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黒龍と星霊

設定上、制服のデザインはブレザー型なのですが、作者の脳内では、何故か美影だけセーラー型(具体的には白露型制服)を着ている。


本当に何故か。

 ノエリアは、初手からして無慈悲な選択肢を選んでいた。


 破滅の光撃。


 無駄で過剰な破壊力、ではない。


 目の前にいる美影を、滅ぼすべき敵として見定めた事も選んだ一つの理由だ。

 だが、何よりもこれを使う為に必要とされるエネルギー量が、あまりにも少ないという事が最大の理由だ。


 今のノエリアには、ほとんど魔力が残っていない。

 充分に人の手が届くほどにまで弱体化している。

 であれば、無駄な魔力を使っている余裕など何処にもないのだ。


 故に、終焉の光を選んだ。


 この力は、遍く全てに対して優勢を誇る絶対なるエネルギーである。

 これを前にしては、如何なる力も意味を為さず、唯一、対となる始原の闇であれば、多大なるエネルギーを使用する事で中和する事が可能となる。

 そういう力なのだ。


 絶対なる破壊力を秘め、あまりにもコストの安いエネルギー。


 だが、使用するには常識を外れた制御能力が要求される。

 常に爆発する事を望む光は、抑え付ける事が容易ではないのだ。


 ほんの少しだけでも気を抜いてしまえば、途端に暴れ狂い、術者本人を含めて周囲を飲み込んで虚無へと消し去ってしまう、そんな不安定極まりないエネルギーである。


 だというのに、ノエリアはそれを選択した。


 理性の飛んでいる彼女には、目の前の外敵を排除する、という目的しかない。

 それによって発生する被害を考慮するだけの知能は残っていないのだ。


 彼女の手の中で生まれた極光を前に、美影は手を振るう。


 黒雷が迸り、網のように、広大な範囲を幾重にも交叉して覆い尽くしていく。


 超能力魔力混合術式《黒雷方陣》。


 黒雷化しているだけの、ありふれた雷属性防御術である。

 規模を除けば、そこらの魔術師にでも発動可能な、簡単な魔術だ。


 ノエリアは、無駄な足掻きだと内心で嗤う。

 そんな矮小な力で終焉を止められる物か、と。


 同程度のエネルギーであっても、絶対的な優勢が約束されている極光。


 彼女は、地球を消し去るに充分なそれを、躊躇なく解き放った。


~~~~~~~~~~


 美影は、解き放たれ、光速さえも超えて拡大する終焉の極光を見つめながら、しかしまるで恐怖を抱いていなかった。


(……そうだよねー。そう思うよねー)


 理不尽な力を前にして、彼女はそんな理不尽を捻じ伏せる不条理な自分の力を想う。


 黒雷。


 正確には、超能力と魔力の特性が一致した事で起きる、黒化現象。


 はっきり言って、最初はこれがどういう物なのか、誰も分からなかった。


 なにせ、本来は合わさる事のない、似て非なる二つのエネルギーなのだ。

 超能力に関しては絶対権限を所持し、直感的にどういう物なのかを理解できる刹那であっても、そこに魔力という要素が加わった黒雷については、まるで分からなかった。


 調べてみても、エネルギーが増大、あるいは減少している訳でもなく、雷の特性が変わっている訳でもなかった。


 保有している対象が、刹那の愛する美影だというのも悪かった。


 これがどうでもいい人物であれば、一切の加減もなく、あらゆる手を尽くして調べ上げたのだが、美影に傷を付けたくない一心で積極的で安全性の保障されない実験は行えなかったのだ。


 再現しようにも、どうやら完全な資質の一致でなくてはならないらしく、例えば別の雷属性魔力保有者に刹那の力で限定的な雷系超能力を付与しても、黒化しないという結果に終わってしまった。


 世界で唯一の黒化エネルギーの正体。


 見栄え以上の効果はないのか、と思われた黒雷の特性だが、それは些細な事で判明する。


 きっかけは、美影が刹那にいつも通りの夜這いを仕掛けた事に端を発する。

 いつも通りに返り討ちにしようとする刹那と、何が何でも義兄の種を貰おうとする美影のじゃれ合いは、遂に互いの権能を駆使する領域に入った。


 その中で、単なる雷属性では有り得ない現象が発生した。

 あまりに不条理な現象に、さしもの刹那も首を傾げてしまったものである。


 その時の出来事を参考に、検証が行われ、結果として黒雷の理不尽で不条理な能力が判明する事となった。


