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神 獣

 数分後、文人たちの目の前には大きな岩壁がそびえていた。岩壁の前には広場になっている。小さな公園ほどの広さには草木も生えておらず、むき出しの土には獣の足跡がいくつも刻まれていた。

「あそこだ」


 サリアナの指さす方を見ると、岩壁の端に半円状の穴が空いていた。高さは子供が通れるくらいだろう。目を凝らすと地面にも穴が空いており、半地下のようになっているようだった。


「あそこに神獣が?」

「そうだ」


 見るとリズロがカーロとティニの後ろに回り、促すように肩を抱いた。カーロは青い顔をしていた。足を震わせながら、洞窟へと近づいていく。ティニも若干怖がりながら兄の後ろについていく。

「凶暴なのか?」

「危険はない」


 文人が小声で聞くと、サリアナは二人の背中を目で追いながら言った。

「神獣は害意のない者をむやみと襲うようなマネはしない」

「そういう風には見えないんだが」


 カーロはすり足で一歩、一歩と、見ている方がもどかしくなるほど歩みが遅い。

「危険はないが、あの子たちには教えていない」

「それを含めてのお目見え、ということか?」

「そういうことだ」


 兄妹が洞窟まであと十歩と近づいた時だった。

 洞窟の中で何かが動く気配がした。半地下になった地面から巨大な爪が現れる。


 カーロが悲鳴を上げて尻餅をついた。ティニも兄の背中にしがみつく。その上にのし掛かるように黒く大きな巨体が、のっそりと這い出てきた。


 背丈は文人の倍近くはあるだろう。全身を黒い毛で覆い、丸太のように太い四本足に刃物のように突き出た白い爪。額からは白い角が生えている。そして鼻から口に掛けて顔から極端に突き出ていた。


 あえて地球と似ている動物で表現するなら角の生えたアリクイだが、口はワニのように上下に広がり、体つきはヒグマのようでもあった。


「あれが神獣なのか?」

「ベスキオという」

 サリアナは言った。


「神聖樹を守護する強き獣だ。貴様などひとたまりもないぞ」

「だろうな」


 ベスキオは黒々とした小さな眼でカーロとティニを見る。のしのしと足音を立てながら二人に近づくと鼻先を近づける。匂いを嗅いでいるのかつま先からてっぺんまでしきりに鼻先を動かしている。

 カーロはすっかり怯えて凍りづけになったかのように微動だにしない。少しでも動けば食べられてしまうと思い込んでいるようだ。


 ティニはくすぐったそうに笑っている。

 唐突にベスキオは口を開けた。反り返った牙の並ぶあごからよだれを垂らし、ティニの腕をかみついた。


「ティニ!」

 反射的に駆け寄ろうとした文人の腕をサリアナが捕まえる。

「落ち着け」

「しかし」

「あれでいい。ティニは合格だ」


 ベスキオがゆっくりと口を開ける。巨大な口でかみつかれたはずのティニの腕はちぎれるどころか傷一つついていなかった。ティニ自身、不思議そうにかみつかれた右手の甲を見つめている。

 日の光にかざした手の甲がほんの一瞬、幾何学的な紋様で輝いた。


「あれは聖痕だ」

 サリアナが文人の横に並びながら説明する。


「ベスキオに認められた証だ。ベスキオは神聖樹の守護獣。ベスキオに認められた者が村に住まう権利を得ると言うことだ」


 続いてカーロも左手の甲をかまれた。こちらは飛び上がって大声を上げていたが、やはり血は一滴も流れてはいなかった。

 どうやらこれで儀式は終了らしい。


 カーロもティニもぽかんとしていたが、戻って来て来いというリズロの声に小走りで向かっていった。

「一時はどうなるかと思って冷や冷やしたが、無事に済んでよかった」

「何を言っている」


 胸をなで下ろす文人にサリアナが呆れたような視線を送る。

「次は貴様の番だ」

 文人は呆気にとられた。


「俺も村の住人として認めるってことか?」

「バカか貴様は」

 剣の柄でつつかれる。今日はこれで何度目だろうか。


「貴様の場合は、裁定・・だ。ベスキオが邪悪な者かそうでないかを区別する。ファーリの集落に伝わるにおける審判法だ」

「法律はないのか?」


「もちろんあるに決まっている。だが、どうしても判別の着かない出来事もある。そういう時は守護獣にゆだねる。守護獣に認められればその者は罪を許される」

 なにやら大昔の盟神探湯くかたちのようだ。


「ちなみに許されない時はどうなるんだ?」

「神獣の腹の中だ」

 処刑役まで買って出てくれるとは、至れり尽くせりだ。


 ベスキオはぐるる、と喉を鳴らしながら文人に目を光らせる。細長く赤い瞳は瞬きするごとに明滅を繰り返し、警告灯のように不安をあおり立てる。


「さっさと行け」

 サリアナに背中を突き飛ばされる。

「まるでさっさと食われてしまえって感じだな」


「そんなことはないぞ」文人の皮肉に、サリアナはにやりと笑った。

「お前ならベスキオにも選ばれると信じている」


 どうだか、と思いながら文人はベスキオに歩み寄る。ここまで来たら逃げるという選択肢はなかった。カーロやティニもどうなるのかと不安そうに見つめている。


「お手柔らかに頼むよ」

 側まで近づくと黒い巨体を見上げる。なるほど、間近で見ると大きい。まるでヒグマだ。しかもヒグマよりも手足も太く、爪は長く鋭い。何より文人もヒグマと戦った経験は無い。


「俺を食べてもうまくないと思うぞ。その……多分、腹を壊す」

 文人の忠告に動じた様子もなく、ベスキオは顔を近づけてきた。巨大な顎で頭を囓られれば、何の人間なら首ごと持って行かれるだろう。


 文人は深呼吸すると、ベスキオと目を合わせる。

 刀傷のような目が瞬く。赤い瞳に向かって文人は微笑みかける。


 ベスキオが動いた。ティニやカーロの時のように鼻をひくつかせ、文人の顔や体に近づける。口が開いた。細い舌を伸ばすとぺろりと頬をなめた。


「信じられない」リズロがぼそりとつぶやいた。

「何がどうなっているんだ」

「守護獣に初対面でここまで慕われるなんて」


 戦士たちが口々に感嘆の言葉を口にする。

 どうやら親愛のサインらしい。それはいいのだが、ベスキオはぺろぺろとなめるのをやめようとしない。


「おいよせ、そんなところなめても何も出てきやしないぞ」

 文人の抗議にも構わず、ベスキオは文人の顔をなめ回す。


「どうだ、私の言った通りだろう」

 サリアナは得意げに言った。

「わかったから早くこいつを止めてくれ」

 助けを呼ぶ文人の声が森の中に響き渡った。


お読みいただきありがとうございました。


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