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本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
四章:《救世主》消失編
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消えた物、残っている物

 海水を落とす為、軽くシャワーを浴びた三人は、メインドックを見下ろせる操作室にてカップを片手に一息吐いていた。

 ちなみに、美影はホットミルクを、永久はミルクティーを、ノエリアはココアを選択していた。

 化け猫とはいえ、猫にココアを与えても良いものなのか。


「ここなら、暫くは見つからないよ。多分ね」

「そう期待しておきます」


 そう受け応えながら、永久は大変に存在感のあるドック内の作品を見ていた。


 メインドックには、造りかけと思しき作品が鎮座している。

 見下ろす位置であるが故に、なんとか全貌が把握できるが、足元にいればもはや壁にしか見えないだろう巨大な威容を誇っている。


「……あれは、何ぞ?」


 興味を惹かれた怪描が、窓に張り付きながら問いかける。


「マジノライン三式、コードネームは《万里》。

 一式と二式に比べると、かなり設計コンセプトを変えた新作だね」

「まぁ、外観からしてその様なイメージは受けますね。

 本当に動くのですか?」


 高天原に組み込まれていた二式。

 あそこまで大きく変化し、しかも破損したが故に回収する事も出来ない状態となってしまった為、マジノラインの名は公に出されている。


 よって、永久もそれを知っていたのだが、目の前にあるそれは高天原の物と比べると、大分、変化して見える。

 これが本気で動くのならば、マジノラインの、そして操縦者である美雲の伝説に、新たな一ページが刻まれてしまう事だろう。

 そして、世界中が頭を抱える事にもなるだろう。


「動くよー、理論上は。

 まだ未完成品だし、そうほいほいとテストも出来ないけどねー」


 戦略級兵器なのだから、大変に仕方がない。

 テストとはいえ、動かしただけであちこちから文句が殺到する事は目に見えている。

 実際、高天原学園の卒業試験でマジノライン試作型が猛威を振るった際にも、国の内外問わず、世界中から文句や情報開示の要求が回線がパンクするほど勢いでやってきたものである。


 やるのならば、やはり誰にも見つからないように秘密に動くに限るのだ。


(……これも、完成させとかないとねー)


 作りかけの未完成品。

 主な作製者である刹那がいなくなってしまった以上、作業は無期限停止状態となっている。


 だが、敵の正体が掴めない状況では、様々な手段を用意しておくに限る。


 美雲の対軍殲滅力は、代わりの無い唯一無二の物だ。

 単純に広域を制圧するだけならば、美影にだって可能な事であるが、敵味方を識別して、ピンポイントで撃ち抜いていくなどという曲芸は、流石に難しい。


 味方に付けられるかは分からないが、味方に付けられれば、とても心強い戦力である。


 ならば、その為にもこの三式は完成させておくべきだろう。


 刹那がいない状態で完成させられるのか、という問題があるが、それは美影ならば出来る、と断言できる。

 彼女は兄のしている事を常に隣で見てきた。

 この三式だって、どういうコンセプトでどう造ってきたのか、ずっと見ている。


 だから、作り手がおらずとも、設計図が何処にも保存されておらずとも、彼女には完成図を思い描く事が出来る。

 簡単な事である。


「地球人は、本当にやる事が突飛で面白い事よのぅ」


 充分に堪能したノエリアは、窓際から飛びのいて二人の少女が向かい合う中心に降り立った。

 彼女の言に、永久は少しばかり眉を寄せて抗議する。


「地球人類と一括りにしないで下さい。

 雷裂がおかしいのです」

「まぁね! もっと褒めて良いんだよ?」

「褒めておりませんが?」


 雷裂の頭のおかしさは、今に始まった事ではない。

 世界で起こる珍事件は九分九厘雷裂が関与している、などと言われるほどである。

 全く否定の余地がない通説だ。


 これだから、金と力と権利を余らせた暇人は扱いに困るのである。

 何をしでかすのか、まるで分からないから。


「まっ、うちの事は良いでしょ。

 それよりも、もっと重要で大切な事がある」


 いつも軽快な笑みを浮かべている美影。

 そんな彼女が、見た事もない真剣な表情で切り出す。


 たったそれだけで、部屋の空気が切れてしまいそうな程に緊迫する。


「そうよのぅ」


 とはいえ、そんな雰囲気を気にするような神経を持たない怪描は、前足で顔を洗いながら気楽に問いかける。


「さてさてさて、汝は兄が、雷裂刹那が消えたとぬかしよったな?

 それはどういう意味かえ?」

「え? 消えたのですか?

 何らかの実験に失敗でも?」


 初耳だった永久は、目を瞬かせながら問う。


 思い浮かぶのは、ノエリアの人形として動いていた時代、朝鮮戦役に介入した時の記憶だ。

 何故か下半身が丸ごと消えて、テケテケの様な姿で降臨した変態の記憶である。

 当時は事故だと言っていたが、後に小耳に挟んだ話では、実験失敗による自爆だったらしい。

 あれだからこそ笑い話で終わるが、まともな人類なら余裕で死ねるレベルの失敗である。


 今回、遂にその失敗度が限度を超えてしまったのかと思ったのだが、美影は舌打ちしながら否定する。


「チッ……。違うよ。

 お兄は、何らかの攻撃の影響で、行方不明だよ」

「よく分からんのぅ。

 あれをどうにか出来る者が、この地球上におるとも思えんのじゃが……」

「僕だってそう思うけど、実際にいないんだから仕方ないじゃん」

「ちょちょっ! ちょっとお待ちくださいな!

