伝 説
伝 説
今より約五十年程前、日本各地で何者かによる誘拐や爆破、殺人などの凶悪事件が頻発していた。
犯行の手口から大規模なテログループによる組織的な犯行とされた。一部では人体実験を行っているとも噂されたが、警察も真相を掴めずにいた。怪物を見た、と証言する者もいたが一笑に付されて終わった。犠牲者は日を追うごとに数を増し、不安と恐怖が日本中を支配しつつあった。
ところがある時期を境に、被害規模は減少の一途を辿る。一連の事件を引き起こしていたのが、とある秘密結社による狂信者たち判明し、犯人グループを逮捕あるいは死亡させた。目撃者は口を揃えて証言した。
「怪物と戦う騎士を見た」
「素手で怪物と戦い、叩きのめした」
「金色と銀色のが二人いた」
騎士についてテレビや新聞、雑誌は様々な憶測を書き立てた。警察の対テロ特殊部隊、自衛隊の新兵器、米軍の機械兵士、悪魔、妖怪、新番組の宣伝、等々。もっともらしいものから荒唐無稽なものまで様々な説が乱れ飛んだが、その騎士の存在については警察は公式に認めなかった。
二人の騎士は海外でも取り上げられた。地球という箱船を救う戦士、という意味から『|箱船の救世主《THE SAVER OF ARK》』と名付けられた。その名前は日本にも伝わった。そこから日本では『悪を成敗する』に引っかけ、彼らのことを『アークセイバー』と呼ぶようになった。
やがて、秘密結社はリーダーと目された存在の死亡により壊滅と発表され、騎士の存在は都市伝説の闇に消えた。
秘密結社壊滅後、しばらくして残党が別組織を立ち上げ、再び牙を剥いた。その際立ち上がったのは、また別の騎士だった。
その後もマッドサイエンティストや邪教集団、日本壊滅のための犯罪者組織が相次いで罪なき人々を苦しめた。だが、必ず何処からか新たな騎士たちが現れた。彼らはいずれも『アークセイバー』を名乗り、悪魔の軍団と戦っていった。
いつしか『アークセイバー』とは都市伝説上のヒーローとして広く日本中に広まっていった。
現在でもSNSや動画サイトには、『アークセイバー』とおぼしき騎士と、異形の怪物との死闘が数多く投稿されている。だがそれらの多くはCGや特撮技術を使ったニセモノであり、真相はいまだ藪の中にある。
「まさか、本物のアークセイバーなのか?」
テツヤは呆然とつぶやいた。目の前で変身したのだ。CGやトリックの介在する余地など無かった。信じられなかった。動画サイトで見た都市伝説のヒーローが、異世界に召還されるなど何の冗談だ。
「しかもレグルス……レジェンド中のレジェンドじゃねえか」
確認されているだけでも四十人以上もいるセイバーの中でも最初のセイバーの一人。存在だけはまことしやかに囁かれているものの、まともに撮影された画像はほぼゼロだ。実在を疑う声もある。それが目の前に現れた。しかも正体はあの若作りのジジイときている。
ここが日本であれば写真を撮りまくっていただろう。だが、ここは異世界であり、現れたのはテツヤの敵として、だ。
やべえ、と悪寒が走る。もし本物であれば、自分たちは間違いなく殺される。
あり得ない。ニセモノだ。コスプレだ。トリックだ。
ありとあらゆる可能性が脳裏を駆け抜けるが、どれも現実逃避だ。
チェロクスとなった自分だからこそわかる。鋭敏になった感覚が、片手で人間をくびり殺せる腕力が、野生の勘が、目の前のコイツに最大限の警鐘を鳴らしている。間違いなく……本物だ。
短い掛け声とともにジジイ……いや、アークセイバー・レグルスがテツヤの眼前に着地する。金獅子の騎士がゆっくりとだが確実にテツヤへと迫り来る。
「ま、待てよ!」
とっさにテツヤは後ずさりながらそう叫んでいた。
「違うんだよ。俺たちだって好きこのんでやってたわけじゃねえんだ。ほら、あるだろ。正義の反対は悪じゃねえ。別の正義なんだよ」
「ふざけるな」
テツヤの弁解はばっさりと切って捨てられた。
「何の罪もない子供を殺すのが貴様の正義か。罪もない人をいたぶり、苦しめ、傷つける。そんなものが正義であるものか!」
気迫に押され、テツヤはまたも一歩、後退せざるを得なかった。
「それでもお前が正義だと語るのならそれでも構わん。俺は俺の正義を押し通すまでだ」
