第8羽 人間班は大門です
この職場にも休憩時間はあります。
これは他の神界の1/3の天使達が人間種と自分達との待遇の違いに憤り、降格や解任を覚悟で決起し行った労働争議によって神々が憂いた結果に鑑みて、わたし達の神界の神様達が他神事では無く「これではマズい!!!」と、考え出した勤務体制の恩恵の一つです。
余談ですが、この労働争議の結果、その天使達は『堕天』と言う降格及び免職と言う厳しい処分を受けることとなったそうですが、噂によると、その後、その方々が集まって起業し、新たな『界』を創り、元の神界と壮絶なシェア争いになっているということだそうです。
と言う訳で只今絶賛休憩中で、サフィエル先輩、ミサリエルさん、トワエルさん、メルエルちゃん、そしてわたしとで休憩室でティータイムです。
なので、以前お食事会に行った際、参加できなかったトワエルさんに可愛く哀願されて、トワエルさんとミサリエルさんの為にと、お土産を用意していたので、そのお土産のアンブロシアのケーキワンホールを切り分けて皆で食べています。もちろん、今現在この場に居ないクラリエルさんの分も後から来るでしょうから、しっかりキープしてありますよ。
ちなみに、わたしはミルクティーを飲んでたりします。
それは置いておくとして、人間種と言えば……。
「サフィエル先輩、基本的な事で申し訳ないんですが質問しても良いですか?」
「私に答えられる事なら良いけど、何かしら?」
わたしは休憩中に皆さんでおしゃべりをしている時、ふと、前々から思っていた疑問を投げかけてみることにしました。
「自分でやってて今更何ですが、何故、人間という固有の種だけに班を創ったのでしょうか? 確かに、他の種に比べて信仰心が有ったり、意思疎通がしやすいのは分かるのですが、それだけなら、他の種と同じように、こちらで振り分けた方が速いのではないかなと思いますし、それならば、哺乳類班から分離して班を創り、個々に希望を聞いて、神様の定めた範囲内から『魂の形質』に会いそうなものを、わざわざ選定する必要は無いのではないかと思うのですが」
「ああ、それはね、現在のところ地球上で、神様や仏様や天使に最も近い『魂の形質』をしているものを、個別に見極め、次の段階に送り出す事を効率的に行う為なのよ。『魂の形質』が分かり難いのなら、『魂の形質』を『格』と言い換えても良いかしらね」
「それが、人間の魂だと言う事ですか? 効率的にって?」
「そう、魂についてだけど、初めは、ほんの小さな……そう言えば、日本には意味は置いておくとして、額面通り取るなら言い得て妙な言葉があったわね。確か……『虫』という言葉が付いたような……何だったかしら?」
「……『一寸の虫にも五分の魂』? ……意味は『どんな小さな物でも意地や生きる意味があるから侮ってはいけない』……だったと思う……」
「ああ、そうそうそれ、有難うね。トワエル」
「いろいろ詳しいですよね。トワエルさんって」
「……爬虫類……蟲から生きる糧を多く貰ってる……皆感謝してる……」
「えっと、そんな感じでどんな種にも魂が宿っていると言う事は分かっているわよね」
「ええ、それはもちろんです」
「その魂が精一杯生き、転生することを繰り返し、少しづつ大きく育っていく過程でいくつもの分岐が生まれてくるのも分かるわね」
「はい。数多くの種が連環していく上での分岐の話ですよね」
「そう。魂は転生を繰り返し、成長したり、退化をしたりしているのよ。その中の一つの『道』に、極希ですが『神』や『仏』や『天使』への『門』が開ける魂が有るのよ。もちろん、『魔』や『鬼』も一つの『門』として開ける『道』が存在しているけどね……」
「ここで間違えないでおいてほしい事は、変化できる資質が大きいと言うだけで、それが優劣を表している訳ではないと言う事だよ。進化や退化も、ただ単に変化を促す刺激の一つなんだ。だから、あくまで過程とか、選択しとか言ったものの一つだと考えておいて欲しいんだよ」
「ミサリエルの言うとおりね。で、『神様』や『仏様』や『天使』は、初めから『神様』や『仏様』や『天使』として存在しているのが殆どなんだけど、先程から話している通り極希に『神様』や『仏様』や『天使』の『門』が開け、更に極々希にその開けた『門』を潜って『道』に進んで、『神様』や『仏様』、そして、わたし達と同じ『天使』になる魂があるのよ」
