一つの終結
《巨神兵》は、久遠の超能力によって運用する事が前提の兵器だ。
なにせ、その巨体に見合う超重量を持っている。
素材の耐久力がまるで足りていない為、立っているだけでも自重によって潰れかねない。
動作しようものなら、間違いなく脚部が粉砕するという欠陥品である。
だが、久遠によって命を与えられれば、別だ。
硬いだけの金属ではなく、生物化する事によって装甲や部品が生物的な柔軟性を獲得する。
それにより、自重のみならず、動作時における衝撃を柔らかく受け止める事が可能となり、戦闘兵器として初めて稼働できるのだ。
『てやぁ!』
パンチの衝撃で距離の開いてしまったショゴスに向かって、イフリートは跳躍する。
跳び蹴りである。
大質量・超重量というごく単純な威力が半透明な生き物に炸裂した。
「てけり・り」
弾けたように細かく飛び散るショゴス。
だが、ショゴスは本体も核もない粘性生物である。
炎などで跡形もなく消滅させるくらいしか有効な攻撃は存在せず、単なる打撃など痛みすら感じない。
自身にめり込んでいる脚部を軸として、ショゴスはイフリートへと触腕を伸ばして、巨体を飲み込んでいく。
『う、うわぁ!? 助けてぇ!? お母さぁーん!』
「てけり・り! てけり・り!」
巨大で単なる氷よりも美味しい餌に、ショゴスは大歓喜しながら食らい付く。
それに抵抗してもがきながら、イフリートは久遠へと助けを求めていた。
颯爽と現れたにしては、あまりにもあんまりな結末である。
『……あー、ありゃあ、間抜けってぇより、単なるアホだよなぁ』
「心底同意する」
珍しく意見の一致をみる久遠と炎魔だった。
とはいえ、黙って見ている訳にもいかない。
このまま見捨ててしまっては、何の為に呼び出したのか分からない事になる。
イフリートの下へと駆けた久遠は、自身を炎へと変換しながら、暴れる彼の表面装甲へと張り付く。
炎上する。
久遠の魔力を使って作られた特性マギアニウム。
全てがそれで造られた装甲は、一切の無駄なく彼女の身を受け入れて、その力を増幅させる。
《炎の魔人》。
その名に恥じない姿を取る、黒鉄の巨人。
極寒の極地の温度さえ上昇させてしまうほどの熱量が放たれた。
「てけり・り!? てけり・り!」
堪らず、食らい付いていたショゴスも距離を置く。
仕切り直しとなる不定形の怪物と炎の機械人形。
『よぉし、かかってこい、怪獣め!
お母さんと合体した僕の力は、一味違うぞッ!?』
「イフリート、ちょっと黙れ」
『ご、ごめんなさい!』
一人で勝手に突撃して、一人で勝手にやられていたくせに、助力を得た途端に調子づくイフリートを、久遠は言葉一つで黙らせる。
「全く、手のかかる……」
イフリートのこの性格は、一体どこから来たのだろうか、と、彼女は頭の片隅で疑問に思った。
炎魔の事は分かる。
認めたくはないが、彼は自分の生き写しであり、本音や本性といった部分を司っている。
気分的には良くないが、自身の心を冷静な精神で客観視できるという意味では、とても有り難い存在でもある。
だが、イフリートは分からない。
どうしてこうも妙な感じになってしまっているのか。
あるいは、単純に久遠との距離感故かもしれない。
炎魔は彼女の中で生まれ、彼女の中で育ってきた、彼女の分身とも言える存在だ。
しかし、イフリートは確かに久遠が命を与えた存在だが、それだけだ。
現実の子供がそうであるように、確実に親に似る訳でもなく、親の思う通りに成長する訳でもない。
だから、彼の若干脳の足りていない様な性格は、個性の類なのだと結論付ける。
「子育てとは、実に難しいものだな」
しみじみと呟くと、馬鹿にした様な笑い声が響いた。
『ケケケッ! なぁにを今更言ってんのかねぇ、このメスイヌはぁ!
