儀 式
翌朝、文人はサリアナに連れられて族長の家の前に来た。
家の前にはリズロたち村の戦士が四人、そしてカーロとティニの姿もあった。
ティニが文人を見て駆け寄ろうとするが、カーロがその手をつかむと、ダメと言いたげに首を振った。ティニが残念そうに指をくわえる。
「そいつまで連れて行くのか?」
リズロは文人をにらみながらサリアナに尋ねる。文人に出し抜かれ、族長の前まで行かれたのが悔しいのだろう。
「族長の指示だ」
サリアナはきっぱりと言った。
リズロは無言で唇をわずかにかみしめると、出発だとぶっきらぼうに告げて背を向けた。残りの戦士たちもそれに続き、カーロがティニの手を引きながら後を追いかける。
「お前も行くんだ」
サリアナに背を押され、言われるまま文人も歩き出す。サリアナはぴったりと背後にくっつくようにして付いてくる。
先頭のリズロは村長の家を通り過ぎて、村の奥へと向かっていた。村の奥は傾斜も傾きわずかに丘になっていた。人の住まう家もなく、背の高い木々が獣でも歩くのに難儀しそうなほど密集している。その間を分断するようにして一本道が曲がりくねりながら通っている。
登るにつれて傾斜もきつくなってきた。だがリズロたちはもちろん、カーロやティニにも疲れた様子はない。さすがに森の生まれといったところか、と文人は感心する。
「あの子たちをどこへ連れて行くんだ?」
わずかに顔を向けながらサリアナに質問する。
リズロは「そいつまで」と言った。つまり、本命はカーロとティニであり、文人はおまけ、もしくは余計な厄介者といったところだろう。森の奥に何があるのか、森の奥で何をさせるつもりなのか。
まさか、生け贄とか怪しい儀式に利用するつもりじゃないだろうな。
場合によっては体を張ってでも止めるつもりではある。
「あの二人には正式に村の者として迎え入れることが決まった」
サリアナの声は重かった。
正式に、ということは今まではお客様、もしくは難民扱いだったということだ。
あの子たちにとっては喜ばしいことなのかも知れないが、サリアナが喜んでいないのは声から明らかだった。無論、カーロやティニを毛嫌いしているわけではないだろう。文人にはその理由がなんとなく見当が付いていた。
「ティニたちの集落の救援はあきらめる、ということか?」
正式な一員にする、とはつまり一時的に避難している子供を返すつもりがない、ということでもある。
「皆殺しだそうだ」
文人は胸をつかれた。
「偵察役の報告では、集落は焼き払われ、神聖樹も切り落とされていたそうだ。村の者らしき死骸が、村はずれに山と積まれていたという。あの子らの両親がいたかは確認できなかったそうだが、おそらくは」
文人にはその光景が容易に想像できた。かつて彼自身が見てきたものでもある。
「やつら広場に巨大な大鍋だか大釜だかを作っていた。そこにが亡骸を放り込んでいた。溶岩のような高熱の粘液の中にだ。あれでは骨も残るまい」
「あの子たちにその話は?」
「まだだ」サリアナは首を振った。
「だが、ティニはともかくカーロは薄々は感づいているようだ。村の一員として迎えられることの意味をな。この件は折を見て族長がきちんと話されるそうだ。だからお前も余計な口を叩くなよ」
ああ、と文人はうなずいた。両親を失った子供がこの世界にまた増えたかと思うと、嫌になる。まったく、別の惑星か異世界か知らないが、世界が理不尽なのは、どこも同じか。
「チェロクスとやらは何故、ファーリをそこまで憎む? 一体何が原因で戦っているんだ?」
文人は昨日の質問を繰り返した。宗教、民族間の対立、資源の奪い合い、どちらが正義かはともかく戦いには理由があるはずだ。
数瞬の沈黙の後、サリアナは苦しいものをはき出すように言った。
「わからない」
「まさか、そんな」
理由もわからず戦っているというのか?
「正確に言えば、わからなくなった、というべきだな」
「どういうことだ?」
「最初は神聖樹かと思っていた。神聖樹は村の守り神、神聖樹があれば森は富み、恵みを約束される。なればこそ、ファーリを追い出し、自分たちがそこに住もうとしているのだと思っていた。だが、連中は」
「神聖樹を自分たちで切り倒した」
金の卵を産む雌鶏を自らの手で絞め殺した。それでは本末転倒ではないか。
なるほど、サリアナたちが困惑するもの無理はない。
いや待てよ、と文人は頭の中でひらめいたものを口にする。
「本当に神聖樹を切り倒したのは、チェロクスなのか?」
「どういうことだ?」
「いや、偵察役が見たのは切り倒された神聖樹だろう。つまり切り倒した場面を見たわけじゃない。だとしたら、向こうの集落の人たちが自分で切り倒したという可能性もあるんじゃないかと思ってな」
敵にくれてやるくらいならいっそ自分たちの手で始末した方がいい。敗北を悟った為政者が町や畑に火を付けて撤退することは歴史上、枚挙にいとまがない。
「それはない」サリアナは断言した。
「私たちは森の子、神聖樹は神であり母だ。母を殺す子などいるものか」
いるんだよ、と言いかけて文人は口をつぐんだ。子殺し、親殺し。平和な日本でも嫌になるほど見られる。文人自身、そういう事例を見てきた。反論しなかったのは、サリアナを言い負かすことが目的ではないし、ここで議論しても結論の出る話ではない。何よりこの世界の住人に自分たちの非常識を押しつけるのは違う気がした。重くなった空気を振り払うべく、文人は話題を変えることにした。
「それより、あの子たちは何しに神獣に会いに行くんだ?」
「許可をいただくのだ」
「許可?」
「昨日も言ったが、神獣は神聖樹を守護する獣で、あの子たちはまだ正式に村の者ではない。神獣に許された村の者でなければ、自由に結界の出入りはできない」
「しかし、ティニはキノコ狩りに村の外に出ていたが」
「あれは私が同行したからだ。なのに目を離した隙に勝手にいなくなって、気づいたらこんなケダモノが側に付いていた」
つん、と脇腹を剣の柄でつつかれる。
「村の正式な一員となる以上、あの子たちにも村で働いてもらわねばならない。そうなれば村の出入りも今までのようでは困るからな」
「頼みがある」
文人は足を止めてサリアナに向き直った。彼女はのけぞる。急に振り返ったので脅かせてしまったようだ。
「あの子たちの支えになってやってくれ」
親がいなくても子は育つ、というが本当に子供だけで生きられるわけではない。やはり家族や隣人の支えは重要だ。
「おかしな奴だな、貴様は」
サリアナは毒気を抜かれたような顔をすると、つま先で文人のすねを蹴った。
「言われるまでもない」
「ありがとう」
文人は頭を下げた。
「早く来い」
遠くからリズロの声がした。気がつけば数十メートルは離れていた。
「急ぐぞ」
文人たちは早足で後を追いかけた。
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