《ラグナロク・システム》
フレッチャー着任記念。
「……出来れば、永遠に使う機会が来なければ良かったのですけどねぇ」
帝宮の最奥にある、帝の執務室にて。
その主は、現在の地球全土の状況を把握しながら、深い溜息を吐いた。
そこに含まれる感情は、憂鬱一色のみ。
確かに、現状は憂うべき物だろう。
強大な敵が出現し、今まで優勢を保っていた天秤は一気に劣勢へと傾いている。
他国でもそうであるように、瑞穂でも竜騎士たちが出現し、《六天魔軍》の者たちはそちらにかかりきりだ。
おかげで、国家を覆って守っていた砂壁も消えており、都市部での戦闘を余儀なくされている。
万が一に備えて避難を行っていた事が功を奏し、民間人の存在をさして気にする事なく軍を展開させられているが、それでもやはり劣勢である事は否めない。
長き時をかけて復興してきた、愛すべき祖国。
侵略者によって無残に燃え上がる、愛しき祖国。
もはや、許し難し。
手段を選ばず、目的さえも見失わせる神の鉄槌を以て、撃滅せん。
比喩でも冗談でもなく、文字通りの意味で一人残らずぶち殺してやる。
彼らは、帝にその選択肢を思考に上げるだけでなく、選ばせてしまうほどの事をしでかしていたのだ。
そして、その決断をしたが故に、帝は憂鬱な吐息をせずにはいられない。
「……怒られるんでしょうねぇ。
世界中から、大量に文句が来るんでしょうねぇ。
あー、嫌です嫌です」
口ではそんな事を呟きながら、彼は執務机の仕掛けを作動させる。
机の最下段の引き出しに鍵を差し込み、決められた手順で他の引き出しを動作させる。
それによって、鍵が回るようになって、ようやく開錠される。
中には、重厚な金庫。
五個もの鍵穴と三つのダイヤル、指紋認証が備えられた、もはやピッキングを行うよりも力づくでこじ開けた方が手っ取り早いだろう程に強固な金庫。
帝はゆっくりとそれを開け放った。
中には、無数の鍵が入っていた。
どれもこれもが同じような意匠をしており、目的物の見分けは中々付かないだろう。
そんなアナログなセキュリティの中から、彼は迷いなく一本の鍵を手に取った。
それこそが、冗談で造られた狂気の始動キー。
人間には有り余る、神の所業を地上に引き起こす為の物だった。
鍵を取った帝は、執務机のコンソールにキーワードを打ち込む。
すると、執務机の天板が展開し、専用の鍵穴が出現した。
彼は、ゆっくりと差し込みながら、明確に発音する。
「《ラグナロク・システム》、起動承認」
『声紋確認しました。プロテクト、解放します』
厳重に施された、プロテクト。
何かの間違いでうっかり外れてしまわないように、何枚も何枚も執拗なまでに仕掛けられたそれらが、たったそれだけで全解放されてしまう。
全てのくびきから解き放たれた終焉を名付けられた兵器は、担い手の下へとそれを知らせる。
「あとは任せましたよ、美雲さん」
どう思うかは分からないが、彼女には重荷を背負わせてしまう事になる。
地球を滅ぼす兵器の担い手としての重責を。
どうとも思わない可能性もあるが。
~~~~~~~~~~
「…………はぁぁ」
《砕月》を使った事でマジノラインが重大な破損をしてしまい、先程までに比べて手隙状態となった美雲だが、突然、送られてきたシグナルを受け取った事で深い溜息を吐いた。
それはもう、憂鬱ここに極まれり、と言わんばかりの吐息だ。
「そう来ちゃったか~……」
現状を見る限り、その判断は正しい。
正しいとは思うが、出来れば選んで欲しくない選択肢だったと思う。
あの竜騎士たちが出現した事で、地球の防衛網に重大な穴が開いてしまっている。
太平洋域だけでも、今までは美雲が全域をカバーしていたのだが、マジノラインの破損によりそれが不可能となっている。
何とか人のいる場所は戦力をやりくりして持ちこたえているが、無理をしている事には違いなく、いつまでも持つか分からない。
誰もいない場所に至っては、完全に後回しにされて無防備そのものの状態だ。
他の地域でも、似た様な状態である。