そんなもん、自分たちを見りゃぁ一目瞭然じゃぁねぇかよぉ!』
「……分かっているから言わなくて良いぞ」
『あの! あの! 何の話してるの!? 僕も混ぜてぇーッ!』
『お子ちゃまは黙ってなぁ』
自分たち、炎城の姉弟を見ていれば、そんなものは分かり切っている事だ。
刹那の場合はもはや歪む事も仕方ないのだとしても、久遠も永久も、一般的とは言い難かったとはいえ、ちゃんと親の愛情を受けて育ってきた。
だが、結果として出来上がった人格は、揃って真っ当とは程遠い物となってしまっている。
だからこそ、こうして姉妹で命を懸けて争うような事になっているのだ。
ともあれ、今はそんな事を考えている場合ではない。
久遠は、思考を目の前の敵へと切り替える。
大質量の巨体というものは、それだけで脅威と言える。
兎に角大きい為、単純に射程の問題で碌に攻撃が通らないし、向こうは移動するだけで相手を押し潰せる攻撃となる。
素の久遠であれば、巨体となった永久はまず勝てる相手ではない。
陽炎陣ならば、火力、効果範囲共に殺しきれる可能性はあるが、あれは魔力をほぼ全て吐き出してしまう一発限りの大技である。
それを既に使ってしまっている現状、久遠は自力での継戦能力を失っている状態と言える。
炎魔式連弾が充実していれば、必要な火力を維持した上で連続して戦闘行為を行う事もできただろうが、僅か半月程度の貯蔵では、一発で枯渇してしまうのだ。
だが、それを補う術がある。
その為のイフリートだ。
イフリートの内部には、純粋魔力の貯蔵タンクが内蔵されている。
というよりも、その巨体のほとんどが貯蔵タンクに使用されている。
なにせ、ステラタイトを用いない場合、純粋魔力を長期保存するには非常に巨大となってしまうのだ。
巨大ロボットにした事は趣味であるが、ここまでの巨体にした事は必要最低限だったのである。
純粋魔力の供給を受け、マギアニウム装甲による増幅効果を得た久遠は、炎の巨神となってショゴスと対峙する。
離れていても伝わってくる熱波に、流石のショゴスも手出しする事を躊躇している様子だ。
「安易に食いついては来ないか……。
半端に知恵の回る」
『見てみろよぉ、マぁスター。
あいつ、逃げ腰だぜぇ?』
『僕たちの愛の力に怯えているんだね!
逃がしはしないぞッ!』
『……まぁ、お子ちゃまの言う通りだなぁ。
逃げられると厄介だぁ』
「ああ、早急に片を付ける!」
ショゴスとしては、久遠に拘る理由がない。
だから、隙を見て逃亡を図ろうとしている事が見て取れる。
イフリートの炎体は、陸戦用だ。
飛んで逃げるとは思えないが、水中にでも潜られれば、追跡どころか戦闘すら難しい。
魔力超能力混合術式《燎原之火》。
久遠は最初の一手で、拳を氷床へと叩きつける。
それを起点にして、爆発的に炎が地面を駆け抜ける。
南極の氷床を溶かし、逆に水中への脱走を助けるような行動だが、問題はない。
助けてくれる者が潜んでいる事を見て取った久遠は、そう判断した。
「てけり・り!?」
燃える大地と化し、炎熱に弱いショゴスは驚きと痛みに悶える。
その隙に、久遠は接近する。
両腕を振り払えば、前腕部の装甲が開き、諸刃の刃が飛び出した。
一拍遅れて、久遠の魔力が通り、全身と同じように燃え上がる。
敵の接近に気付いたショゴスは、極太の触腕を無数に生やして迎撃に叩きつける。
幾ら高熱の炎を鎧として纏っているとしても、あれほどの質量を一瞬で蒸発させる事は出来ない。
僅かな燃え残りが、久遠を強かに打ち据えるだろう。
故に、対処する。
『背部装甲展開!』
『ケヒヒッ、発射だぁ!』
背中の装甲が開き、そこから顔を覗かせるのは、無数のミサイル群。
火属性化された純粋魔力を詰められた、現代の兵器である。
発射される。
炎魔によって制御されるそれらは、細かく軌道を修正しながらショゴスに向かって殺到する。
爆裂。
触腕へと着弾したミサイルは、秘められた威力を解放し、巨大なそれらを粉々に爆散させる。
ショゴスの破片が飛び散るが、問題はない。
既にここは炎の園だ。小さな断片ならば、勝手に燃え尽きる。
爆炎の中を駆け抜けた久遠は、両腕の刃でショゴスを斬り裂いた。
一度に燃やし尽くす事が難しいならば、細かく刻んで燃やしていく。
「てけり・り! てけり・りッ!」
怒ったショゴスは、丸呑みにしてやらんと自らの身体を広げ、彼女を包み込もうとする。
熱を我慢し、一息に消化してやらんという魂胆なのだろう。
「隙だらけだ!」
あまりに短絡的行動。
久遠は、全身の炎を爆発させ、全方位に向かって火力を放った。
薄い膜のようだったショゴスは、その直撃を受けて大きく身を削がれる。
目に見えて小さくなった粘体に、久遠は勝負をつける為に飛び掛かった。
迎撃なのだろう。
ショゴスは一本の触腕を伸ばしてくる。
先程までと比べて、あまりに細いそれは、身に纏う炎熱で焼き切れる程度の物だ。
そう判断して無視した久遠だったが、
「ッ!?」
接触した瞬間、逆に思いっきり吹き飛ばされた。
三回転程もしながらやっと停止した久遠は、胸部装甲が大きく削られている事を感じながら、それを見た。
「魔力を……!?」
ゆらゆらと揺れている触腕は、漆黒の色を……混沌属性の魔力を纏っていた。
それならば炎の鎧を貫いて装甲を傷つけるぐらい、容易く出来るだろう。
永久が目覚めたのか、と一瞬思った。
だが、そうではないと判断する。
半透明なショゴスの中に、全体からすればあまりに小さな肉塊が浮かんでいる。
脳と心臓だ。
流石に見た事がない為、はっきりとは分からないが、ショゴスの状態からして永久の物だと思われる。
おそらく、魔力を効率的に利用する為にショゴスが再生させたのだろう。
『演算装置って所だなぁ。
ケケケッ、まぁ弱い奴が利用されるのは世の常だなぁ』
『なんて酷い事を!
