表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
四章:《救世主》消失編
133/417

じっとしていられない女

中途半端な時間なのは、仕事中に携帯でポチポチ書いてたからです。

給料泥棒と呼ぶが良い。

「…………」


 目覚めは、最悪な気分だった。


 突然の暴走に気を失っていた美影が目を覚ますと、そこは独房の中であった。

 手足に重厚で如何にも頑丈そうな枷をはめられ、更に体の各部位を鎖で繋がれている。

 空気は重苦しく、差し込む光は少ない。


 対魔王用の本気の監獄である。


 何重にも施された魔力絶縁構造体や魔力阻害錠で固められ、更には独房には科学式エネルギーシールドが張られており、脱出する事はまず不可能な設備を備えている。


 意図しての事ではないとはいえ、緊急事態でもないのに一般人の多くいる市街の中で、超常の力を爆発させたのだ。

 如何に《六天魔軍》であろうと、いや彼らであるからこそ、この様な措置を取られるのは極々当然の事である。


「…………」


 美影は、無言で虚空を睨み付ける。


 この拘束に対しての不満、ではない。


 彼女が苛立っているのは、気絶する前の事。

 何故、自分が暴走するなどという醜態を晒したのか、である。


(……あれは、攻撃だった)


 傍目には暴走にしか見えなかったあれは、その実、外敵から身を守る防衛行動だった。

 あまりに強力過ぎて、手加減する余裕がなかったからこそあの様な結果になったのである。


 無論、あの時点ではそんな事に気づいていた訳ではない。

 突然の、意識していない防衛行動と、それに伴う激痛に耐える事で精一杯であり、その時には美影自身もそうだとは気付いていなかった。


 彼女は、自身の内側へと意識を向ける。


 一見して、白く傷一つない美しい肌。

 その下に流れている、黒雷の波動。


(……自動防衛機能があったんだね)


 あらゆるエネルギーへと対抗できる黒雷。

 それを常に皮膚の一枚下に通している美影は、一つの頑強な要塞だ。


 彼女の意識していない攻撃であろうと、勝手に反応して防衛行動を取ってくれるらしい。


 黒雷の使い過ぎによる副産物であるが、便利なものだと吐息する。


(……まぁ良いね、今は)


 どんな機能があるのか、いまいちよく分からない体質であるが、今はそれはどうでもいい。

 義兄にでも頼って、追々、調べていけば良い。


 今、問題とするべきは、どんな攻撃から自分を守ったのか、である。


(……あの時、誰も攻撃されているとは気付いていなかった)


 思い返してみて、そうと判断する。


 美影を狙ったのか、ただ巻き込まれただけなのか、それは定かではないが、少なくとも物理的に目に見えるような影響のある攻撃ではなかった。

 そうであれば、雫はともかく、今の俊哉が何の反応も出来ないなんて有り得ない。

 自分だって気付いただろう。

 永久は分からないが。


 ならば、もっと密かな攻撃だったのだと思われる。


 有力候補としては、精神に干渉する幻属性だ。

 あれは、美影をして脅威となるものである。

 なにせ、気付けなければ、何の対処もできないのだ。


 幻属性魔術だろうと食い破れる黒雷であるが、それは気付いてしっかりとぶつけられなければ意味がない。


 それは、先の戦争中、ノエリアとの戦闘時にも証明されている。


 あの時、数瞬の間、美影は自分を見失うという状態に陥っていた。

 対策をしておいたおかげで、数瞬というだけの影響で済んだが、そうでなければあれで決着がついていただろう。


 今回も、気付かぬ間に仕掛けられていた可能性は、充分に考えられる。

 黒雷の自動防衛が無ければ、きっとそのまま術中へと落ちていたと思われる。


(……ふざけた事を)


 自分の心は、自分の想いは、自分の魂は、全てが刹那のものだと、美影は怒り狂う。

 誰にも何にも、これだけは絶対に譲らないし、触らせない。

 そうと誓っているのだ。


 そこに土足で踏み込むなど、宣戦布告に他ならない。


 絶対に見付け出してぶち殺そうと固く心に決めた。


(……問題は、何をしようとしたのかだけど、まぁそれはいっか)


 どうせ犯人は殺して砕いて塵にしてしまうのだ。

 どういう思惑があったのかなど、もはや関係ない。


 ふぅ、と吐息して、荒れ狂う内心を落ち着かせる。


 何はともあれ、全ては釈放されてからだ。

 意図していないから、で許される力ではないと自覚している。


 暫くはこの投獄生活が続くだろう。

 それまで、怒りには蓋をして、いざという時のためにエネルギーを取っておくべきだ。


(……あるいは、この状態が目的だったりして?)


