写 真
「ねえねえ」
不意にファーリの男の子に袖を引っ張られる。
「また、あれやって。『シャシン』」
すると、ほかの子供たちも僕も私もと寄ってくる。
「ああ、いいぞ」
文人は上着の内ポケットからデジカメを取り出した。牢屋から出された後、荷物も返却された。カメラやスマートフォンについても族長立ち会いの下、用途について説明してある。細かい原理を説明しても理解されなかったので、とりあえず本物そっくりの絵を描く道具、と言っておいた。
「それじゃあ、撮るから。もっと真ん中に寄って」
カメラのファインダーを覗き込みながら手で子供たちに指示を送る。
六人の子供たちが抱き合うようにして集まる。期待に満ちた目で文人の持つデジカメを見ている。
「お前も入らないか?」
レンズをサリアナに向けながら聞いた。
「いらん」サリアナは頬を赤らめながらデジカメを強引に下げさせる。
「貴様の妖術はこりごりだ」
説明の際に実演してみせたのだが、自分の姿を見て腰を抜かしたのがよほど恥ずかしかったのだろう。
「妖術じゃない。こいつは立派な科学だ」
「カガクだろうと妖術だろうと、得体の知れない道具に写されるなどゴメンだ。魂でも抜く気か?」
明治時代の迷信みたいだなと、文人は呆れながら子供たちにレンズを向ける。
「はい、チーズ」
「なんだそれは?」サリアナが怪訝な顔をする。
「俺の国で写真を撮る時の合図みたいなものだ」
チーズと発音すれば口が横に引っ張られ、自然と笑顔になる。
「チーズ!」
子供たちの顔を確認して、シャッターを切った。
「ほら、ちゃんと撮れているぞ」
「すごーい」
「本物そっくり」
ファーリの子供たちがデジカメの画像を見て目を輝かせる。
「こんなのもあるぞ」
画面をスライドさせる。昨日撮影した別の子供たちの画像や、集落の風景に切り替わる。
「ほかにはないの? フミトは外から来たんでしょう」
「それなら」と画像をスライドさせようとして指を止める。
「また今度見せてあげるよ」
ぽん、頭を撫でながら曖昧に返事しておいた。
これより前の写真は集落に来る前の、紛争地域を撮影したデータだ。破壊された建物や射殺された兵士など子供に見せたいものではない。データの整理をしておいた方がいいな、と今夜の予定を決める。
「それ、私にも使える?」テアが小首を傾げながら聞いてくる。
「簡単だよ」
テアの後ろに回りながら両腕でデジカメを持たせてあげる。レンズを向ければ自動的にピントを合わせてくれる。感度や光源とか細かい事を上げればキリがない。まずは慣れるのが先決だ。
「ここのレンズを見ながらここのボタンを押すだけだ。簡単だろう?」
「うん」
テアは元気よくうなずくと、ファインダーを覗きながらきょろきょろとせわしなくデジカメを動かす。被写体を何にするか迷っているのだろう。文人にも覚えがある。
テアはやがていたずらっぽく口の端を広げると、レンズをサリアナに向けた。
「おい、よせ」
サリアナはうろたえた様子で顔を手で覆った。それに構わずテアはシャッターを切る。
「ピンボケだね」
ピントがずれていたのだろう。デジカメの画像は、あわてふためくサリアナに白い霧をかけていた。
「シャッターを切るのが早すぎたんだね。動くものを撮る時は、上手くタイミングを合わせないとピントがずれるんだよ」
「もう、サリアナが動くからいけないんだよ」
「知るか、お前が勝手に撮るからだろう!」
サリアナが憤慨する。
「そう怒るな。あと、君も嫌がる人を勝手に撮ってはいけないよ」
「はーい」テアは素直に頷いた。
「あ、ずるい。俺もやる」
「わたしもー、『シャシン』撮りたい」
「あー、はいはい。順番ね。壊れやすい物だから落とさないようにね」
デジカメを渡してあげると、子供たちはあちこちにシャッターを切りながら走って行った。
あとにはサリアナと文人が残った。
不意に沈黙が流れる。
サリアナは不機嫌そうに押し黙ったままだ。
気まずさに耐えかね、辺りを見回しながら文人は気になっていたことを口にする。
「それにしても、見張りの数が少なすぎやしないか」
村の周囲を定期的に警戒に当たっているのは知っているが、それを割り引いても少なすぎた。戦闘向きの人間が少ない、というのもあるのだろうが、この集落では今現在チェロクスという脅威にさらされている。それを考えればもっと増員すべきではないだろうか。
「問題ない」サリアナは言った。「神獣の結界があるからな」
「神獣?」
そこでサリアナは後ろを振り返る。視線の先には巨大な樹木がそびえている。
「この神聖樹の守り神だ」
「ここの、じゃないのか?」
「神獣は神聖樹の守り神だ」
神聖樹があり、神獣はそれを守っている。ファーリはその近くに集落を作る。神獣は悪しき者を遠ざける結界を張る。チェロクスをはじめ邪悪な魔物は近寄れない。
なるほど、と文人は合点がいった。神聖樹のあるところに彼らは集落を作るのだ。
「結界を通れるのは、神獣が出入りを許した者だけだ」
「俺の時もか?」
「集落以外の者を入れる時はお伺いを立てるのだ」
あの祈りか、と文人は思い返す。
「今にして思えば、あの偽者チェロクスがいたのも結界の範囲の外だった」
「厄介だな」
チェロクスは結界の存在と、そこを通る方法を知っている。だからこそ、力押しではなく、内側からトロイの木馬を仕掛けるような真似をしているのだろう。だとしたら今後も手を変え品を変えて集落への侵入を試みるに違いない。
「何故、そこまでしてチェロクスはこの集落を狙うんだ?」
「それは……」
サリアナが困ったように眉をひそめる。
「ねえ、フミト」
いつの間にか側に来ていたテアが、泣きそうな顔で文人を見上げていた。
「これ、チカチカしているの。どうしたの?」
見ればデジカメのバッテリーランプが点滅していた。
「ああ、バッテリー切れか」
思えば最後に充電したのは、こちらに来る二日前だ。予備だからと怠ってしまったのがアダになったようだ。
もちろん充電器は持って来ていない。
「腹ぺこになって動けなくなったんだよ。これはその合図」
「どうすれば撮れるようになる? ご飯持って来ようか?」
文人は微笑した。
「こいつのはファーリのご飯とは違うからね」テアの頭を撫でてあげる。
「大丈夫、そのうち治るさ」
適当に慰めると、ファーリの子供たちは次の遊びを求めて広場の向こう側へと走って行った。
再び、文人はサリアナと二人きりになる。
「ええと、何の話だっけかな」
気まずい空気が流れる前に強引に話の流れを戻す。
「神獣の話か」
「ああ、そうだっけかな」
結界を張る神獣には興味がある。もしかして言葉とかも話したりするのだろうか。
「どんな動物なんだろうな」
お稲荷様に麒麟、朱雀、玄武、青龍、白虎、文人の脳裏に様々な伝説の獣が浮かぶ。
サリアナはいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「ならば会いに行ってみるか?」
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