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本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
四章:《救世主》消失編
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もう一人

 麗らかな昼下がり。

 麗らかと言うには、些か以上に日差しが強くて、昼食後の満腹感に誘われた睡魔すらも逃げ出している青空教室に、突然の雷鳴が響き渡った。


「この畜生めがッ!!」


 雷鳴の正体は、黒き稲妻を纏い、般若の面を装備した美影であった。

 彼女は一切スピードを緩めぬままに、永久の頭上で夏の暑さに負けずに惰眠を貪っている怪描を固く握りしめた拳で撃ち抜いていた。


「ぶぎゃぶっ!?」


 面白い程に歪んだデブ猫は、目にも止まらぬ速度で吹き飛んでいく。


 街路樹や街頭、散乱している瓦礫など、周辺にある様々な物に激突しながら、バウンドを繰り返す。


 その様は、まさにピンボールの如し。


 数十度に及ぶ反射の後に、ようやく速度が落ちてきた所で下手人の下へと跳ね返ってきた猫球を、美影は乱暴にキャッチする。

 そして、ダムダムとリズムよく地面に叩き付けてドリブルし始める。


 彼女は、突発的事態に唖然としている面々に振り替えると、


「ごめんね、邪魔して。急いでるから、アデュー」


 登場時の般若の顔とは打って変わって、文句の付けようのない綺麗な笑顔で謝罪すると、雷鳴を残してその場から消えていった。

 猫をドリブルしながら。


「「「…………」」」

「お、おおぉ~~~~……」


 嵐のように現れて去って行った暴虐に、暫し我を忘れて唖然とし続ける面々。

 そんな中、頭上数㎝を通過した超速の拳の余波を受け、頭髪と頭皮が僅かに削れた永久は、患部を両手で抑えながら戦慄に呻いていた。


 僅かにズレていれば、自分の頭蓋が砕けていた。

 別に死にはしないが、やはり気分の良い物ではない。


 ショゴスを増殖させて患部の修復を完了させると、彼女は席を立つ。


「先生。申し訳ありません。

 ペットが強奪されたので、退席させていただきます。

 良い午後を」


 ペコリ、と行儀よく礼をして、永久は小走りで強奪犯を追いかけていくのだった。


「「「…………」」」


 授業中だった彼らが、我に返るまでに要した時間は、数分にも及んだとか。


~~~~~~~~~~


「おい、このクソ猫がッ!

 ドタマかち割られたくなかったら、今すぐに白状して元に戻しやがれ!」


 高天原の一角、いまだ瓦礫ばかりが積み上げられ、復興の手が伸びていない無人領域に、派手な雷鳴と少女の物とは思えない脅迫の声が響き渡っている。


「ぼ、ぼきゅ、あにもちやないよぅ。

 ぷるぷる」


 わざとらしい位にあざとい仕草と声で、怯えた猫を演じる妖怪。


 美影は、心からの苛立ちを込めて、怪描を大上段から振り下ろし、反対に振り上げた自らの膝に叩き付けた。


 要は膝蹴りである。


「むぎょうっ!」


 面白い位に歪む怪描。

 腐っても妖怪か、どう考えても普通の生物なら生きていないだろう程の形に変化しつつも、すぐに元の形に戻っている。


「てんめぇ、いい加減にしろよ、おい。

 お前の自我が戻ってる事くらい、お見通しなんだよ」


 ぎりぎりと、両手の圧力を強めて握り潰しながら言うと、今まで呆けた顔をしていた怪描が、理性のある顔へと変化した。


「何じゃ、気付いておったのか」

「当たり前だよ。

 大体、お兄と同じなのに、電撃程度でどうにかなる訳ないじゃん」

「それもそうよな」


 エネルギー生命体であるノエリアには、そもそも脳という概念自体が適応されない。

