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本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
四章:《救世主》消失編
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聖痕の暴走

「えぇー? お前、実験動物?」

「はい。名目上は、そうなります」


 スプラッタもどきの後、永久を加えた四人は、同じ講義を受けていた。

 高天原学園は単位制である為、学年が違おうとも同じ講義を受ける事が出来るのだ。


『魔術戦術論』、という授業であるが、真面目に聞いているのは雫だけである。

 他三人は、最前線で本能の赴くままに戦う事を求められる純戦士である為、この様な指揮官職に求められる授業は、参考程度にしかならない。


 ならば、何故受けているのか、といえば、俊哉は雫への付き添いであり、他二人は単なる冷やかしである。


 そもそも、永久は客員である。

 正式な学生ではない為、何をどうした所で成績やら評価やらには繋がらず、なので暇潰しとしてあちこちの授業に節操なく出席している。


 美影の方は、正式な学生ではあるのだが、自分が専攻している科目については、既に学習を終えている。

 期末試験を突破すれば単位が取得できる以上、自身の理解度に自信があるというのならば、授業に出席する義務はないのだ。


 という訳で、やっぱり暇を持て余して付いてきているのである。


「……実験動物って、そりゃまた穏やかじゃねぇな」

「なぁに言ってんのかね、この男は。

 君だって実験対象でしょ?」


 美影が小石を拾って、俊哉に向かって放り投げる。

 綺麗な放物線を描いたそれは、狙い違わず彼の左腕、鋼鉄の義手へと落下し、乾いた音を響かせた。


「……そういやそうだったっスね」


 彼の義手、《クサナギ Ver3.1 アスクレピオスフレーバー》は、謎物質ステラタイトを贅沢に使用した世界で唯一の品である。

 ステラタイトは非常に希少で、どんな特性があるのか、ほぼ何も分かっていないに等しい。

 人体への影響も不明である為、何処かで人体実験の必要があったのだ。


 その被験者として、俊哉は使われている。

 危険手当込みで、相当な謝礼金が出ており、いつどんな悪影響が出るか不安な点を除けば、義手としての性能も最高級である為、非常に美味しい仕事なのだ。


「こいつには助けられてばかりだから、あんまり仕事って意識がなかったっスわ」

「君のレポート、評判良くないよー。

 もうちょっと具体的に書けって大抵の奴に言われるよー」

「……分かってるっス。

 たまに呼び出されて、根掘り葉掘り事細かに訊かれるっスから」


 当然、実験の一環なので定期的な使用レポートの提出は義務なのだが、いかんせんその様な世界に今まで身を置いた事のない俊哉である。

 提出したレポートの内容は、曖昧な表現だったり、具体性が無かったりと、専門職の人間が見れば思わず破り捨てたくなるような有様だった。


 その所為で、時折召喚されては、説教込みで重箱の隅を突くレベルで日々の調子を聞きだされている。

 もう何度か提出しているので、初めての頃よりはマシになったとは思うのだが、それでも毎回呼び出されているので、やはりまだまだなのだろうと思う。


「大変ですねぇ」


 永久は、簡易机に突っ伏してしまった俊哉を見ながら、他人事の様に言う。

 それを、彼は恨みがましい目で見返した。


「いや、何、他人事として言ってんだ。

 永久さんだって、実験に参加してる身じゃねぇか」

「残念。

 私は実験動物なので、レポートを書く必要がないのです。

 それは、私を観察する誰かの役割です」

「うぇー。ずるいなぁ」


 彼女は、実験サンプルであって、実験に参加する人員ではないのだ。

 だから、その身を適度に任せていれば、それで全てが解決してしまう。


 レポート作成という苦行から早くも一抜けしている永久に対して、心からの羨望を込める俊哉である。


「そこ、五月蠅いですよ!」


 そんな雑談をしていると、前方から鋭い声が届いた。


 講義を行っていた教師である。

 少しくらいなら目くじらを立てたりしないが、暇人三人の雑談はいつの間にか普通の音量となっており、講義の妨げとなる程になってしまっていたのだ。


 いい加減、我慢の限界に達した教員は、彼らに対して課題を出す。


「君たち、そんなに余裕ならこれの最適解も分かるのでしょうね?」


 そう言って指し示すのは、古めかしい黒板だった。

 ホログラムディスプレイ辺りが主流な現在において、そんな骨董品がよく残っていたな、と逆に感心したくなる代物である。