 美影は世界に名だたる大戦力である。

 それを一時的にせよ排除できるなら、敵対者にとってはやるだけの価値があるだろう。


 しっかりと術中にはまるならばそれで良し。

 対処されてしかし暴走を誘発できるなら良し。

 失敗しても大した損害は出ない、素晴らしく効率的な作戦だ。


 考えれば考えるほど、色々な可能性が浮かんでくる。


 頭……は、振れないので、目を固く瞑って、思考を脳内から追い出してしまう。


 そうしていると、監獄の中に光が差した。

 ホログラムディスプレイの光だ。


 美影の視界に映るように広がったそれには、見慣れた顔が映し出される。

 姉の美雲である。


『……目が覚めたみたいね、美影ちゃん』

「あっ、お姉だー。やっふー」


 努めて呑気に振る舞う。

 色々と爆発してしまいそうな心を鎮めるのは、中々に大変だ。


『元気そうね。気分はどうかしら?』

「もー最悪だよー。

 気付いたら牢屋の中なんだもん。

 これってどんなプレイ?」

『プレイって、あのね。

 何があったか、ちゃんと理解してるの?』

「むしゃくしゃしてやった。

 特に反省も後悔もしていない」

『大体、分かってるみたいね』


 若干の違和感はあるが、それでも妹のあまり変わらない様子に、少なくとも冷静さはあるのだと安心する。


「ねー、お姉ー。助けてー。

 このままじゃ無体な拷問官に犯されちゃうー」

『んー、ごめんなさい。

 暫くは無理そうなの。

 流石に巷でスッキリされちゃうと、火消しが大変で大変で』

「えー、そんなー」


 まるで危機感の足りていない姉妹の会話。

 雷裂の財力を以てすれば、一生遊んで暮らしていても問題ない為、前科が付こうとあまり気にしないのだ。


「あっ、じゃあさ、面会に来てよ、面会に。

 僕、寂しいなー。

 お兄に会いたいなー」


 反省の欠片も見受けられない態度で、自分の欲望を素直にさらけ出す美影。

 だが、それで返ってきた言葉は、あまりに予想外だった。


『お、にい? えっと、誰かしら?』

「…………は?」


 首を傾げる姉の姿に、美影は思わず剣呑な低い声が漏れ出てしまった。


「お兄はお兄だよ? 何言ってんの?」

『……んー、親戚の誰かかしら。

 ちょっと思い出すから待って……』

「違うよ!」


 美影は声を荒らげて否定する。

 そんな事があってはならないと、彼女は吠える。


「お兄だよ! 雷裂刹那だ!

 とぼけないでよっ!」


 愛した男の名を叫ぶが、美雲には響いている様子はない。

 彼女は口元に手を遣りながら、考え込んでしまう。


『せつな……せつな……んぅ?』


 演技をしている、という様子ではない。

 本当に心当たりがない様だ。


 それを見て、美影の思考が繋がる。


 これを、黒雷は防いでいたのだ。


 どれだけの規模かは分からない。

 だが、防御する為に使用された黒雷の強度からして、おそらくは世界規模で〝刹那〟の記憶が消えている。


「……いや」


 それどころではない。


 そんな状態なのに、何故、何も起きていないのだ、と彼女は疑問した。

 何故、兄は動いていないのだ、と。


 元々、野生児というか野獣のような人格だ。

 世界中の誰から忘れられようとも、まるで気にしないだろう。


 美影と美雲の二人を除いて。


 そして、既に二人に対して干渉が行われており、美雲に至っては完全に術中に落ちている。

 この状況で、刹那が何の行動も起こさない筈がない。


 だというのに、何も起きていない。

 まるで、自分の方が化かされているのだと言わんばかりに、平常な時を送っている。


(……お兄が、動いてない?

 動けない状況?

 ううん、もっと悪いのは)


 嫌な想像が彼女の脳裏を過る。


 想像したくもない最悪の絵図。

 彼女にとっては、世界の滅びにも等しい醜悪な予想図。


 もしかしたら、刹那が消えたから記憶も消えたのでは?


