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休 息


 ファーリの集落に子供の足音が響いた。族長の住まいの近く、集落の広場で金切り声を上げながら、五、六人の子供たちてんでバラバラに逃げ惑っている。追いかけているのはノーマの男だ。子供からすれば倍近くはあるだろう。筋肉も引き締まり、屈強な体格をしている。捕まれば逃げるのは不可能だろう。両腕を伸ばし、子供の一人に狙いを定め、追いかけている。


 狙われているのは、テアという髪の長い女の子だ。上から下まですっぽりと被るような白地の衣服は、オロガハというファーリの伝統衣装だ。母親のピルヴィは集落では機織りの役を担っている。父親のサミは集落の戦士としてチェロクスとの戦いで命を落とした。父を亡くし、失意にあった女の子を捕まえようと男は容赦なく追いかけ回している。


 歩幅を考えれば追いつくのは容易いはずだか、男は大股でゆっくりと子供の背中にぴったりとくっついて離れない。いたぶっているのは傍目にも容易に想像が出来た。

 時折、指先を伸ばし、後ろ髪の触れるか触れないかのところでテアをつつく。感触にひっと、気味が悪そうに息を呑むとまた足を速める。


 そんなやり取りが数回続いたところで唐突に終わりを迎えた。テアは足をもつれさせ、広場の草むらに顔から倒れ込む。


 そこに男はテアの両脇に腕を伸ばし、抱え上げた。

「ほら、捕まえたぞ」

 テアが声を上げた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「何をしている、痴れ者」

 サリアナの呪文で喉元を締め付けられる。


 文人は悶絶した。

 振り返ると、サリアナがこめかみに青筋を浮かべながら仁王立ちで文人を見下ろしていた。

 

 どうやら子供たちと鬼ごっこをしていたのを勘違いしたらしい。

 ファーリの子供たちにも弁護してもらい、ようやく誤解を解くことができた。


「すまなかった」

 サリアナは素直に詫びた。

「まあ、信じてくれたならそれでいいよ」

 気にしないよう言いながら文人は首をなでさする。


 牢屋から出されたとはいえ、保険を掛けておきたいのだろう。尋問用の首輪は付けられたままだ。気持ちはわかるし、これがなければ意思疎通が出来ないので文人も嫌とは言わなかった。聞けば、この首輪はファーリに伝わる魔術道具の一つであり、作り方もファーリの一部しか知らないのだという。ならば尋問用ではなく、単純に翻訳用の魔術道具もありそうなものだが、サリアナは肯定も否定もしなかった。


「よくあることさ」

 現在の日本ならとっくに通報されていただろう。カメラマンの自分が捕まって新聞記事に顔写真が載るなど笑うに笑えない。


「子供が好きなんだな」

「まあな」


 可愛らしいとか純粋さもあるが、子供とはそれ自身が未来、言い換えれば希望と可能性のかたまりだからだ。既に人生の定まった自分とは違い、何にでもなれる。だからこそどんな国のどの時代であっても子供は幸せであるべきだというのが文人の信念である。だからどの国や地域に行ってもまず撮影するのは子供の写真だ。


 戦場や紛争地域を渡り歩けば目に入るのは、口にするのもおぞましい陰惨な光景ばかりだ。正義と大義の名の下に行われる大量虐殺、民族間での紛争、大国の代理戦争、武装勢力による暴行と略奪。ヘドが出る。


 その中でも子供たちの笑顔に、荒野に咲く一輪の花のように文人の心も救われてきた。

「貴様の子供はいないのか?」

「嫁さんもいない」


 カメラマンにはバツイチバツニなど珍しくないが、文人自身は七十年の人生で一度も結婚はしていない。もちろん、内縁の妻もだ。

「何故だ?」サリアナは心底不思議そうな顔をした。


「貴様ほどの腕ならば女など向こうから寄ってくるだろう」

 文人は苦笑した。


 強い者に富や権力や名声が集まるのは世の習いだが、こちらの世界でも同じようだ。

 ここで「自分の腕などたかが知れている」と言えばサリアナの誇りを傷つけてしまうだろう。すでに二度も放り投げているのだ。


「危険な仕事だからな。いつ命を落とすかもわからない。嫁さんを幸せに出来るような男じゃないんだ」

「だからこそ、子を生ませるのではないのか?」


 いつ死ぬかもわからないからこそ、子孫を残すのが優れた戦士の義務だとサリアナは言いたいのだろう。産めよ、増えよ、地に満ちよ。合理的な思考だ。

 文人は答えに窮した。


 文人とて人の子である。若い頃には思いを寄せた女性は何人かいたが、どれもうまくいかなかったり、海外を飛び回る間に自然と別れてしまった。


 収入が不安定だとか、命を落としかねないとか、特定の女性を幸せに出来るような男ではない、とかあれこれ理由を付けてきたが、結局のところ、全て言い訳なのだろう。結婚してうまくいく自信がなかったし、今もない。

「フミト?」


 黙ってしまった文人の顔をサリアナが怪訝そうに覗き込む。

「俺は戦士じゃなくってカメラマンだからな」


 結局それだけを絞り出すのが精一杯だった。

お読みいただきありがとうございました。


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