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本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
四章:《救世主》消失編
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謝罪と禊

何書くか、決めている部分だと早い早い。

「なんつーか、無駄な時間を過ごした気分だぜ」

「心底同意だぞ、です」

「そうですか? 勉強になる事も多かったと思いますが」


 日陰に入りながら観戦していた俊哉たちは、ぼんやりとした調子で感想を言い合っている。


「いや、高度な駆け引きがあったのは分かるんだが……じゃんけんだぜ?」

「超下らねぇ、です」

「良いではありませんか。平和的で。

 血達磨になって殴り合うより、よほどマシです」

「まー、そうかもしれねぇなー。

 ところでさ、質問があるんだけど」

「何でしょうか?」

「お前、誰だ? です」


 俊哉の質問を引き継ぎ、彼の陰に今更のように隠れながら雫が問いかける。


 いつの間にか彼らの隣にやってきて、自然に会話の中に混じっていたのは、俊哉よりは年下だが、雫よりは年上という狭間の年代と思しき少女。

 その印象は、制服のリボンの色が示しており、どうやら中等部三年のようだ。


 薄めの赤髪を腰の長さまで伸ばしており、ややウェーブのかかった髪形をしている。

 肌は瑞穂人らしい乳白色なのだが、何処か不思議な透明感があり、若干の違和感が付き纏っていた。

 愛らしい顔立ちをしており、ふわりと微笑む表情は、見る者に付き合い易そうな印象を与えるだろう。

 頭の上には、オーロラの様な光の加減によって色合いの変わる、不思議な毛並みをしたデブ猫を載せており、若干、間抜けさを演出していた。


「ああ、これは申し遅れました。

 私、炎城永久と申します。

 見かけましたので、少々ご挨拶を、と思いまして」

「炎城……。炎城って、あの炎城?」

「はい。その炎城です」


 瑞穂で炎城と言えば、当然、八魔の炎城しか思い浮かばない。

 無論、一般人にも同じ苗字がない訳ではないが、この様な確認をされれば、否定するにせよ肯定するにせよ、八魔の、が基準となる。


 それをあっさりと肯定してきた辺り、彼女は本当に炎城家の人間なのだろう。

 本来、風祭の分家の末席でしかない俊哉からすれば、遠い雲の上の人物だ。

 雷裂の直系と付き合っている現状では、今更過ぎる話だが。


「炎城永久は退学したって聞いたぞ、です。何でいんだ? です」

「そうなんか?」

「ええ。庇いきれない馬鹿をしてしまいまして。

 形式上は自主退学ですが、実質、追放ですね」

「ほーん。まぁ、人生、色々とあるわな」


 退学になる程の馬鹿をしたとは何をしたのか、とも思うが、大した事ではないだろう。

 あっちで勝ち誇っている美影に比べれば、大抵の事は可愛らしく思える。

 牢屋に放り込まれていないだけマシだ。


(……思えば、雷裂の直系にして《六天魔軍》の一人な美影さんが牢屋行きとか、どうかしてるよなー)

 権力と財力と武力の塊の様な出自と立場と能力を持っている人物である。

 にもかかわらず、容赦なく牢屋に叩き込まれているのだから、人間として大概に問題ありと言えるだろう。


 比較対象が間違っている気もするが、そんな人物と付き合っているのだから、少しくらいの馬鹿など、若気の至りくらいだろうと可愛らしく思えてしまう。


「反応が軽すぎて微妙な気分ですが、まぁあの方々と関わっていれば、そういう気分にもなるでしょうね」


 ちらりと美影を見ながらの言葉である。

 雷裂の悪名は、軽く世界規模であり、瑞穂の恥部とまで一部界隈では言われているのだ。


「そんで、なんか用か?」

「まぁ、用と言えば用ですね。

 その件について、謝罪をと思いまして」

「謝罪って、なんかあったっけ?」


 心当たりのない俊哉は、確認するように雫に視線を向けるが、彼女も首を横に振って否定した。


「実は、私は雷裂刹那様を抹殺せんと行動を起こしていたのです。

 なので、周辺の方々にも大なり小なり、直接的ではないにしろ、迷惑をかけてしまったのではないかと、そう思う所があるのです」


 困ったように言う彼女に、俊哉は若干の尊敬を覚えた。


「……すげぇ。何で生きてんだ、あんた」

「あれに挑んで生きてるとか、奇跡だぞ、です」

「言いたい事は分かりますが、彼の評価も中々ボロクソですね」

「だって、あれだぜ?

