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戦場カメラマンの異世界転生記  作者: 戸部家 尊


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28/35

転 生

「テメエ、いつの間に……」

 突如として現れたフミトをテツヤが憎々しげに睨み付ける。


「姿が見えねえから逃げ出したかと思ってたが、ちょうどいい。テメエには聞きたいことがあったんだ」

「俺のことか?」


「ああ、そうだ。お前も『ニホンジン』なんだろ? しかもその格好……転生じゃなくて転移の方か」

「確かに俺は『ニホンジン』だ。二週間ほど前に、気がついたらこの世界にいた。だから帰る方法を俺に聞かれてもわからん。残念だったな」


「誰が帰りたいかよ、あんな国!」

 テツヤがつばを吐いた。


「どいつもこいつもクソばかりだ。親も教師もクラスの連中も上司も会社の連中も能無しのくせに威張り腐ってクズしかいない。その点、この世界は違う。見ろよ、この力」


 大猿の拳を地面に叩き付ける。轟音とともにすり鉢状の穴が地面に穿たれる。

「人外転生とは驚いたが、この力があれば剣と魔法のファンタジー世界だろうと生き抜ける。ステータスもスキルもねえのは残念だが、それならそれでやりようはあるってもんよ」


「お前の言うことは意味がわからないな」

 うんざりした様子でフミトは首を振る。


 サリアナも同感だった。わかったのはフミトとテツヤが同じ世界から来た、ということだ。


「だが、お前が自分を嫌っているのはよくわかった。他人をしいたげてもお前の劣等感は消えやしない。余計にみじめになるだけだぞ」


「カビの生えたような説教するんじゃねえよ。年寄りか」

「年寄りだよ」フミトは言った。「御年、七十歳だ」


「マジかよ」

 テツヤは目を剥いた。


 これにはサリアナも驚いた。ノーマで七十歳といえば老人のはずだ。もしかしてフミトにはファーリの血が流れているのか? それとも、フミトの来た世界ではあれが普通なのか。


「なるほど、若返り転移系かよ。なるほど。どおりでじじむさい奴だと思ってたぜ」

 テツヤが一人納得した様子で何度もうなずく。


「お前の質問には答えた。今度は俺の番だ」フミトの目が鋭く細められる。

「その姿はどうやって手に入れた?」


「もらったんだよ、神様にな」テツヤが服を見せびらかすように両腕を広げる。


「会社さぼってVRMMOやってたんだよ。『ビースト・オンライン』っての。そしたらいつの間にか寝落ちして、気がついたらこの姿で、こっちの世界に飛ばされてたってわけ。どう考えても神様のお陰だろ。知ってる? VRMMO。おじいちゃんには難しかったかな?」


「知っているさ、そのくらい」

 憤懣遣る方無い様子でフミトは反論した。


「やったことはないけど、名前は聞いた事があるんだ。……あれだろ? 妖怪ナントカができるやつ」

「全然ちげえよ、バーカ!」


 罵ると同時にテツヤの巨体が宙に浮いた。

 一瞬で距離を詰めると、フミトの体を掴み上げ、背中越しに放り投げた。


 フミトの体が夜空に浮き上がった。落下していくその先には、巨大な大鍋が口を開けていた。

 時間にすれば、ほんの一瞬のはずなのに、サリアナの目には水鳥の羽ばたきのようにゆっくりに見えた。


 フミトの体は落下しながら反転し、頭から落ちていく。驚愕と焦りと勇気と誇りと、様々な感情を瞳に宿しながらフミトは大鍋の底へと飲み込まれた。


 どぷん、と粘ついた音とともに焼けた雫が飛び散って地面を焼いた。


 目眩がした。サリアナは手を伸ばすことも出来ず、その場に膝をついて座り込んだ。

 主を失った『かめら』が、たった今まで彼の居た場所で横たわっていた。


「フミト!」

「いやあああっ!」


 カーロとティニが呼びかけるが無論返事はなかった。

 大猿の哄笑が聞こえた。


「ざまあねえな! クソッタレジジイが!」


 テツヤの嘲弄にも反論する気力も無かった。幾度となく同胞の死を看取ってきたはずなのに、あのどうしようもなく愚かでうつけ者で不思議なノーマが死んだという事実を受け入れられずにいた。


 遠くで悲鳴が上がった。

 サリアナは反射的に振り返った。そして、たった今味わったばかりの絶望にまだ底があったことを思い知らされた。


 逃げたはずのファーリの同胞たちがチェロクスたちに引き摺られるようにして捕まっていた。

 その後ろから白い衣を着たノーマが現れた。確か、ギンジと呼ばれた男だ。彼の両手は塞がっていた。右手でイ・ディドプスを引き摺り、左手を添えながらオリ・ペッカを担いでいた。偉大な神獣はいずれも血を流し、遠目から見ても死に瀕していた。


