表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
四章:《救世主》消失編
136/417

逃避行

遅れて申し訳ありません。

ぐっすりと寝ていたのです。

布団の恋しい季節になってきましたね。

「? 何じゃ?

 何ぞ、不思議な事でもあったかえ?」


 首を傾げている美影に、ノエリアが訊ねる。


「……いや」


 再起動した彼女は、しかしいまだ困惑しつつ言葉を紡ごうとする。


 だが、悠長にしている暇はない。

 事態は、既に動き出しているのだ。


 ピピッ、と永久の懐から、携帯端末の通知音が聞こえる。


 同時に、彼女たちの周辺に殺意が殺到した。

 色とりどりの魔弾が着弾し、粉塵を巻き上げる。


「こちらは高天原警備部であるッ!

 今のは威嚇だ!

 雷裂美影には国家反逆罪の容疑がかけられている!

 大人しく投降するのならば、良しッ!

 抵抗するのならば、撃つッ!」


 三人を取り囲むように、瓦礫の陰から大量の戦闘魔術師たちが姿を現した。


 銃型デバイスの銃口を、容赦なく向けている。

 当然だ。相手は、《六天魔軍》の一角なのだ。

 むしろ、この程度の戦力で立ち向かっている事の方が無謀で危険な行いだ。


「……思いっきり私が巻き込まれておりますね」

「慣れておるじゃろ?」

「あなたの所為でね? ノエリア」


 集中砲火が降り注げば、美影の側にいる永久にも被害が及ぶだろう。


 なのに、警備部の者たちに、それを考慮する様子はない。

 それだけの余裕がない。


「チッ……。こんな時にまで有能さを発揮しなくても良いってのに」


 美影は、舌打ちして悪態を吐く。


 蹴散らしてしまう事は簡単だ。

 魔王クラスどころか、彼女にとっても無警戒ではいられない準魔王クラスすら存在しない相手など、物の数ではない。


 だが、彼らは敵ではない。

 敵に踊らされているだけのただの愚者だ。

 愚者には慈悲を向けてやるのが、強者の余裕というものである。


 だから、彼女は足元に手を伸ばした。


~~~~~~~~~~


 美雲は、《サウザンドアイズ》越しに妹の様子を見ていた。


 美影の居場所を特定し、即座に通報したのは彼女の仕業だ。

 国の為だとか、家の為だとか、そんな理由ではない。


 妹を救う為である。


 彼女は、美雲にとって自慢の妹である。

 誰も追いつく事の出来ない才覚を宿した、人類史の傑作なのだ。

 そんな者が、自らの妹である、というのは、己のブランドを高める一助になっている。


 そんな有用で可愛い道具が、誰かの手で弄られている可能性がある。


 許せない事だ。

 許してはならない事である。


 必ず撃滅せねばならない。


 その為には、まずは妹の身柄を確保しなければ、話にもならない。


 だから、躊躇なく通報したのだ。


「何処までも追いかけてあげるわ」


 諦めて大人しく投降する、などとは思っていない。

 同時に、この程度の戦力で確保できるとも思っていない。


 きっと、美影の思考ならこの場からの逃亡を選ぶ筈だ。

 最速を誇る彼女の足ならば、容易な事である。


 故に、リミッターを解除した《サウザンドアイズ》で監視していた。

 これならば、地球上にいる限り、何処までも追いかける事が出来るから。


「さぁ、どうするのかしら?」


 期せずして発生した姉妹の知恵比べ。

 逃げる者と狩る者の勝負。


 それを楽しみながら、呟いていると、美影は足元に手を伸ばしていた。

 そして、パカッ、と小気味良い音を立てて地面の蓋を開けた。


「ほへ?」


 美雲の口から、間抜けな声が漏れ出た。


《サウザンドアイズ》の探査でも、高天原の設計図にも、あんな所に人の通れるような通路はなかった筈なのだが。

 不審な動きに、容赦ない砲火が降り注ぐ中、包囲されていた少女二人と化け猫一匹は、縦穴の中へと消えた。


~~~~~~~~~~


「……こんな所に通路なんてあったのですね」


 高天原は人工島である。

 表層区画には、土の地面が敷かれている場所もあるが、僅かでも掘り返せば、すぐに装甲板が顔を出す。

 そして、当然ながら、場所によっては整備用のダクトなどが設置されている。


 今、彼女たちが進んでいる通路も、そうした物の一つだと考え、感心したように呟く永久だが、迷いない足取りで先を進む美影は、否定の言葉を返す。


「はっ。こんな所に、こんな通路なんて存在しないよ。本来は」

「? どういう事ですか?」


 存在しない通路に身を隠す。

 ミステリーを感じさせる文である。


「ここは、お兄が遊び心で作った抜け道。

 特に使い道はなかったんだけど、まぁこういう時には便利だよね」

「えぇ~……。勝手に作ったのですか?」

「当たり前じゃん。

 高天原は国有の施設だよ?

