捕食の頂点
「スニーク、ミッション」
暗闇の中、ひっそりと移動する者がいた。
頭の上に小さな光玉を乗せた刹那である。
彼は今、姿を消し、気配を薄めながら、異界門の向こう側へと潜入していた。
「うぞうぞと、鬱陶しいくらいにいるね。
核の炎でも打ち込んでやれば、さぞ痛快だろう」
第三次大戦の惨劇を反省し、核兵器の様な後世にまで影響を残してしまう類の兵器は、揃って禁忌の存在へと変貌した。
使用は当然として、所有・製造した時点で全世界から非難囂々であり、最悪の場合、武力的制裁すらあり得る、というレベルで人類はアレルギーを持っている。
しかし、それはあくまで人間社会の事情である。
そんな常識的な倫理観の持ち合わせはない刹那には関係のない事だ。
経験に勝る知識無し、という思考の下に、以前に10ダースほど製造していたりする。
雷裂姉妹に自慢したら、美影は爆笑してくれたが、美雲にはこっぴどく叱られてしまったとても思い出深い作品である。
そこら辺に捨てる訳にもいかないので、実は固有亜空間に保管してある。
つまり、今この場に放り投げる事もできる訳で、丁度良い廃棄場所なのでは、などと考えていた。
『――――』
禄でもない事を呟く刹那の髪を引っ張る精霊。
下らない事を悠長に言っていないで、早くしてくれ、とでも訴えているのだろう。
そんな精霊を刹那はがしりと掴んで、目の前に持ってくる。
「ところで、とても今更な質問があるのだが、お前は何故ここにいるのかね?」
『――――』
「私が連れてきた?
馬鹿を言ってはいけない。
お前は支払うべき労働があるだろう?
それを放置して、勝手に私の所為にしないでくれ給えよ」
『――――』
人知を超えた超生物から放たれるじっとりとした眼光を前に、精霊は怯えて震えている。
見た目は可愛らしいだけに、大変に庇護欲の誘われる光景なのだが、刹那に真っ当な感性を期待してはいけない。
彼は内心で、喰ってしまおうか、と割と本気で考えている。
まずは素材の味を活かして刺身が良いか、などとも。
視線の中に食欲が混ざってきた時点で、精霊はガチな怯えを見せ始めた。
「まぁいい。
お前はお前の為すべき事をしたまえよ。
ここに、お前の居場所などない」
精霊を、多重の念力バリアで包み込む。
幾枚も重ねられたバリアは、目の前で太陽が爆発してもきっと耐えられるだろう。
おもむろに、刹那は精霊 IN 念力ボールを振りかぶった。
「念力魔球第一号ッ!」
『――――!?』
「剛・速・球ッ!!」
瞬時に第三宇宙速度を突破した精霊魔球は、虚空の彼方にある異界門へと吸い込まれていった。
軌道上にいた異形たちを衝撃波込みでミンチにしながら。
「ストライク!
ふっ、中々の一投だったな。
その内、ヤンキー大統領への嫌がらせにメジャーリーグに殴り込みに行くのも良いだろう」
精霊の悲鳴が聞こえた気がしたが気の所為に決まっている。
なにせ、危険から遠ざけてやったのだから。
きっと感謝の言葉を叫んでいたに違いない。
満足げに頷いていた刹那は、がっぷりと食らい付いてきた竜の口に飲み込まれた。
~~~~~~~~~~
マジノラインの巨体が、突如、発生した津波に揺らされる。
「……おい、なんか着弾したぞ、です」
「そうねぇ。
弟君がなんか投げたんだと思うんだけど、いきなり過ぎて追跡が間に合ってないのよ。
何を投げてくれたのかしらね?」
太平洋の一角に、第三宇宙速度超過で衝突した剛速球。
それが津波を引き起こした原因である。
沿岸部が一部浸水してしまっており、戦闘行動に支障は出ないが、文句の一つも言いたくなる。
全く、と内心で吐息していると、直後、異界門の先から極大の爆炎が迸り、異形たちを薙ぎ払って消えた。
「ななな、なんなんだ!? です!」
「廃棄物処理、って事にしておいてくれると、とても助かるの。
雷裂的には」
何が起こったのか、しっかりと観測できてしまった美雲は、醜聞の証拠が消えた事に少しばかりの安堵を覚えたのだった。
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「まぁ、それはそれとして」
さくりと腹を裂いて、特に気にしていない様子で出てきた刹那は、ついでに切り分けておいた竜肉を齧りながら、周囲を見渡す。
視線。
突き刺さる敵意の視線の嵐。
「全く。ようやく気付くとは。