 姉と妹以外は、利用できるかできないかしか考えていない男だぜ?」

「しかも、クソ強ぇし、です。

 理不尽な反則生物だぞ、です」


 永久としても同意する所である。

 今となっては、よく自分が生きている物だと心から感心する。


 なので、苦笑を返しつつ、ついでしっかりと頭を下げる。


「大変申し訳ありませんでした」

「あー、いや、いいって。

 なんかしたのは事実なんだろうけど、俺、全然知らねぇし。

 何処まで影響があったのかも知らねぇし。

 ……詳しくは話せないんだろ?」


 俊哉の目から見て、永久に何らかの蟠りはないように見られる。

 しっかりと反省して、自らの糧として受け入れているように見えた。


 ならば、恥ずべき事であっても隠す事ではない、と詳細について話してくれると思えるのだ。

 それが謝罪をする上での誠意だと、そう言って。


 そうしないという事は、何らかの話せない理由があるのだろう。


 それを証明するように、彼女は困った表情を浮かべて首肯する。


「ええ、お察しいただいた通りです。

 些か機密事項に触れる部分があるので、私の一存で全てをお話しする事は出来ません」


 主に、頭の上に乗っかった怪描については、軽々に話す事は躊躇われるだろう。

 歴史の教科書にも、大々的に書かれている英雄的存在が猫になっているなど、何が悲しくて話さねばならないのか、という事だ。

 黙っていられるなら黙っていろ、というのが関係者一同の意見として一致した結果、永久にも口止めの命令が来ているのだ。


「なら、別に良いさ。

 謝罪は受け取った。

 それで終い。

 ちゃんちゃんって事で」

「そう言っていただけると助かります」


 また一つ、肩の荷が下りたと吐息する永久。


 そんな彼女に、突き刺さる視線があった。


「……おい、なんかあいつ、すっげぇ睨んでんぞ? です」

「そうですね。

 まぁ、彼女にも謝罪しなければならなかったので、丁度良いのですが」


 リネットを追い払う事に成功した美影は、その場から動かず、じっと俊哉たちを見ていた。

 より正確に言えば、彼らと共にいる永久を、である。


 永久も向き直り、美影の視線と正面から向き合う。


 暫し、無言の時間が流れる。


 決して厳しい表情ではないのだが、かといって友好的とも言い難い無表情に近い顔で視線を送る美影と、それから逃げる訳でもなく、堂々とした様子で真っ直ぐに立って受け止める永久。


 微妙に居心地が悪いと、俊哉は雫を背負いながらそろそろと距離を取った。


 やがて、美影が動き始める。

 屈伸運動に始まり、身体の各部位を解して温めている。


 またぞろ変な事をするのだろうな、と諦めの境地で静観していると、彼女はおもむろにクラウチングスタートの姿勢を取った。


「ロケット頭突きッ!」


 雷属性の瞬発力を一切無駄にせず、一瞬にして最高速へと至った彼女は、まさにロケットのように一直線にかっ飛んできた。


 対する永久も、無防備に受けたりはしない。


 自由自在の肉体を持つ彼女は、筋肉量や神経回路を調整して最速の肉体を衣服の下で形作っていた。

 何があっても対応できるように。


 その甲斐もあり、彼女の対処は間に合う。


 素早く頭の上に手を伸ばし、そこでアホ面を晒していた駄猫を手に取ると、眼前に押し出したのだ。


「化け猫ガードッ!」

「ぶぎゅうっ!?」


 空気の抜けるような悲鳴が、怪描の口から漏れ出た。


「まさか!? そんな手を使うなんて!」

「ふっ、何をしても全く心が痛まない無敵の盾です。

 日々の面倒は大変にメンド臭いですが」


 美影の勢いを殺しきれず、あらぬ方向に吹っ飛んでいく怪描だが、永久は猫が纏っている羽衣の端を掴んでいる。

 その為、それを引く事で回収は可能であり容易だ。


「むぎゅ!?」


 その際に、首に羽衣が絡まって絞め殺されるような鳴き声が聞こえた様な気がするが、永久に気にした様子はない。

 どうせ木端微塵にした所で死ぬ事はないのだから、気にするだけ無駄なのだ。

 きっと同情を引こうという小賢しい策なのだろうとスルーしている。


「ふっ、僕の一撃を受け切るとは。

 少しは認めてあげようじゃないか」

「ありがとうございます」

「で、何か用なの?」

「先日までの件で、謝罪を」


 美影は刹那に近しい位置にいた事もあり、大体の事情を把握している。

 今、羽衣に繋がったまま、投げ分銅の様に振り回されている化け猫が、始祖魔術師の成れの果てだという事も知っている。


(……哀れなり)


