各国の状況――インド王国
インド王国。
《天龍八部衆》筆頭、《隠者》ガウリカ・アミンは、宮殿の奥上に陣取って、つまらなさそうな目で空を睥睨していた。
無数に口を開けている異界門からは、馬鹿げた数の敵が吐き出されている。
地上に至れば、その被害は尋常ではないだろう。
一般魔術師たちによる対空砲火はされているが、その効果はいまいちと言わざるを得ない。
瑞穂のように盾を造れる訳ではなく、中華のように物的損害を考えずに白兵戦を挑める訳でもなく、ロシアのように一切合切を頂点に任せて地下に引きこもる事も出来ない。
時代や相性の問題でもあるが、被害を出さずに、と考えるのは愚者だけだろうとガウリカは考えていた。
彼女は強力な魔王であるが、然程、潤沢に魔力を持っている訳ではない。
ごく短期間、一時的に戦場を一人で支える事はできるが、すぐに力尽きてしまう事は分かり切っている事だ。
だから、ガウリカは割り切る事にした。
大物だけ狙う。
一般魔術師には、些か荷が重いだろうSランク級の魔力を保有する敵だけに狙いを絞って討ち滅ぼしていく。
それが自分にできる最善だと判断した。
『姐さん、連結行けましたぜ!』
通信機から、《天龍八部衆》の同僚の声が聞こえてきた。
《魔鏡》アナント・シャルマ。
幻属性の魔王であり、直接的攻撃力には乏しい所がある。
但し、ガウリカのサポート役としては極上の能力を有している。
彼は、無数の鏡のようなデバイスを操作する事で、敵対者の攻撃を映して反射させる魔術を使うというスタイルをしていたが、今ではもっぱら鏡を通して周辺地域を監視する役目ばかりを担っている。
何故なら、敵さえ認識してしまえば、《隠者》がどうとでもしてしまうから。
インド王国全域、及びインド洋に至るまで、鏡デバイスを飛ばしたアナントは、それによって映し出された映像を幻属性魔術によって、ガウリカの意識下に直接送る。
『お願いしやします、姐さん!』
「姐さんって言わないでくれます?」
あまり好きではない呼称に対して、一言、断りを入れて、ガウリカは魔力を集中させる。
ククリナイフ型のデバイスを構えた彼女は、その場で何もない虚空に向けて一閃させた。
本来、ただの素振りで終わってしまうだけの動作。
何の変哲もなく、傍目にはそれ以上でもそれ以下にも見えない。
だが、それに反して、ガウリカの額にはうっすらと汗が滲み、高まっていた魔王の魔力も大きく消費されたのか、忽然と消え去っていた。
攻撃を、したのだ。
その証拠に、彼女の頭上の敵のみならず、インド王国の担当地域の全てにおいて、Sランク以上の敵の悉くが、首を切り落とされて絶命していた。
ガウリカオリジナル空属性魔術 《スケール・シフト》。
《隠者》ガウリカ・アミン。
空属性である彼女は、距離を操作する魔王である。
彼女の認識下においては如何なる距離も意味をなさない。
どれだけ離れていようとも、彼女にとっては手の届くような距離に、目の前にいるのと何一つとして変わらず対処できる。
そして、その逆もまた然り。
強力な魔力の波動を感じ取ったのだろう。
敵勢がガウリカに向けて殺到する。
遠距離から無数の魔力弾を、数多の異形が爪牙を突き立てんと突撃する。
しかし、放たれた魔力弾は、宙に溶けて消える。
まるで飛距離の限界に達したように、徐々に勢いを弱め、最後には儚く拡散した。
そして、格闘戦を挑もうとした異形たちもまた、届かない。
目測でも誤ったのか、ガウリカの目の前で攻撃を紙一重の距離で空振りしてしまう。
あとほんの僅か、あとほんの数㎝。
たったそれだけの距離でありながら、それを詰められない。
如何なる剛力も、どれ程の爪牙も、届かせられなければ何の意味もないのだ。
ガウリカオリジナル空属性魔術《無限紙一重》。
距離を支配するガウリカの前には、何一つとして意味を為さない。
攻撃は、届かせられなければその本意を全う出来はしない。
遥か遠き魔王。
あらゆる全てから逃げ続ける《隠者》は、誰の手にも触れられる事はない。
ガウリカに殺到し、彼女に集中していた異形たちは、背後から近付いていた一般魔術師たちに奇襲され、一方的に刈り取られていく。
「まだまだ始まったばかりです。
熱に駆られて、ペースを乱さないように」
「「「承知ッ!」」」
やや熱くなっている兵たちに注意を飛ばしながら、ガウリカは同僚から送られてくる情報を静かに参照する。
「……弾数が問題ですね。どれだけ持つやら」
吐息を漏らしながら、彼女は刃を握り直した。




