各国の状況――アメリカ合衆国
アメリカ合衆国。
この地に最も早く出現した者たちは、直後に光の洗礼を浴びせられ、塵も残さずこの世から消滅した。
乙女座オリジナル土属性魔術《断界剣》。
偶然、直下の土地にいた彼女は事前の命令通りに、即座に自慢の宝刀を抜き放ったのだ。
「……話には聞いていたが、キリがないな、これは」
第一陣を消し飛ばした彼女だが、すぐに第二陣が湧いて出てきており、更には異界門自体が拡大と増殖を続けていた。
この全てに対して、いちいち必殺技を使っていては、すぐにバテて動けなくなる。
その実感を得た彼女は、光の剣を納め、別の術式を組み上げた。
魔王級土属性儀式魔術《核星系》。
重力を発する星のような力場が発生する。
本来は幾人もの魔術師を動員して発動させる、儀式魔術に分類される代物だが、重力系魔術への造詣の深さと魔王の強大な魔力が合わさる事でプリシラは、単独で起動していた。
中央に光をも吸い込む漆黒の超重力星を起き、その周囲を光を歪ませる程の重力星が幾つも公転している。
その様は、小さな星系が形成されているかのようである。
広大な影響範囲を持つ重力星系の内部は、あらゆる方向に不規則に重力が変化しており、とてもではないがまともに活動などできない。
まかり間違って、核星に近付こうものならブラックホール並みの重力に絡め取られ、押し潰されるだけである。
プリシラは、重力結界が完成したところで、近場の駐屯基地にデータを送信する。
自分の造った重力結界の、変化パターンについての情報だ。
それさえあれば、この嵐の中でも活動できない事はない。
特別に訓練を受けていれば、戦闘だって可能となる。
その証拠に、近場からスクランブル発進して急行した航空魔術師たちは、プリシラへと身振りで挨拶しながら、躊躇なく重力嵐の中へと突入していく。
前後左右どころか、天地さえも定かではない混沌とした空間。
異形たちは必死に抗おうとしながらも抵抗しきれず、ただただ翻弄されるばかりの中で、航空魔術師たちは飛翔翼を広げ、細かく調整しながら華麗に飛ぶ。
撃ち落とす。
やってきた彼らは、魔力的に特に優れている訳ではない。
正面から戦えば、複数人で襲いかかっても苦戦するだろうほどの差が、異形たちとの間にはある筈の者たちだ。
だが、圧倒的に有利な戦場を、人工的で力業の地の利さえ得ていれば、逆に一方的に殺戮できる。
「こっちはなんとかなりそうだな。
他は大丈夫だろうか」
プリシラが呟いた直後、遠くから馬鹿げた魔力の放出を感知して、それを発した者の姿が地平線を越えて目撃できた。
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《牡牛座》ランディは、敵襲に対して魔力を極限まで高めた。
《牡牛座》オリジナル命属性魔術《小さな世界》。
自身の細胞分裂をリミットを越えて加速させて巨人化するという、ただそれだけの魔術。
これの発動には大量の魔力を必要とするが、一度発動させてしまえば、維持する事に魔力の使用はない。
だから、彼は初手から全力で行く事にした。
高めた魔力を解放する。
ただでさえ分厚い筋肉質な巨躯が、更に人間の常識を越えて急速に膨らんでいく。
ビルを越え、山を越え、雲にまで手を届かせる巨人。
天を衝く大男。
まさにその通りの存在がその場に現れた。
彼の胸元には、小さな異界門が頼りなく口を開けている。
出現した異形たちも、突如として現れた非常識な存在に、心なしか呆然としているような印象を受ける。
「よっ」
軽い掛け声と共に、手を叩くランディ。
虫を潰すような動作だが、今の彼にとってはちっぽけな異形たちなど虫も同然だ。
彼の巨人化は、動作時間に影響を及ぼさない。
手を叩く動作にコンマ一秒の時間が必要ならば、大きくなった今でもコンマ一秒で手を叩ける。
すなわち、その動作は必然的に異常速度を得る。
瞬時に音速を突破した巨大な掌は、逃げる時間も抵抗の余地も与えず、衝撃波を伴いながら異形たちを叩き潰した。
生命力の高い個体もいる。
念のために掌を捻ってすり潰しながら、ランディは周囲を見回す。
「うじゃうじゃと虫みたいに。殺虫剤が欲しい所だぜ」
見れば、一般の航空魔術師が空に上がり始めている。
この場は任せても良さそうだと判断した彼は、一声掛ける。
「助けが欲しくなったら、空に向けてオレの名を呼びな。
ヒーロー着地で駆け付けてやるぜ!」
親指を立てるランディに、言葉を聞いた誰もが戦慄した。
そんな事をされたら衝撃で周辺は粉々になる、と。
自分達がこの場を守れる最後の砦だと奮起した航空魔術師たちは、気合いの雄叫びを上げながら異形たちへと突撃した。
その様子に満足げに頷いたランディは、対処の遅れている地域を見定めると、魔力強化を施した全力で駆け出すのだった。