~~~~~~~~~~


 終焉の光が、黒雷の網と接触する。


 遍く全てを消し去る光の前には、雷如き儚いもの。


 一瞬たりとも拮抗する事なく、食い破ってしまう。


 そんな未来を、ノエリアは幻視した。


 彼女の妄想を、現実が裏切る。


 激しい稲光と雷鳴が世界を席巻する。

 滅光と黒雷は拮抗し、互いの存在を消し合い、やがて同時に弾けて消えた。


 相打ち。


 あまりにあり得ない結果に、ノエリアは暫し停止してしまった。


「連弾壊砲、十門」


 その隙を美影は見逃さない。

 瞬発した彼女は、速度を載せて黒雷を叩き付ける。


 超能力魔力混合術式《黒龍招来》。


 滅茶苦茶な軌道を描きながら黒き龍がノエリアを飲み込み、その身に纏った魔力障壁を貫いて焼き尽くしていく。


「あらら、やっぱり何処に飛んでいくか分かんないね、これ。

 なるべく地上に向かないようにしないと」


 黒雷の特性。


 それは、全てに対して対等である、という事。

 一のエネルギーに対して、一のエネルギーを。

 自らが持つ雷の特性や、対象の特性を無視して、完全なる出力勝負に持ち込める、あらゆる全てを強引に同じ土俵に立たせてしまう、不条理の権化の如き権能を持っている。


 それが空間の遮断であろうと、時の停滞であろうとも、黒雷で触れてしまえば出力差によって食い破る事が可能なのだ。


 それは、終焉の光であってさえも、例外ではない。


 同じエネルギー量ならば、それが何であろうと相殺に持ち込む事が出来るし、出力で上回れば、何が相手だろうと押し潰せる。


 長きに渡って溜め込まれた連弾の魔力が、解き放たれる。


 超能力と触れ合う事で黒化したそれが、美影の外見にも反映される。


 黒雷で編みこまれた漆黒の長髪。

 彼女の身長の倍はあろうかという、黒雷の髪が怪しく揺らめいていた。


 これが彼女の残弾。

 これが尽きるまでに勝負を付けねばならない。


 美影は強く空を踏む。

 黒雷の中に飲まれたノエリアへと追い縋ると、足刀を振るう。


 超能力魔力混合術式《雷刀・斧刃脚》。


 合わせて。


 超能力魔力混合術式《断頭交叉》。


 黒龍の首が落とされるように、漆黒の雷刃が奔った。


「まだだよっ!」


 美影は指を立てて、指揮者のように振る。

 その動きに呼応して、断ち切られた黒龍が折り畳まれていく。


 超能力魔力混合術式《天空雷葬》。


 投げ放ったエネルギーを再利用して行使する、魔力制御能力の極致。

 一点に集約された莫大な黒雷が、ノエリアを焼いていく。


 だが、ただやられるだけの相手ではない。


 しゅるり、と羽衣が蠢いた。


 次の瞬間、黒雷の棺に亀裂が入った。

 割り開かれた中から、ノエリアは無事に這い出して来る。


 その目が、美影を捉える。


「あぶっ!?」


 美影はほぼ反射的に身を逸らした。


 その紙一重先を、羽衣が瞬閃する。

 その表面には、濃縮魔力が纏わされており、武器として凶悪な威力を秘めている事が窺える。


 運動量と速度に特化している美影は、耐久力は然程の物ではない。

 一撃でも貰えば、それで終わる。


 それを、ノエリアも分かっているのだろう。


 伸びきった羽衣が、分解した。


 細く、目に見えない程に細かく、糸のように。


「うわ、やばっ!」


 その全てが、美影へと殺到した。


 彼女は瞬発し、即座に後退を選ぶ。

 逃げ道を塞がれる事が一番恐れる事態だ。

 囲まれてしまえば、あとは料理されるだけである。


 だから、彼女は躊躇なく逃げた。

 距離を取った。


 そんな事は、ノエリアも分かり切っている。


 後退した先には、ノエリア本人が既に回り込んでいた。


 放たれる魔力弾。


