NTR夜会:前編
一話で済ませるつもりだったのに、何で長くなるかな。
刹那の生息する魔境、もとい研究室の扉が、勢いよく無遠慮に蹴破られる。
念力デコピンが条件反射で飛んでいない時点で、犯人が誰かはおおよそ見当が付くだろう。
「お兄ィ――――――!!」
平和的に邪精の解体研究を進めていた彼の下へとやってきたのは、刹那の愛する義妹、美影であった。
その出立は、いつもとは雰囲気の違う物をしている。
普段は制服やカジュアルな服装ばかりの彼女だが、本日は黒を基調としたイブニングドレスを纏っていた。
手には上腕まで包む長手袋をしており、ドレスも背中まで覆う肌の露出が少ない清楚なデザインをしているが、普段とは大きく違う服装故か、何処か煽情的な印象を抱かせる装いとなっている。
その上品なドレスが、あちこちが破れたり汚れていたりと、中々に酷い有様となっていた。
一見して、暴漢にでも襲われたかのような姿である。
「僕ね!
昨日の夜会でたくさんの男に襲われて、他の人に寝取られちゃったの!
っていう訳で、今こそお兄のウルトラ兵器で僕が誰の物なのか、きっちりと思い知らせてやるべきだと思うんだよね!
そんな感じでドログチャになるまでセッ〇スしようぜ!?」
「まぁ、落ち着け、愚妹よ。
貴様からは他の男の匂いがしないぞ。
嘘は良くないなぁ」
「嘘じゃないもーん! 本当だもーん!
そんなに疑う気なら、媚薬盛られて寝取られてアヘ顔決めるまでの嘘偽りなき実話を聞いて脳味噌を破壊されるが良い!
そして、意志薄弱なメスガキに分からせる為に、本能のままに襲い掛かってきなさい!
バッチコーイ!」
「よかろう。
もしも本当に寝取られていたというのならば、貴様の要望に応えて何も分からなくなるまで抱いてやろう。
さぁ!」
「言ったな! ちゃんと聞いたからね!?
覚悟せよ!」
話は、少しだけ過去に遡る。
~~~~~~~~~~
「え? 夜会?」
「うん、夜会。
招待状が来ててね。私と美影ちゃんに。
どうする?」
先日の地球全土を巻き込んだ異界大戦から、幾許かの時間が経過した頃。
戦禍の傷跡は深くとも、人々が前を向いて各地で復興に動き始め、また世界的には暗いムードを払拭しようと強引であってもお祭り騒ぎになっている。
その一環として、あちこちで戦勝記念と称してパーティが開かれていた。
雷裂姉妹に送られてきた招待状は、そうしたパーティの一つである。
名目は代わり映えの無い戦勝記念であり、二人は敵の大戦力を叩き潰し、地球を守った英雄姫として、パーティに華と箔を付けて欲しいという事で招かれたらしい。
「んー、まぁ別に良いよ。
面倒だけど、それ以外に断る理由もないし」
瑞穂の顔、八魔の一角であり、また世界的大企業の中核に位置している雷裂家。
その直系の娘として、こうした誘いは来るものである。
今までに参加してきた事だって何度もあり、怖気づく理由はない。
そうしたパーティは、有力者の人脈作りなどの場であり、またその子息たちの出会いの場でもある。
昔は、誰か面白い奴はいないか、と美影は淡い期待と大きな諦念を持って、度々参加してきたが、最近は御無沙汰だ。
なにせ、彼女は心に決めた男を見つけた。
もう彼女の心は動かない。
動かさないと決めた。
だから、そういう場所に行く意義を、さして見出していなかったのだ。
とはいえ、あくまで特に行く理由が無い、というだけで、行きたくない理由ではない。
面倒ではあるが、今は世界が空元気を出そうとしている状況である。
自分が背負っている看板が客寄せになるなら、行っても良いか、と思う。
「あら、珍しい。
てっきり断るかと思っていたのに」
「まっ、たまにはね。
気まぐれだよ、気まぐれ。
どうせ予定もないしねー」
用意された料理でもつついて、言い寄ってくる男を適当にいなして、精々、見世物として話でもしてやれば良いだろう。
「そういうお姉は、まぁ参加だよね」
「私はね。
