇんだよな、これが。

 しかも、どんな能力なのか、使い方も分かんねぇし」

「苦労するのはこれからだ。覚悟しろ」


 言って、立ち上がる刹那。


「さて、トッシー後輩よ。そろそろ朝食としよう。

 食事は活力の源だ。理由もなく断食するのは愚の骨頂だぞ」

「あー、そうすっか。腹もなんとなく減ったし」


 朝食は、最近の楽しみでもある。


 なにせ、毎朝、几帳面な事に美影が作りに来てくれるのだ。

 これでメシマズなら遠慮したいところだが、彼女の料理は驚くほどに美味しい。

 俊哉も刹那の友人枠としてご相伴に与っており、その味を自らの舌で知っている為、言われずともすっぽかす気は毛頭ないのだ。


~~~~~~~~~~


「ヘロー! お兄! アーンド、トッシー……君……?」


 食堂で、笑顔で迎えてきた美影は、しかしすぐに、具体的には俊哉を見た瞬間に、戦士の顔つきに変わり、首を傾げる。

 その理由は、問うまでもない。

 俊哉自身も同じ理由で、少なからず警戒を抱いた。


 超能力の有無。


 美影は彼の超能力が目覚めている事に気付いて。

 俊哉は彼女の超能力が、刹那ほどではないにしても、それでも比べる事が烏滸がましいほどの高みにいる事に気付いて。


 刹那が巨星だとすれば、美影は大嵐。

 莫大な雷を抱いた颶風の化身だ。


(……世界は広いな)


 もはや笑うしかない。


 自分を鼻息一つで殺せるような怪物が目の前にいたのだ。

 しかも、今の今までそれにまるで気付いていなかったのだから、笑いの一つも出るだろう。


 美影は何かを納得したのか、悪戯っ子の様な笑みを浮かべる。


「ふぅん? 覚醒させたんだ? 良いんじゃない?」

「おう、それで愚妹よ。お前に頼みがあるのだが……」

「予想は付くけどね。まずはご飯食べよ」


 席に着いた刹那と俊哉に、美影は皿をサーブしていく。


 今日のメニューは洋食風だ。

 主食のパンまで手作りだというのだから、恐れ入る。


 周囲から嫉妬の感情が沸き上がる。中には、舌打ちまで聞こえる。


 ここ最近のこの男子寮の風物詩だ。


 可愛い女の子が甲斐甲斐しく美味しい食事を用意してくれるのだ。

 年頃の男子なら嫉妬しない筈がない。


 最初は居心地悪そうにしていた俊哉も、もはや慣れた物で、軽くスルーしている。


 デザートの皿まで並べ終わったところで、美影も席に着く。


「はい、いただきます」

「「いただきます」」


 手を合わせ、食事を始める三人組。


「それで、頼みってのはなぁに?」


 食事が始まってそこそこに、美影は食前の話題を思い出して問いかける。


「ああ。トッシー後輩の事だ」

「オッケー。任せて」

「俺はまだ何も言っていないぞ、愚妹」

「やっだ、もう! 僕とお兄の仲じゃない!

 もう以心伝心でしょ!?」

「俺はその言葉は好かんのだがなぁ」

「僕も好きじゃないけどね。

 言われんと分からんわ、ってなる」


 ケラケラと笑う美影。

 渋い顔をする刹那。

 置いてけぼりの俊哉。


 自分の事を話題にしている事は分かるのだが、何の話なのか、まるで見えない。


「なぁなぁ、何の話?」


 問うと、刹那が良い笑顔で俊哉の肩を叩く。


「喜べ、トッシー後輩。

 たった今、君のスパーリングパートナーが決まったぞ」

「……はい?」

「喜べ、トッシー君。

 死の向こう側まで鍛えてあげるから」

「…………ほわっつ?」


 何かとんでもない事が起きている気がする。

 普通に考えれば、可愛い女の子が一対一で鍛えてくれるというのだから、男として喜ぶ場面なのだろうが、どうにも不安が拭えない。

 そう、手加減を知らない巨獣と遊べと言われているような、そんな気分だ。


「い、いや! できればセンパイに教えてほしいなって……!」


 俊哉の要求に、しかし刹那は残念そうに首を振る。


「俺はこれでも忙しい身でね。

 残念ながら君の期待には応えられないのだよ」

「まぁ、そんな事をしている暇はないだろうしね。これからは特に」

「……そ、それはどういう?」

「学校に行けば分かるよ。

 って訳だから、遠慮なんてしなくて良いんだよ?

 きっちりかっちり手抜かりなくこれでもかってくらいに可愛がってあげるから」

「う、うぅ、お願い……します……」


 もはや逃げられないのだと悟った俊哉は、項垂れて観念するのだった。


