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出戻り

今回は、4章に繋がる話という感じで、短め。

「永久、近日中に高天原学園が再開される事を知ってるよな?」

「ええ。驚くほど性急な事です。

 高天原自体が、先日の件でメタメタに壊れたというのに」


 異界門が地球全土で開通してしまった大戦争。

 その中で、太平洋全域をカバーする要塞として機能していた高天原だが、その代償として大破してしまっている。

 辛うじて沈没こそしていないものの、その機能はほぼ完全に喪失してしまったと言っても過言ではない。


 無論、急ピッチで復旧作業は行われているが、他にも被害を受けた場所は多くある為、どうしても最大効率という訳にはいかない。

 修理ついでに、施設を最新式に更新してしまおうという思惑が絡んでいる事も、作業が遅れている理由の一つだが。


「まっ、そう言ってやるな。

 大人なりに子供の事を気遣った結果なのだ」


 久遠は、無関係故に無関心に言う永久に、苦笑で応える。


 そんな酷い状況の中で、高天原学園は授業の再開を宣言していた。

 校舎を含めて、いまだ施設の全てが出来上がっていない状態であっても、である。

 なんなら、青空教室でもやる、と既に宣言している。


 これは、今年度が始まって以来、何度も起きている異変が理由だ。


 最初の異界門事件でも高天原は、最前線として被害を受けて所属生徒たちはやむを得ない休学をする羽目になった。

 おかげで授業が大分遅れているというのに、今回の件で更に遅れてしまうのである。

 それこそ、一年、強制的に留年させられるレベルでの致命的な遅れだった。


 学術機関として、若者の貴重な一年を無駄にさせるのは如何なものか、と考えた結果が、青空教室の断行である。


「理解はできますが。

 とはいえ、私は既に退学した身。

 もはや関係のない事です」


 刹那を狙った犯行の容疑で、永久は既に退学した身の上だ。

 学園が再開されるからと言って、彼女には全く関係がない。


 それなりに長く過ごした第二の故郷の様な場所でもあるが、さほどの未練もない。

 鬱屈としていた己の行動の結果であり、自業自得であると納得しているからだろう。

 それに、別に学歴などがなかったとしても、今となっては生きていける自信もある。

 おそらく、生きるだけなら不毛の荒野に放り出されても問題ない。


(……我ながら人の枠組みから外れてしまったものです)


 これもまた一つの因果応報の結果なのだろう。

 化け物に魅せられてしまった結果、自分も化け物になるなど、何処の物語かという話だ。


 足元で呑気にキャットフードをむさぼっている元凶を、足裏で踏み踏みする永久。

 肌触りの良い毛並みが地味に腹立たしい。

 程好く弾力もあって、なんとなく夢中になってしまう。


「それなのだが、それに合わせてお前も高天原に入る事になるから。

 ついでに、学園にも復学しろ」

「…………はぁ?」

「ぶみゃ!?」


 思いもしなかった言葉に、永久はつい足元の化け猫を踏み潰してしまった。

 情けない悲鳴が耳に入ってくるが、そんな事はどうでもいい。

 暴れるので、もっと力を込めてぐりっと踏み躙って黙らせる。


「何故、そうなるのですか?

 私は戻りたいとも思っておりませんが」

「お前があの〝悪戯〟を反省して、しっかりと罰を受け入れているのは分かるのだが……」


 炎城刹那の記憶を失った久遠は、あの時の事を反抗期故の過激な悪戯として認識している。

 公式にも永久の動機については改竄されており、〝偶然〟刹那が巻き込まれてしまっただけであり、彼を狙ったものだとはほとんどの関係者が覚えていない。


「今の不安定なお前を本土に置いておくのも不安でな」

「…………ああ」


 納得できてしまった。


 永久は自身の手を見る。

 ほんの少し意識してみれば、肌色をした華奢なそれの輪郭が崩れて溶け出してしまう。


 色も半透明な水色となり、粘性を帯びた液体、ゲル状となってしまった。


「てけり・り?」

「黙っていなさい」


 ショゴスである。

 異界戦争後、脳味噌だけとなっていた永久は、刹那の手を借りて人間の形に再構築されたのだが、何故かちゃんと人間の細胞で造られず、ショゴスと同化したまま再構築されていた。


