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幽 閉

 サリアナは威圧感を込めて言った。

「お前たちのアジトはどこだ。チェロクス」


 チェロクス? と文人はサリアナの言葉を頭の中で反復する。首輪の魔力では固有名詞までは変換されないらしい。


「お前たちの手口はお見通しだ。さっさと正体を現せ。その人間の皮の中にある醜い化け物の姿をな」

「正体と言われてもな」文人は内心の動揺を抑えながらさらりと言った。


「俺の素性は今言ったとおりだ。どうやってここに来たのかも、どうやったら戻れるのかもさっぱりわからない」

「まだとぼける気か?」


 サリアナの目が吊り上がる。首に圧迫感を感じる。

「何と言われようともだ」

 息苦しさをこらえながら懸命に言葉を絞り出す。


「俺は中村文人だ。職業はカメラマン。ほかの何者でもない。それが俺だ」

「強情な奴め」


 サリアナが苦々しげに吐き捨てる。首輪の締め付けも緩んだので大きく息を吐く。

「サリアナ」格子扉の外から筋肉質の男が声を掛ける。


「カーロを迎えに行った。もうすぐリズロが連れてくる」

「ちょっと待て、アーマト」

 サリアナが腹立たしそうに振り返る。


「カーロは巻き込まない、と言っただろう」

「これが一番確実なんだ」

 アーマトと呼ばれた男はなだめすかすように言った。


「見分けられるのはカーロしかいないだろう。面通しさせるのが手っ取り早い」

「しかしだな」サリアナの口調がやや勢いを失う。相手の言うことは理論的には正しいが、感情的には理解できない。そんな顔をしている。


「連れてきたぞ」牢屋の外から別の男の声がした。おそらくリズロという男だろう。

「わかった」サリアナは不承不承という感じでうなずいた。


「ただし、牢の外からだ。中には入れさせん。それでいいな」

 アーマトはうなずいた。

「さあ、カーロ」


 リズロにうながされて牢屋の前に現れたのは幼い男の子だった。人間にすれば小学校の低学年くらいだろう。やはり笹の葉のような長い耳を持っていた。病的なまでに白い肌と首筋まで伸びたクセのある金色の髪、青色の瞳には不安と言うより明確なおびえが見て取れた。文人はこういう目をした子供を何度も見てきた。


 貧困と戦争で家を焼かれ、親を失い、自身も大きな傷を負っていた。人種や言語こそ違えど、みな恐怖と絶望に染まった目は生きる輝きを失っていた。


 またか。

 文人はこういう目を持つ子供を見るのが大嫌いだった。


 どんな時代だろうと人種だろうと子供は幸せになるべきだと思っている。現実がそう出ないことを嫌と言うほど知っていた。だからこそ、子供たちにこういう目をさせる大人が境遇が、環境が、政治が、社会が、そして己自身が腹立たしくてならなかった。


 カーロと呼ばれた少年はアーマトの背中からおずおずと牢の中を覗き込んできた。

 ふと文人と目が合った。文人は微笑みかけた。


 何か思惑があったわけではない。ただ、辛そうな子供を見ると笑顔で話しかけてきた。だからこそカーロという少年に対してもそうしたというだけの話だった。長年の習性と言ってもいい。


「あっ」

 カーロの頬に血の気が差した。人間らしい、と呼ぶのが適切かどうかはともかく、生の感情が吹き出たように見えた。


「どうだ、カーロ」

 カーロがはっと顔を上げる。サリアナの声に我に返ったようだった。


「このノーマか?」

 カーロはもう一度文人を見つめたが、やがて必死な面持ちで首を振った。


「違ったか」

 アーマトがほっとした様子で言った。

「まだそうと決まったわけではあるまい」

 弛緩しかけた空気に鞭打つようにサリアナが食い下がる。


「ラ・ズムカの時とは別のチェロクスかもしれない。奴らとて同じ者は使うまい」

「ならどうする? そいつの頭の皮でも剥いでみるか?」

「必要ならばな」


 冷やかすようなリズロの口調に大まじめに返答してのける。

 文人はぞっとした。


「とりあえず、面通しはこれくらいでいいだろう。カーロ、お前は戻って……」

「用件は済んだのか? なら今度は俺から質問させてくれないか」

 話しかけるとサリアナたちが一斉に文人の方を向いた。


「チェロクスっていうのは君たちの敵のようだが、俺は全くの無関係だ。さっきも言ったとおり、ここには今日飛ばされてきたところだ」


 話しながら文人は頭の中でわかったことを整理する。この集落はチェロクスという存在(種族あるいは民族)と敵対している。チェロクスはかつてラ・ズムカという別の集落を襲撃している。その際、チェロクスは遭難した人間に扮して集落の中に入り込み、襲撃の手引きをした。そしてカーロはラ・ズムカで手引きしたチェロクスを目撃している。自分が今捕まって尋問を受けているのもその手引きしたチェロクスと間違えられたためだろう。


「お前には私が寝言を真に受けるアカネズミに見えるのか?」

 サリアナが鼻で笑った。奇妙な言い回しだが、どうやらこの世界の慣用句らしい。


「冷静になって考えてくれ。俺がもし、そのチェロクスなら異世界から来ただなんて言うと思うか? もっと君たちにも納得しやすい理由をでっち上げるはずだ」


「狂人と思わせるためにわざと奇妙な言い回しをしている可能性もある」

「だったら、今こんな反論はしないさ。何よりこんな格好をした奴を今までに一度でも見たことがあるか?」


 黒のシャツに綿の白いズボン。現代の日本ならありふれた格好ではあるが、彼らの格好を見る限りこの世界では見慣れないはずだ。


 サリアナの瞳がわずかに揺れる。論理的な反論に面食らったらしい。

「確かに、今の段階でお前をチェロクスだと断じる根拠はない」


 やや悔しげではあるものの先程までの荒々しい殺意は消えていた。

「だが、お前がチェロクスではないとしても我らの脅威でないとは限らない。チキュウとかいう、異なる世界から来たというなら尚更だ」


「……」

「それとも、お前には証明が出来るのか?」

「無理だな」


 敵意のないことならいくらでも証明してやるが、脅威にならないことを証明なんて出来るわけがない。それこそ悪魔の証明じゃないか。


「だったらどうすればいい?」

「しばらくおとなしくしていてもらおうか」

 サリアナは牢屋内の二人とともに格子扉の方に向かう。


「お前の処遇は族長たちに決めてもらう。結果次第では解放することも約束しよう」

「その処遇というのはいつ決まるんだ」

「そう長くもないはずだ」


 サリアナたちが牢屋を出ると同時に格子扉が再び閉じられる。

「テモラスの花が咲くまでには結論も出るだろう」

「人間の暦で言ってくれ」

「ニンゲン……ああ、ノーマのことか」


 サリアナが扉の向こうでしばし考え込む仕草をした。

「そうだな……ノーマの赤子が親になるまで、かな」

「ふざけるな!」


 この世界の結婚適齢期がいつ頃かは知らないが、少なくとも成人はしているはずだ。仮に江戸時代と同程度だとしても十五年から二十年か。あるいはそれ以上ということも考えられる。日本なら無期懲役と変わらない。


「心配するな」

 サリアナは格子の隙間から得意そうに言った。

「私たちファーリの寿命はノーマの十倍はある。そのくらいの時間ならいくらでも待てる」

お読みいただきありがとうございました。


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