 言うなれば、存在そのものが脳として機能しており、疑似的に再現してある肉体側の脳をどれだけ刺激した所で、記憶も人格も損傷しない。

 一時的に飛ぶ事はあっても、すぐに本体側から修復がされて、長くとも数秒程度で元に戻る。


 どういう原理なのか、そこまで詳しくはないが、刹那がそういう感じなので、どうせノエリアも似た様な感じだと思っていた美影である。


 最初からそういうものだと見ていたおかげで、彼女の無駄に完成度が高い演技を一発で看破できた。

 また、どんな扱いをされても演技を崩さないプロ根性に敬意を表して、見なかった事にして放置していたのだが、それもこちらに被害が無かったらの話である。


 刹那が誰にも気づかれず、消失するという異常事態。


 どんな目的で誰がやったのか、全くの不明であるが、それを可能とする人物はたった一人しかいない。

 他に候補がいないのだから、そいつが犯人に決まっている。


 単純かつ明々快々なる消去法によって、美影はノエリアが犯人だと断定していた。


「さぁ、吐け。

 吐いて楽になって、全てを元に戻せ。

 即座にそうすれば、せめて苦しまずに抹殺してやる」

「待て待て待て。

 いきなり剣呑な娘じゃの。

 一体何の話をしておるのじゃ。

 我が何をしたと?

 猫らしくタダ飯喰らって愛嬌振り撒いてお気楽な生活しかしておらんぞ」

「ほぅ? あくまでシラを切る、と?

 よほど、苦しみながら死にたいと見える」


 足と頭を持って目いっぱい引き伸ばす美影。

 猫は、普通なら千切れる所だが、麺のように細く引き伸ばされながらも健在だ。


「お、おおう。止めんか。

 半分に千切れたらどうするつもりじゃ」

「こねて一つにする」

「我はミンチではないのじゃが……。

 ともあれ、本当に何の話じゃ。

 心当たりが無さ過ぎるぞ」

「お兄の話だよ!」


 手を離すと、ゴムのように元の大きさへと戻る猫球。

 僅かに重力に引かれて落ちていく所、すかさず捉えた美影の蹴りがヒットして、それは勢いよく吹き飛んだ。


 瓦礫に思いっきりめり込むノエリアは、特に気にせずに言う。


「む? あの阿呆か?

 何じゃ、またぞろ何かしでかしよったのか。

 ふはは、地球人は大変じゃのぅ」


 ノエリアは覚えている。

 刹那の事を。


 こいつが犯人だと断定している美影であるが、その事に少しばかりの安堵を覚える。


 もしかしたら、と。

 もしかしたら記憶がおかしくなっているのは自分の方ではないのか、と。

 もしかしたら最初から〝刹那〟という存在はなかったのではないのか、と。

 ここまで一抹の不安を覚えずにはいられなかったから。


 それが否定された今、もはや何の憂いもない。

 犯人をぶちのめして、愛しい人を取り戻すだけである。


「そうじゃねぇ!」


 飛び蹴りを叩き込んでめり込んだ瓦礫ごと粉砕しながら、彼女は叫ぶ。


「お兄が!

 消えたんだよ!

 世界から!

 お前の仕業だろ!」

「ぬ? 消えた? 奴が?

 どういう事じゃ?」

「お前が消したんだろうがッ!」


 連打する。

 吹き飛んでは跳ね返り、そこをまたぶっ飛ばされる。

 反射角まで計算した見事な曲芸が展開されていた。


 尤も、いくら超人的パワーであっても、純粋物理攻撃では、ノエリアには何の痛痒も与えられないのだが。


 美影もそんな事は分かっている。

 これは単なる憂さ晴らしである。

 そうでもしていないと、頭がどうにかなってしまいそうだから。

 通用する攻撃で元凶を滅するのは、事態を解決してからではないといけないのだ。


 美影の断言に、ノエリアは反論した。


「待て、小娘よ。

 我にそんな事ができる筈がなかろう」

「ああん!? 言い逃れか!?」

「厳然たる事実じゃ。

 ほれ、我を見よ。

 猫程度にしかなれぬ弱々しい絞りカスぞ。

 あやつを消すほどの力がある筈がなかろう」

