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亡霊が死ぬ時

ホラー小説もホラー映画もろくに見ない作者が、適当に書いたものです。

こんな事をやっていたんだぞ、程度に思ってください。

 瑞穂某所。

 そこには、とある屋敷がある。一般家庭の屋敷としては大きい物だが、一方で有力者の邸宅としては小さめ、という半端な規模の屋敷だ。


 やけに多い警備が付けられており、見るからにそこが重要な場所なのだと誰の目にも明らかだ。


 しかし、その警備は、決して外敵を警戒しての物ではない。

 仕事内容として侵入者等への対処もあるが、最優先事項は別にある。


 それは、内部にいる者たちの逃走を阻害する事にある。

 彼らは、中の者を出さない為にここに付けられているのだ。


 この屋敷の持ち主は、炎城本家。

 先代当主夫妻を軟禁している、特別な別邸である。


「…………フン」


 先代当主、炎城清は、届けられた報告書を一読する。


 軟禁されてはいても、これでも先日まで炎城家の全権を握っていた男なのだ。

 伝手なら幾らでもある。

 警備している者の中にも顔見知りもおり、少しばかり外の状況を融通してもらう位の事は出来る。


 脇が甘い、と思う。

 娘であり、現在の炎城家当主であり、そして彼と妻を軟禁した張本人でもある久遠の対応に、内心で辛い評価を付ける。


 清自身は、自らを取り巻く現状にそう不満がある訳ではない。

 妻は違うようだが。


 久遠に炎城を継がせる事は既定路線だったのだ。

 強引ではあったが、炎城の力を落とさない形で穏便かつ速やかに事を終わらせてもいた。

 その手並みは称賛に値する物であり、ケチを付ける余地はない。


 少しばかり訪れるべき未来が早くなっただけの事である。

 何も問題はない。


 とはいえ、その後の対応には些か不満もある。


 一つは、外出等を禁じてはいるものの、魔術対策が取られていない事。

 用意された屋敷には魔術絶縁構造などが施されておらず、魔術的制限が何もない。

 配備されている警備は厳重であるし、人員の練度も高いが、それでも強引に突破する事も不可能ではないだろう。


 一つは、こうして外と接触できる緩さだ。

 清に不満はないのでその気も無いが、外の手の者と連絡を取り合って脱出に繋げるられる筈だ。

 そういう想定をしていないのか、それとも穴を防ぎきれないのか、どういう理由かは分からないが甘過ぎる対応だ。


 権力の簒奪をするのならば、前任者の存在を許してはいけないというのに。

 殺さないばかりか、僅かばかりとはいえ、こうして自由を許すなど言語道断と言える。


「……血族の情が邪魔でもしたか」


 愚かな事だ。

 八魔としての炎城を守る為には、そんな物など必要が無いというのに。


 その内、悟ってくれるだろうが、それまでにどれ程の損害が出るのか、と考えると頭が痛くもある。


 そんな事を思っていると、部屋の外からドタドタと騒がしい足音が聞こえてくる。


「旦那様!」


 けたたましい音を立てて扉を開いて部屋に入ってくるのは、中年の女性。


 清の妻である、炎城弓弦だ。

 年相応に皴を刻んだ顔を、怒りに歪ませている。


 こうして軟禁されて以降、彼女は不満を溜め込んでおり、情緒不安定となっている。

 八魔家当主夫人として、存分に贅沢な生活を送っていた彼女にとって、今の抑圧された生活が我慢ならないのだろう。


 しかも、それをしたのが自分の娘だというのだから、余計に鬱憤が溜まっていると思われる。


「旦那様! 聞きましたか!?

 あの馬鹿娘が重傷を負ったという話を!