 全っ然、話に着いていけておりません!

 出来れば、最初から丁寧にお話しください」

「理解力も想像力も足りていない小娘だね」


 美影のストレートな罵倒だが、ナチュラル天才の彼女と借り物の才能しか持たない自分を、同列で語らないで欲しいと永久は受け流す。


「誰もが一を聞いて十も百も理解できると思わないでくださいな。

 私、一般ピーポーですので」

「じゃあ、事の始まりから話してあげる。

 一回で理解しろ」

「それは約束しかねますが」


 予防線を張るが、どれだけ有効かは不明だ。

 美影は永久の弱音を無視して、彼女の知っている限りの最初から語り始める。


「この前、僕が暴走したのは覚えてるでしょ?

 君もその場にいたんだから」

「ああ、はい。

 あれは難儀しました。

 空間断絶結界すら、どんどん食い破ってくるのですから」

「当たり前だよ。僕の黒雷だよ?

 受け止めようというのが間違ってる。

 ……それで、あれは僕の暴走なんかじゃない」

「はい?」


 認識していた事の否定に、首を傾げる永久。

 美影は大真面目に事実を告げる。


「あれは、攻撃に対する防衛行動だよ。

 あの瞬間に、僕は攻撃を受けていたんだ」

「…………そんな気配はまるで感じませんでしたが?」

「我も何も感じんかったのぅ」

「そう……。

 そっちはともかく、化け猫まで分からなかったなら、魔術に類する物じゃないって事か」


 ノエリアは、魔力に対する絶対権限を保有している。

 魔力を動力としたものであれば、如何なる道具も術式も、彼女には通じないし、彼女の認識を誤魔化す事も出来ない。


 そんな彼女が感知できなかった以上、魔力由来の攻撃ではないと断じても良いだろう。


「となれば、汝らの力かの?

 ちょうのうりょく、とか言ったか。

 そちら側の干渉であれば、我らに察知は出来ないじゃろうが……。

 汝には分からなかったのかえ?

 あの場には、他にもちょうのうりょくの使い手もおった筈じゃが」


 俊哉も雫も、超能力を覚醒させ、そのエネルギーを探知できる者がいた。


 だが、彼らは攻撃を受けているという様な認識をしていなかったように見える。

 突然、美影が意味不明な暴走を開始した、という風であった。


 その疑問に、美影は答える。


「……僕たちは、絶対権限者じゃない。

 フィルターをかけられていると、見逃してしまう事もある」


 刹那やノエリアと、その他の者たちの違いだ。


 絶対権限者である彼らならば、幻術などによって認識を誤魔化していたとしても、その誤魔化している気配自体を感じ取って見抜いてしまう。

 消臭剤の匂い自体を嗅ぎつけてしまうのだ。


 だが、美影を含めて、他の者たちではそうはいかない。

 何かが隠されている、何かが消されている、そうと注意して探らなければ、隠されている何かを見つける事も、そもそも隠されているという事実さえ見逃してしまう。


「ふぅむ。成程の。

 つまり、汝らをして見逃してしまう程の使い手による攻撃という事か」

「でも、それならば、何故美影様は防衛行動を取れたのでしょうか?

 何も分かっていなかったのならば、無防備に受けるしかないのでは?」

「…………」


 美影は、無言で爪を立てると、自らの肌を一閃した。

 鋭く裂かれたそこには、赤い肉の色に混じって黒い稲妻が絶えず流れていた。


「僕の身体は、黒雷に侵されている。

 皮膚一枚下には、常に黒雷が流れているんだ。

 これが勝手に反応して攻撃に対処していたんだ」

「自動防衛システムとは。

 便利そうではありますね」

「便利ではあるけど、不気味でもあるんだよ。

 当人としては」


 どんな効果があるのか、はっきりと分からない状態は、心休まる物ではない。

 今この瞬間にも、黒雷に食い尽くされて死んでしまうかもしれない。

 そんな恐怖を常に抱いていないといけないのだから。


「ともあれ、そういう事であれば了解したのじゃ。

 それで? 一体、どの様な攻撃だったのかえ?