「通常は、そういった魂が、それぞれの『界』に来た時に、神様が直々にとか、神様の御使いの天使や神獣が対応するんだよ。何と言っても、『界』が『正門』だからね」
「ああ、その話聞いたことがありますぅ。確か、双子の天使の方で人間種から天使になられた方々がいらっしゃった筈ですぅ」
「でね、一度人間種に転生すると、その後の転生において『魂の形質』の成長率が上がることは随分昔から分かっていたのよ」
「へぇ、そうだったんですか」
「では、ここで少し話を替えましょうか。パスティエル。例えば、来世イワトビペンギンに転生される予定の方が「ミジンコになりたい!」と情熱を込めて力説されてきたら、パスティエルならどうする?」
「えっ……神様が決められた本筋の変更は、わたし達の神界では、神様の承認が無ければ叶いません。なので、無理な事を説明して納得してもらいます。仮に実際に変更しようとすれば、……そうですね、起案して、神様の決済を取って……。結構、大変ですね」
「そうね。私達人間班を含めた転出入係の天使が神様から任されてできるのは、神様が決められた転生先の範囲において、できるだけ『希望』に合う種や『魂の形質』に合っていそうな主を見極めて選定していく事よね」
「どうやら、この『希望』や『魂の形質』に合っている種を選定する事によって、魂の成長を更に促せるとの見解が総務課統計係から上がってきていたね」
コップを手に持ったクラリエルさんが、ひょいとやって来て、サフィエル先輩の隣に腰かけました。
「あっ、お疲れ様ですクラリエルさん、今からですかぁ?」
「「お疲れさまです」……」
わたしはクラリエルさんの前にそっと取っておいたアンブロシアのケーキを差し出しました。
「お疲れ。ありがとう、パスティエル。いやぁ、列に並んでたアサガオ同士のつるが絡んじゃって、ちょっと手間取ってさぁ。おっと、少し話を逸らしちゃったね。ゴメンゴメン」
「じゃあ戻って、神様自らであれば、こういった変更も書類無しで即断即決が可能よね」
「そうですね」
「その本筋の変更の中に、生の途中でも『門』を出現させて、神界入りさせる事ができるというのも含んでいると言う事ね。ただ、『門』を開いても『魂の形質』が充分成長していないと、流石に『門』を潜らせることができないのよ」
「それじゃあ、もしかして」
「気付いたかしら。それは自らの意思で目指し、修行を積んだり、あるいは功績などを神様や仏様に認められたり、と様々なんだけど、何時でもそういった、開いた『門』を少しでも多くの魂が潜れるように成長させておく助力を行う目的で、人間という個別の種に対応する為の班として『人間班』が創られたのよ」
「そうだったんですね」
「簡単に行ってしまうと、ただ単に転生によって生命エネルギーを循環させているだけでなく、ボク達のチームに入る可能性のある魂が何時でも『門』を潜れるようにする為に鍛えておくと言う事なんだよ」
「……解釈……間違ってはなさそうだけど……何故……言い方が体育会系? ……」
「でも、ミサリエルさんのたとえ、とても分かり易いですぅ」
「ミサリエルさんらしいと言えば、ミサリエルさんらしいですね」
「えっ、そんなにボクらしいかなぁ? えっとね、昔話などで聞いたことがあるかもしれないけど、神様により神界入りしたと言う事案は、世界各地に結構存在しているんだよ。その中には、人間以外の動物や、植物の場合も数多くあるんだよ」
「先ほど、私が人間は、神様や天使に最も近い『魂の形質』をしていると言ったけど、あくまで近くの『門』を開ける候補が多いと言うだけで、他の動物や植物など、他の生物の中にでも特別な『魂の形質』を持つものはいるのよ」
「昔から物質界に居続けて、聖獣や神獣、御神木、池の主などと呼ばれているものが大体それに当たるね。それらは、神格を持ちながらも『門』を潜らず物質界に居続けている時があるんだ。理由は様々で、単にその場所が気に入ったからだとか、昔交わした約束を守り続けているとか……何かに押さえつけられたり、縛られたりして移動できないっていうのもあるか」