 星空の如き弾幕が、流星の速度で美影へと殺到する。


 前門の魔力弾、後門の羽衣糸。


 美影は不敵な笑みを浮かべる。


「舐めんじゃ、ない……よッ!」


 複雑な黒雷の軌跡が、空に描かれる。


 彼女は一瞥して瞬時に見切ったのだ。

 魔力弾の通る場所とタイミングを。


 あとは、その隙間を縫うだけの事。


 自分が失敗する、そんな不安に身が竦むか否か、その差が天才と凡夫を分ける。

 美影は躊躇なく死線に飛び込み、一歩も踏み外す事なく、見事に活路を突っ走っていた。


 肉薄するノエリアと美影。


「連弾壊砲、百門」


 拳を握りしめる美影の前には、既に防御姿勢に入ったノエリアがいる。


 それを、彼女は正面からぶち抜いた。


 超能力魔力混合術式《轟天雷迅》。


 Sランク魔術師の百倍に相当する魔力が、この一瞬の内に放たれる。

 神鎗の様な美影の小さな拳は、遂にノエリアの魔力障壁を突破し、その身を打ち据えた。


 瞬間。


 彼女の精神は空白を生んだ。


 忘却。


 自分が何をしているのか。

 自分が何者であったのか。

 何もかもが消える。


 幻属性魔法《離界》。


 強制的に魂を成仏させる凶悪な魔法。


 美影という存在を強敵として認めていたノエリアは、罠を張っていた。

 己の魔力障壁を突破して、攻撃を加えてくると彼女の事を信頼していた。


 そして、その思惑にはまる。


 ノエリアに触れた美影は、そこを起点に彼女の強力な魔力を注ぎ込まれ、精神を漂白されてしまう。


 本来であれば、これで終わり。

 王手であり、チェックメイト。

 もはや巻き返す手段などない。


 しかし、彼女は一人ではないし、過剰に自分の事を信じてもいない。


 精神攻撃が、危険だと最初から知っている。

 黒雷は物理的な力であり、違和感を覚える間もなく作用させられれば、到底追いつかないと危機感を持っていた。


 ならば、対策を立てない筈がない。


『ミカちゃーん! 起床っ!』


 全身の細胞から、大嫌いな母の声が響き、美影の精神が再起動した。


 超能力魔力混合術式《ルナルナ☆ルナティック》。


 治癒系超能力によって、骨の髄に至るまでに幻属性魔力を染み渡らせる、母・雷裂瑠奈の精神及び肉体支配術。

 仕掛ける為には長時間付きっ切りでいなければならない、という困難な条件があり、即効性がまるでない、ただただ相手を弄ぶ為だけの術式。


 そして、魂ではなく、肉体を媒体としている為、通常の幻属性魔術では干渉できない、非常に理不尽な性能を持っている、邪悪と呼ぶに相応しき術式。


 美影は、それを精神防壁として、いざという時のバックアップとして仕込んでいた。


 クリアになった視界では、回収した羽衣を振り下ろしているノエリアが見えた。


 一手遅れている。

 とても逃げられない。


 だから、彼女は一歩を踏み込んだ。

 躱せないならば、直撃だけは避ける。


 振り下ろされた凶刃は、美影の左肩を大きく抉るが、命にまでは届かない。


 ノエリアを抱きしめた美影は、全身から黒雷を弾けさせた。


 超能力魔力混合術式《雷神抱擁》。


 大電撃が、地球の空を席巻する。

 ノエリアの障壁に弾かれ、宙へ逃がされた黒雷は、無差別に世界中を爆撃していった。


 そのあまりにも大き過ぎる被害に、苦情が入る。


『……美影ちゃーん、このままじゃ地球が壊れちゃうからー。

 遊ぶなら地球のお外に出てくれないかしらー?』


 幻属性魔力を介して、美影の脳内に直接語り掛ける美雲の声。


 確かに、地球大気圏内では被害が大き過ぎる。

 それを察した彼女は、ノエリアの下方に潜り込む。


「はいはい! ごめんなさい、ねっ!」


 鉄拳一閃。

 黒雷を込めた拳は、空の彼方にまで威力を届かせる。