 物理的な干渉ではなかったように思えるのじゃが」


 火だの雷だの、そんな分かり易い攻撃ではなかった。

 そんなものが飛んできていれば、流石に彼女たちにも分かっただろう。


 美影は短く答える。


「精神干渉」


 ぎりっ、と歯が砕けそうな程に美影は食い縛って、忌々しいと吐き捨てるようにもう少し詳しく言う。


「あれは、僕の記憶を弄ろうとしやがった……!」


 昂る意思に伴い、彼女の全身から雷光が弾けた。


 だが、それもすぐに消える。

 今度は意思の何もかもが消えたように、消沈した表情となってソファに深く身を預けている。


 これも、レアな光景だろう。


「具体的には、どんな記憶を弄ろうとしたのでしょうか?」


 永久が恐れる事無く、踏み込んでいく。

 ここまで聞けば、流石に彼女にもその答えは予測が付く。

 とはいえ、確信はないので、やはり当人に訊くしかない。


「…………お兄の、記憶。

 あれは、僕の中から、お兄を消そうとしたんだ」


 それは、いつも自信に溢れて、快活な少女と同じ人物が発したとは思えないほど、今にも泣きだしてしまいそうな弱々しくてか細い声だった。


「ふむ。話が見えてきたの。

 あのド阿呆が消え、……これは自らの意思か、何者かに消されたのかは分からぬが……、ともあれその隙に、他者の記憶からあやつを消そうとした、と。

 ちなみに、それは汝だけなのかえ?」

「…………」


 美影は、弱々しく首を横に振る。


「皆、か。

 世界中の人間の記憶から、大馬鹿者の記憶が消された、と。

 唯一、自動防衛機能によって、汝のみが記憶を残しておる、と」

「……ちょっ! ま、待ってください!

 私も記憶が残っておりますよ!?」


 永久が自分を主張する。


 彼女の中にも、刹那の記憶はしっかりと残っている。

 何なら、世界から完全に消されてしまった、炎城であった時代の記憶だってある。


 これはどうした事か、と言うと、美影も胡乱な視線で同意する。


「それ。何で君は覚えてんの?

 お姉だって、帝の爺様だって、誰も彼もが忘れてんのに……何で?」

「何で、と言われましても。

 私の方が聞きたいくらいですが」


 特に、何らかの防御をした覚えはない。

 美影の防衛行動の規模を考えれば、普通に張り巡らせている精神防御程度では対抗しきれない事は目に見えている。


 なのに、覚えている。


 ノエリアが覚えている事は、あまり不思議ではないが、永久は彼女と繋がっているからこそ難を逃れたのだろうか、と考えて視線を彷徨わせる。


 あちこちへと向かう視線が、やがて窓から見えるマジノライン三式の姿を捉えた。


「…………作品」

「あ?」

「あ、あっ! 作品です!

 物は残っているのです!」

「……何言ってんの?」


 唐突に興奮したように叫ぶ永久に、美影は自棄になったような投げやりな調子で問いかける。


「だから、作品です!

 刹那様は、本人も他者の記憶も消えておりますが、あれのような彼の作った物自体は残っているのです!

 美影様の超能力が残っているように!」


 マジノラインは、刹那の作だ。

 彼のロマンを詰め込んだオリジナルであり、彼がいなければ誰も造らなかっただろう存在である。


 美影の超能力も、そうだ。

 刹那だからこそ呼び起こしたのであり、彼がいなければ今でも眠っていただろう可能性である。


 彼の軌跡の全てが失われたのならば、それらも消えていないとおかしい。


 だが、それらは残っている。

 消えてしまったものは、あくまでも本人と、周囲の人間が持つ記憶だけなのだ。


「思い出してくださいな!

 私は、彼の手によって記憶と人格が再構築されています!

 刹那様の手が加えられた、刹那様の作品なのです!」

「……人間扱いじゃなくて、物扱いかよ」

「確かにそうですけど!

 そう言われると悲しくなりますね……」


 美影の端的な一言に、永久は著しく落ち込んだ。


 だが、それはともかく、言っている事は納得のいくものだった。

 確かに、刹那が造り出した物が残っているのならば、彼の手で造り直された永久の記憶や人格が、そのまま残っているのも不思議ではない。


 特に、彼女の場合、姉が持っていた刹那の記憶を軸に、砕け散った人格を再構築されているのだ。

 それが完全に失われていれば、元の廃人に戻っていないとならない筈なのだから。


「ふむふむ。成程の。

 まぁ、真実は分からぬが、仮説としては面白いの。

 では、その仮説を基に、他に覚えていそうな人物に心当たりはあるかえ?」


 ノエリアが、刹那の人間関係に最も詳しいであろう美影に問いかける。


 彼女は、脳裏に刹那の作品をリストアップして考えていく。


 やがて、小さく首を横に振った。


「駄目。

 お兄、そういうの、趣味じゃないからあんまりやってない。

 でも……」

「でも?」

「一人、可能性がある、かもしれない奴が、いる。

 いや、正直、自信はないけど」


 尻すぼみに消える言葉。


 言っている通り、彼女自身、確信はまるでない。

 だが、状況からして、その者の記憶や人格を刹那が構築したと言って言えなくもないような、そんな人物が一人だけいるのだ。


「ほっ。そいつは朗報じゃの。

 何処の誰じゃ?」

「《ゾディアック》番外。

《蛇遣い座》のサラ・レディングだよ」


カリーヴルストにはまっている、昨今。

べら美味ぇ。

ドイツ、やりおるな。

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― 新着の感想 ―
[一言] あー、人類外を物と定義すれば、蛇使い座は覚えるね。体を全部ナノマシンにしてたから。
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