空を駆ける軌跡
音を置き去りにして、三つの軌跡が空を駆ける。
黒龍と竜騎士、それに俊哉だ。
縦横無尽に張り巡らせた暴風の道に乗り、彼は一人で食らい付いていた。
「くっ……!」
音速突破した風の道は、肉体にかかるGも多大な物となる。
魔力及び超能力による全力の身体強化をしていて猶、あまりの負荷に度々意識が飛びそうになる。
だが、それだけの無理をしなければ、敵に追い縋る事すら出来ない。
ならば、仕方ない。
文句や不満の全てを飲み込んで、そうするだけである。
竜騎士が弾幕をばら撒く。
何の属性も帯びていない、地球上では机上の空論として存在すると言われている、無属性の魔力弾だ。
魔力の質が珍しいだけで、特に珍しくもない攻撃。
だが、放たれた数と内包する威力が異常だ。
空を埋め尽くさんばかりの弾幕が降り注ぐ。
簡易の追尾機能もあり、非常に厄介だ。
しかも、一つ一つにこちらで言う大魔術クラスの魔力を込められており、一発でも喰らえば悲惨な事になるのは目に見えている。
俊哉は、一瞥しただけで全ての弾道を察する。
「そ! ん! な! 攻撃はなぁ!」
踊るように、彼はほんの僅かな活路を捉え、閉ざされた道をこじ開けて、降り注ぐ死の雨を潜り抜けていく。
「美影さんで経験済みだオラァ……!!」
一発でも当たれば死ぬ攻撃。
雨のように降り注ぐ濃密な弾幕。
その程度の攻撃、どちらも美影の修行中に経験していた事だ。
むしろ、雷速ではない分、こちらの方がイージーモードであるとすら彼には思える。
最後の一発を側転するように躱した俊哉は、背後に向けて義腕を構える。
交叉する黒竜と彼の視線。
ブレスとアマテラスが同時に放たれた。
お互いに向けて直進したそれらは、互いの圧力を受けて湾曲、あらぬ方向へと突き抜けて消えてしまう。
大技を放ち硬直している俊哉に向けて、竜騎士が急降下してくる。
魔力探知で把握していた彼は、見る事もしない。
ただ風の流れに身を任せるだけだ。
但し、今までとは別の方向へ向かう風に。
速度の乗っていた竜騎士は、急速に方向転換した俊哉に追随できず、攻撃を空振りする。
頭上を取った俊哉が、ムラクモの炎刃を振り被った。
ぐにゃり、と竜騎士の身体が歪んだ。
人型を取っていても、彼らはあくまでエネルギー生命体である。
人体構造上の制限など存在しない。
普通の人間では構造上有り得ない挙動で、手に持った魔槍を俊哉へと突き出す。
ぶつかった二つの刃は、激しい衝撃波を撒き散らした。
「爆ぜろッ……!」
出力差は歴然だ。
つばぜり合いに持ち込まれれば、押し負ける事は目に見えている。
故に、俊哉はすかさず凝縮されたムラクモの閃熱が解放した。
空に太陽が生まれる。
自爆同然の攻撃だが、強力な風の障壁を纏い、高性能な炎熱耐性によって、彼は灼熱の嵐の中から強引に脱していた。
だが、その彼を待ち受けていたように、目の前には黒竜の爪があった。
「あぶっ!?」
引き裂かれる寸前でなんとか身を翻す。
右腕を軽く引っ掛けたが、少し肉が抉れて骨が見えるようになっただけだ。
脳へと上がってくる痛覚信号を、気のせいと強く言い聞かせる事で無視した俊哉は、即座に反転して黒竜へと追い縋る。
せっかく近付いてくれたのだ。
きついのを一発くらいお見舞いしてやらねば気が済まない。
なんとか尾の端を掴んだ俊哉は、一息に黒竜の背を駆け上がる。
『GYYYYAAAAAAAA……!!』
背に乗る俊哉に気付いたのだろう。
黒竜は、バレルロールするように身を回すが、俊哉は巧みに風を操って自身の身体を押し付けて固定している。
「そんなに期待してんじゃねぇ……よッ!」
アマテラスを纏わせた義腕を、指を断たせて黒竜に突き立てた。
肩までめり込んだ状態で、彼は力を解放する。
爆発する。
内部からアマテラスの威力を余す事無く喰らった黒竜は、僅かに身体を膨らませて、全身のあちこちから黒煙を吐き出す。