 今ならばここを出られます!」


 先日の大戦争によって、久遠が重傷を負って病院送りになった事は知っている。

 今ならば権力の空白を突く事で、党首の座に返り咲く事も確かに出来るだろう。


 だが、清にはその気はない。

 元から久遠へと移譲する椅子だったのだから、現状は描いていた将来図そのものである。

 なので、彼には何の不満も無いのだ。


 隙がある所もあるが、それでも若く未熟なりにやっている。


 加えて、今回の戦だ。

 詳細までは不明だが、重要な役割を果たしたのだという。


 いざという時に命を懸けて最前線に立たなければならない、という八魔の義務を果たしたのだ。

 その結果として重傷を負ったのならば、親として先達として誇りに思うべきである。

 決してその隙を突いて貶めてやるべきではない。


(……醜くなったものだ)


 かつてはもう少しマシだったと思うのだが、いつからこうなってしまったのか。


 愛のない能力主義の婚姻だったが、それでも長く連れ添ってきた情はある。

 だが、ここ最近の言動を想うと、その情が擦り切れてしまいそうだ。


「私は戻る気はないと、何度言えば分かるのだ。

 お前も諦めろ」

「何を言っているのですか!

 まだまだ未熟な久遠に任せる事などできる筈がありません!

 ただでさえ外は激動しているというのに、権力に空白を生むなど!

 当主としての自覚がありません!」

「義務を果たした結果だ。

 褒めこそすれ、貶す理由はない」


 確かにそういう見方もできるが、炎城は武家なのだ。

 当主が戦傷を負って一時的に舵取りできなくなる事もあるだろう。

 そうした時の為の構造は、常日頃から作られている。

 人間が一人いなくなるだけで機能しなくなるような脆弱な組織では、八魔など任せられる筈もない。


 故に、多少の遅滞などはあるだろうが、問題なく炎城は動いていくと清は判断していた。


 事あるごとにこの様なやり取りをしてきた。

 その度に話は平行線を辿っている。


 少しは学習しているのだろう。

 しつこく訴える事無く、彼女は苛立った様子で何事かを呟いている。


「ああ、もう! 何でこんな事に!

 久遠も久遠です!

 育てられた恩を忘れて仇を返すなど……親不孝者にも程があります!

 どいつもこいつも、使えない無能ばかりが何で……!」

(……ふむ)


 そういえば、思い返せば妻の権力志向が強くなり始めたのは、息子を追いやった頃からだったような気もする。


 名前ももう忘れてしまった、出来損ないの息子。

 炎城を守り発展させられるかどうか、という点でしか見ない清には、娘も息子も関係なく愛情など欠片も無かったが、きっと彼女には腹を痛めて産み落とした子供に対する愛情が、多少なりともあったのだろう。


 だからこそ、自分が壊れない為に狂ってしまったのだ。

 自分は元から権力に取りつかれた女だと言い聞かせて、だから自らの子供を見捨てる事もおかしくない、と自らに暗示をかけてしまったのだと思う。


 単なる想像であるが。


 本当に愛していたのならば、放逐する時に自分も付いて出て行けば良かったのだ。

 その時点でAランク魔術師である久遠を生んでいたのだから、言い方は悪いが既に彼女は用済みだった。


 故に出ていくというのならば、別に止める理由も無い。

 内部事情の口止め料代わりに、多少なりとも援助だって送っただろう。


 そうしなかった以上、その程度の愛情だったのだと清は思った。


 鬱陶しい愚痴を聞き流しながら、報告書を読んでいると、ふと異変を感じた。


 寒い。


 気温が急激に下がっている。

 今は夏の時期であり、夜だろうとこの様な肌寒さを感じるような気温にはならない。


「な、な、何ですか!?」


 興奮していた弓弦は、息が白くなるほどになってから、ようやく異変に気付く。


 既に清は小さなデバイスを取り出している。

 指揮棒のような短杖だ。

 子供の練習用程度の品だが、無いよりはずっとマシだ。


(……冷却、水属性魔術か?

 だが、今の我々に何の用か)


 権力を剥奪された老害、という程度の価値しか現在の彼らには存在しない。

 人質にして現当主である久遠に何らかの要求をしようという線も考えられるが、そこまでやられて躊躇するような軟な鍛え方はしていない。

 即座に見捨てる判断をする筈だ。


 つまり、襲撃をかけるだけの意味が無い。


 ならば、あとは利害を度外視した怨恨だろう。

 脳裏で恨みを持っていそうな関係者を洗い出していると、焦げ臭さを感じた。


 火事か、と思い、窓からこっそりと外を伺うが、見える位置には火の手は見られない。


 と、そこで明らかな違和感を彼は覚えた。


(……いや、待て。

 何故、魔力を感じない!?)