テツヤはいよいよ追い詰められていくのを感じた。伝説が真実ならばこの男は半世紀近くも戦い続けていたのだ。頭の中でこねくり回した理屈など、通じるはずがない。
「テツヤ」
ギンジの声が飛んだ。
「ケツは持ってやる」
その筋の用語には詳しくないが、意味はなんとなくわかった。さっさと戦え。万が一負けても敵は取ってやる。逃げ道は断たれた。ここで逃げればギンジに殺されるだろう。テツヤは泣きたくなった。
「ちくしょう、やってやらあ!」
やけくそ気味に吠えると配下のチェロクスたちに命じる。
「てめえら、そいつをぶっ殺せ!」
号令とともに獣人たちがレグルスに殺到していった。
サリアナは自身が見ているものが信じられなかった。
フミトがアークセイバーという金獅子の騎士に変身したかと思うと、チェロクスたちと戦っている。
圧倒的だった。
「セイバー・ナックル!」
振り上げた拳の一撃で熊の獣人は、頭が吹き飛んだ。
「セイバー・シュート!」
鋭い回し蹴りで狼の獣人は地を滑るように吹き飛び、そのまま動かなくなった。
「セイバー・スラッシュ!」
下から上に跳ね上げるような手刀でコウモリの獣人は羽根ごと胴体を真っ二つにされた。
「すごい……」
呆然とサリアナは呟いた。
無造作な、さして力を込めていないような攻撃でもチェロクスたちは地を這い、宙に吹き飛び、屍へと姿を変えていく。
チェロクスたちも反撃を試みるのだが、ろくにフミト……レグルスにダメージを与えられぬまま血飛沫を上げて倒れていく。
一方的な蹂躙と呼ぶに相応しい光景だった。
だがサリアナにも、かつてチェロクスたちに同じ目に遭わされたファーリにも溜飲を下げる気持ちはなかった。ましてや、強者が弱者を打ちのめしていくことへの嫌悪感でもなかった。
拳を振るう。蹴り飛ばす。肘を打つ。膝を落とす。手刀で薙ぐ。投げ飛ばす。レグルスの動作一つ一つが力強く、雄々しく威厳に満ちていた。そこにあるのは王者の威風とも呼ぶべき、誇り高き戦士の戦いだった。
憧憬とも崇拝とも付かぬ気持ちがサリアナの胸を熱くし、同胞たちの瞳を輝かせていた。
「ん……?」
たった一人だけ、レグルスの勇姿を憎々しげに見つめている者がいた。
カーロだ。
目に涙をためながらレグルスを睨み付ける。ぎゅっと拳を握りながら、何事かをつぶやいた。
声は聞こえなかったが、唇の動きでだいたいの意味はわかった。
どうして……。
「セイバー・ストライク!」
掛け声とともに放った跳び蹴りでネズミの獣人を地に這わせる。
生き残ったのは、テツヤという大猿のチェロクスと、ギンジという謎の男だけだ。
「残るは貴様らだけだ」
「ち、ちくしょう……」
追い詰められたテツヤが滑稽なほど狼狽している。
先程、チェロクスたちがやられているのを見てもなんとも思わなかったが、こいつだけは別だった。
背後ではギンジという男が眼光鋭くテツヤを見据えている。もし逃走を図ろうとすれば、容赦なく殺すだろう。
冷酷な男だが、一方でレグルスの戦いを観察している。やはりこの男は油断ならない。サリアナは肝が冷えるのを感じた。
「来い!」
「くっそおおおおおっ! なんでだよ、なんでだよ!」
テツヤが悔しげに喚きながら地面を殴りつける。
「せっかく異世界に転生したってのに。なんだよ、これ。これじゃあ、俺はただのやられ役じゃねえか! こんなのありかよ!」
顔を覆いながらすすり泣く。そこにいるのは戦士でもなければ、残虐な悪魔でもない。思いのままにならないからと駄々をこねる甘ったれだ。
「遺言は済んだか?」
レグルスが容赦なく断罪の拳を振り上げる。神の鎚のような一撃をテツヤは這々の体でどうにか飛び退く。地面を転げ回り、顔を泥で汚しながら生存の方法を探して何事かつぶやき続けている。
「ちくしょう、どうすれば、何かねえのか。このままじゃあ……」
「終わりだ」
レグルスが地に伏せたままのテツヤの頭を掴み上げる。血にまみれた手刀を高々と掲げた。
そのまま行けば大猿の首を刎ねるであろう断頭台の如き一撃は、思いかげぬ方向から止められた。
小さな石がレグルスの足に当たったのだ。
痛みどころか虫が止まったほどにも感じなかったであろう投石に、動揺と驚きが獅子頭の兜の上からでも見て取れた。
投げたのは、カーロだ。
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