将来、雷裂を継がなきゃいけないもの」
妹と違って、美雲は比較的積極的にこうした席に出席している。
何故ならば、彼女は雷裂の次期当主として指名されているからだ。
《六天魔軍》であるが故に、放っておいても大なり小なり目立ってしまう美影と違い、美雲の顔を知る者は財界には少ない。
逆に軍事畑であれば、上層部に位置する者なら大概は知っているのだが。
その為、こうした機会を得ては、こつこつと顔と名前を売っているのである。
「美影ちゃんが継いでくれるなら、私も楽が出来るんだけど」
「僕はパス~。
一族が全滅でもしない限りは、絶対に受け取らないからね、そんなお鉢」
「でしょうね」
能力的には充分にある。しかし、一方で性格的には全く向いていない。
それが美影という少女だと、美雲はよく分かっている。
彼女が雷裂を継げば、更なる発展を遂げてくれるだろう。
世界屈指と言わず、世界最大の大企業にだってしてしまうかもしれない。
だが、その代わりには彼女の心は腐ってしまう。
つまらない数字遊びに明け暮れて、何も楽しいと思わず灰色の人生を過ごしていく事だろう。
それならば、義弟と共に健やかに自由に生きていた方が、よほど彼女の為になる。
だから、美雲は無理に、とは言わない。
どうせ自分にはやりたい事も無いのだから、程好く安泰な道に進むのも良いだろう。
レールの敷かれた人生とは、なんと楽な事か。
それに、困った事があれば頼れる妹や弟たちを容赦なく引っ張り出せばよいのだ。
それくらいは快く引き受けてくれるだけの信愛を築いていると自負している。
世界で最も強く、最も普遍の価値を持つ力、すなわち武力の頂点を自由に振り回せる美雲は、ある意味、地球上で最も敵に回してはいけない人物と言えた。
「じゃあ、ドレスの用意もしなきゃね」
「えぇー? 良いよ、別に。
どうせ、僕、変わってないし」
ここ数年、体型を表す数値に変動の見られない美影は、陰のある自嘲した笑みを浮かべて言った。
きっと実家のタンスに仕舞われている初等部時代のドレスだって、ぴったりに違いない。
「自虐、楽しい?
せっかくの機会なんだもの。
おめかししないと勿体ないわよ?」
「でも、見せたい相手は来ないしー」
刹那は、その様な席に出た事はない。
当たり前だ。
何が楽しくて、いつどこで爆発するかも分からない爆発物を、客人の前に出そうというのか。
最初から喧嘩を売るつもりでもなければ、出来る訳がない。
不貞腐れる妹を宥めながら、美雲はパーティへの準備を進めるのだった。
~~~~~~~~~~
そして、当日。
立食形式のパーティ会場へと二人は揃って入っていた。
「……すこーし、厳重じゃない? 警備」
「そうねぇ。
デバイスを取り上げられるのは分かるんだけど……〝鍵〟まで取られるとなると、ちょっとね」
そして、不穏な気配を敏感に感じ取っていた。
彼女たちは超級の戦闘魔術師である。
強力な兵器そのものであり、戦闘訓練を受けていない一般人にとっては、目の前に怪物が佇んでいるのと何ら変わらない。
それ故に、こうした交流の場では、魔術デバイスを預かり、また預ける事が信頼の証であり、常識的なマナーとされている。
デバイスはあくまでも補助であり、やろうと思えば戦闘魔術を無手でも使用できる事は、あまり知られていないのだ。
その例に漏れず、入り口でのボディチェックの際に、美雲は常時携帯しているデバイスを職員に預けていた。
それは良い。当然の対応だ。
だが、問題は美影への対応だ。
彼女はデバイスを基本的に持たない。
彼女の無暗矢鱈と強大な力に耐えられるものを造れないからなのだが、本当の意味でその身こそが一つの兵器として完成されている。
だから、本来であれば、外からでは美影の戦闘力を抑えつける事などできないのだが、彼女は《六天魔軍》である。
常に魔力制限を受けている身なのだ。
その為の鍵を自分で管理しているとはいえ、リミッターを外さなければ普段の魔力は最低ランク程度しか発揮できない。