直線上にある何もかもを吹き飛ばしながら。
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ホワイトハウスの敷地からは、無数の弾丸が逆巻きの雨のように空へ立ち上っていた。
《射手座》ジャックの仕業である。
彼は両手にマシンガンを構えながら、空へと流星の弾丸をばら蒔いているのだ。
速度は先の長さを考慮して、第一宇宙速度と抑えめにしているが、そこまで来ると弾丸の重量や大きさなど、よほどではないと変わらなくなってくる。
張り巡らされた弾幕に晒された異形たちは、容赦なく貫かれ、引き裂かれ、粉々に粉砕されて落ちていく。
「……実に単調な作業ですが、とはいえ流石に数も多いですね。
幾らか撃ち漏らしも出ますか」
中には、弾幕を潜り抜けて都市へと入り込む豪運の持ち主もいる。
そいつらには、一般魔術師が対応しているが、ジャックの対空砲火に巻き込まれない為に普通の魔術師のように歩兵として動いている所為で、いまいち駆逐が捗らない。
そこそこの人口密集地であり、避難が遅れている民衆の存在も、対処の遅れを生む要因だ。
「こういう時は、恐怖政治で動いているロシア神聖国が羨ましくありますね」
あるいは、国民総兵状態の中華連邦も。
守護すべき民がいない、というのは前線で戦う兵士としては大変に有難い事だ。
民主主義国家では、ほぼ確実に有り得ない想定であるが。
とはいえ、順調とは全く言い難いが、徐々に避難は進んでいる。
やがて民の存在を気にせずに兵士たちが立ち回れるようになるだろう。
それまでの辛抱だと意識を切り替えながら、ジャックは銃を持ち直す。
「さて、では今しばらく相手をして差し上げましょうか」
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「兎に角、邪魔な民衆を避難させろ!
言う事聞かねぇ奴いたら張り倒してでもやれよ、おい!」
ホワイトハウスの中では、スティーヴン大統領が苛立ちに声を荒らげながら各所へと指示を飛ばしていた。
彼は、今の指示に思い出したように付け加える。
「ああ、そうだ。
火事場泥棒してる奴がいたら構わずぶち殺せ!
オレが許す!
いや、待て」
少し考えて訂正した。
「いや、やっぱり死なない程度にとっ捕まえて牢屋にぶち込め!
死んじまったら仕方ねぇが、せっかくの資源なんだ!
干乾びるまで搾り取ってやるのが有効利用ってもんだよなぁ、おい!」
純粋魔力生産の糧となって貰おう。
この緊急時にアホな事をやる輩なんぞ、裁判にかけて人権を考慮してやる必要性すらない。
大まかに指示を出し終えた所で、補佐官がスティーヴン大統領に進言する。
「大統領。用意はできております。
貴方も避難して下さい」
「馬鹿野郎! オレ様は超大国アメリカのドンだぞ、おい!?
偉そうな椅子に座って偉そうにふんぞり返って偉そうに世界を見下すのが仕事だ!
安心しろ! 遺書ならこの椅子に座った時から準備してある!」
「そんな事は心配しておりません!
今、貴方を失う訳にはいかないと言っているのです!」
「おいおい、この国は民主国家だぜ?
オレの代わりなんざ幾らでもいるだろうがよ、おい。
ふざけた事をぬかすな、テメェ」
戯けた提案を一蹴しながら、各地から大統領は上げられてくる情報を読み取る。
「チッ! マジで敵が多過ぎんだろ!
手が足りてねぇぞ、おい!」
南米大陸と大西洋までがアメリカの担当区域であるが、正直、手いっぱいである。
本国が落ちる、あるいは致命的な被害を受けるほどではないが、勢力圏ではない南米や大西洋ではかなりの被害を覚悟しなければならないだろう。
「あと一手、何か欲しい所なんだがなぁ……」
『そんなお困りのあなたにオススメの品があるのだよ!』
執務室直通回線が、勝手に起動して苛立ちを誘発する女の声が聞こえてきた。
《蛇遣い座》サラである。
大統領は速攻で回線を切断しようとしたが、何故か彼の操作を受け付けない。
ハッキングでもして操作権を奪っているのだろう。
最終手段である電源を切るという行為も試してみたが、何故か起動したままだ。
勝手に侵入して勝手にサブ動力を接続したのだろう。
『フッフッフッ、恩師殿のやる事などお見通しなのだよ。
こんな事もあろうかと色々と仕込んであるのだよ。
無駄な足掻きなのだよ!』
「クソうぜぇ……」
魂の嘆きが口から漏れ出た。
通信相手を問答無用で焼き殺す魔術でも開発されないだろうか、と真剣に検討する大統領に、サラは構わず言葉を届ける。
『さてさてさて?
なんだかお困りの様子な恩師殿に私から朗報があるのだよ!』
「うぜぇ。何もすんじゃねぇテメェおい。
マジで状況を混乱させるような事をすんじゃねぇ」
『なんと! なんとなんとなんと!
私があなたたちに内緒でこっそりと準備していた新兵器があるのだよ!