 火事ならば、まだ分かる。

 火を付けるだけならば、油を撒いて適当にマッチでも投げ入れてやれば良い。

 わざわざ魔術を使うまでも無い。


 だが、この気温は何なのだ。

 そのような設備が無い以上、魔術を使わずにこの様な事は出来ない。


 だというのに、周囲に魔力を感じない。

 自分たちの物以外、全く何も感じない。


 異常事態だ。


 清の内心に、僅かばかりの焦燥感が湧き上がる。


 そうしていると、音が聞こえた。



 ――――ズルゥ……

 ――――ビチャ……


 ――――ズルゥ……

 ――――ビチャ……



 何かが這いずる様な、音。

 徐々に近づいてくる気配は、やがて部屋の前に来る。


 熱を、感じた。

 焼けつくような炎の熱が、扉を貫いてやってくる。


 だというのに、背筋を震わせる寒気はそのままだ。



 ――――バンッ!!



 扉が強く叩かれた。


「ひっ!?」


 弓弦が小さく悲鳴を上げた。

 彼女は能力こそ高いが、実践経験などをほとんど持たない人間だ。

 異常事態への精神的耐性が低いと見える。



 ――――バンッ!!

 ――――バンッ!!



 扉を叩く音は続いている。

 何度も何度も、必死に叩かれる。

 何が来たのか、単なる襲撃ではないと予感しながら見守っていると、扉が燃え始める。



〝あけてよぉ――〟



 そうすると、掠れたような声が聞こえた。

 幼い子供の、悲痛な声。


「あっ、あっ、嘘……。

 嘘です。そんな筈は……」


 何かに気付いたのか、弓弦が腰を抜かせて否定の言葉を漏らし始めた。

 それを問い質している暇はなかった。


 炎上する扉が崩れ、その隙間から手が伸びてきた。


 焼け爛れた、燃え上がる子供の腕だ。

 今にも崩れてしまいそうなそれが、扉の内側をひっかく。



〝パパぁ、ママぁ、たすけてよぉ――〟



「いや――――ッ!!」


 弓弦が悲鳴を上げると同時に、清は炎弾を放っていた。

 扉が爆破され、その向こうにいた何かを吹き飛ばす。


「やめて! お願い、やめてください!」


 泣き縋ってくる弓弦だが、清はそれに構う事はしない。

 魔力を高めながら、短杖を構えている。


 何故ならば、まだ脅威の排除が出来ていないから。



〝いたいよぉ〟

〝あついよぉ〟

〝なんで〟〝なんで〟〝なんで〟

〝たすけてくれないのぉ――〟



 ズルリ、と燃え崩れた扉の残骸から、小さな子供が這い出てきた。


 五歳ほどだろうか。

 黒い髪をしており、全身が炎上して肉の焼ける臭いを漂わせている。

 特に右顔面の火傷が酷く、眼球が溶けて零れだしていた。


「いやぁ! 来ないで!

 私の所為じゃない! 私は何も悪くない!

