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本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
四章:《救世主》消失編
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乱れた心

かなり短め。

思い付きだからしょうがないとです。

 瑞穂列島からほど近い海底に、そこはあった。


 大規模な海底火山に寄り添うように建設されたそれは、地下深くから噴き出す熱エネルギーと、マグマの中から抽出した鉱物資源によって、超大型作品の建設工場として稼働している。


 勿論、秘密基地である。

 そうである事に、特に意味はない。

 単なるロマン故に、秘密にしてあるだけだ。

 知っている人物は、建設者である刹那の他には、雷裂の姉妹しかいない。


 現在、刹那が消失し、皆の記憶からすらも消えている以上、美雲がこの施設に注目する可能性は非常に少ない、と美影は判断し、ここを潜伏場所として採用した。


《ラグナロク・システム》のパイプから脱出した一行は、密やかにその海底工場に入り込んでいた。


 早速に話がしたい所だが、全身が海水でベトベトに汚れている状態では、落ち着いて話をしてもいられない。

 彼女たちも、一応は女の子なのだ。

 必要ならば幾らでも我慢できるが、そうでないのならば出来る限り身嗜みに気を付けたい所である。


 という訳で、先にシャワーを浴びる事になった。


~~~~~~~~~~


 もうもうと湯気の立ち込めるシャワー室の一つ。

 中からは、雨の様な水音が絶えず生まれている。


 頭上から勢いよく流れ落ちるお湯を受けながら、一糸纏わぬ姿となった美影は、微動だにせずに俯いていた。


 噴出する湯の温度は、よほど高く設定されているのだろう。

 染み一つなく、白く美しい彼女の肌は、高熱に晒されて赤くなっていた。


 痛みを感じるほどの勢いと温度に晒されながら、美影には全く動きがない。


 呼吸をしているかさえ定かではなく、一見するとよく出来た彫像のようである。


 今、彼女は沸騰してしまいそうなほどに血の上った脳味噌を、強引にでも落ち着かせる事で精一杯なのだ。


 心中には、幾つもの感情が底なしに湧き上がっては、渦を巻いてかき乱している。


 憤怒と憎悪、そして不安と寂寥。


 兄を、刹那を、最愛の人を、奪い去った何者か。

 許す事など出来ない大罪人への怒りと憎しみに破裂してしまいそうな激情。


 一方で、もしも戻らなかったら、という不安。

 元凶を排除しても刹那が戻らなかったら、永遠に失われてしまったら、どうすれば良いのだろうか。

 迷子になってしまった幼子の様な、心細さと寂しさが、心を暗く押し潰していく。


 熱さと冷たさが入り交じり、美影の心の内はグチャグチャだ。


 深海の凍える冷水でも頭は冷えなかった。

 だから、今度は熱湯を浴びる事で思考を切り替えてしまおうと、彼女は考えて行動していた。

 そんな、不合理な事を考えてしまう程に、今の彼女は追い詰められていたのだ。


「ふっふっ……」


 どれだけそうしていただろうか。

 やがて、美影の薄い唇が裂けて、乾いた笑いを漏らした。

 自嘲するような、そんな笑みだった。


「……ねぇ、お兄。

 僕、こんなに弱かったんだね」


 刹那という道標を失っただけで、こんなにも脆く崩れてしまうだなんて、思ってもみなかった。


 楽しかった。

 嬉しかった。

 生き甲斐が、あった。

 灰色の世界が、美しい彩に満たされていた。


 それがなくなってしまうなんて、想像もしてこなかった。

 元通りの灰色の世界になるかもしれないなんて、そんな事、考えた事も無かった。


 いや、違う。

 もっと根本的に勘違いしていた。


 天才の自分なら、強い己なら、そんな事になってもどうにでも出来るだろうなんて、そんな楽観を抱いて真剣に考えた事が無かったのだ。


 だが、現実はどうか。


 今の美影は、向ける先の分からない憤怒と、先の見えない不安に振り回されて、何をどうすれば良いのかも分からず、立ち止まってしまっている。


 なんという醜態か。

 まるでそこらの女子供のようだ、と自らを嘲笑う。


 ペタリ、と手を壁に付く。


「すぐに……すぐに、いつも通りになるから。

 僕は、大丈夫だから。

 こんな事で……壊れたりなんか、しないから」


 自分に言い聞かせるように、狂ったように呟く。

 心をかき乱す不純物を吐き出し続ける。


 すると、彼女の心が立ち直っていくように、全身から雷光が弾け始めた。


 紫電から、やがて黒雷へと。

 小さな静電気から、轟く雷撃へと。

 少しずつ、僅かずつ、変化していく。


「ふっ……!」


 やがて短く鋭い呼気を吐き出した。


 破砕する。


 手を添えていた浴室の壁が、放射状に細かく罅割れていた。


 美影は、両手で己の頬を弾いて、気合いを入れ直す。


「よっし! 弱音終了!

 さぁー、ぶっ殺しまくるぞぉー!」


 空元気でも元気には違いない。

 傍目には復活したように見える彼女は、拳を突き上げながら叫んだ。


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