~~~~~~~~~~


「……人気者だな、欠片も羨ましいと思わないけど」

「だろう? これも俺の人徳の為せる業だ」


 寮から教室までの道のりで起きた事を思い返して、俊哉がしみじみと呟くと、自慢げに刹那が応える。

 全ては、刹那の机の上に山と積まれている手紙が理由だ。


 ラブレター……ではない。

 いや、隠語的意味合いではラブレターではあるが。


 それは、全て決闘申し込みの正式な書類である。

 登校するまでの間に、男も女もなく、同級生どころか、後輩も先輩も、色々な者たちから憤怒を宿した顔つきで叩きつけられてきたのだ。


 朝食の際、美影が忙しくなると言っていた理由がよく分かった。


 一応、決闘は両者の合意がなければ成立しないのだが、挑発をした以上、刹那はその全てを受けるつもりだ。

 そうなれば、空き時間を決闘の消化に追われて、とても俊哉の鍛錬に付き合う暇などなくなるだろう。


「それ、全部、相手にすんの?」

「まっ、決闘状をしたためるだけ可愛げはあるしな。ちゃんと受けてやるとも」


 確かに、まだ理性的で可愛げはあるだろう。


 一部の理性の足りていない者は、そんなまだるっこしい事してられん、とばかりに襲撃をかましてきたのだから。


 全て刹那の念力で軽く撃退されていたが。

 俊哉的には、その光景は少しばかり得した気分になれた。


 何故なら、今までよく分からない謎力場の正体が、うっすらとではあるが認識できたからだ。

 刹那から触手の様に伸びる何かが、襲撃者を張り倒していくのが見えたのだ。


 成程。超能力を認識するだけで、これほどの恩恵があるのか、と唸ったものだ。


 それで対処が可能になる、とはとても思えないが、少なくとも不可視の一撃で訳も分からずやられるという事はなくなるだろう。


「とはいえ、正面から襲撃するだけ、連中もまだ可愛げがあるというものだろう。

 問題は、暗殺者の存在だな」

「あれは本当にどうにかしろ。迷惑が半端じゃない」


 一人、というか一つだけ、完全に犯罪の領域に入っているものがあった。


 刹那の靴箱に、爆裂術式を仕掛けられていたのだ。


 不発になる事もなく、きっちりその殺意を威力にして解放させた訳だが、幸いと言うべきか、刹那の対処が速かった。

 何かあると悟った瞬間、周囲に一部の隙も無く謎力場を展開させて、人から物品に至るまで全てを保護したのだ。

 おかげで、炸裂した爆炎による死傷者はゼロ、備品の破損も一つたりとも存在しない結果に終わった。


「心当たりはあるか?」

「星の数ほどに」


 言ってはなんだが、現状を利用した商売敵……は『サンダーフェロウ』の名に隠れている為にないだろうが、一部の海外勢力が排除に乗り出した可能性もある。

 おそらく違うだろうが。


 なので、襲撃者は適度に痛めつける程度で放逐したものの、爆破事件だけはきっちりと高天原警備を呼んで対処させている。

 これで犯人が分かってくれれば事は簡単に済んで万々歳なのだが。


 そんな事を話している内に、チャイムの音が鳴り響き、担任教諭が入室してくる。


 緑色の髪をした、キャリアウーマン風の女性。

 刹那と俊哉には見覚えのある女性だ。


「席に就いてください。静かにするように。これから、ホームルームを始めます」


 少し待って、全員が着席して静かになったところで、女性教諭は口を開く。


「皆さん、初めまして。

 私が一年四組の担任となります、五十嵐 栞です。

 これからよろしくお願いします」


 実技試験の際、採点官を担当していた女性である。

 彼女は誰もいない隣を一瞬だけ見て、続ける。


「続いて副担任を紹介したいところですが……残念ながら緊急の用件が入ってしまい、本日は欠席です。

 なので、名前だけで」


 言って、手元の端末を操作して、背後の黒板風ディスプレイに一つの名前を表示させる。


 火縄 剛毅、と。


 小さくざわめきが起きるが、栞教諭の一睨みで収まる。


「名前だけは聞いた事のある方も多いかと思いますが、火縄 剛毅先生が四組の副担任をして下さいます。

 ……では、続いて授業形態の説明を始めます」


 高天原神霊魔導学園では、高等部以降は、大学と同じような単位選択制の授業形態をしている。

 幾つかの必修科目の他に、選択科目を選択していくスタイルだ。

 最悪、必修科目だけでも卒業するだけは可能ではあるが、その分、学内評価はさほど良くなくなる為、就職には不利となってしまう。

 その為、大抵の者が何らかの選択科目を履修して、余分な単位を取得する。


 などなど、実例や現実的な数字を交えながら、分かり易く説明してくれる栞教諭。


「最後に、決闘システムの説明を行います」


 言って彼女は、刹那とその前に積まれた手紙の山をちらりと見る。

 何があったのか、把握しているらしい。


「中等部以上では、決闘と呼ばれるシステムが存在します。

 より実践的な魔術の習得には実際に魔術をぶつけ合って競い合う事が効率的、という思考に基づいたシステムです。

 決闘は、正式な書面を学園に、両者合意の上で提出する事で成立します。

 学内ランキング……帝国魔術師序列の学園限定版ですね……は決闘の結果を閲覧して作られます。

 なので、学内ランキングで上位を目指そうという方は、積極的に相手を探していくと良いでしょう。

 ……既に一人ほど、盛大に実践している輩もいるようですし」


 刹那を揶揄する言葉に、彼は良い笑顔で親指を立ててみせる。

 栞教諭は無視した。


「これにて、ホームルームを終わります。

 では、皆さん、入学おめでとうございます。

 皆さんの学園生活が充実する事を、心より願っております」


次回は火種サイドです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
なかなかに鍛えられたネンリキン(笑)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