「だからね、ここで間違わないでもらいたいことは、人間から他の種に転生するのは罰だけではないと言う事なんだよ。実際、そういうルートを繰り返して成長していく場合も有るってことだよ」
サフィエル先輩の話を引継ぎクラリエルさん、ミサリエルさんが次々と補足してくれますが、何かとても良く連携が取れていますね。チームワークという感じで、憧れますね。トワエルさんは黙々とアンブロシアのケーキを食べていますが、うん、トワエルさんは何時もながらマイペースですね。
「実際、中には神様が決められた範囲で『希望』で自ら望んで人間以外の種になる場合も有るわよ。そう言った『魂の形質』を持つものが人間以外に転生して生きている間に『門』が開けたりするのが特別な例の一つね」
「これに対して人間は、信仰心や思想など、強い『気持』を持っているから、自らの意思で選択しようと行動して『門』を開こうとするんだ。その結果、天界や神界等と言ったところに加わったり召されたりして、実際、人間から天使になられた方もいるし、神様や仏様になられた方もいらっしゃるしね」
話終わってクラリエルさんがカップに唇を付けました。
「基本的には、前世の記憶や業は来世に持ち越す事は殆どできないけれど、『魂の形質』は持ち越されるから、本質的な部分は転生先の種にも反映される事になるのよ」
「最初にサフィエルさんが『魂の形質』を『格』と言い換えても良いと言ったけど、日本の言葉風に言うなら『格』は『核』って事だね。要するに、生まれ変わっても根っこの部分は変わらないって事だよ」
「修行などにより『門』が開けるにせよ、神様や仏様やその御使いに導かれるにせよ、その時点での種は関係無いのよ。ただ単にその時点で『魂の形質』が整いタイミングガ合ったと言うだけの事ね」
「そのタイミングってのが訪れやすいのが、人間に転生できるだけの『魂の形質』を有している事が多いって事だよ。そして、個々の合性にもよるけど、その後の転生先次第でその上昇率も変わるんだよ」
ミサリエルさんが話終わった後、隣に座っているトワエルさんの頬っぺたに付いているクリームをそっと拭って上げている姿が、何だかお姉ちゃんみたいです。
「じゃあ、わたし達がしている事は上昇率を上げる為のより良い選択になっているんですよね」
「勿論そうなんだけどね、人間は、意思を持った分、業も背負ったが故にか、神に似せて成長したが故にか、驕り高ぶる者、神に並ぼうとした者、あるいは、神を越えようとした者が出るのも事実ね」
「神様や仏様は、成長は歓迎してくれるけど、増長は寛容にはなってくれないからね。その辺、人間は勘違いしてるかも知れないかな」
「だから、そんな人間が、転生する前に別の種に変えられたり、何らかの裁きを受ける『罰』が下る昔話は、これも人間の間には数多く語られているんだよ」
またもチームワーク来ました!
「神様以上だと驕り、挙句、蜘蛛に変えられたり、集団で神様に肩を並べようと天にも届く高い塔を築こうとして、結果、神様の怒りを買って言語を分けられたりね」
クラリエルさんがケーキを食べながら更に補足してくれました。
「ああ、その話も聞いたことがありますぅ」
「……『魂の形質』……変化して……『門』……通れなくなる……やり直し……」
トワエルさん、食べ終わって一段落付いたんですね。
「と言う訳で、私達がしている事は一見すると分かりずらいけど、先を見据えての事なのよ。だからできれば、そうなることなく私達転生課の窓口に来て頂き、次の種へと転生して行ける様に願いたいわね」
「それなら、日本には『実るほど 頭を垂れる 稲穂かな』って言う、植物に学ぶ良い言葉があるよ。稲はね、実を付けると重くなって撓るんだ。それを人が頭を下げている様子に見立ててね、「実績を上げたり、実録を付けたりして権力や名声を得ても、増長せず、謙虚に生きなさい」って言う教訓なんだ」
「へえ、『実るほど 頭を垂れる 稲穂かな』ですか。素敵な言葉ですね」
「こんな感じで良かったかしら、パスティエル?」
「はい、サフィエル先輩有難うございました。皆さんも有難うございました」
「さぁ、そろそろ休憩は終わりね。皆、行きましょうか。クラリエルは、もう少し休んでて」
「「は~い」……」
<ケーキ、余ってない?>
「食べられるんですか?」