二重螺旋を駆け登る者
ずっと書きたかった部分だと早いですよね?
「ギッ……!?」
黒雷を帯びた跳び蹴りに、ノエリアは身体をくの字に折り曲げながら後退する。
初邂逅時には微動だにさせられなかったというのに、まるで違う結果に、ひとまず美影は満足する。
(……まっ、そうじゃないとね)
黒雷の特性上、絶対的に通用しないなんて事はない。
もしも通用しなければ、本当に打つ手がなくなってしまう。
だから、この結果は予想通りでもあり、同じ土俵に立つ資格を得たという事が分かる満足の行く物だった。
「では、頑張りたまえよ」
「うん。任せて」
刹那と入れ替わり、美影はノエリアへと立ち向かう。
向こうはまだ、浸食への抵抗により行動不能のようだ。
今のうちに削れるだけ削っておかねばならない。
瞬発した美影が拳を叩き込む。
黒雷によって障壁を貫き、開いた隙間に消耗の少ない超能力のみの雷を見舞う。
「グ、ギィッ!」
「どんどん行くよー!」
連打する。
最速の名に恥じぬ雷撃の嵐の中、ノエリアは無抵抗に翻弄される。
止まった世界に、黒と白の雷が乱舞した。
その数は、千を超え、万へと至ろうとしていた。
そんな中で、美影はノエリアの様子を見ていた。
攻撃が通じている感触はある。
ダメージを与えている手応えもある。
だが、それによって発生している事実は、彼女の抵抗力を削る事であり、天秤を浸食側へと傾ける事だ。
ノエリアが黒く染まる速度が攻撃を加えるごとに加速していく。
連打が万を超えた所で、美影は怒涛の如き攻勢を止めた。
彼女の視線の先では、完全に黒く染まり切り、侵略の先兵と化したノエリアが浮遊している。
「ふぅー……。
さぁて、ここからが本番だね」
少しばかり荒れた息を、深呼吸一つで整えながら、美影は気合いを入れ直す。
カカシを撃つのではない。
頂に立つ者との戦闘が始まるのだ。
ノエリアが片手を持ち上げる。
無属性魔法《圧》。
何の加工もしていない魔力で、ただ圧し潰す。
圧倒的エネルギーを持つ者にだけ許された、基本にして究極の一撃。
守護者としての使命と、魔物としての欲望が混ざり合った結果、今のノエリアに何かに配慮して加減するという意識はもはやない。
邪魔者を抹殺する。
それ以外になく、本来であれば食べる為に形を残しておかねばならない星さえも、彼女は攻撃対象として見ていた。
地球を丸ごと握り潰す範囲と威力の攻撃。
時間の止まった世界。
刹那がいない以上、地球側の戦力でこれの迎撃に動ける者は、美影ただ一人である。
魔力超能力混合術式《天槌・幕》。
本来、全魔力を一点集中で放出する《天槌》。
それを、広く、拡散して放つ。
勿論、ただ放つだけでは地球へも攻撃が向かってしまう。
だが、美影は馬鹿げた魔力制御能力を発揮して、地上への攻撃を避け、星を守るように黒雷を放出した。
ぶつかり合う超常のエネルギー。
「ぬぅぅぅああぁぁ……!」
美影の魔力タンクを空にする勢いで放出された黒雷は、見事にノエリアの攻撃を防ぎきった。
だが、それは彼女の継戦能力の喪失を意味する。
ノエリアは、目の前の羽虫を殺す為に、そしてその他の有象無象を諸共に潰す為に、もう一度、魔力を放出しようとした。
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Sランク、と一口に纏められているが、当然のようにその中には格差が存在している。
魔力量、魔力効果、その二つが一定ラインを越えた者がSランクという枠組みに組み込まれるだけで、それ以上の枠が存在しない以上、どれ程に差があろうと全員がSランクとされるのだ。
例えば、魔力量では雫やアレンが、魔力効果ではヴラドレンが、Sランクの平均値から大きく逸脱しているが、それでも彼らはあくまでもSランクという分類しかされない。