 無秩序な軌道を描きながら、大気圏の外にまで駆け上がる黒龍。


 その先端を追いかける美影。


 月と地球の狭間で、黒龍が破裂した。


 中から現れるのは、無事な様子のノエリアである。


「それなりに削ってると思うんだけどなー」


 まだまだ元気な様子の彼女に、追ってきた美影はうんざりした気分になる。


 ぱらり、と羽衣が解ける。


 先程のように、糸のようになって広域に展開する。


 燐光が宿る。

 溢れ出す魔力の輝きだ。


 美影が瞬発するのと、燐光が弾けるのは、ほぼ同時だった。


 真空の闇を、魔力の閃光が切り裂いた。


「うわわわっ! ちょっ! これ、反則ーッ!」


 超広域に渡る致死の攻撃を背に、美影は虚空を駆ける。

 容赦のないエネルギーの放出は、容易に彼女を捉える。


 光の奔流に飲み込まれる。


「あー、もう! 勿体ない!」


 超能力魔力混合術式《群龍波濤》。


 光の閃光を、無数の黒龍の群れが迎え撃った。


 膨大なエネルギー同士の激突に、宇宙が震える。


 美影が飛び出す。


 食い合う力の隙間を縫って、ノエリアへと向かう。


 エネルギーの投げ合いでは、分が悪い。

 ダメージを与える為には、至近距離から直接殴りつける事が最も効果的だ。


 奇しくも、それが一番の得意分野である。


 無属性魔法《無限刃剣》。


 無機物生成魔法によって、無数の刃が美影の行く手を遮った。


 彼女は一瞬たりとも怯まない。

 配置を見切った美影は、即座に雷速で以て駆け抜ける。


 やがて肉薄した彼女は、しかし攻撃で出迎えられた。


 ノエリアにとっては、どちらでも良かった。

 美影が剣群を突破できようと、できまいと。


 無理だと後退するのならば、それでも良し。

 距離を取る事が味方するのは、ノエリアの方だ。


 綱渡りを踏み外し、切り刻まれるのならば、それも良し。

 敵が死ぬだけだ。


 そして、剣群を突破してくるのならば、それもまた良し。


 剣群を配置したのは、ノエリア自身である。

 そこに、意図的に穴を作るくらい、造作もない。


 彼女は、先の大気圏内での戦いを覚えている。

 美影が自身の放った魔力弾の弾幕を、見事に回避しきった攻防を覚えている。


 ノエリアは、信頼したのだ。

 敵は、すり抜けてくるのだと。

 美影は、その信頼にしっかりと応えてしまっていた。


 閃光が奔る。


「くおっ……!?」


 必死に身を捩る。

 瞬間的に反応できたのは、流石と言えよう。


 しかし、それでも完全に躱しきれるものではなかった。


 彼女の細い右腕が、血と共に千切り取れた。


「だから!」


 美影は、そのまま踏み込む。


「どうしたァ!」


 戦っている。

 どちらか一方からの蹂躙ではない。


 ならば、傷の一つや二つ、受けて当然だ。

 それに頓着する方がおかしい。


 神経伝達を雷の力でインターセプトし、脳へと伝わる痛覚信号をシャットアウトする。

 傷を受ける事は当然としても、傷から伝わってくる痛みは如何ともしがたい。

 分泌される脳内麻薬で誤魔化すにも限度があるのだ。


 痛みは、覚悟をしていても自身の動きを妨げる要因足りえる。


 だから、彼女はそれを完全な形で無効化していた。


 負傷をまるで気にも留めず、間合いに踏み込んだ彼女はノエリアの首筋を高速で蹴り抜いた。

 足から、ゴキリ、と骨が砕ける感触が伝わってきた。


 とはいえ、相手は肉体に依存しない超生命体である。

 骨折によって発生するダメージなど、些細な物だろう。


 その証拠に、伸びきった美影の蹴り足が掴み取られる。

 首が不自然に傾いた状態で、ノエリアはお返しとばかりに下から蹴り上げた。


「ごっ、ほっ……!」


