ハロウィン特別記念:早過ぎる男、あるいは呪われた男とも
早いって?
良いんですよ。
そういう話なので。
時系列とかは気にしない方向でお願いします。
「ハロウィン! だぁー!」
「だー、です」
テンションを上げて拳を突き上げる美影と、それに付き合って雫も平坦な声ながらも同じように拳を掲げる。
「元気ねー、二人とも」
その後ろでは、美雲が微笑ましいとニコニコと妹分二人を見ていた。
「そりゃあ、ハロウィンだからね!
公的に悪戯解禁!
何をしても許される偉大な行事だよ!
テンションが上がらずにはいられない!」
「ふっふっふっ、まさか旅先で仕掛けられるとは思ってねぇ筈だ、です」
美影と雫の標的は、それぞれの男たちだ。
近しい関係にありながら、一切手を出されていない現状に業を煮やし、ハロウィンという行事に乗っかって(性的な)悪戯を敢行しようという腹なのである。
美雲は、妹たちが楽しそうなのでそれで良いか、という程度だが。
今、彼女らがいる場は、旅先のホテルの中。
まさか、そんな所で仕掛けられるとは思っていないだろう、という小賢しい策で奇襲するつもりなのだ。
行事に合わせて、三人の衣装は奇抜な物となっている。
美影は、狼男ならぬ狼女だ。
犬耳を付け、手にも犬の様な手袋をはめている。
スカートの下からは狼の尻尾が伸びていた。
どうやって固定しているのかは気にしてはいけない。
どれも無駄な金と有り余る技術を惜しみなく投入して作った逸品であり、質感は極上であり、また本物のように動かせる機能まで搭載しているという、本当に無駄な性能がある。
雫は、ミイラ風だ。
全身を包帯で巻き包んでおり、身体のラインがはっきりと見える。
幼い少女から大人の女性へと至る過渡期の肢体は、背徳的なエロスを宿しており、それを包帯だけが隠している様は、病弱的な儚さも合わさって、大変に男の情欲を誘う仕上がりとなっている。
「それにしても、お姉ってば」
「すっげぇエロい、です」
「そうかしら?」
美雲は、二人の指摘を受けて、自らの身体を見下ろす。
彼女の衣装は、サキュバス風だ。
肌を大きく露出した黒いボンデージ服を身に纏っている。
曝け出された腹部には刺青の様なペイントをしており、淫紋の様な淫靡な印象を振り撒いている。
腰の後ろからは細長く先端がハート形の黒い尻尾と、皮膜型の小さな翼が生えている。
美影のそれと同じく、自在に動く技術の無駄遣いの極致な品だ。
目には真紅のカラーコンタクトを入れて、鮮血の様な悪魔の瞳を演出しており、赤いルージュの塗られた唇を開けば、小さく尖った犬歯が見られる。
清楚な服装ばかりを着用する普段とは、大きくかけ離れた性的を追求した衣装である。
ギャップ感の所為で、エロスは留まる所を知らない。
「むぅ。似合ってはいるんだけど……お兄の目がそっちにばっかり行っちゃいそうで、なんか複雑」
「トシが浮気したら目潰し喰らわしてやらんと、です」
それぞれに危機感を募らせる少女二人。
雫はまだ女性らしい肢体を得つつある為、セクシー方向に挑戦してみても良いかもしれないが、美影に至っては完全な幼女体型である。
挑むだけ無謀過ぎる。
その為、可愛らしい方面に纏めていた。
自分がどうあっても似合わない方向性は、より彼女の心に敵意を生んでしまう。
「はいはい、大丈夫よ。
弟君も俊哉君も、一途な子だから。
浮気なんてしないわよ」
「……そうだと良いんだが、です」
雫は、やや不安ながらも頷く。
だが、美影は安堵できない。
なにせ、刹那の心は自分だけでなく、美雲にも向いているのだから。
「雫ちゃんはそれでも良いよ!
でも、お兄は! お兄はッ!
僕だけを見て欲しいのに!
クソぅ! 何で僕は成長しないんだッ!」
魂の叫びを漏らして四つん這いとなり、床をぶっ叩いていた。
絨毯の下から、床が罅割れるような嫌な音が聞こえた。
これ以上放置していると、建物が殴り倒されかねない。
なので、雫と美雲の二人で両脇を挟み込んで、引きずって運び出すのだった。
「うぅ~、これこそ嬲るの原型!」
「人聞きの悪い事を言うわね~」
「お姉は勿論、雫ちゃんも一人だけ成長しやがって!
