荒木克也
「あれ、克也じゃん。今日シフト入ってたっけ?」
「いやー、金ないし暇だったから店長に入れてもらった」
無意識に出てしまう自分のヘラヘラ顔に嫌気がさしながらも久しぶり、と声に出す。
ふーんと詰まらなさそうな声を出しながら男は通り過ぎていく。
あんなやつ、居たっけな。名前も思い出せず記憶を遡ったが思い出せそうになかったので深い話にならなくて良かったと思う。
因みに金がない、というのは嘘だ。
他にもバイトをしているし、何より父が残した貯金と父が亡くなった時に支払われた保険金がある。
単純に暇だったのだ。
荒木克也は暇を嫌っていた。
暇な時間があると過去のことを思い出してしまう。
脳裏に刻まれたあの光景は10年経っても心を蝕み続けている。
「おはようございます」
店長に軽く挨拶をし、タイムカードに打刻をする。
店長からもう少しシフト入れてくれと頼まれたが、考えときます、と頼りない返事をし仕事の準備を始める。
バーの店員として他人を演じている時は心が安らぐ。
荒木克也ではなく、カツヤとして生きていれるからだ。
荒木克也が演じるカツヤには、壮絶な過去も、復讐心なんてものは無い。
制服に着替え終わるとカツヤは常連に連絡を入れる。今日は潰れるまで飲みたい気分だ。