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愚 策

 まずいまずいまずいまずい!


 テツヤは腕を掴まれながら焦りに激しい動悸を感じた。野生の本能が声高に告げている。目の前の男は絶対に勝てない相手だと。


 ファーリたちはすでに逃げてしまって、同じ方法は通用しない。だが、逃げる訳にはいかない。逃げればギンジに殺される。


 こうなったらヤケクソだ!

 雄叫びを上げながら殴りかかる。レグルスは紙一重でかわすと一歩踏み込んできた。下から突き上げるようなボディブローを叩き込まれた。


 胃液が一気に逆流した。

 喉に熱いものが感じながらもテツヤは腹筋を引き締めて痛みに耐えた。胃液混じりの唾液を撒き散らしながら右に左にと殴りかかる。レグルスは上体をそらし、しゃがみこみ、左に右にと全てかわしてのける。ムダのない、武道の達人のような動きだった。


 当たらない、とテツヤが歯がみした瞬間、強い衝撃を感じた。茶色い、ざらざらした壁が顔のすぐ真横に来ていた。それが壁ではなく地面だと気づいた時にはテツヤの体はまたも回転し、反対側の横っ面を地面にこすられていた。


 くらくらする頭を振りながら立ち上がる。本当は寝ていたかったが、立たなければ永遠に寝ることになる。

 触ってみれば左顔が腫れ上がっている。あの感触からして回し蹴りだろう。全く見えなかった。

 レグルスが一歩一歩、大地を踏みしめながら近付いていくる。テツヤにはそれが死刑台の十三階段のように思えた。


 どうするどうする? 今更命乞いが通用するとも思えなかったし、やればやはりギンジに殺される。

 ギンジは未だに動く気配はなかった。


 ちくしょう、テメエも戦えよ。部下がこんなに苦しんでいるのに。あるいはテツヤを捨て駒にして、少しでもレグルスの体力を削いでおく作戦なのかも知れない。

 ふざけるな、戦力の逐次投入なんて愚策もいいところだ。そう喚きたかった。


 どうしてこんなことになったのだろう。自分はただクソッタレな現実とおさらばして、第二の異世界人生を楽しみたかっただけなのに。


 アークセイバーは正義の味方なんだろう。動画サイトでいつもおかしな着ぐるみやら頭のいかれた怪人なんかと戦って……。


 そこまで考えた時、テツヤの頭に天恵のような考えが浮かんだ。そうだ。アイツはアークセイバーなのだ。だったらいけるはずだ。


 テツヤは両腕で顔を覆い、固まりとなって自分からレグルスに突っ込んでいく。不格好だとは思うが笑いたければ笑えばいい。多少のダメージは仕方ない。大事なのは先程のように意識を刈り取られたり、吹き飛ばされたりしないことだ。


 レグルスは足を止め、半身に構える。迎撃するつもりだろう。当然だ。真正面からの体当たりでも耐えきれるだけの力がアイツにはある。


 拳を固め、ガードの上からテツヤを殴りつける。完全に腕が折れただろう。それでも構わない。

 吠えながら体当たりする。レスリングのタックルのように低く構えると両腕をレグルスの背中に回し、締め上げる。


 相撲で言うところの鯖折り、プロレスで言えばベア・ハッグだ。見た目は地味だが、背中や腰に多大なダメージを与えることが出来る。


「この場合はゴリラ・ハッグかな」

「……!」


 金獅子の仮面を付けているので表情はわからないが、ゴリラの全力で締め上げているのだ。効いているに決まっている。それにこの技を選んだのはゴリラの怪力を生かせるから、だけではない。


「どうだ、この体勢ならお得意のパンチやキックも出せねえだろ! テメエらの戦いは動画サイトでチェックしていたんだよ!」


 アークセイバーの戦い方には特徴がある。空手のように徒手空拳、つまりパンチとキックが主体だ。組み付いてしまえば、力は発揮できない。


 剣や銃を持っている奴もいるが、都市伝説によるとレグルスにはそんなものはない。持っていたら既に使っているだろう。仮に持っていたとしても腕の上から締め付けているので取り出して反撃もできまい。


「テメエの内蔵、口から吐き出させてやるよ」

 渾身の力を込めて締め上げる。金色の鎧が軋みを上げる。もう少しだ。あと少しでコイツを殺せる。


 どうだ、ギンジ。テメエの力なんぞなくっても俺は勝てるんだよ。

 得意げに振り返った時、ギンジがはっと気づいたように叫んだ。


「よせ、離れろテツヤ!」


「はあ? 何言っているんですか」

 問い返そうとした時、テツヤの腕に金色の手がかかった。


「勉強不足だったな」

 金獅子の仮面の下から声がした。

「悪いが、俺の本領はここからだ」


 すさまじい握力で掴まれたと感じた時、不意にレグルスの体が沈み込んだ。地を踏みしめ、強靱な足のバネでテツヤと向かい合った体勢のまま真上へと高々と舞い上がる。力の流れが変わり、レグルスはそのまま猫じゃらしのようにテツヤの腕から下へとすり抜ける。