その鍵を、龍を描いた銀の懐中時計を、要求されたのだ。
これは異常な事である。
警戒心は分かる。
いつでも自分の意思で制限解除のできる魔王など、導火線に火の付いた爆弾と変わらない。
恐怖を抱くのも当然だろう。
だが、その懐中時計は、リミッターの鍵であると同時に、《六天魔軍》の身分証明でもあるのだ。
それを取り上げるとは、それこそ彼女たちの唯一にして直属の上司である、瑞穂の帝へと喧嘩を売る様な物である。
そうまでして、美影の戦闘力を制限するとなれば、何か良からぬ事を企んでいます、と明言しているようにも思える。
「……このパーティ、誰が主催だったっけ?」
「欧州に本拠を置く企業よ。
そこそこの大きさで、主な産業は基礎素材の精製。
幾らか魅力的な特許も持ってるわ。
《サンダーフェロウ》としても、仲良くしていて損はない相手ね」
「身許ははっきりしている、と。
さぁて、誰が裏で糸を引いているのかな?」
きな臭さを感じていても、危機感はまるで抱いていない姉妹は、怒って引き返す、という選択肢を無視して普通に入場していた。
美雲はデバイスが無ければ、そこまでの脅威ではないが、一方で美影は制限を受けていて猶、魔王と呼ばれるに相応しい脅威度を誇っている。
それ程に、彼女の雷系超能力は発達しているのだ。
罠があるのならば、それも良し。
真正面から踏み潰し、堂々と食い破ってやるのみである。
それに、もしもそれでもどうにもならない程の何かを用意していたのだとしても、問題は何もない。
彼女たちには、姉妹を愛し、執着する守護神がいる。
彼の名を叫べば、そこが何処だろうと、即座に参上して、何もかもが台無しにしてしまうという絶対の切り札がある。
それ故に、せっかくの趣向なのだから楽しもう、という方向にシフトしたのだ。
そして、パーティが始まる。
今のところは、穏やかな雰囲気を保っている。
美雲は、笑顔で自分の顔と名前を売っており、その少し離れた所で警戒をさりげなく周囲に走らせながら、美影は料理に舌鼓を打っている。
「これは……隠し味に塩を?
でも、ただの塩って感じじゃないな。
何かな?」
美味、とは相対評価である。
何を美味しく感じるかなど、人それぞれだ。
だから、美影は決して他人の料理を馬鹿にしない。
それぞれに工夫を凝らしたプロの仕事なのだ。
その工夫を解き明かし、自分の趣味に合うようならば、自らの技巧として取り入れようという貪欲さを常に持っている。
大真面目に料理と向き合っていると、そんな彼女に声をかけてくる者がいた。
「これはこれは、噂に名高きミカゲ・カンザキ嬢ではありませんか。
楽しんでおりますかな?」
「ええ、とても。
こちらのシェフは良い腕をしておられる。
大変に学ばせて貰っております」
話しかけてきたのは、中年の白人男性だ。
痩せ気味の長身をしており、何処か神経質そうな雰囲気を持っている。
その後ろには、ボディガードなのだろう。
ガタイの良い筋肉質な男が並んでいた。
「はははっ、ミカゲ嬢……失敬、ミクモ嬢と区別する為に、ファーストネームで呼ばせて頂きます。
貴女からそう言ってもらえれば、シェフもさぞかし喜ばれるでしょう。
ミカゲ嬢の料理の腕前は相当なものだと聞き及んでおりますからな」
「おや、知っておられるのですね。
良い耳をお持ちのようで」
店を開いている訳でもなく、基本的に身内に対してしか披露していない料理の腕。
戦闘魔術師としての力量ばかり注目されている彼女のスキルの中では、あまり目立つ物ではなく、知る人ぞ知る情報だ。
とはいえ、別に隠している訳でもなく、ちゃんと調べていれば出てくる情報でもある。
「知らぬ方が、よほど怠慢でしょう。
招待客の中でも、カンザキのお二方は格別ですからな。
地球を、人の世界を救っていただいた英雄姫の事であれば、誰もが知りたいと思いますぞ」
「これも有名税という物ですね。