 古びた様子からして、わざわざ青空教室の為に新規製造したものではないという事実が窺える。

 誰かの遊び心でそういう演出が為されていないのであれば。


「この危機的状況の模範解答、是非とも答えて貰いましょうか」


 黒板には、例題としての戦時状況が書かれていた。


 敵勢に重包囲された、孤立した状態だ。

 全方位を敵に囲まれており、一見して絶体絶命である。


 この状況下でどう切り抜けるのか、それは指揮官の手腕にかかっていると言えよう。


 だが、教員は見誤っていた。

 問題を出す相手が、明らかに間違っており、そもそもこの場にいる事自体が何かの間違いである者たちである事を。


 まずは、俊哉が気軽に答えた。


「俺なら、取り敢えず適当に《アマテラス》をぶっ放すなー。

 敵も減るし、退路も確保できるし、一石二鳥よ」


 彼の《アマテラス》は、炎熱系超能力の成長と《クサナギ》のバージョンアップで秘かに威力が向上している。

 既に世界に名だたる魔王たちでも正面から受けるのは難しい、という威力となっており、黒板上に描かれた敵勢では何をどうしても受け止めるなんて事は出来ない。


 次に答えるのは、永久だ。


「おや、優雅ではありませんね。力押しは蛮族のする事ですよ」

「うっせーなー。じゃあ、永久さんはどうすんだよ?」

「これは皆でどうやって切り抜けるか、という問題です。

 なので、ここは一番強い者を寄ってたかって血祭りにあげる、が正解です。

 敵の士気と戦力が下がって、こちらの士気は上がる。素晴らしい効果です」

「重包囲下だぜ?

 その前に、こっちが袋叩きに遭うんじゃね?」

「ご安心を。

 あの程度の数なら、私一人でしっかりと足止めできます」

「……結局、あんたもワンマンプレイじゃねぇか」


 彼女は、魔王級の魔力と全属性の魔力を併せ持つという、最古の魔王と同じような存在となっている。

 加えて、自身の肉体がショゴスと同化してしまっている為、かの魔王に勝るとも劣らない不死性を持っている。

 想定されている戦力を足止めするなど、造作もない事である。


 そして、美影である。


「つーか、そんなの、真正面から突っ込んで殲滅すれば良いじゃん。

 何処が危機的状況な訳?」

「「それな(です)」」


 最速の魔王である彼女ならば、敵が動き出す前に殲滅する事が可能な少数であった。

 変な作戦を立てる前に、片っ端からぶち殺してしまえ、で大体の状況は解決してしまうバランスブレイカーである。

 魔王の一人もいない戦場など、彼女にとっては何の危機感も抱けない場所なのだ。


 程度こそ違えど、二人にも同じように思う所はあるのだろう。

 仲間がおらず、単独だったならば、美影と同じ事をするだろうと思っていた俊哉と永久は、深く同意していた。


 ちなみに、三人の回答を聞いていた他の学生たちは、ドン引きである。

 出来る訳がねぇだろ、という言葉が顔に書かれているようだ。


 聞いた相手が間違っていた。

 そうと反省した教員は、彼らに言う。


「私が悪かったです。

 なので、あなた方の発言権を永久的に剥奪します。

 二度と口を開くな。

 授業中は黙っていなさい」

「「「はーい」」」


 口を揃えて返事をして、以降は指示通りに沈黙する。


 別に授業を邪魔したい訳ではないのだ。

 注意されれば、それに従うだけの意識はある。


 普通に注意するだけに留めておけば良かった。

 そう思う教員である。


 気を取り直した彼は、ふと一人の生徒に目を付ける。


 三人の近くに座る、小柄な女生徒、碓氷雫。

 彼らと同じく超常の領域に住んでいる怪物であるが、本人の戦闘力は極めて低いという特殊な人物だ。


 彼女ならば、何か違う感性の回答が出るのでは、と思考する。


「では、代わりに碓氷さん、答えてください」


 若干の怖いもの見たさで、彼女を指名する。

 雫は、僅かに首を傾げながら、即座に口を開いた。


「うちがそんな状況に陥っている時点で、負け戦だぞ、です。

 速攻で降伏するか、腹斬るのが無難だな、です」

「……もういいです」


 雫は、最重要目標とも言える。

 彼女という存在の有無で、戦況は大きく左右されるほどだ。

 故に、戦時下において彼女は常に最も安全場所に匿われる。


 そんな存在が、敵の重包囲下にあるなど、どう考えても絶望的状況だ。


(……やはり、聞くべき相手は厳選しなければいけませんね)


 教育の難しさと超常の怪物とのズレを痛感する教員であった。


~~~~~~~~~~


 そうして、穏やかな時間が過ぎていく。


 平和な時間。

 慌ただしくも平穏に満ちた、幸福な時間。


 その中で、異変は静かに忍び寄っていたのだった。