「…………」


 一理ある、と少しばかり冷静になった美影は、ピンボールの手を緩める。

 止める訳ではない。


 確かに、ノエリアにはそれを可能とするだけの〝技能〟はある。

 しかし、それを可能とするだけの〝エネルギー〟がまるでない。

 ガス欠状態の今の彼女では、美影と戦う事すら難しいだろう。


 彼女よりも更に上位に位置する刹那の相手など、たとえどれだけの幸運を積み重ねて、自分に都合よく考えたとしても、返り討ちに遭う未来しか見えないものである。


 跳ね返ってきた怪描を受け止めた美影は、それを自分の眼前に掲げて睨みつける。


「じゃあ、誰がやったって言うんだよ」

「知らぬわ。我に訊くな。

 むしろ、小娘が我に説明せよ。

 何があったのか。

 力になれるかもしれぬぞ?」

「…………。

 ……この悪党め。何を企んでいる」


 助力の申し出に、美影は不審な視線を向けた。


「人の好意は素直に受け取るが良い。ひねくれた娘じゃな」

「嘘を吐けぇ~」

「まぁ、確かに下心があっての事じゃが」

「やはりな。死ね」


 素直な言葉が美影の口から吐き出された。

 それを苦笑しながら、ノエリアは要求する。


「うむ。

 いや、流石に我も単なる猫では色々と不便なのでな。

 協力してやる代わりに、多少の魔力を融通して貰えれば、と思ってのぅ」

「…………」


 ノエリアは、母星を失った事で、ほとんど自力でのエネルギー回復が行えない。

 自らの存在を維持している事だけで精一杯なのだ。

 僅かな民や星核の断片を取り戻した事で、その状態も少しは改善したが、貯蓄されていく魔力は悲しくなるほどに少ないものである。


 根本的解決策となれば、母星ノエリアの奪還以外にないが、その場凌ぎ程度ならば、よその魔力を頂戴するという方法がある。


 当然、その当てとは地球人類以外にいない。

 戻ってきた民は、現在、遠い火星にいるし、そのテラフォーミングで忙しい。

 彼女が望めば魔力の融通くらいしてくれるだろうが、その分、開発が遅くなる事を思えば、出来れば選択したくない所である。


 美影にも理解できる話だった。

 とはいえ、はい分かった、と了承できる話でもない。


 これがそこらの連中なら構わないと軽く返せる要求だったが、相手はノエリアである。

 刹那と同じく、エネルギーさえあれば何でもできる怪物だ。

 そんな奴に、魔力を渡して良いものかと、僅かに迷った。


 だが、その迷いは一秒と経たずに消える。


 彼女にとっての優先順位は、何よりも刹那の奪還である。

 その為ならば、手段を選ぶ気など更々ない。

 引き換えに世界が滅ぶのだとしても、それで愛しい人を取り戻せるのならば、彼女は喜んで世界を差し出すだろう。


 だから、美影はその要求を呑む。


「まぁ良いや。

 すぐに提供できるものは少ないけど、幾らか持ってきてあげる」

「話の早い娘じゃな」


 気分よく、化け猫が鳴く。


 善悪はともかくとして、優先順位をしっかりと定めて自らの目的を間違えない者ほど、優秀な物である。

 そういう点では、美影はこの上なく優秀であった。

 そんな事は、己を打倒せしめた事で理解しているが。


「あのー、うちのペット、返して欲しいのですが……」


 話が纏まった所で、ひょっこりと顔を出す者がいた。


 永久である。


 永久とノエリアは、実は繋がっている。

 彼女は、ある種、ノエリアの端末という状態なのだ。

 そうであるが故に、全属性の魔力どころか、地球人類に扱えない類の魔力属性を身に宿した上に、手足を動かすように、超能力を扱うように、彼女は〝魔法〟を振るえる。


 ともあれ、そのラインを辿る事で、目にも止まらぬ速度で消えた美影の位置を捉え、追い付く事が出来たのだ。


「これは暫く借りるから。

 用が済んだら返すよ」