やっぱりあの化け物は倒さなきゃいけないね!』
「……全く。何処までも迷惑をかけてくる」
あと一息の所で、また先が読めなくなった。
だが、こうなった事は僥倖でもある。
個人的には、だが。
「回収するぞ」
『こいつはこいつで諦めが悪ぃなぁ……』
『何を言ってるの、お兄ちゃん!
お母さんの頼みなんだから、頑張らなきゃ!』
『兄とか呼ぶんじゃねぇー……』
立ち上がる巨神兵。
強力な魔力の補助を得たおかげか、ショゴスは周囲に広がる炎の園によるダメージを無効化しているらしい。
久遠は、《燎原之火》を解除する。
魔力の無駄だからだ。
代わりに、浮いた魔力を胸部へと集める。
魔力超能力混合術式《炎神之眼光》。
胸部装甲が駆動し、隙間から顔を覗かせた砲門から、極大の炎が一直線に発射された。
「てけり・り!」
混沌を帯びた触腕を盾にしてガードするショゴス。
莫大エネルギーを消費し尽くす勢いに、相性として優勢であっても押し込まれる。
耐えきる事で精一杯のショゴスに向かって、久遠は駆け出す。
『勝負は一瞬だぁ。しっかり決めろよぉ』
「言われずとも!」
まだ魔力を十全に扱えていない現状だけが、勝機である。
それを逃し、満足に魔力を行使し始めたら、今の久遠では打倒できないだろう。
だから、短期決戦を挑むしかない。
この一瞬で全てを出し尽くす。
近距離にまで至った久遠は、大きく跳躍する。
ショゴスの頭上へと飛び上がった彼女は、背後から炎を噴き出させて加速しながら、身体を丸めつつ粘体へと落下する。
「てけり・り!」
迎撃の触腕が殺到する。
混沌属性を帯びたそれらは、容易に巨神兵の装甲を食い破り、大きく破損させていく。
「ぐ、うっ!」
だが、四肢を盾にガードを固めている為、心臓部までは届かない。
着弾する。
その時には、左腕は根元から、右足は膝から下が欠損しており、右腕と左足も原形を留めていない有様となっていた。
ショゴスは、それを受け入れた。魔力を帯びて、耐性の上がっている今ならば、炎の鎧もそこまで恐れる物ではない。
だから、そのまま食ってやろうと、そう思ったのだ。
「まさかこいつを使う事になろうとは思わなかったぞ」
『浪漫を解さねぇからぁ、オメェは駄目なんだよぉ』
『出来れば僕は止めて欲しいんだけどね!』
巨神兵に搭載された最後の兵器、その起爆スイッチを久遠は押した。
「炎魔、イフリートは任せるぞ」
『お兄ちゃん、ちゃんと助けてね!?』
『その呼び方する限りぃ、助けてやんねぇぞぉ』
その兵器の名は、自爆装置。
刹那とサラが、ロマンだと言い張って絶対に取り付けると意気込んていた最終兵器である。
巨神兵に詰め込まれたあらゆるエネルギーが、連鎖結合し、莫大熱量を生み出す。
その熱量は、先の陽炎陣の比ではない。
効果範囲を極端に限定するようにされていなければ、南極の氷が半分以上は溶けていただろう。
内部からその破裂を喰らったショゴスは、断末魔を残す間もなく、一瞬で蒸発してしまう。
その間隙にて。
巨神兵から分離した久遠は、ショゴスの中から永久の脳を抜き取った。
まさに奇跡のタイミングだった。
少しでも早ければ久遠は即座に喰われていただろうし、逆に遅ければ自身が生み出した自爆の炎に焼かれて死んでいた。
だが、その僅かな猶予を見事に捉えた久遠は、妹の残滓を回収し、見事に脱出する。
一方で、炎魔もまた、イフリートのAIユニットを回収しながら離脱していた。
『たーまやー! ケッケッケッ、良い眺めじゃねぇかぁ!』
『……ああ、僕の身体がぁ。しくしく』
派手な花火に、炎魔は愉快だと哄笑を上げるが、自分の身体が爆発しているイフリートとしては溜まった物ではない。
嘆きの声を漏らしている。
涙も流れないだろうに、わざとらしく口で泣いているような演出までしていた。
『また造って貰えば良いじゃねぇかぁ、クソウゼェ』
『そうだね! もっと大きくて強い奴、造って貰えば良いんだ!