……スリーサイズまで出回っているのはどうかと思いますが」
「いやはや、魅力的な女性の事を知ろうとするのは、男の本能とも言えますので。
ご容赦して下さると、大変に有難いです」
若干、棘のある視線を向ければ、男性は少しばかり気まずげな様子を見せる。
実は、本当に彼女たちのスリーサイズなどの身体情報が出回っているのだ。
どうやら、無駄な性欲と多大なる暇を持て余した馬鹿どもが、写真や動画などから衣服の厚みを差し引いて割り出したらしいのだ。
これがまた凄い事に、ほとんど正解だというのだから驚きだ。
微妙に違うが、誤差の範疇内であり、変態の熱意も大したものだ、と呆れや怒りを通り越して感心したものである。
気まずげな様子から、この男性も情報を集める中でそれを知ってしまっているのだろう。
彼は話を変えようと、改めて居住まいを正す。
「失礼。
そういえば、自己紹介がまだでした。
私、ゴート・マテリアルに籍を置いております、マクシム・レヴェイヨンと申します。
お近づきの印に、一杯いかがですか?」
そう言って、男性――マクシムはグラスを差し出してくる。
美影はそれを受け取り、香りを一嗅ぎする。
仄かに香る、アルコールの香。
そして、もう一つ。
「私が未成年だって分かってますか?」
「含有率は1%未満です。
せっかくの祝いの席なのですから、それくらいは羽目を外しても良いのではないでしょうか」
薄く笑いながら、彼は自分の分のグラスを少しばかり美影へと突き出す。
「未成年の女の子にお酒を飲ませて、何を企んでいるのやら」
そう言いつつも、彼女は手に持ったグラスを揺らし、突き出されたグラスと軽くぶつけた。
チン、とガラスの打ち合わされる高い音が鳴り、二人は同時に中身を煽った。
「良い飲みっぷりです」
「思い切りは良い方だと自負しておりますので」
舌の上でよく味わいながら、美影は答える。
横目で見れば、美雲も誰かから誘われて飲み物を傾けていた。
(……ふぅん?)
舌に、混じり物の感覚があった。
ほとんど無味無臭に近く、決め打ちして探っていなければ気付かなかっただろう程に小さな違和。
だが、確かに美影の舌と鼻は捉えていた。
微量、混ぜ込まれた薬剤の存在を。
(……はてさて、こいつは利用されただけなのか。
それとも、分かってやってるのか)
グラスを勧めたのは、目の前の男だ。
犯人と一番に疑われる立ち位置ではあるが、だからと言って即座に認定するほど、美影は狭量ではない。
何故ならば、彼女に薬毒は効かないから。
廃棄領域に出入りして適応していく内に、彼女の肉体は進化と呼べるほどに変質していった。
その最たるものが、異常な新陳代謝能力であり、薬も毒も即座に濾過して体外に排出してしまうようになってしまった。
今となっては、有害無害を問わず、必要な栄養素以外を彼女は受け付けない。
だから、焦って対処しようとも思わないのだ。
(……お姉は……まぁ気付いてないよね)
見れば、美雲は無警戒にグラスを干している。
彼女には、美影の様な特殊体質はない。
毒を飲めば、普通に効く。
五感だって常人並みだから、無味無臭に近い薬剤には気付けていないだろう。
信頼されている、と勝手に解釈しておく。
己がいればどうとでもなると安心しきっているのだろう、と。
(……まっ、致死性の毒じゃなさそうだし、もう少し様子を見てみましょ)
致死毒ならば、即座にこの場にいる者たちを無力化させて、とっとと退散しているところだが、そうではなさそうなので暫し状況を見守る事にする。
少しの間を空けて。
美雲の頬が紅潮し、足元がおぼつかなくなる。
ぐらり、と身体が傾いだ瞬間。
「お姉、ちょっと休みなよ」
休憩用の椅子を持ち出した美影が瞬発し、姉の身を受け止めて座らせた。
「にひっ、あとは僕にお任せ♪」
「うん。じゃあ、お願いするわ」
周囲では、先んじられた形となった男たちが、欲望を滾らせた瞳に困惑を混じらせたまま固まっていた。