 そんな有り得てはいけない想像が出来上がった瞬間、美影は自分の脳内で血管がぶち切れる音を聞いた。


~~~~~~~~~~


「ふぅ……」


 妹との通信を切った美雲は、小さく吐息する。

 取り敢えずは、元気そうだったので何よりである。


 とはいえ、懸念もある。


 話の後半で噛み合わなかった会話について、だ。


「……雷裂、刹那。聞き覚えは、ないわね」


 困ったことに全く覚えがない。

 姓からして、おそらく一族の誰かなのだろうと家系図を引っ張り出して検索してみるも、ヒットはなし。


 きっと勘違いだったのだろう、と思う事は簡単である。

 ちょっとした記憶の混濁があっただけの事で、大した問題ではないと捨て置く筈だ。

 これが美影の事でなければ。


 彼女は、自他共に認める才人だ。

 やってできない事は何もない、と断言し、誰もがそれを認めざるを得ないほどの才覚を見せつけている。


 そんな彼女が暴走してしまうだけでも異常なのに、そこから更に記憶障害まで発症するものだろうか。


 姉としての見解では、答えは否である。


「……何かが起きている、と見るべきね」


 問題は何が起きているのか、という部分だが、残念なことに手がかりが全くない。

〝雷裂刹那〟という人物が鍵を握っていると思われるのだが、軽く検索した限りでは何も引っ掛からない。


 そんな事を考えていると、通信機に受信があった。

 応答すると、好好爺という印象を見る者に与える老人が表示される。


 帝だ。


「これは陛下。

 わざわざご連絡頂き、申し訳ありません」

『いえいえ、美影さんの事は私も気がかりですこらね。

 それで、どのような調子でしたか?』


《六天魔軍》は、帝の直轄である。

 そのメンバーが問題を起こしたとなれば、彼の威光に大いに影響してしまう。


 今までにも多くの問題を起こしてきた美影だが、それらは全て事前に何をするのか報告されていた。

 それにより、帝側も起こり得る事態を予測し、事前に対策を取ることで被害を抑えられていた。


 だから、少しのお叱りと建前上の投獄で事を済ませられていたのだ。


 しかし、今回の暴走はあまりにも予想外の事だった。

 彼らをして、まさかあの美影がそんなつまらないミスをするなど、思ってもみなかったのだ。


 白昼に起きた事件ゆえに、口止めも間に合わず、軍部や政治家だけに留まらず、マスコミを通して市井からも批判が出ている。


 そうなっては、身内だけで裁いてなぁなぁで済ませる訳にもいかない。


 最低限、あれくらいの投獄は必要だったのだ。


 そして、彼女の状態も知る必要がある。


 果たして、何が原因で暴走したのか、復帰させても良いのか。

 このまま闇に葬らなければならないのか。


 そうした事を見極めねばならない。


 その為に、彼女が〝最も〟心を開いている美雲に、最初に話をさせたのだ。


「そう、ですね。

 とりあえず、意識ははっきりしているようでした。

 受け答えも問題なく。

 ただ……」

『ただ?』

「私と妹で、記憶の齟齬が発生していました」

『ほう。具体的には、どのような齟齬でしたか?』


 帝は興味深そうに訊ねる。


「とある人物について、です。

 妹は知っていて当然のような口振りで語っておりましたが、私の記憶にはまるで存在しない方でした。

 陛下、お訊ねしますが、〝雷裂刹那〟という名に聞き覚えは御座いますか?」

『ふむ。残念ながら、心当たりはありませんね。

 さて、困りました。

 精神干渉を受けた疑いが発生してしまっては、彼女を解放する訳にはいきませんね』

「…………」


 やりたくはないが、処分しなければならないかもしれない。

 気に入っていた手駒であるだけに、帝は憂鬱な気分とならざるを得ない。


 美雲は何も言わない。

 彼女が口出ししたからといって、何かが変わる訳でもないから。

 彼女には、妹を救うだけの手立てがないのだ。


 沈鬱な空気が、互いの間に流れる。


『取り敢えずは、暫く監視という事で。

 大人しく牢屋にいてくれると良いのですが』

「妹は現状を把握しているようでした。

 彼女は馬鹿ではありません。

 外の騒ぎも予測しているでしょうから、きっと大人しくしていてくれるかと」


 なんだかんだで、彼女は意外にも空気を読むのだ。

 本気で怒られない絶妙なラインで動き回る小賢しさを持っている。


 だから、おそらくは大人しく牢屋の中にいてくれるだろう、というのが姉としての美雲の予想である。


 しかし、その予想は裏切られる。


 通信中にもかかわらず、扉を蹴破る音と荒い歩調の足音が聞こえた。


 その足音の主は、そっと帝へと耳打ちする。


 注意するでもなく、その報告を聞いた彼は、珍しい程に頭を抱えて深く嘆息した。


『……美雲さん』

「はい」


 名を呼ばれた彼女は、背筋を正して神妙に聞く。

 全身に、嫌な予感が駆け巡っていた。


『どうやら美影さんが脱獄したようです。

 つい、今しがた』

「はえ?」


 あまりにも早過ぎる、電光石火の所業だった。

 その知らせに、美雲はぽかんとした様子で不思議な声を漏らす事しかできなかった。

作業用BGMとしてクロイウタをエンドレスリピートしてたら、脳裏に新宿地獄阿波踊りが再生されるようになってきました。

そろそろ精神が病んでるかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