 あなたが! あなたが悪いのです!」


 錯乱した弓弦は、頭を抱えて叫び出す。

 きっと彼女にはこの子供の心当たりがあるのだろう。


 清は、這いずる子供に向けて、容赦なく攻撃を加えた。


 爆炎に包まれながら子供が吹き飛ぶ。

 五体が千切れて、バラバラに散らばった。


 しかし、終わりではない。



〝たすけてよぉ〟

〝たすけてよぉ〟

〝たすけてよぉ〟

〝たすけてよぉ〟



 木霊するように、周囲から同じ声が同じ響きで伝わってくる。


 千切れた子供の破片がそれぞれに子供の形へと再生していた。

 そこにやはり魔力は感じられず、これが何かの心霊現象ではないかと清の心中にあり得ない想像が広がる。


 幾体にも増えた子供は、ゆっくりと這いながら、徐々に近付いてくる。


「いや、いやぁ――――!!」


 遂に耐え切れなくなった弓弦が窓へと組み付いた。

 入り口側は子供たちに防がれている為、そちらから脱出しようというのだろうが、


「何で!? 何で開かないのですか!!??」


 魔力を込めて壊すつもりでやっているというのに、窓はビクともしない。

 清も炎弾を放つが、傷一つ付いていない。



〝〝〝〝ママぁ、おいてかないでぇ〟〟〟〟



 逃げ出そうとする弓弦へと、子供たちが殺到する。


「いやぁ! や、やめっ、はなしてぇ!」


 飛びついた子供たちは彼女を引きずり倒し、その全身に群がる。


「あぎっ!? ぎゃあ!」


 そして、その肌に齧り付いていた。

 血飛沫が上がり、真っ赤に染まっていく。

 恐怖と激痛に、弓弦は顔を大きく歪ませていた。



〝ずっと、いっしょだよぉ〟



「ぎっ!?」


 最後の一噛み。

 弓弦の身が大きく痙攣し、遂に動かなくなった。


 その間、清はただ見ているだけだった。

 逃げる事も、助ける事も、彼はしなかった。


 ふと理解したのだ。


 子供は、自分たちを父と母と呼ぶ。

 亡霊になってもおかしくない事情を抱えた、自分の子供がそういえばいたな、とようやく繋がったのだ。


 だから、亡霊だというのならば、受け入れようと思ったのだ。


 どうせ既に責任も何もない身だ。

 このまま過去の因縁に取り殺される事も、一興だと思ったのだ。


「もはや名前も覚えていないが、さぁ来るが良い」


 清は腕を広げ、母を食い殺した亡霊たちの前に立つ。


「お前の父はここにいるぞ」



〝〝〝〝パパぁ〟〟〟〟



 亡霊が飛びつき、妻と同じように噛みついてきた。

 全身を食い千切られていく激痛が奔る。

 彼が最後に見た光景は、大きく広げられた子供の口だった。


~~~~~~~~~~


「チッ、とてもつまらん」


 血に塗れた惨劇の舞台に、一人の青年がやってくる。


 雷裂刹那である。


 かつて血の繋がっていた両親を襲ったのは、全て彼の仕業である。


 何故かと言えば、かつての仕打ちに対する報復……などでは勿論なく、単純に己が〝炎城〟だった時代の痕跡を消す為だ。


 久遠に施した処置を徹底させる為に、彼は戸籍なども改竄して、炎城刹那がいたという記録を執拗に消して回っていた。

 それは、炎城の前当主夫妻の記憶も対象であり、また炎城家に残っているかもしれない痕跡も目標である。

 十年も経っているのだから残ってはいないと思われるが、残っているかもしれないのだから、掃除は完璧にやるべきである。


 そのついでに、このようなホラーを演出してみたのだ。

 特に意味もなく。


 炎城弓弦は、狙い通りに恐怖に錯乱した面白い反応をしてくれた。

 実に素晴らしい客だったと大満足である。


 しかし、炎城清は最初から最後までまるで動じておらず、つまらない結果に終わってしまった。


「まっ、リアリティも微妙だし、仕方ない結果か」


 正直、過去の事をまるで覚えていないので、彼らの事をどう呼んでいたのかだって覚えていない。

 適当に〝パパ〟〝ママ〟と入れておいたが、本当にそう呼んでいたのかも分からない。


 劇の完成度としては赤点物だろう。


「まぁ良い。演出はついでだ。

 ああ、君たち、すまないが掃除を頼むよ。

 隅々まで〝綺麗〟にしてくれたまえ」

「「「うぇ~い」」」


 雷裂家お抱えの掃除屋(比喩的表現)の皆様が、それぞれの道具を片手に入ってきては、てきぱきと清掃を始めていく。

 部屋の修復と掃除のみならず、当初の目標であるかつての痕跡も綺麗にしてくれるだろう。


 その仕事ぶりに満足しながら、刹那は元両親の死骸へと向き直る。


「さて、では私も仕事を始めよう」


 そうして、この世から〝炎城刹那〟は完全に消えてなくなるのだった。


全然怖くねぇよ、と思われる方は容赦なく批判してください。


何処が駄目とか、こうしたらええんちゃう? という意見があれば言ってくれて良いのですぞ?(アドバイス乞食)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 態々出向いて殺すのは、理由をつけてはいても感情が入り込んでいた為と思われる回でした。
[気になる点] 刹那がいるのだからそれぐらいやるだろと [一言] むしろ子供の姿から触手生やしてどんどん成長してこの夫婦を取り込み夫婦も触手生やして記憶消して放置で
[一言] こ、こんなの…ぜ、全然怖くな、ないもんね!! ほ、ほんとだぞ!
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