今から特別にそいつの起動実験をしちゃうのだよ!』
「おい、実験兵器かよ、おい。
不安になる様な事言ってんじゃねぇぞ、テメェ」
面白い事をしでかす女であり、普段であればどんな物でも楽しんでいられるくらいには余裕があるが、この状況ではシャレにならない。
下手すれば、助けになるどころか、逆に致命傷を負いかねない。
故に、本気のテンションで止めろと言うが、狂人は言って聞くような存在ではない。
『なぁに、安心するのだよ!
今回は私だけの作品ではないのだよ!
なんと! セツナ・カンザキとの合作なのだよ!』
「不安度が増したぞ、おい。
絶対に最後は爆発オチになるだろ、それ」
『では、早速!
国土防衛自動兵器 《アークエンジェルシステム・カンザキフレーバー》、スイッチオン!
なのだよ!』
「聞きゃしねぇし」
諦めの吐息を漏らしたスティーヴン大統領は、頭を抱えながら言葉を絞り出す。
「おい。せめて仕様書くらい寄越せ。
頼むからそれくらいはしてくれ」
『仕方ない上司なのだよ~。
探すからちょっと待つのだよ~』
本当に少しばかり待たされた後に、《アークエンジェルシステム》とやらの仕様書が送信されてくる。
それを解凍し、読み込もうとした直後。
北米大陸をエネルギービームが席巻した。
~~~~~~~~~~
一言で表現すれば、それは鈍色をした巨大な球体だろうか。
直径百メートル弱。
天頂には光輪を浮かべており、気分的に天使のような気もするが、本体が鉄球の様にしか見えない為に、そうと取る者は少ないだろう。
よく見れば、表面が流動している事が窺え、どうやら個体ではなく液体に近い組成をしている事が分かる。
そんな球体が、突如として北米大陸のほぼ中心部に浮かび上がった。
無人の荒野にぽつんと浮かんでいる様は、何処か異様で、異質な芸術性を感じさせる光景である。
球体は、徐々にその高度を上げていく。
同時に、光輪が回転し始め、球体の表面に光の筋が幾条も流れていく。
やがて、その球体は雲を越え、大陸全土を見下ろせる高度へと至る。
リ――――ン。
リ――――ン。
リ――――ン。
金属が共鳴するような音が鳴り響く。
それを合図に、球体が駆動した。
球体を構成している流体が蠢き、無数に分裂する。
分裂した無数の部位は、綺麗な正八面体の結晶へと形を変えると、中央のやや小さくなった球体の周囲を高速で回転して始めた。
直後、光が弾ける。
中央の球体から結晶群へとそれぞれに光線が放たれ、それらは結晶を介する事で、更に細い光線となって放たれたのだ。
雨の様に放たれる光線。
その正体は、地脈から汲み上げられた星の息吹。
それを無加工で放出するエネルギービームである。
無数に分裂して威力は分散されているように見えるし、実際に分裂した分だけ威力は下がっている。
だが、元が無尽蔵とも言える星の息吹だ。
雑魚を蹴散らす分には何の問題もない。
敵味方を識別した《アークエンジェル》は、北米大陸に発生していた異形たちを纏めて、ほぼ同時に正確に薙ぎ払ってしまう。
だが、生き残りもいる。
竜型の様に防御力と生命力に優れている個体や、巨人型の様に的が大き過ぎたが故に致命傷となっていない者たちだ。
そうした存在を探知した《アークエンジェル》は、形態を組み替える。
分裂体を吸収して一個へと纏まると、今度は細長い槍のような姿へと変形する。
光の線が先端へと集まり、臨界に達した所で放たれた。
極太のエネルギービーム。
分裂拡散していない分だけ、その威力は先程の物とは文字通りに桁違いである。
竜や巨人の巨体を飲み込み、勢い余って蒸発させてしまうほどに。
生き残りは各地にいる。
だから、《アークエンジェル》は自らの回転させて、先端の向きを変える。
その間、エネルギービームは放たれたままだ。
光の巨剣を振り回すかのような光景は、まさに神威の発露そのもの。
天軍の先兵を称するに足る力を発揮していた。
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「……おい、こんなものをこっそりと設置するな。
テメェ、さては予算の横流しをしてやがんな、おい?」
『まっさか~、なのだよ。
今回はカンザキの出資で賄ってあるのだよ~』
「今回は、つったか、おい。
今度、会計書類を徹底的にチェックしてやるから覚悟しておけよ、おい」
色々と文句はあるが、結果は最高そのもので、異常な物だ。
有効範囲は北米大陸に限定しているという話だが、本土の防衛がほぼ万全になるというのなら充分に素晴らしい代物である。
これならば、他地域に対応部隊を展開させる事が出来る。
「一応、褒めといてやるぜ。よくやった」
『お褒めにあずかり光栄なのだよ~』
(……たまに、こういう使える当たりを持ってくるから、サラを重用せずにはいられないんだよなぁ、おい)
つくづく手放し難い人材だと再認識したスティーヴン大統領だった。
これにて各国編は終了!
ついでに、連続更新も終わりです!
明日は更新しませんので、期待はなさるな。
次回は、妖怪生き胆喰らい(義妹限定)と女怪サノバビッチのお話です。
多分、きっと、メイビー。