「ギンジさん!」

 テツヤが媚びた顔でへつらいながら近寄っていく。

「捕まえてくださったんですね、いや助かりましたよ」


 返事の代わりにギンジは右手を離し、オリ・ペッカの体を大地に放り投げた。

「だらしねえぞ」


 眼光鋭く睨み付けるとテツヤは恐縮しながら頭を何度も下げた。

 たった今逃げ出したはずのファーリの同胞も再び大鍋の側に座らされる。


「戻るのは明日のはずじゃあ……ミチタカさんは?」

 ギンジは首を振った。

「ミチタカの姿がない」

「どういうことですか?」

 テツヤが目を剥いた。


「そのまんまの意味だ。誰かと戦った痕はあったが、どこにいったかもわからねえ。こいつで呼びかけても返事がねえ」

 と、耳に付けた飾りを指さす。会話から察するに離れた相手と意思疎通ができる道具のようだ。魔術道具の一種だろうか。


「ファーリの残党でも追いかけているんですかね?」

「……あるいは、裏切り者でも出たか、だな」

「いやいや、あり得ないでしょう」

 テツヤは媚びるような笑いを向けた。


「ギンジさんを敵に回すような奴がウチにいるはずが」

「何人かやられている奴がいたが、人間業とは思えない力で頭を吹き飛ばされたり胸に穴を開けられていた。しかも素手で、だ」


「素手でって……漫画じゃないんですから」

「どのみち、戻って来ない以上、あいつに何かあったと考えた方がいい。念のため、西の集落は捨てて、ここの守りに回す。いいな」

「へい」とテツヤは妙に芝居がかった仕草で頭を下げた。


「それで、こいつらはどうします?」

 テツヤの問いにギンジは詰まらなそうにファーリたちを一瞥する。


「また逃げられても面倒だ。さっさとやれ」

 まるで釣った魚でもさばくような物言いだった。事実、チェロクスにとってはそうなのだろう。【総督】とやらを蘇らせるための贄でしかないのだ。


「貴様ら!」

 立ち上がろうとしたサリアナの上から三人のチェロクスにのし掛かられる。

 テツヤが恐れおののくファーリたちを指さしながら右に左にと移動させる。


「どれから行きます?」

「入っちまえば全部一緒だ」


「鍋みてえですね」

「鍋ならダシの取れる奴からだな」

 そこでギンジが視界の端に捉えたのは、幼い兄妹だった。


「そこのチビ共からでいいだろ。歳の順だ」

 サリアナは血の気が引くのを感じた。


「やめろ! 貴様、殺されたいか」

 サリアナの怒声を嘲笑うかのようにテツヤはカーロとティニの腕を掴み、引っ張り上げる。

「やめろ、ティニを離せ!」

「お兄ちゃん! イヤだよ、怖いよ!」


 ティニは泣き喚き、カーロは懸命に足をばたつかせながらテツヤを蹴り上げる。

「離せ! 貴様ら」


 無駄な抵抗と知りつつもサリアナはあがかずにはいられなかった。地を蹴り、腕を伸ばし、救い出したいのに己の体は三体のチェロクスにのし掛かられ、一歩たりとも動けなかった。頭すら上から掌に地面に押しつけられ、首を振ることすら出来ない。稜線に沈んでいく夕陽のように諦念に塗り替えられていくのを感じていた。


 これがこの世の現実か。弱い者は蹂躙され、踏みつぶされ、支配される。弱肉強食という絶対的な掟。善も悪も問わず暴力によってあの風変わりなノーマは死に、今もまた罪もない兄妹が命を奪われようとしている。


「じゃあな、生まれ変わったら『鑑定』か『成長チート』のスキルでももらうんだな」


 テツヤの理解不能な言葉とともにカーロとティニの体は宙へ投げ出された。兄妹は闇夜に涙を置き去りにしながら鉄すら溶かす大鍋へと落下していく。


 サリアナは叫んだつもりだったが、喉は悔恨と絶望に引き潰れ、自分の声すら聞こえなかった。

 その時だった。

 大鍋の上を突風が駆け抜けた。嵐のような大風は木々を揺らし、枝葉をこすらせる音を奏でた。


「チュチュ!」

 凄まじい勢いに真っ逆さまに落ちていたカーロとティニの体が押し戻され、地に伏せていたオリ・ペッカの上に落ちた。


 カーロとティニは何事か、と助かったという安堵の言葉もなく目を瞬かせている。ファーリの同胞たちもテツヤもギンジもほかのチェロクスたちも誰もが言葉を奪われていた。身動きすら憚られるような静寂を轟音が打ち破った。


 頭の拘束が弱まった隙に、サリアナは音のした方に顔を向ける。

 絶叫が響いた。


 サリアナたちのいる場所とは反対側、大鍋の横から穴が空いて、溶岩のような粘液が流れ出していた。熊のチェロクスがまともに粘液を浴びて、黒い毛皮に火が付いていた。泣き喚きながら地面を転げ回っている。


 大鍋からはあふれ出す音が続いている。続いて大鍋の横が一つ、また一つと吹き飛び、集落の地面に粘液を零している。


 一体何が起こっている? これは奇跡か。神のご加護か?