 体の内側から何かが潰れるような音が鳴った。

 間違いなく、内臓が潰された音である。


 美影は血反吐を撒き散らしながら、遥か頭上へと蹴り飛ばされる。


 衝撃。


 月面に衝突する事で、なんとか停止した。


「危ないなぁ、もう。

 月に当たらなかったら、太陽系の外まで行ってたよ」


 口の中に溢れる血の残りを吐き出しながら、彼女は毒づく。

 実際に、月が軌道上になければ、そのまま太陽系外に離脱するコースであった。


 ぶつかった事でダメージは増えているが、戦闘は継続できる為、運が良かったのだと思う事にする。


 巻きあがる粉塵を斬り裂いて、羽衣の槍が飛来した。


「うおぅ!」


 後ろ回りをするように転がり、紙一重で躱す。

 視線を上げたその時には、目の前にノエリアが迫っていた。


 打撃。


 左腕を盾に、防御姿勢を取るが、そもそものスペックが違い過ぎる。

 衝撃に耐えきれず、美影は月面に沈められる。


 連打が開始される。


 全身のあちこちで、骨が砕け、肉が潰れる感触が発生する。

 なんとか致命打だけは避けているが、蓄積される損傷は重大だ。


「な め る な ァ !!」


 大振りの一発に狙いすませて、美影は正面から左腕で以て受け止める。


 瞬間。


 彼女の右足が瞬発した。

 不安定な体勢から放たれた一撃は、しかしノエリアの脇腹を捉えると、彼女の身を大きく弾き飛ばした。


 同僚《流転》のカウンターである。

 実戦に使えるほどには極めていない技だが、これだけ同じ攻撃を連続して放たれれば、呼吸を合わせる事は美影でも可能だ。


 僅かな間隙で一呼吸吐いた彼女は、吹き飛んだノエリアを追い、その手を掴む。


 握手する形となった状態で、彼女はノエリアを月面へと思いっきり叩き付けた。


「痛いんだぞ、お前ェ!

 遮断してるだけで、痛いってのは情報として伝わってるんだぞ!」


 投げて、投げて、投げ倒す。


 痛みという感覚こそ遮断しているが、痛みという情報は届いているのだ。


 自分の身体が傷つけられている。

 徹底的に見る影もなく潰されている。

 兄に捧げる筈の肉体を壊されている。


 それが我慢ならない美影は、鬱憤を晴らすようにただただ叩き付けまくっていた。


(……いやぁ、すまんのぅ)

「あ?」


 よく分からない声が脳内に響いた。

 特に気にせず大地に叩き付ける。


「女怪か。お前、意識があるのか」


 蹴り飛ばし、殴りつけ、雷撃を叩き込みながら、美影は言う。


(……うむ。先程、浮上した。

 どうやら汝に散々に痛めつけられて支配が緩んだようじゃのぅ)

「じゃあ、そのまま自殺しろ」


 自らの手で殺す、という拘りはない。

 取り敢えず、結果が出れば良いのだ。


 そう言いながら振るった拳に、カウンターで放たれた魔力弾が合わさり、美影の脇腹に穴を開けた。


(……おっ、油断しおったな。

 わはははっ、我の意識が浮上しただけで、身体の操作権を取り戻した訳ではない。

 今まで通りに動き続けるから、注意せよ)

「ぶち殺すぞ、お前……!」


 黒雷を一筋差し向け、穴を焼いて塞ぎながら、美影は怒りを載せて攻撃を繰り出していた。

 今度はちゃんと攻防を織り交ぜた戦闘を演じている。


「で、何をしに出てきたわけ?

 ただ喋りに来ただけなら、やっぱりぶっ殺すよ」


 蹴り足を掴まれ、先程のお返しのように月面に叩き付けられる美影。


 だが、上手く受け身を取る。


 完全に衝撃を分散させて押し殺した瞬間に、逆さまの状態でもう片方の足で蹴りつける。


 それをノエリアは後退しながら受け流した。


(……うむ。汝の奮闘の甲斐もあり、我の残存魔力も底を見せておる。

 随分と荒い戦い方をしてくれおって。

 これが我の本気じゃと思うでないぞ!?)