 思考の追いつかないテツヤは反応が遅れた。下へとすり抜けたレグルスに両足首を掴まれると、大きく反転させられた。

 テツヤの頭が地面に向くと、レグルスは体を捻りながら回転し始めた。レグルスにつられてテツヤの体も回り出す。竜巻のように渦を巻きながら地面へと落下していく。


 絶望と後悔に悲鳴を上げながらテツヤは都市伝説サイトにあった、ある書き込みを思い出していた。


『ウチの爺さんは、レグルスが怪人の足を持ちながら落下していくのを見た』


 すさまじい勢いで螺旋を描きながら二人の体はまっすぐに地面へと向かう。


「『セイバー・千尋(せんじん)落とし』!」


 絶叫を上げながらテツヤの頭は突き刺さった。地響きが集落を揺らした。レグルスの体と縦に並びまるで一本の杭のように大地に穴を穿っていた。


 レグルスが手を離し、着地する。誰かの固唾を飲む音が聞こえた。


 テツヤには戦う力も意志も残っていなかった。それでも半ば本能的に土に埋まっていた上半身を起こすものの、ほとんど目は見えなかった。頭部が割れて、溢れ出る血が視界を赤黒く染め上げ、目を塞いでいるのだと悟った。


 ああ、これは死ぬな。


 頭も割れているし、衝撃であちこちの骨も折れているようだった。喰らったときは凄まじい激痛に小便漏らしそうになったけれど、今は何にも感じない。ただ頭がぼーっとして考える余裕も奪われている。

 ただもう、うんざりだった。化け物になって弱い奴いたぶるのは楽しかったが、やられるのは好きじゃない。これじゃあまるで悪役ではないか。


 ああ、もうやめだやめだ。


 人外転生なんてしょせん柄ではなかったのだ。次だ次。やはりここは王道が一番だ。チート能力持って貴族の家にでも転生して、赤ん坊の頃から魔法練習してメイド侍らせて獣人奴隷買って成人したら冒険者ギルドに行って一気にSランクに上がって魔族とかと戦って国の英雄になって美人の姫と結婚してハーレムルートに……。


「次は頼むぜ女神さ……」

 最後まで言い終える前にテツヤの体は爆発した。願望と妄想と執着にまみれた声は煙と爆風にかき消された。



 爆発が収まった後、焦げてえぐれた地面と立ち上る煙だけ。テツヤは跡形もなく吹き飛ばされていた。

 フミト……レグルスはかつて見た光景を思い出していた。ミチタカを倒した時にもやはり最後は爆発炎上した。

 まるで全ての証拠を消すかのように。


 やはり、かつて見た光景があった。問い質したいのはやまやまだが、それを聞くためには力尽くしかなさそうだ。

「残るはお前だけだな」

 振り返った先には、白いスーツの男が立っていた。


「まさか本物のアークセイバーだったとは、な」

 低く、凄みを利かせた声でつぶやくとギンジは煙草の吸い殻を投げ捨てた。


「中村文人……だったな。今の今までどこで何をしていた? レグルスが最後に日本で発見されたのはもう二十年以上も前のはずだ」


「ちょっとな。世界中を旅していた」

 世界各地の紛争地域や貧困飢饉、独裁者の支配地域……アークセイバーの力を必要とする場所はどこにでもある。


「そうやって何十年も世のため人のために戦い続けてきたわけか。呆れた話だ」

「そういう君は、異世界に転生してやっていることは、殺しと地上げか」


 レグルスはわざとらしく肩をすくめた。

「任侠道も地に堕ちたな」

「そんなもん、はじめっからありゃしねえさ」


「お前はどうやってこの世界に来た?」

「死んじまったからよ」ギンジはさらりと言った。


「ケチなシノギの奪い合いで、海外の連中と揉めてな。家にいたところを鉄砲玉みてえなのに殴り込まれて、蜂の巣にされちまった。で、気がついたらこの世界にいた。このバケモノの姿でな」

「……」


「それから『あいつ』の命令で、ミチタカとテツヤと一緒にチェロクスをとりまとめた。その後は、今度はファーリを狙えってんで、わざわざ砂漠を越えてここまで来た」

「『あいつ』とは誰だ?」


「さあな、名前は名乗らなかった。だが俺たちとは比べものにならねえバケモノだってのは理解できた。あれでまだ復活すらしてねえんだからな」

「それは、どういう……」

「お喋りはここまでだ」


 上着を放り投げ、シャツも地面に脱ぎ捨てる。細く引き締まった胸から腕、手首に至るまでびっしりと彫り物が彫ってある。


「背中には桜吹雪でも?」

「見たいならじっくり見りゃあいい」

 テツヤは首を傾け、骨を鳴らした。


「見られるかどうかはわからんがな」

 大きく息を吐くと短く吠えた。


 その途端、上半身を覆い隠すように白い毛が生えてきた。筋肉が膨れ上がり、細身だった体は数倍にも体積を増していく。


 顔にも白い毛が生えていくに従い、顔の輪郭……いや骨格そのものが変化していった。

 上半身を覆っていた彫り物は長く白い毛の下に隠れ、代わりに現れたのはしなやかな肉体と黒い縞模様。顔つきは明らかにネコ科の肉食獣のそれだった。


「さあ、始めようや。スーパーヒーロー」

 そう言った男は、白い虎の顔をしていた。


お読みいただきありがとうございました。


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