そういう観点で見れば、雷裂美影という少女は、決して優れている訳ではない。
魔力量、魔力効果、両者ともにSランクとしてはほぼ最低ラインであり、強者とは言い難い素質しか持っていない。
それでも、彼女は魔王と呼ばれ、各国の魔王たちからも一目置かれる存在として世界に君臨している。
それは、超能力との混合による〝黒雷〟のおかげでもある。
だが、例え刹那と出会う事なく、それを会得せずとも、彼女は今の地位に辿り着いていただろう。
魔力制御能力。
弱者が強者を屠る為の唯一の武器を、極限まで高める事によって。
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ノエリアの身に、拳が添えられる。
少女の小さな拳。
黒雷を纏った美影の振るえる唯一の武器。
「油断しただろ? ねぇ?」
美影の肌を、紫電の魔力が流れる。
遅れて、超能力の雷が黒く染め上げた。
「《連弾壊砲・四門》」
魔力超能力混合術式《天槌・星貫》。
一点集中させた四発の《天槌》が、ノエリアを打ち据えた。
その威力は、人類に許された領域を遥かに超越していた。
星の守護者であるノエリアの防御壁を貫き、彼女の身に巨大な風穴を開けて、宇宙の彼方へと消える。
魔力保存技法《連弾》。
始まりは、保有魔力に乏しい一人の魔術師だった。
一人の人間が所持していられる魔力の最大量は、生涯、変わる事はない。
魔力は生きているだけで生産され、自動的に回復していくものだが、その器が満杯になれば勝手に生産は止まってしまう。
そうでなければ、器が壊れてしまうからだ。
容量以上の魔力を受け止めれば、器が破損し、人体や魂魄へ取り返しの付かない障害を残してしまう。
かつての雫がそうであったように。
その器の大きさこそが、一般的に魔術師のランクを決めている魔力量そのものである。
かつてより、器をより大きくする手段は、様々な地域で様々な発想で試みられてきたが、そんな中で一人の魔術師がある事を思い付いた。
発想は、簡単な事だ。
体外に放出する類の魔術を用いた場合、魔術を発動させて魔力を取り出した時点で、隙間の空いた器を埋めるように魔力の回復は始まっている事に気付いた。
それに気付き、そして手元にはまだ自身の制御下にある魔力の塊がある事と関連付けた魔術師は、一つの事を思ったのだ。
励起させ、器から取り出した魔力を、自身の制御能力で押さえつけていれば、実質的に器の大きさ以上の魔力を扱えるようになるのではないのか、と。
その発想の下に、研鑽を重ねて出来上がった技法こそ、《連弾》である。
生まれながらの弱者が、生まれながらの強者を打倒する為の革命技法だ。
しかし、大きな問題もあった。
必要とされる魔力制御能力が尋常ではない事だ。
取り出した励起魔力は、常に解放される事を望んでいる。
すぐに解き放ってしまう魔術を使う場合とは違うのだ。
呼吸をするように、もっと言えば心臓を動かすように、全く意識さえせずとも、寝ていようと気絶していようと、制御を手放さないでいられるほどの能力を要求される。
でなければ、暴発してしまう。
制御を外れた魔術の爆発を、体内、もしくは至近から受けるのだ。
しかも、戦闘中に待ち構えるのではなく、全く意識していない状態での不意打ちである。
術者は重傷を負う事が目に見えており、その威力や当たり場所によっては、死に繋がる危険性の高い物だった。
そして、その危険性故に、高魔力保持者ほど《連弾》暴発時の死亡率は高く、低魔力保持者の命知らずだけが挑戦する諸刃の剣としか言いようのない高等技能なのである。
Sランクとして、決して優秀ではない美影。
彼女が高みへと至る為に、この技法を頼るのは自然の成り行きと言えよう。
