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戦場カメラマンの異世界転生記  作者: 戸部家 尊


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選 択

 狼の覆面を被っていたのはノトラニといった。カーロたちとも別の集落から連れて来られたらしい。チェロクスに捕まり、家族を人質にされ、同胞と戦うよう強要されていたのだという。


 狼の仮面を付けられ、意思疎通も出来ないように口をふさがれて。食事も水や粥を狼の口から流し込まれていた。


 ノトラニだけではない。やはり昨日の襲撃自体、ファーリを誘い込むための罠だったらしい。倒したチェロクスの大半が、覆面を被せられたファーリの同胞たちだった。


 ファーリたちは卑劣な罠を仕掛けたチェロクスたちへの憎しみを更に募らせる。同時に、まんまと罠に嵌められて同族を殺しをさせられたという事実は彼らの戦意を削いでいた。


 ノトラニの口をふさいでいた布は既に外してあるが、ずっと口が半開き状態だったためか、うまく口が開かないらしい。喋れる状態ではなかった。そのため意思疎通は全て筆談で行われた。文人も同席を許された。


 神獣は逃げ出し、集落は侵略されてしまった。大勢が殺された。集落にはまだ大勢の仲間が捕まり、ある者は兵士としてある者は奴隷として酷使されている。頼む、私の家族を助けてくれ。


 乱れた筆記で涙ながらに懇願するノトラニを、集落の皆は哀れみと困惑の目で見ていた。

 文人が外に出ると、カーロが不安そうな顔で待っていた。


「あの人は?」

「命に別条はないよ」


 とはいうものの口にしたほど、楽観的ではなかった。命にかかわるケガではないが、足をひどく損傷していた。おそらく杖なしでは二度と歩けないだろう。そう思うと暗澹たる気持ちになる。この世界には回復魔法というものがあるらしいが、あくまで回復力を促進するものであり、ちぎれた手足をつないだり死者をよみがえらせるほど万能ではないらしい。


 命が助かっただけでも儲けもの、という考え方もあるが、本人にしてみればそう簡単に割り切れるものではない。文人には痛いほどよくわかる。


「ノトラニの集落を助けに行くの?」

「多分な」


 返事をしながらそれは難しいだろう思った。カーロとティニの集落も助けられないのだ。ノトラニの方も同じだろう。


「あのね、フミト」

 カーロが袖を引っ張る。

「僕に出来ることは無いかな。その、わかっているんだ」


 遠慮がちではあるが、少年の目には決意のこもった光を宿していた。

「この前、ティニが迷子になって、その、フミトにも迷惑掛けちゃって、ノトラニ様があの獅子のチェロクスに角を折られたのも。だから、あの」


 文人はしゃがむとカーロの頭を撫でた。

「君が心配することじゃない。きっと何とかなるよ」


「でも」

「君が守るべきはティニだ。そうだろ?」


「そして集落を守るのは私だ」

 振り返るとサリアナが背後に来ていた。


「ついてこい」彼女は真剣な面持ちで言った。「族長が話があるそうだ」


 族長の家に来た。サリアナは文人を中に入れると、外に出て扉を閉めた。立ち去る足音がしないので、扉の外で見張りをしているようだ。


「俺に何かご用ですか?」

 族長は文人をじろと見ると言った。

「のお、ぬしゃあ、わしの顔をどう思う?」

「美人だと思いますよ」


 ファーリの中での美醜はよくわからないが、文人の感覚からすれば美少女と言っていいだろう。

「分かってて言っておるじゃろ」

 くくく、と喉を鳴らして笑った。


「わしが言いたいのは、この肌の色よ」

「やはり、珍しいのですか」


 この世界では普通なのかと思っていたが、緑色の肌をしているのは知る限り族長だけだ。

「まあの」族長は冷やかすように笑った。「じゃけえ、この村が狙われとる理由でもあるんじゃ」

「どういうことですか?」


「この村の神聖樹は見たの」

 質問には答えず、族長は別の話題を振った。


「立派な樹ですね。大昔からあるんでしょう? 樹齢何千年ってところですか」

「あれは、わしのおふくろさまじゃ」

 一瞬、言葉の意味を理解しかねた。


「言うておくがもののたとえではないぞ。ワシはの、木の股から生まれてきたんじゃ」

 そう言いながら族長は自分の頬を撫でた。

「この肌はの……ファーリの長『ロードファーリ』の証なんじゃ」


 ファーリは人間ノーマ同様、雌雄交配によって繁殖する。だが、元々ファーリの始祖は神聖樹から生まれたという。

 世界創世の折、神の世界よりこの大地に一本の樹が植えられた。それは『原初の神聖樹(ファースト・ツリー)』と呼ばれた。この世界の神聖樹はすべてその樹の種から芽生えた。


 神聖樹は千年に一度、実を付ける。実は大きくなるとやがて人の形を取る。神聖樹の果実から生まれたファーリはロードファーリと呼ばれ、通常のファーリよりも高い魔力と不死にも近い寿命を持つ。

 話を聞きながら文人は違和感を感じていた。確かに驚くべき話だ。しかし、何故その話を今になって語るのかが読めなかった。


「ワシの兄弟姉妹は大きくなると母親である神聖樹から離れて、散り散りになった。そして新たに集落を作った。ロードファーリは死ぬと大地に帰り、その亡骸から新たな神聖樹の芽が出る。よその集落で折られた神聖樹はだいたいワシの兄弟たちよ」