幾ら隠密行動を心掛けていたとはいえ、ここまで派手にせねば分かって貰えないとは、自分の存在感の無さが嫌になるね」
殺到する。
異物を引き裂き、殺し、喰い尽くしてやらんと迫ってくる異形の軍勢。
刹那は、躊躇いなく亜空間の扉を開いた。
「爆発物処理の簡単な方法を教えてやろう」
出てくるのは、120にも及ぶ核爆弾の山。
導火線は、既に点火されていた。
大爆発が、異界を席巻する。
爆発は何処までも連鎖して、広大な範囲を一切の慈悲なく焼き尽くしていく。
その地獄の焦熱を背景に、歩を進めた刹那は、本命を視界に移す。
巨大な惑星。
地球と比べて遥かに巨大なそれは、太陽ほどとは言わないが、木星ほどの大きさはあるだろう。
惑星ノエリア、だったもの。
今となっては別物だ。
数多の生命に満ち溢れた芳醇だった星は、今では枯渇し、乾いた大地ばかりが目立つ死の星となっている。
その表層には、かつてのノエリアの民であった者たちが、うぞうぞと蠢き、我先にと飛び出して異界門へと向かっていた。
一部は刹那へと向かっているが。
「ええい、邪魔だ」
パンッ、と念力拍手で蠅のように叩き潰しながら、刹那は観察を続ける。
「ふむ。ふむふむふむ。
まぁ、パッと見えるような場所にある訳も無し。
地道に探すしかないか」
致し方なし、と肩を竦める。
そんな彼を、昔懐かしい意志が貫いた。
殺意、ではない。
似て非なる感情。
決して、害意や悪意は混じっていない。
その名は、食欲。
お前を喰らってやる、という純粋な野生の意思。
廃棄領域にいた頃には、日常的に受け続け、そして放ち続けた、実に懐古の気持ちを揺さぶられる代物だ。
人の社会に下って以降は、殺意を受ける事はあっても食欲を受ける機会がとんとなくなり、少しばかり物足りなく感じていたものである。
久し振りの感覚に、思わず刹那は口の端を吊り上げて、凶悪な笑みを浮かべてしまう。
「ククッ、クックックッ、クハハハハハハッ!
良いぞ良いぞ! 実に心地良いッ!
そうか! 私を、喰いたいのかッ!!」
野生の世界ならば、ここは刹那の土俵だ。
本領を発揮するには、丁度良い。
力を込めて、念力の腕を構える。
狙いは、異形たちが纏う物と同じ漆黒のオーラを放ち始めた、旧ノエリア。
漆黒のオーラが何らかの形を取り始めた、その出鼻を挫く様に。
星を砕く一撃をぶち込んだ。
確固たる形を取る前にオーラは吹き散らされ、死んだ大地へと威力が叩き込まれる。
破砕。
赤く枯れた星が、無数の破片となって宇宙へと散らばる。
容赦なくなく振り下ろされた超人の鉄槌は、巨大な惑星をたったの一撃で半壊させてしまった。
その光景に、刹那は更に笑みを深める。
「そうだな! そうこなくては面白くないッ!」
刹那は、今の一撃に対して一切の手加減をしていない。
であれば、星を砕く一撃の前に、幾ら巨大であっても完全に粉砕されていないとおかしい。
しかし、刹那の前には、半壊しつつも、まだ星の形を保ったままの姿が今もまだ悠然と浮かんでいる。
何故か?
簡単な事だ。
威力が削がれたからだ。
どうやって?
そんな事は決まっている。
喰ったからだ。
喰った念力を栄養に変えて、魔物は本体として使っている惑星ノエリアの形を整えていく。
より獣らしく、より喰い易く。
「流石は、星を喰らう獣といった所か。
ふっ、まぁ私の力が地脈から汲み上げられている以上、食えない道理はないからな」
むしろ大好物だと言えよう。
銀河を渡り歩いている内に、何度か目撃した事があるが、その全ては何らかの星を喰って大人しくしていた。
腹が満ちて満足していたのだ。
だが、こいつは違う。
守護星霊ノエリアが母体の栄養を持ち逃げした事で、腹を空かせたままの猛獣だ。
刹那という餌を前にして、涎を垂らさずにはいられない。
「だが、悪食で暴食なのは、貴様だけではないぞ」
歯を剥いて、凶相を浮かべる生物は、星をも滅ぼす死毒を、当たり前のように捕食してきた超常の生命体である。
喰らうという事にかけては、決して負けてはいない。
刹那は、魔物と同じ意思を相手にぶつける。
お前を喰ってやる、と明確に叩きつける。
「喰われるべきがどちらなのか、思い知らせてくれるッ!」
弱肉強食の理に従って、捕食者を決める戦いが幕を開けた。
実は、次にどの場面を書くか、まだ決めていないという事実。
書きたい内容とか、どんな流れにするかは決めているのですが、順番がですね。
なもんですので、もしかしたら日曜の更新が無い、かも。