 ちょっと前に命を懸けて争った相手ではあるが、その悲しい姿を見るとどうでもよく思えるから不思議だ。

 本人があまり気にしていないどころか、今の状態を楽しんでいるようなので、もっと痛めつけてやれとしか思えない。


 彼女は、化け猫から視線を剥がし、永久を正面から見据える。


 永久に、臆した様子はない。

 堂々と美影からの視線を受け止める。


「……ふぅん。悪い事したって思ってるんだ」

「はい。大変なご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」


 深々と、綺麗に頭を下げての謝罪。


 美影個人としては、永久に対して含む所などない。

 兄の、前の妹だった女。

 それだけだ。

 過去に拘る程、美影は狭量な性格はしていない。

 今現在、兄が自分を想ってくれている。

 その事実があるのならば、どんな過去だろうとどうでもいい。


 一連の騒動も、美影には受けた被害らしい被害はない。

 刹那がその様に調整した。

 身内の問題は身内がしっかりと片付けるべきだろうと、彼女の姉である久遠に押し付けていた。

 久遠の腰が引けてしまうようであれば、別の手段を、それこそ自分たちを動かすという選択もあっただろうが、彼女は見事に成し遂げた。


 だから、もうそれで良いのだ。

 しっかりと賠償は家族が支払っており、こちらはそれを受け取った。

 それで全部終わりなのだ。


 とはいえ、本人が悪い事をしたと認識して、その謝罪をしたいというのならば、それを受取ろうという気持ちもある。

 変に拒絶する事で執着を覚えられても困るし、しっかりと区切りを付けてしまうのも良いだろう。


「……顔を上げて」

「はい」


 頭を下げた姿勢から、直立へと戻る永久。

 その彼女に、美影は笑顔で拳を握って見せる。


「罰が欲しいって事だよね?

 一発で水に流してあげるよ」


 ミシッ、という音が聞こえるほど、パワフルに握りしめられた拳。


 あまりに直接的な物言いもあった物だ、と永久は内心で苦笑しながら、確かに禊と区切りが欲しかったのだと思い直し、首肯を返す。


「お願いします」


 頷いた瞬間には、美影は拳を振り被っていた。


 引き絞った弓の如し。

 全身の筋肉を余す事無く連動させて、全体重を拳の一点に集中させた、武芸の極みを垣間見せるパンチである。


(……これ、常人では死ぬのでは)


 殺意は感じない。

 きっと手加減はしているのだと思う。

 ただ、手加減をした結果として、相手が死のうと別に構わないと思っているのだろう。


 自分で良かった、と。

 姉に振るわれなくて良かった、と、そう思いながら、永久は放たれた拳を顔面で受け止めた。


 弾け飛ぶ。

 軽快に、水風船が破けるように。

 永久の頭蓋が肉片となって散らばった。


「うわっ! いきなりスプラッタ!」

「……ミカー、また牢屋行きになんぞー、です」


 突如、発生した衝撃的な光景に、離れて見ていた俊哉たちが悲鳴を上げる。

 だが、美影は否定の声を上げた。


「違うっ!

 こいつ、まともじゃないぞ!」


 まず、打った感触が人肉のそれとは明らかに違った。

 そして、弾け飛んだ事でそれが確信に変わる。

 死ぬ事はあるかもしれない勢いで殴ったのは確かだが、決して頭部が弾けるほどの威力も無ければ、そういう打ち方もしていない。


 それに、血が流れていない。

 頭を失った肉体からも血が噴き出していないし、砕け散ったにしては明らかに血の量が少なすぎる。

 まるで、肉の色をしたゼリーでも砕いたかのような有様である。

 その印象が間違っていない事は、直後、証明される。



 美影が警戒に拳を構える前で、うぞり、と肉片が蠢いた。

 うぞうぞと動き回り、棒立ちとなっている首無し永久の足元に集まると、その肌に触れて吸収される。


「「「!?」」」


 そして、今度は首の断面が波打つと、にゅるにゅると気味の悪い動きで水色の粘体が噴き出し、元通りの頭部の形を作っていく。


 形が完成した所で、色が付いた。


 肌の色や髪の色が着色され、不思議な透明感のある頭部が完成した。


「あ、あ、あー。

 凄い勢いでした。

 本当に死ぬかと思いました」

「「「…………」」」


 何事もなかったかのように、永久はそんな感想を漏らした。

 あまりの光景に、俊哉たちは勿論、流石の美影も唖然としていた。


「あれ? もしかして、私がショゴスと融合したままという事は、知りませんでしたか?」


 彼女の首元が蠢き、人間の頭部っぽい何かをもう一つ作られると、それが子供の様な舌っ足らずで高い声を発する。


「 て け り ・ り 」

「「「うっわ! きっしょ(、です)!!」」」


 超常の世界にいる三人。

 彼らを心底から驚かせられた事に、若干、気分が良くなる永久であった。

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