うーらーぎーりーもーのー!」
「負け犬の遠吠えが耳に心地良いぞ、です」
~~~~~~~~~~
そうして、まずは俊哉の部屋へとやってくる。
「「「トリック・オア・トリート!」」」
ゴンゴン、とノックというより叩くという様な調子で扉を響かせる。
「おらぁ、出すもん出しやがれー!」
「出すもんなけりゃ悪戯させろー、です!」
美影と雫が扉の向こうへと叫ぶ。
やっている事は、ほぼ山賊である。
山賊どころではない戦力を有しているというのが、更なる問題だが。
「あー、はいはい。ちょっと待ってな」
扉越しに、ややくぐもった声が聞こえ、二秒後にはドアノブが捻られる。
扉が開けられると、一人の青年が顔を出した。
野性味のある緑髪の彼は、風雲俊哉。
雫の想い人である。
部屋の中からは、紅茶の香しい香りがふわりと漂ってくる。
大きく限界まで扉を開けると、部屋の中が見えた。
「よく来たな。歓迎するぜ」
中には、白いテーブルクロスのかけられた丸テーブルが置かれ、その上には色とりどりの菓子が並べられ、更には仄かな湯気をくゆらせるティーセットがあった。
「おぉー、準備が良いねー」
「……チッ! です」
標的ではない為、お菓子が食べられる方が良いという美影に対して、イベントにかこつけて襲う気だった雫は、思いっきり舌打ちをした。
「そりゃあな。
それなりに濃い付き合いだし、あんたらの考えそうな事は分かるさ」
暦が被っている事に気付いた時点で、しっかりと用意し始めた俊哉である。
この際、雫に引かれている事実は認めるものの、流石にロリコンの誹りを受けるにはまだまだ覚悟が足りていない。
なので、彼女がしっかりと成長するまでは、と清く正しくプラトニックな関係でいようと決めているのだ。
覚悟を守る為には、隙を見せない事は大切なのである。
「まぁ、リスク考えたら、しっかり用意するわよねぇ」
「そうっすね。
では、お嬢さん方、どうぞお入りください」
美雲の言葉に頷きながら、気取った様子で三人を部屋に招き入れた。
「むぅー、です」
美影を筆頭とした数々の上流階級の人間と接する俊哉。
そうした中で鍛えられた俊哉の催すお茶会は、超一流とは言えないが、それでも充分に満足できる出来栄えだった。
但し、雫だけは不満だらけであり、茶会の最中は俊哉の膝に上にずっと鎮座して、後頭部を彼の胸にグリグリと押し当て続けていたのだった。
~~~~~~~~~~
俊哉の茶会を済ませた後、彼女らは刹那の部屋へとやってきていた。
『え? せっちゃん先輩?
まぁ、なんかやってんじゃないっすかね?
ゴソゴソ音がしてたし』
という俊哉の証言を受けて、奇襲の失敗を予想しつつも、逆にどんな歓迎を受けるのかと期待する。
「……どう来るかな?」
「お菓子を用意してるんじゃ、トシと被るしな、です」
扉の前で、美影と雫で囁き合っている。
「コスプレしてるかな?」
「セツの奴、いつでもコスプレしてるようなもんじゃねぇか、です」
「そうだよねー」
普段から触手になったり、ロボットになったり、幽霊になったりと、実に多彩な形態変化をしている不思議生命体だ。
コスプレするにしても、生半可な物では驚きを覚えないだろう。
どうやって予想を超えてくるのか、実に楽しみである。
「「「トリック・オア・トリート!」」」
声掛けをして扉を叩けば、すぐにノブが回った。
「お菓子をくれないと、悪戯しちゃう、ぞ……?」
「……うわ、すっげぇ予想外、です」
出てきたのは、全身が赤い衣装に包んだ青年。
口元には白い口髭を付けており、頭には赤い帽子を被っている。
白い布に包んだ大きな荷物を背負っており、陽気な笑い声を漏らしていた。
「フォッフォッフォッ、メルルリリリィークリスマース!」
そう、サンタがいた。
より正確には、サンタの恰好をした刹那がいた。
「早ぇよ、です」
「…………」
美影が唖然としている中で、雫が端的な感想を漏らした。
「あらあら、これはもしかして……」
美雲が何かに思い至ったように呟いていると、刹那は背負った荷物の中から三種の箱を取り出し、
「今年一年、良い子にしていた子供たちにプレゼント・フォー・ユー!
来年も良い子にしているのだぞぉ?
フォッフォッフォッ」
三人娘の手の上に載せていく。
形はほぼ立方体の掌サイズだ。
リボンは各種色違いで、美影は黒、雫は緑、美雲は金の色をしている。
そして、部屋から出ると、廊下の窓を開ける。
秋の涼しい空気が流れ込む中、シャンシャンという澄んだ音が聞こえてきた。
「私は世界中の良い子たちに、プレゼントと笑いを提供しに行かねばならない。
名残惜しいが、これにてさらばだ。
とう!」
窓の外に飛び出す。
高層階であるが、それで死ぬような生物ではないので安全の心配はしていないのだが、次の瞬間、窓の外に空を駆けるトナカイとそれに引かれたソリがやってきた。
刹那サンタはそれに飛び乗ると、
「フォッフォッフォッ……!」
陽気な笑い声を残して、秋の空へと消えていった。
一秒経って、二秒経って、とんで六秒経った頃にようやく正気に戻った美影は、戦慄と共に浮かんだ予想を口にする。
「まさか、あれはサンタの呪い……!?」
「は? サンタの呪いって何だ? です」
雫の半目の問いに答えたのは、困ったように眉を下げた美雲だった。
「うーん。
去年ね、弟君ってばサンタさんを仕留めて、トナカイを戦利品として持ち帰っちゃったのよねぇ。
その関係かしら?」
「何やってんだ、あいつ、です」
「本当に何をっているのかしらね?」
全く反論の余地のないツッコミだった。
「……まぁ、その内、正気に戻ってお兄は帰ってくるとして、このプレゼントでも開けてみよっか」
心配するだけ無駄だし、という事で気を取り直した美影が、渡されたプレゼント箱を示す。
「そうだな、です。
変なもんが入ってないと良いんだけど、です」
「流石に大丈夫だとは思うけど、まぁ用心はしておいた方が良いわね」
以前に、バレンタインのお返しに、生きて動くお菓子をプレゼントされた経験から、覚悟はしておいた方が良いと美雲は言う。
ちなみに、ちゃんと美味しかった。
内臓も何もないのに、どうやって生きていたのか、大変に不思議である。
「いざ」
ごくり、と唾を飲み下しながら、息を揃えて開け放つ。
中には、小さな袋が入っていた。
ややきらびやかな紙袋である。
表面には、〝お年玉〟と書かれている封筒だ。
「「「早いよ」」」
三人の意見が見事に一致した瞬間だった。
ちなみに、中には金銀プラチナの三色で出来た菱餅が入っていた。
ちゃんと食べられる特別製である。