~~~~~~~~~~


 永久の頭の上で惰眠を貪っていた化け猫が、突然、頭を上げて虚空を見上げた。


「? どうしましたか?」


 刹那に預けられて以降、この猫が食う寝る遊ぶ以外の行動をしていた覚えはない。

 何か妙な物でも見つけたのか、と彼女も視線の向かう先を見る。


 しかし、何も見つけられない。

 代わりに、異変は隣の席で起きた。


「――ギッ」


 ガタン、と椅子を蹴っ飛ばして、美影が立ち上がっていた。


 片手を机に立てて身体を支えており、もう片方の手で頭を押さえている。

 表情は苦悶に歪んでおり、鬼気さえ感じられる表情だ。

 息は荒く乱れており、明らかに異常な様子だ。


「ど、どうしたのですか?」


 思わず声をかけるが、そこで気付く。


 美影の魔力が、暴れ狂っている。

 皮膚の下に抑え込まれているが、今にも爆発しそうな程に激しく蠢いていた。


 ヤバい。


 心に浮かび上がったのは、率直な感想だった。

 自分だけならば、今となっては死にはしないだろうが、周りにいる生徒たちは別だ。


 美影の魔王級の魔力が暴発すれば、この辺り一帯の見晴らしが随分と良くなる筈だ。

 そんな威力を至近で受ければ、肉片も残らない。


 同じように危機感を抱いていたのは、俊哉と雫も同様だ。

 いや、永久以上に、彼らは危機感を持っていた。


 何故ならば、荒れ狂っているのは魔力だけではなく、彼女の超能力もそうであったからだ。


「ガッ……アッ……!?」


 半開きになった口から、苦痛の呻きが唾液と共に流れ出る。


 バチリ。


 そして、遂に抑えきれなくなった黒雷が、彼女の身から溢れ出していた。


「トシ! トワ!」


 最初の行動は、雫だった。

 彼女はこの場にいる、美影の暴発を抑えられるだろう二人と、自身が持つ魔力とを直結させた。

 この接続を切らない限り、彼らは際限なしに雫の魔力を、自分の意志で汲み上げて使えるようになる。


「避難を!」

「分かってる!」


 永久が声をかければ、俊哉は即座に応じた。

 教師や学生たち、その他、近くにいる人間たちを風に乗せて、有無を言わさず少しでも遠くへと運び出していく。


 そして、永久は全力の魔力を以て、多重の防壁で美影を包み込んでいく。


(……黒雷とは厄介ですね!)


 防御において、空属性ほど便利な物はない。

 なにせ、どんな攻撃であろうと、届かなければ意味がないからだ。

 だから、空間自体を遮断してしまえる空属性は、防衛戦において絶大な効果を発揮する。


 しかし、あらゆる物へと作用させられる黒雷が相手では、意味がない。

 触れる端から食い尽くし、食い破っていくそれを前にすれば、出力勝負に持ち込むしかないのだ。


 今更ながら、敵にした際の厄介さを味わう羽目になっていた。


「――ギギッ、ガァ!」


 即座にできる限りの準備を整えた直後、それは起きた。

 美影の全身から黒雷が大量に溢れ、永久の造り上げた防壁へと激突する。


「くぅ!」


 あまりの圧力に、永久は歯を食いしばって耐える。

 雫のラインから魔力を吸い上げて、次から次へと防壁を築いているというのに、全然追いつかない。


(……このままではマズいですね!)


 突破されてしまう、と思っていると、雫から声が飛んだ。


「逃げ道を作りやがれ、です!

 それは指向されてねぇ、です!」

「ッ、分かりました!」


 言いたい事を理解した永久は、上部の防壁を意図的に崩す。

 すると、逃げ道を得た黒雷は空へと優先的に抜けていく。

 周囲へと拡散しようとする圧力が大いに減り、なんとか抑えきれるレベルにまで落ち着いた。


 攻撃の意思のもとに、しっかりと制御されて指向された物ならば、逃げ道を作った程度で誘導できる物ではない。


 しかし、今回は暴発。

 美影の制御下になく、無秩序に暴れ回るだけのものだ。


 ならば、誘導する事が出来る。


 その判断は正しく、美影の黒雷は天地を繋ぐ漆黒の柱となって、何処までも立ち上っていくのだった。


 そして、永遠にも感じられる数分後には、それも細く消える。


 中心には、力を使い果たした美影が、力なく横たわっていた。


「……ふぅっ」


 胸に詰めていた息を吐いて、永久は防壁を解除する。


「……何だった、のでしょうか」

「さぁな、です。取り敢えず、ミクに連絡すんぞ、です」

「そうだな。あの人なら、何か知ってるかもな」


 永久の呟きに、雫と俊哉が答えた。


 彼女は、そこに微妙な違和感を覚えるのだった。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 「さぁな、です。取り敢えず、ミカに連絡すんぞ、です」 ミカって暴走した美影本人では? そも、常用しない読みの人物名多くて紛らわしいんですよ。 章を跨いだ時くらいは改めてルビ振るな…
[一言] 「敵勢に重包囲された、孤立した状態だ。  全方位を敵に囲まれており、一見して絶体絶命である。」 模範解答が知りたいなぁ。
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