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迷 子

 身震いとともにカーロは目を覚ました。振り向くと窓の外はまだ夜だ。星の上がり具合から察するに、日が昇るにはまだ当分先だろう。


 集落のみんな、特に族長やサリアナは良くしてくれているけれど未だに慣れない。

 ほんの少し前まではお父さんとお母さんとティニと四人で何の不安もなく過ごしていたのに。どんなに嘆いてもあの幸せだった日は帰ってこない。


 壊したのは、僕だ。


 あの日、僕が結界の外で傷ついたノーマの旅人を見つけなければ。それを集落に知らせて連れて帰らなければ。

 今も故郷で平穏に暮らしていたはずなのに。


 まさかチェロクスが化けていたなんて。


 偉大なる神獣イ・ディドプス様は住処を追われ、結界は解かれた。そして集落はチェロクスの大群に襲われた。

 家は焼かれ、炎に包まれる。父さんと母さんは体を張って僕たちを逃がしてくれた。


 それからこの集落まで逃げてきたのはティニとカーロの二人だけだ。

 ほかの人たちは、みんな無事なのだろうか。父さんと母さんは。


 ぬぐってもぬぐいきれない不安に寝返りを打つ。寝ても覚めてもご飯を食べていても遊んでいても何をしても後悔が、胸の中を寄生虫のように這いずり回っている。いっそ胸をかきむしって全部外に出せたらどれだけ楽だろうか。


 衝動に駆られることも度々ある。それを食い止めているのは、ティニだ。自分がいなくなれば妹は独りぼっちになってしまう。


 せめて妹が独り立ちするまでは僕が守らなくちゃ。

 今のカーロは、その使命感と義務感で生きていた。

 不意に横の寝床を見て背筋が凍った。隣の寝床は空になっている。


「ティニ?」

 あわてて落ち葉の布団を手探りで探すが、妹の体はどこにもない。与えられた家の中を探し回るが、厠にもいない。


「もしかして」

 そういえば、神獣様とお会いした帰り道、ティニが人形をなくしたと言っていた。その場にいた全員で探したけれど見つからず、日が暮れたのでなんとかなだめすかして戻ってきた。あれは母さんからもらった人形だ。ティニが大切にしていたのは知っている。


 だから明日また探そうと言い聞かせたつもりだったけれど。

 きっと探しに行ったんだ。早く追いかけなきゃ。誰かに相談しようかと思った時、昨日の光景が頭をよぎった。


 神獣様の試験の時、ティニは平気そうにしていたのに自分は怖くて怖くて仕方なかった。大人たちもみんな自分を哀れむような小馬鹿にするような目で見ていた。サリアナですらそうだ。きっと臆病な僕を腹の中であざ笑っていたのだろう。そんな目で見なかったのは、ティニと、フミトとかいうあのノーマだけだ。


 あいつは一体何者なのだろうか。カーロもさほどノーマを知っているわけではないが、話に聞いたどのノーマとも違っている。ずるくて卑怯で、短い命であせくせしながら感情的で凶暴で欲望のままに奪い、お互いで殺し合う。愚かで恐ろしい奴らだ。あいつもティニのことは気に掛けていたから、頼めば協力してくれるだろうか。


 ダメだ。ノーマなんか信用できるものか。あいつだって一皮剥けばバケモノのような本性を現すかも知れないんだ。僕一人で十分だ。

 矢も楯もたまらずカーロは家を飛び出し、集落の奥にある神獣の森へと向かった。

 

 神獣の森へ入る入り口には見張りがいるのだが、今は誰もいなかった。チェロクスの襲撃に備えて外への警戒の人数を増やしたからだ。だからティニもすんなりと入れたのだろう。目を凝らすと、真新しい足跡が森の奥へと続いていた。子ウサギのように小さい。やっぱりか。ノーマと違い、ファーリは夜目が利く。これだけ星明かりがあれば十分だ。


 カーロは身を縮こまらせながら森の奥へと入った。ティニは今どこにいるのだろうか。夕方人形を探したときは神獣様のいたところや来た道を探したが、見つからなかった。この道を通ったのは昨日が初めてだし、森に入るまではティニも間違いなく持っていた。道沿いに見つからないとなると、もしかしたら野犬がくわえて森の奥まで持って行ってしまったのかも知れない。神聖樹の結界は、チェロクスやノーマ、恐ろしい魔獣の侵入を防いでくれるけれど、小さな動物までは及ばない。


「あれ?」

 ティニの足跡が途中で道を外れ、森の奥へと消えている。深い草むらが続くため、足跡を探すのは難しそうだ。カーロは嫌な予感がした。


 森の奥には神獣様だけではない。熊や狼のような猛獣や魔物も住んでいるのだ。その全てが神獣様の言うことを聞くわけではない。そもそも鹿を食べなければ熊や狼は飢えて死んでしまう。


 あ、もう何やっているんだよ。見つけたら思い切りどやしつけてやる。

 腹立たしさに髪の毛をかきむしった。


 その時だ。

「待て」


 声を掛けられた。心臓が跳ね上がった。まさか、後ろに誰かいるのか? そんな、全然気がつかなかった。とっさに駆け出そうとした瞬間、手首を掴まれた。得体の知れないものへの恐怖とおぞましさに総毛立つのを感じた。


「そっちへ行くと危ないぞ」

 背後の声は存外に優しかった。カーロははっと気づいた。子の声には聞き覚えがあった。


「子供の出歩く時間じゃないな」

 あのフミトというノーマだった。


「小便に行こうとしたら誰かが外に出てくる気配がしたんでね。見てみたら君が森の方へと向かうところだった」

 フミトはしゃがみこむと目線を合わせる。まっすぐな瞳だ。


「ティニの人形を探しに来たんだろう。優しいお兄ちゃんだな」

 頭を撫でてくる。カーロは鬱陶しくなって腕を払った。子供扱いするなよ。お前よりは長生きしているんだ。


「だが、今日はもう遅い。もう少し明るくなってから」

「違うんだ」


 カーロは首を振った。フミトはカーロが一人で来たと思っている。

「ティニが、ティニがいないんだ」


 泣くつもりなんてなかったのに泣いてしまった。カーロは悔しかった。フミトなんかの前で泣くなんて赤っ恥もいいとこだ。


 フミトの顔色が変わった。夜の森が危険なのは、ノーマにも常識のはずだ。

 怒られるかと思ったが、フミトはゆっくりとカーロの肩を抱いた。


「ティニを探そう」

お読みいただきありがとうございました。


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