ナイスアイディア、お兄ちゃん!』
『おぉっとぉ、手ぇが滑ったぁ』
『ちょっ! わぁぁぁぁぁぁぁぁ……!?』
兄と呼んだから、炎魔はイフリートを投げ捨てるのだった。
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「はぁ、なんとか……取り戻したぞ」
自爆炎が収まり、再び極夜の世界が戻ってきたブリザードの中で、久遠は精魂尽き果てた様子で仰向けに倒れる。
その腕の中には、剥き出しの脳味噌が抱かれていた。
このままでは当たり前の帰結として脳死に至るのだが、そこは彼女の超能力によって延命措置が為されている。
刹那に頼み込んで、永久を救う方法を用意してもらった。
その条件として、彼女の脳味噌を持ってくる事が前提としてあったのだ。
現状の永久を生け捕りにする事は簡単な事ではなかったし、一回は失敗してしまっているが、二回目にしてなんとか成功させてみせた。
あとは、刹那に渡して、己が代償を支払えば良い。
それで、永久は救われる。
「とはいえ、もう一歩も動けんな」
魔力も体力も使い果たしてしまった。
もはや起き上がる事すら出来ない。
永久との戦闘中は、勝手に巻き込まれて勝手に死んでいっていたが、空にはまだ異界門が口を開けており、敵勢が吐き出されている。
おまけに、周囲はブリザードの嵐だ。
魔力の尽きた久遠では、遠くないうちに凍死してしまうだろう。
どうしたものか、と苦笑を浮かべていると、彼女の耳に氷雪を踏みしめる足音が届いた。
「随分と派手にやってくれましたわね。
フォローする私の事も考えてくれませんこと?」
「いや、すまない。
君がいると思って、少し羽目を外し過ぎたな。
ははっ、助力、感謝するよ」
久遠の傍らに立ったのは、水色の髪を持った氷雪の女王、リネットだった。
彼女は南極の氷が許容以上に溶けてしまわないように、美雲との会話の中で思い出した刹那に捕獲されて送り込まれていたのだ。
二人の戦闘によって南極の氷床が溶けていく端から彼女が修復し、より分厚く頑丈に造り直していたからこそ、ショゴスが氷を食い破って海中に逃れるという事もなく、また地球の甚大な被害が及ぶ事もなく、無事に終わる事が出来ていた。
「まぁ、良いですわ。
色々と便宜を図って貰える約束は戴けましたし、報酬の範疇内でしたので」
給料以上の仕事内容ではなかった為、大変ではあったが、不満というほどの物ではない。
リネットは短く嘆息して、久遠に耐冷の魔術をかける。
「では、ここからは私がやりますわ」
「ああ、後は頼んだ。私は、少し……休む……」
気絶するように眠った久遠を背に、リネットは前に出る。
氷冷に対して極端に偏った適性を持つリネット・アーカート。
周囲が氷雪に囲まれた極地は、彼女にとっては自分の力を百パーセント以上で発揮できる、理想郷そのものだ。
高まるリネットの魔力に呼応するように、極地の全体が鼓動する。
氷の巨城。
美影との戦闘時とは比べ物にならない、極地を覆うほど巨大な氷の城が天に向かって起立する。
「流石に、ディティールに拘っている余裕はありませんわね」
武骨な印象を与える造形に、リネットは眉を顰めながらも惜しみなく、魔力を浸透させていく。
突如、出現した氷城に向かって、異形たちが殺到するが、接触する端から冷気に囚われて凍り付き、氷城を彩る装飾の一部へと変わっていく。
極地限定・リネットオリジナル水属性派生魔術《氷雪之女王》。
ここはもう、彼女だけの世界である。
地形効果って大事。