「いや、そう言われましても」

「なに? レンタル料が欲しいの?

 言い値で払ってやるよ」

「お金の話じゃなくてですね」


 困ったような顔をする永久に代わり、ノエリアが美影に対して口を開く。


「小娘よ。

 せっかくじゃから、永久も引き込んだらどうじゃ?

 我が鍛えておるから、それなりに有能であるぞ」

「それなりって。

 っていうか、あなた、ちゃんと喋ってる?

 知能が戻ったのですか?」

「演技してたんだって。

 ふざけた猫だよね?

 ちゃんと躾しないと駄目だよ?」

「日々、踏んだり蹴ったりして躾けているつもりなのですが……。

 今度は燃やしたり沈めたりしてみましょうか」

「汝ら、我に対する敬意とか持ってくれぬか?

 これでも始祖魔術師じゃぞ?」

「「ないわー」」


 口を揃えて二人は言った。

 猫は落ち込んだ。


 駄猫の事は放っておいて、永久は美影を見る。


「では、気を取り直しまして。

 何か、厄介事が起きているのでしょうか?」

「……何でそう思うのかな?」

「強いて言えば、簡単な読解力の問題かと。

 わざわざノエリアに用がある以上、どう考えても尋常な事ではありません。

 また、ノエリアは私を巻き込むべきだと言いました。

 貴女方二人だけでは対処しきれない可能性がある、と言っているようなものです」

「……まぁ、そうだね」


 わざわざ指摘されれば、確かにその通りだ。

 まだまだ冷静になり切れていない、と反省する美影に、永久は続けて言う。


「雷裂の方々には、恩義があります。

 私の力が必要でしたら、喜んで手を貸しましょう」

「……そーゆー空手形、ほいほい切る物じゃないよ。

 そんなんだから、悪い奴に良いように利用されるんだよ。

 例えば、こんなのに」

「そうかもしれませんね」


 ぷらぷらと揺さぶられる猫を見て、永久はクスリと笑った。


 美影は吐息する。

 確かに、手は多いに越した事はない。

 なにせ、相手は刹那をどうにかしてしまった何者か、なのだ。

 いまだ刹那に届いていない自分と、弱体化した怪描だけでは、心もとない。


 今の永久ならば、戦力外という程ではないだろう。

 そこら辺の雑魚よりは、よほど力もあり、芸も多彩だ。

 地球上にいる中では、彼女以上に頼りにできる選択肢もない。


 引き込む方に天秤は傾いた。


「言っとくけど、場合によっては世界を敵に回すからね?

 っていうか、もう回してるけど」


 庇いきれない問題を起こした上で、ほとぼりが冷める間もなく脱獄してきた身だ。

 遅かれ早かれ、指名手配がされるだろう事が予測される。


「既に経験済みですが?」


 笑って茶化す永久。


 彼女も、恩義のみで協力しようと言っている訳ではない。

 彼女には彼女の思惑がある。

 打算あっての行動だ。

 美影と行動していれば、きっとまた出会えるのではないか、と考えたからこそである。


 永久は、周囲を見回した。


 目的のものが見当たらない事に、少しばかり残念に思う。

 とはいえ、どうせすぐに果たせると思って気を取り直し、美影へと訊ねる。

 どうせ、彼女と共に行動しているのだろうから。


「ところで、おに……もとい、刹那様は、どちらにいらっしゃるのでしょうか?」

「…………え?」

「ん?」


 美影が妙なものを見つけたと言わんばかりに首を傾げ、理由が分からずに永久も首を傾げるのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 永久覚えてないと思ったら、覚えてるっていう勘違いよ。確かに半ばノエリアの端末化してたなら、集合無意識の人類判定外だね。そもそもショゴスと一体化してるから人類かどうかも怪しいし。
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