 勝手に改造して許される訳ないじゃん」


 だから、こっそりと改造したのである。


 知っているのは、しでかした張本人である刹那と、協力した美影の二人だけだ。


 ちなみに、センサーを通さないシールドを備えており、如何に《サウザンドアイズ》であろうと、あると決め打ちして調べなければ見つけられない、無駄に高性能な特性を持っている。


「さっ。早く行くよ。

 ぼやぼやしてると見つかっちゃう」


 こっそりと設置した関係上、各種施設の隙間を強引に通す形となっている。

 その為、設計図を見ていれば、何処に通路があるのか、予測する事は可能なのだ。


「はぁ。なんというか、無駄に壮大な化かし合いを見ている気分ですね」

「あの男は暇潰しの権化じゃの。

 もっと有意義に時間を使えなかったのじゃろうか」


 軽く説明すると、そんな呆れた感想が返ってきた。


 美影の先導に従って、高天原を下へ下へと降っていく。

 そして、やがて最下層、海中へと繋がる外壁へと到達した。


「そっちの隔壁、閉じて」


 今、通過した背後の通路を示して、彼女が指示を出す。

 永久がそれに従って隔壁を降ろすと、続いて美影が外壁の扉を解放した。


 勢いよく流れ込む海水。


 深海数百メートルの水圧が彼女たちを襲うが、それで死ぬような者はこの場にはいない。


 海中へと出た美影は、海底へと向かう。

 薄暗い海中が、どんどんと光が消えていき、やがて真っ暗闇となる。


 今の所、追手の気配はない。

 まだ発見できていないのだろう。


(……まったく。お姉も困ったもんだよ)


《サウザンドアイズ》が起動している気配は感じていた。

 あれを動かせる者と言えば、美雲以外に考えられない。


 おそらく、普通に自分を捕まえようとしているのだと思われる。

 美雲のやりそうな事である。


 愛する家族に心労をかける事は、彼女としても心苦しいが、敵の正体が掴めない状況では、掴まってあげる訳にはいかない。

 捕まったが最後、今度こそ自分の記憶まで弄られてしまう可能性だってある。


 だから、最低限、敵の正体が見えるまでは、精神干渉を解除する方法を見つけるまでは、このまま逃亡生活をするより他にない。


 美影は、後ろを付いてくる一人と一匹を見る。


 ノエリアの方は予想の範疇内だが、永久まで精神干渉を受けていない事は予想外だった。

 一応、容疑者から外しているが、完全に信用した訳ではない。


(……もしも、こいつらの所業なら)


 ぶち殺してやる。

 この世に一片たりとも残さずに消滅させてやる。


 そうと思っている内に、一行は海底へと到着した。

 真っ暗なそこには、沈殿した砂とごつごつとした岩ばかりだ。

 僅かに周囲に、深海生物の気配がある。

 光も音もない、静謐な世界だ。


「こちらに何の御用で?」


 風属性魔力を応用して、永久が疑問の声を伝える。

 美影はそれを無視して、周囲を見回し、ある一点を見定めた。


 そちらへと向かうと、そこには砂に埋もれるように一本のパイプが通っていた。


 巨大なそれは、直径にして30メートルは超えるだろう。


 彼女がそれに張り付いて、表面にあったハッチを開けて、内部へと侵入した。

 それに続いて、永久たちも急いでパイプの中へと入っていく。


「ふぅ……」


 ハッチを閉じて海水の侵入を阻止して、少し振りの空気に一息ついた。


「何じゃ、ここは?」


 ノエリアが疑問を呟く。

 向かう先は、少し離れた所で、ぷるぷると首を振って水気を払っている美影だ。


 雑に水を払った彼女は、重い髪をかき上げながらその疑問に答える。


「ここは、《ラグナロク・システム》の構成回路だよ」

「……《ラグナロク・システム》?」

「あれか……」


 永久は首を傾げているが、ノエリアは思い当たる物があって遠い目をした。


 先日の戦闘において、地球全土で巻き起こっていた天変地異の数々。

 どう考えても、自然に起きる筈のないそれら。


 具体的な名称は知らなかったが、とはいえ神々の終焉の名を冠す兵器と言えば、まったく不思議ではない現象を引き起こしている物だった。


「君達には感じられないだろうけど、ここらには強力なエネルギーが満ちている。

 どんなセンサーの目だって誤魔化せるよ」


 地球の生命力、地脈のエネルギーを組み上げて流用しているシステムである。

 このパイプには、その強力なエネルギーが流れており、派手に力を発揮させなければ、人間程度の反応など紛れて見つけられやしない。


「とはいえ、いつまでも閉じこもっている訳にもいかない。

 もっと安全な場所に行くよ。

 話は、それからだ」


 北米大陸を除く、世界中に張り巡らせられているパイプである。

 ここを通れば、大体の場所に行ける。


「目的地は?」


 答えを期待せずに、永久が問う。

 硬質な足音を立てながら歩き出した美影は、逆に訊き返した。


「知りたい?」

「いえ、あまり」

「なら、答えてあげる」


 そして、肩越しに振り返りながら彼女は言う。


「お兄の秘密工房。大規模兵器工廠だよ」


《マジノライン》生誕の地である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ん~、聡明で、謙虚で、基本受け身思考な美雲が”救ってあげる”という考えに囚われてるから、多分思考誘導がかかっている?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