 曰く、面白かったので。


 サムズアップしてのたまう執刀医(無免許)の良い笑顔を見ると、殺意が込み上がってくるようである。

 尤も、それを知った彼の姉、美雲によって砲撃を叩き込まれて盛大に吹き飛んでいた為、留飲を下げていたのだが。


 初めて、その事実を知った時は随分と慌てた物である。


 朝、目覚めてみれば全身が溶けているのだからびっくりしたものだ。

 しかも、ショゴスの意識もあるらしく、永久の意思とは関係なく勝手に動き回るという朝からホラーじみた事態が発生していたのだ。

 なんとか大半の質量を焼き払って大人しくさせた後に、刹那へと連絡を取って詳細を知った訳であるが、せめて事前に説明くらいはしていて欲しかったものである。

 この際、事後承諾でも構わないから。


 一応、意識のある状態ならば、肉体の操作権の優先順位は永久の方が上のようだが、寝ている時など彼女の意識がない状態だと、ショゴスが目覚めて勝手に動き回る事が起きている。

 このまま放置していれば、手当たり次第に周囲を食い荒らして無限増殖しかねない。

 その果てに、人的被害が出る事も充分に考えられる。


 なので、高天原へと居を移そうというのだろう。

 実験動物として。


「あそこならば、まぁ異常生物が歩き回っていてもどこぞの研究室から逃げ出したのだろう、という麻痺した感覚でスルーされるからな。

 騒ぎにならないし、丁度良い」

「雷裂の研究所に預けないのですか?」

「……預けて欲しいのか?」

「いえ、ノーセンキューです。言ってみただけです」


 ショゴスは、元々、雷裂の研究施設で誕生した人造生物である。

 そして、永久をショゴスと融合した形で再生したのも、雷裂の人間だ。


 ショゴスへの理解について、彼らは一日の長を持っており、彼らに預けた方が適切な対応が出来るとも思えるのだが、問題は相手が雷裂であるという事だ。


 面白半分で融合させたままにする連中に、愛しい家族を名目上とはいえ実験動物として安心して預けられるのか、というと全くの否である。

 まるで安心できないし、不安ばかりが胸中に広がっていく。


 それならば、世間的にはマッドの集まりとも言われているが、自身の目も届けば、影響力も使える高天原に置いていた方が、まだマシなのだ。


 比較論ではあるのだが。


「とはいえ、一時は退学していた身です。

 肩身の狭い思いはしますか」

「まっ、それはそうだが、あまり気にしなくても良いと思うぞ」


 名目上は実験動物だが、本当に檻の中で鎖に繋ぐ訳ではない。

 あくまでも名目上なのだ。


 そこで、普段は手持無沙汰となってしまう永久は、リネットと同じような客人という形で復学する事になる。


 となれば、顔見知りの同級生などと顔を合わせる事もあるだろうし、それ故に様々な誹謗中傷が流れる事は想像に難くない。


 とはいえ、それもそう深刻に捉える必要もない。


 高天原学園は、大学の様な単位制の授業形態をしており、選択する授業は取得したい技能によって大きく異なってくる。

 なので、以前とは違う授業を選択していけば、知人と遭遇する確率は大いに下がるのだ。


「必須科目が問題だが、まぁ教科書でも読んでいれば充分だろう。

 満点を取りたい訳でもないのだし」

「あの辺りの教師の方々は、空席ばかりの教室でどんな気分で授業をしているのでしょうかね」


 無論、共通の必須科目もあるのだが、それらは大抵が一般学校で学ぶ基礎科目なので、試験に合格さえすれば出席義務もない。

 はっきり言って、ほとんどの生徒がまともに出席していない授業なのである。


 一応、規律を守らせる側という意識で、時間のある限りはなるべく出席している久遠は、永久の言葉に苦笑で答えた。


「大真面目にしておられる方もいるが、大体は自習と放り投げているな。

 質問があれば受け付ける、と、そんなスタイルで教卓に鎮座しているな。

 たまに、思いついたように次の試験で出す問題を言ったりもしているが」

「…………得をしているのかどうか、微妙な所ですね。

 まぁ、一般教養に自信の無い方ならば、出席している方が良いのでしょうが。

 若干とはいえ、出席点も付きますし」


 ともあれ。


「まっ、そういう訳だから、お前も高天原に行くのだからな」

「はい。承知しました、お姉様」


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