「何? 負け惜しみ言いに来たの?」

(……いや、そうではなく。

 まぁ、そろそろ終わりそうなので、あと一息じゃと応援に来たのじゃ)

「クソの役にも立たねぇ……」


 反吐が出ると、口をへの字に折る美影である。


 実際、今のノエリアでは言葉を贈る以外に何もできないのだから、仕方ない。

 自分の身体の支配権を取り戻すどころか、自分の身体が次にどんな行動をするのか、それを察知して教える事すらも出来ないのだ。


 まさに役立たずである。

 本当に何の為に出てきたのか、さっぱり分からない。


 美影は脳内の鬱陶しい声を無視して、詰めに入る。


 彼女の残弾も残り少ない。

 最後に盛大に使い切ってやろうと決める。


 ノエリアから無数の魔力鎖が放たれる。

 軽やかに躱していく美影だが、その内の一本が彼女の左腕に絡みついた。


 途端。


 抗えない程の力で引き寄せられた。


 間近に迫るノエリア。


 彼女は羽衣を槍のように構えていた。

 串刺しにでもするつもりなのだろう。


 美影は僅かに身を捩る。

 羽衣の先端が、彼女の胴を袈裟切りにしながら通り過ぎる。


 肉薄した美影は、ノエリアの胸倉を掴んで、一回転、月面を割り砕く勢いで投げ飛ばす。


 ついでに、追撃の黒雷を数百本ほど打ち込む。


 黒雷は、縄となり、網となり、ノエリアを絡め取って動きを封じていた。


 超能力魔力混合術式《雷縄縛鎖》。


 ノエリア相手では、ほんの一瞬しか持たない。


 しかし、一瞬でも良い。

 それで充分である。


「連弾壊砲、万門」


 残る全エネルギーを、周囲に飛び散った中で再利用できる全てを、左腕の一点に集約する。


 ノエリアが雷縄を引き千切り、頭上から雷速で飛来してくる美影を見やる。


 尋常ならざるエネルギーを宿した敵。


 回避は間に合わない。

 ならば、迎え撃つのみ。


 羽衣を槍の形に成型する。その長大な武装の全体が、神秘的な極光に輝く。


 最も効率的に、最大破壊力を叩き出せる力。

 全魔力を賭した終焉の光が、そこにあった。


 二つの人智を超えたエネルギーが、今、激突する。


 宇宙を染め上げる、黒と白のエネルギー。

 漆黒の雷を纏いし悪食の龍と、輝く終焉の神鎗を携えし堕ちた星霊が、互いの存在を否定しあう。


「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!」

「…………」


 集約されたエネルギーに耐え切れず、美影の左腕がボロボロに破け、血が噴き出していく。

 ノエリアもまた、弾かれた、あるいは制御しきれなかった極光に貫かれ、穴だらけとなっていく。


 黒百の鍔迫り合いは、しかしやがて白の側に傾き始める。


 徐々に、徐々に、黒が押し込まれる。


 砲台である美影の肉体が傷つき、《廻天》の維持が不可能となり始めているのだ。


 出力の落ち始めた黒雷を押しのけ始めた極光だが、その穂先が、突如、ぶれた。


(……少し、気を抜き過ぎじゃぞ)


 更に力を消費した事で、僅かに支配権を奪い取ったノエリアの意識が、自身の腕を本当に少しだけずらしたのだ。


 あまりにも些細な一手。

 だが、それがもたらした結果は、大変に大きなものだった。


 正中を外された極光は、黒雷に大きく弾かれ、宇宙の彼方を貫いて消える。

 そして、邪魔する物の無くなった雷の化身が、ノエリアの肉体を捉える。


 超能力魔力混合術式《天降龍神》。


「砕け散れっ……!!」


 正真正銘の、美影の全力。


 現在の彼女に出せる最大威力が、堕ちた守護神を貫き。


 それでも止まらない神威は、月を穿ち、巨大なそれを割り砕いたのだった。

二話くらいに分けようかとも思いましたが、面倒なので一話に纏めてしまいました。


あと、一、二話くらいで終わって、エピローグに入る……筈。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >全身の細胞から、大嫌いな母の声が響き、美影の精神が再起動した。 あ、一応(?)嫌いなんだ。まぁ天上天下唯我独尊、どころか独白を見る限り、「私の上に立つ人間はいない(お兄様は別枠)」…
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