「へっ。ちったぁ効いたかよ」
義腕を引き抜いた彼は、そのまま腕をあらぬ方向へと構える。
瞬間。
強い打撃が俊哉を襲い、黒竜の背から吹き飛ばした。
竜騎士である。
魔槍で思いっきり斬り付けたのだが、察知した俊哉によって奇襲は防御されてしまった。
「……ほんっとに頑丈だな、これ」
俊哉は、左腕の武器にして防具である義腕を指して、呆れたように呟いた。
この腕が無ければ、彼はとうに真っ二つになっているか消し炭である。
というか、そもそも彼らに通用する攻撃自体が放てない、という絶望的状況になっていただろう。
人体実験の一環とはいえ、クサナギを用意してくれた刹那には感謝するしかない。
ついでに、あまり言いたくはないが、美影にも感謝しなければならない。
彼女が幾度となく様々な死線を潜り抜けさせてくれたから、竜騎士たちの強烈な圧力を受けても鼻で笑って冷静に対処する事が出来ているのだ。
仕切り直しとなった状況で、俊哉は並走する敵を見やる。
見た目には特に変化はない。
アマテラスを体内から食らわせてやった黒竜も、既に元通りの姿を取り戻している。
何度か有効打を与えた手応えは確かにあるのだが、どうにも致命傷にはまるで届いていない様子だ。
「さて、困ったな。いや、マジで。
倒しきれねぇ」
美雲が最終兵器を用いて瞬殺したという事から、絶対的に倒せない相手ではないのだろうが、自分にはそれだけの威力を出せる力が無いと悲観する。
精々、付かず離れずちまちまと攻撃を加えて、攻撃を躱して、何とか削る程度の事しか出来ない。
何とかならないか、と打開策を思考するが、そうそう都合よく思い浮かぶ物ではない。
どうにもならない現実に内心で辟易している俊哉だが、苛立っているのは竜騎士たちも同じである。
彼らから見て、俊哉はそう強い相手ではない。
羽虫とまでは言わないが、それこそ大人と子供くらいには大きな隔たりがある。
だというのに、未だに倒せていない。
殺せていない。
一発でも有効打を入れられれば、それだけで致命打となる筈なのに、それが出来ていない。
あまりにも、馬鹿にしている。
こんな事があってはならない。
彼らの中に残っていた僅かな最強種としての矜持が、目の前の存在を早急に叩き潰せと叫んでいた。
故に、彼らは勝負を決めに行く。
二つの魔力が高まる。
それに呼応するように、周囲の空間が脈打った。
「うわ、やべっ……!」
その感覚に、覚えはあった。
覚えがあるからこそ、俊哉は本気で危機感を抱いた。
美影の《天槌》。
ばら撒いた魔力さえも再利用して、自身の全魔力を一瞬にして放出する魔力操作の極みと同じ現象である。
何が起きるかは分からないが、何をしようとしているのかは分かる。
勝負を付けに来たのだ、と。
(……耐えきれるか!?)
今から、戦闘圏からの離脱を試みても無駄だろう。
竜騎士たちの魔力は莫大の一言だ。
その放出ともなれば、相当な広範囲に効果が及ぶだろう。
とても逃げきれる物ではない。
ならば、撃たせる前に倒してしまうか、根性で耐え切るしかない。
倒す事は出来ない。
アマテラスの直撃を体内から食らわせてもピンピンしている敵なのだ。
今から発動までの少ない時間で、どうやって倒しきれるというのか。
となれば、もはや選択肢は一つ。
気合いと根性で耐えるしかない。
風火障壁を何重にも殻のように張り巡らせる。
同時に、防御力と耐久力に極振りした身体強化を魔力と超能力で二重に全力でかける。
雫から送られてきた魔王魔力を使い尽くすほどの、今の俊哉に実現できる最大防御態勢を築き上げる。
直後、光が弾けた。
一瞬の静寂の後、先程のアマテラスの爆発が可愛く見えるほどの、巨大な光球が天空を薙ぎ払った。
『――――!!』
光に飲まれる直前に、俊哉は何かの叫びを聞いたような気がした。
懐古厨発症中。
昔のゲームがしたくなってPS2を買い直そうか悩んでいる今日この頃。