美影は、自身が天才である事を自覚していた。
やればどんな事だって出来ると分かっていた。
だから、この《連弾》の危険性を知っていて猶、自身が制御に失敗する可能性を微塵も考えていなかった。
彼女が《連弾》へと手を出したのは、物心が付き、魔術という物を知った直後の頃から。
それから、十年余り。
数字上、美影の保有できる魔力の最大量はSランクとして最低ライン。
だが、現実に彼女が振るえる魔力の最大量は、現在の雫の全魔力さえも超越していた。
本来であれば、この時点で世界屈指だ。
二十代に至る頃には、《六天魔軍》内で彼女に勝てる存在はいなくなり、五十代になる頃には、圧倒的魔力量の差によって最強の魔王であるヴラドレンさえも圧し潰せるようになる、と美影は絶望してしまっていた。
だが、美影は高みの存在を知った。
どれ程の魔力を積み上げても、出力の差で貫く事の出来ない怪物の存在を知ってしまった。
超能力を得て、自身もより高みへと至った自覚はあるものの、決定的な打撃力が足りていないと常々悩んでいた。
怪物と人間の間に横たわる、差。
その正体は、エネルギー量ではなく、瞬間的なエネルギーの出力にある。
大海の如きエネルギーを持っていても、一回に取り出せる量が小さじ程度では話にならない。
刹那やノエリアは、その出力が異常高値だった。
人間では、真っ当な生物では有り得ないほどに。
エネルギー量の差は、《連弾》で補える。
時間さえかけて準備していれば、一時的には渡り合う事が出来る。
だが、その出力だけはどうしても埋められなかった。
どれだけ技を鍛え、工夫を凝らしても、手が届かない領域だった。
しかし、その悩みも先日、思わぬ事から解決してしまう。
高魔力負荷分散法《廻天》。
雫の、魔王の魔力に、一般魔術師が耐えられるようになる為の特殊技法の発見。
これによって、彼女の悩みは解消された。
一般魔術師でさえ、一時的に魔王の魔力を振るえるようになるそれを、もしも魔王が使ったならばどうなるのか。
その答えは、目の前にある。
腹に大穴の空いたノエリアは、信じられないように自身の身体を見下ろしている。
美影は、皮膚から、神経から、血管から、骨格から、その全身から雷気を迸らせながら、彼女に向かって言い放つ。
「手を、届かせたぞ!」
彼女は、《二重螺旋を登る者》。
今まさに、遥か高みへと至っていた。
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ノエリアは、傷を負った自身を見下ろしていた。
見た目こそ派手だが、削られたエネルギー量としては然程ではない。
だから、エネルギー生命体である自分にとっては、それ自体はどうでも良い事だ。
問題は、目の前の羽虫が、防壁を貫いて、ダメージを与えてきた事だ。
取るに足らない存在だ。
その筈だった。
だが、そいつは、その認識を覆し、自身を脅かす存在として立っている。
敵だ。
確実に抹殺すべき、外敵である。
取るに足りない羽虫という認識から、滅ぼすべき敵へと認識へと改めたノエリアは、全力を目の前の女へと集中させるべく、《永劫之帳》を解除した。
動き出す時の流れ。
怪物同士の激突は、世界の目に晒される。
入れる所がなかったので、あとがきで追記。
美影がデバイスを持たない理由は、連弾の所為です。
通常では有り得ない高魔力を瞬間的に運用する為、耐久力に極振りしたデバイスでも耐えられず、朽ちてしまうからです。暴発ではないと知れ。
なので、諦めて生身で頑張る路線に切り替えたのです。
彼女の魔力で造られたマギアニウムならまだ耐えられますが、今度は廻天まで使用していますので、いよいよやばい領域に入ってしまうから、やっぱりデバイスは諦めろ。お前には必要のない物だ。
ステラタイトなら大丈夫だよ!