これでは侵略者たちに、こちらでの橋頭保を築かれてしまう。
腰を落ち着けて侵攻する為の拠点が出来てしまう。
そうなれば、いつか押し潰されてしまう事は火を見るよりも明らかだ。
態勢を整えた敵軍が、上から下から、怒涛の如く雪崩を打って攻め込んでくるに決まっている。
今でさえギリギリなのだ。
それに耐えきれる訳がない。
だから、先手を打つ。
守るべき人も町も存在しないのだから、徹底的に叩き潰してしまう。
その結果が、破滅なのだとしても。
「《ラグナロク・システム》コントロール権、受領しました」
『ようこそ、終焉の世界へ』
システムを掌握した美雲は、世界地図を呼び出す。
描かれるのは、世界中の全状況。
把握できる限りの全てを網羅したそれは、人のいない、人のいなくなった場所を明確に示している。
寸分の狂いも許されない。
僅かな狂いが、誇張表現ではない大災害に繋がるのだから。
「鉄槌を振り下ろしましょう」
美雲は、引き金を引いた。
~~~~~~~~~~
とある海域。
周辺に有力な国家はなく、派遣されている部隊もない穴場。
水棲系の異形たちが、何の妨害もなくそこに降り立った。
彼らは自由に気ままに動き回り、自分たちの魔力を周辺へと浸透させていく。
全ては浸食への一手である。
地球という芳醇な星を、丸ごと食べてしまう為の下ごしらえだ。
そうして、海域全てを染め上げ、作業が完成に近付いていた頃に、それは起こった。
空に穴が開いた。
いや、明確に分かる訳ではないが、そうと彼らは感じたのだ。
何が違うのかとよく見れば、雲が消えていた。
彼らの直上から雲が消え、まるで台風の目のように取り囲んで渦を巻いている。
鉄槌が振り下ろされる。
遥か上空に存在する極寒の大気が、彼らを叩き潰す。
ダウンバースト。
風の一撃が水面近くにいた異形たちを容赦なく潰し、極限まで冷やされた冷気が追撃となって海面を凍らせてしまう。
そこに、抵抗するという余地などない。
誰も彼もが一つの例外もなく、殺されていた。
運が良かったか、勘が良かったか、深海にいた異形たちは最初の一撃から逃れていた。
だが、それを許すほどに鉄槌は甘くはない。
鳴動する。
振動となって伝わってきたそれの出所は、遥か下。
海底から聞こえる鳴動は、熱量を伴い、徐々に早くなり、彼らの命を脅かし始める。
光が見えた。
灼熱を宿した、赤熱の光だ。
大噴火。
海底火山の大噴火が、彼らを下から打ち据える。
島どころか大陸さえも作ってしまいそうなほどの大規模噴火は留まる所を知らず、異形たちを駆逐するだけでなく、海面の分厚い氷すらも吹き飛ばしてしまっていた。
~~~~~~~~~~
とある森林地帯。
芳醇な森の恵みを食い荒らしていた異形たちは、今はただの獣のように逃げ惑う事しかできない。
雷雨。
空からは極大の雷が、まさに雨のように降り注ぎ、森林と大地ごと彼らを砕きにかかっている。
更に何処からともなく増水した河川は、狂ったように氾濫し、激流となって彼らを押し流し、圧し潰していく。
世界各地で、突発的で破滅的な天災が巻き起こる。
荒れ狂う星の怒りに、小さな小さな異形たちは為す術もなく飲み込まれる事しかできなかった。
~~~~~~~~~~
破壊兵器、あるいは焦土兵器 《ラグナロク・システム》。
世界中に流れる地脈に沿って設置されたそれは、星の胎動を人の思うがままに操作するという、ただそれだけの物。
侵略ではなく破壊を。
制圧ではなく破滅を。
何もかもを叩き壊す為だけの、本当にそれだけの兵器。
地球で起こり得るあらゆる災害を、人の意思で、地脈という無尽蔵のエネルギーを使って引き起こす。
ちっぽけな寄生体ごときには抗う術などなく、滅びを受け入れる事しかできない。
そんな物を瑞穂統一国が用意し、所有していた理由は、ただ一つだけ。
行動力のある狂人が、思いついてしまったからに過ぎなかった。
効果範囲:設置してある世界中。
効果規模:生存可能域を吹き飛ばすくらい。
アメリカが絶対にやるなと躍起になって阻止するのも当然ですわ。