「……」

「ワシは末っ子じゃけえ。母様のもとに残ったのもワシ一人だけじゃ。ご覧の通り未だにおむつの取れぬ青二才じゃからの」


 族長は笑った。文人にも笑ってほしかったようだが、あいにくそこまで気の利いた男ではなかった。族長は説明を続ける。

 ロードファーリ同士が子をなしても力は引き継がれず、普通のファーリになる。


「言うなれば、ロードファーリは神聖樹の種じゃ。連中が欲しがっても不思議ではない」

「なるほど」文人はうなずいた。「だいたい理解できました」

「わかってくれたか」


 ここまで話されれば察しの悪い文人の頭でも理解できた。

「アンタ、死ぬつもりなんだな」


 族長はチェロクスの狙いを自分だと悟った。そこで自分の身を引き換えに集落を守るつもりなのだ。

「理解が早くて助かる」


 敬語を忘れた文人を咎めるでもなく、族長は窓の外を見た。

「この集落の連中はワシの子や孫、ひ孫に玄孫たちじゃ。これ以上先立たれるのは耐えられん。ワシは奴らに人質交換を持ちかけるつもりでおる」


「だからと言って俺に何ができる、いや、何をさせるつもりだ?」

「取引をせぬか」

 族長はぴんと指を立てる。


「ワシがこの村から出るのを手引きしてほしいんじゃ。この話をすればみんなに反対されるからの」

 当たり前だ。族長の言葉を借りるなら集落のファーリにとって、族長は母や祖母に当たる。母や祖母を人質に差し出そうとするなど、反対するに決まっている。


「戦国武将じゃあるまいし」

「ん?」

「いや、こっちの話だ」

 通じない比喩に反応されても困る。


「取引と言ったな。見返りは何だ」

「ヌシはよその国から来たと言うとったそうじゃの。確かニッポンとかどうとか」


 別の世界から来たことは族長本人にも話してある。その時には特に反応もなかったので、てっきり戯言として聞き流されていたかと思っていたが、覚えていたらしい。


「ヌシゃ帰りたいんじゃろ?」

「ああ」

「そいつを手助けしてやってもいい」

「どうやって?」


「この森よりはるか東、世界の果てと呼ばれる場所に、ファーリの森がある。『原初の神聖樹(ファースト・ツリー)』もそこにある。ワシも詳しくは知らんが、『原初の神聖樹(ファースト・ツリー)』には異なる世界へと干渉する力があるらしい。大昔にはそこから神の世界へと旅立ったというが、そこからもっと別の世界への扉も開くことができるそうじゃ」


「ちょっと待ってくれ」文人は立ち上がった。

「つまり、『原初の神聖樹(ファースト・ツリー)』は異世界への扉だということか?」

「まあそうとも言えるかの。……驚いたか?」


「驚いたなんてもんじゃない」咳払いして座りなおす。

「話の途中で悪いが質問だ。そいつは有名な話なのか?」

「伝説はの」

 族長はうなずいた。


「じゃが、『原初の神聖樹(ファースト・ツリー)』を見た者は誰もおらん。正確な場所はワシ以外は誰も知らぬ。ノーマの間では、おとぎ話と考えている者もおるらしいの」


「ほかの神聖樹ではダメなのか?」

「わからん。少なくとも、ワシは聞いたことがないの」

「そうか」

 返事をしながら文人は考えていた。


 『原初の神聖樹(ファースト・ツリー)』は異世界への扉になりうる。敵にはおそらく自分と同じ異世界人がいる。しかも同じ日本人だ。だとしたら連中の目的はもしかして……。


「それで、どうかの。ヌシがやってくれるなら『原初の神聖樹(ファースト・ツリー)』への道を教えてやってもええ」

「確かに魅力的な提案だな」


 そこに行けば元の世界に戻れるかも知れない。

「けど、理解はしたが、納得はできないな」


 誰かを犠牲にするつもりはさらさらない。

「あなたは集落の長だ。あなたを失えば、集落はおしまいだ」


「なら、どうするつもりじゃ。神獣も力を失い、このままではいずれチェロクスに襲われる。救援の当てもないんじゃぞ」

「人間……ノーマを呼ぶというのは」

「無理じゃな」首を振った。


「連中こそワシらを捕まえて奴隷にしたがるような奴らじゃ。救援など、侵略のいい口実じゃ」

 皮肉っぽい笑みの中に、現実を見ていない愚か者、とむち打ちような響きを感じた。


「このままでは消耗していく一方じゃ。神聖樹がある以上、集落を捨てることもままならぬ。ジリ貧じゃ。壊滅的な打撃を受ける前ならまだ生き残る手立てはある」

「だからと言ってあなたを犠牲にして誰が喜ぶ」


「ならどうしろっちゅうんじゃ」

 族長が立ち上がった。


「みんな笑って幸せになりましたなんて、虫のええ話があるかい。ワシには責任っちゅうもんがあるんじゃ。他人事じゃから適当なきれいごとも言えるんじゃ。本気になって考えてたらそないなこと言えるかい」


 緑色の顔を上気させながら激昂している。ためこんだものが一気に暴発したのだろう。興奮気味にまくし立てられながらも文人は冷めた気持ちで聞いていた。


「俺は本気だ」落ち着いたのを待ってから文人は言った。「本気で考えている」

 文人は立ち上がった。

「さっきの話はなしだ。今のも聞かなかったことにするよ」


 返事はなかった。今はそっとしておいた方がいいだろう。

「それはそうと質問なんだが」文人は扉の前で顔だけ振り返った。「神獣というのは、どれでも結界を張れるものなのか」


「……神獣は神聖樹との契約でなるものじゃ。角が折れた獣は契約が切れた状態じゃけえ、結界は晴れん」

 返事をしてくれるかどうか不安だったが、涙声で答えてくれた。


「それがどうかしてのか?」

「聞いてみただけだ」

 文人は扉を閉めた。


 横を通り過ぎた時、サリアナがいぶかしげな眼で見ていたが何も言わなかった。

お読みいただきありがとうございました。


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