 あまりにも予想外の事態にサリアナが息を凝らしていると、更に驚愕すべき光景が飛び込んできた。


 大鍋の内側(・・)から手が天に向かって伸びていた。


「相変わらず何を言っているのか、さっぱりわからないんだが」


 声が聞こえた。もう二度と聞くことの叶わないと思った声だった。


 その声の持ち主は、白い湯気を発しながら縁に指を掛けると、掛け声とともに一気にその身を翻し、器用に縁の上に飛び乗った。


「お前たちがゲス野郎だと言うことはよくわかった」

 その男は顔に付いた埃を払い落としながら言った。


「ヘドが出るほどのな」


 サリアナの目から熱いものが流れた。唇を動かすが、強い感情に喉が締め付けられて声にならなかった。その代わりに心の中で何度もその名前を呼んだ。

 フミト。





「どういうことだ、どうしてお前生きているんだよ! なんで平気なんだよ!」

 テツヤが狼狽した様子でフミトを指さす。総毛立っていた。常識では考えられない事態に薄気味の悪さを感じているようだった。


 確かに、あの大鍋の中に落ちて生きているなどあり得ない。『耐火』の魔法を使ったにしては魔力の流れも感じなかった。そもそもフミトから魔法使いの素養たる魔力を感じたことは一度もない。

「ああ、これか」フミトは自身の服をつまみながら照れ臭そうに言った。


「こいつは知り合いに作って貰った特別品でな。その、宇宙服とかそんな感じの素材で出来ているらしくて、火にも耐えられる。お陰で素っ裸にならずに済んだ」


「そんな問題じゃねえよ!」

 答えになっていない。たとえ服が耐えられても生身の体は無事では済むまい。


「あと、勘違いしているようだからついでに教えてやる。俺は七十歳なのは本当だ。けど、別にこの世界に来たから若返ったわけじゃあない。元の世界から五十年、ずっとこの姿のまま(・・・・・・・・)だ」


 冗談を言っている様子はなかった。気負いもなく、事実を淡々と語っているように見えた。何よりフミトがウソを付く理由がなかった。


「フカシこくなよ、ボケジジイ! そんなわけ……」

「それともう一つ、ミチタカ君なら来ないぞ」

 抗議を遮りながらフミトは続けた。


俺がやっつけた(・・・・・・・)からな」


 その場にいた全員の顔が驚愕に染まった。


「ああ、それと、向こうの集落に捕まっていた人たちも助けた。今頃族長たちのところに向かっているはずだ」

 後半部はサリアナに向かって話しかける。

「バカ抜かせ、ミチタカさんがテメエなんかに……」


 フミトは返事の代わりにズボンの衣嚢(ポケット)に手を入れると、テツヤに向けて放り投げた。

 巨大な鳥のクチバシだ。

「まさか、これはミチタカさんの……」


 サリアナはミチタカなるチェロクスに出会ってはいないが、察するに鳥類のチェロクスらしい。

「ありえねえ……そんなわけねえ……」


 テツヤが後ずさる。目の前の男にいよいよ恐怖を感じ始めたらしい。

「一体どんなスキルを使ったんだよ! 『再生』か? 『不老不死』か? 何者だよテメエ!」


「決まっている」

 フミトは決然と、揺るぎない意志を込めた様子で言った。


「お前たちの敵で」そして、チェロクスに憤怒の炎を燃やし、

「この人たちの味方だ」ファーリに慈悲と労りのこもった視線を送る。


「お前の転生とやらは見せてもらった。今度は俺の番だ」


 大鍋の縁の上に立ちながらフミトは奇妙な構えを取った。両腕を水平に構える。右腕を伸ばし、左腕を折り曲げている。


「俺の『転生』を見せてやる」


 ゆっくりと両腕を上から弧を描くように動かしていく。その動きは悠然としながらも力強さがあった。神に捧げる舞踊にも、戦いを想定して拳を振われる、武人の演武にも見えた。


 フミトは半円を描くと同時に、両腕をこすり合わせるように胸の前で交錯させ、叫んだ。


「『装神』!」


 その声とともにフミトの全身がまばゆい光に包まれた。

 幾万幾億もの光の粒が蛍火のように渦巻きながら固まり、密度を増していく。


 やがて発光が収まり、サリアナが目を開けると、そこには金色の鎧を纏った騎士が立っていた。

 装飾の少ない腕や足、胴体にも継ぎ目もなく、わずかに覗く関節部も見た事も無い黒い皮に覆われている。唯一、たてがみに覆われたかのような兜は伝説の(・・・)獅子を象っている。


「あれは……」

「まさか」

 テツヤだけでなく、ギンジですら驚嘆の響きを隠していなかった。


「『アークセイバー・レグルス』、見参!」


 金色の騎士が発したのは、紛れもなくフミトの声だった。

お読みいただきありがとうございました。


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次回は今日の夕方6時頃に更新します。

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