第5羽 最後の一つは大根です
「パスティエル、何をやってるの?」
クラリエルさんが、水晶盤に手をかざしているわたしの後ろから声を掛けて来ました。振り返って見ると、湯気の立ち昇っているカップを片手に立ってこちらを見ています。
その隣には、カップを二つ持ったメルエルちゃんが立っていて、片方のカップをわたしに渡してくれました。わたしはそのカップを受け取り、カップの温かさを両手で感じながらクラリエルさんに答えました。
「あ、クラリエルさんにメルエルちゃん。ありがとう、メルエルちゃん……ふう、温かくて美味しいです。えっとですね、時間があるときに日本の種について、いろいろ勉強をしておこうと思いまして、水晶盤を見ていたところなんですよ」
一見、人間班にいるのだから、人間の事だけ扱っているようにも感じられてしまいがちですが、人間から他の種に転生することも多いので、いちいち調べなくてもすぐに候補が浮かぶようにいろいろな種の事を知っておくことは大切なことです。
まぁ、これは他の班の応援で手続きに入ることもありますので、わたしだけに限った事ではなく、転出入係の方々なら皆やっていることなんですけどね。
「ふ~ん、エライねぇ。よし、それじゃあ良ければ、あたしが植物についての問題を出して上げようか?」
クラリエルさんがそんなことを言って来て、向かい側の席の椅子を引いて座りました。
「あっ、わたしも参加して良いですかぁ」
そう言うと、メルエルちゃんもわたしの隣に椅子を持ってきて腰かけました。
「で、具体的にはどんなことを勉強しているのかな?」
「今は丁度日本に生育している植物について勉強していたところなんですよ」
わたしはカップを横に置いて、丁度水晶盤に映っている『サクラ』と言う木の『ソメイヨシノ』と言う種の映像をクラリエルさんとメルエルちゃんに見せました。淡いピンク色の花を咲かせる美しい木です。
「ほうほう、桜ね。じゃあ、本当に丁度タイミングが良かった訳か」
「桜ってぇ、本当に綺麗ですよねぇ」
「確か日本の人達は、この木の下で花を眺めながらピクニックをする『オハナミ』が大好きなんだそうですよ」
わたしはさっき知った事をメルエルちゃんに得意げに話しました。
「わぁ、楽しそうですねぇ」
「日本支部の近くにも桜の見どころがあるから、今度機会があったら皆でお花見をやってみましょうか?」
「いいですねぇ。絶対『オハナミ』をやりましょうぅ!」
「まぁ、花が咲いてる期間を狙わないとならないから、タイミンぐを見計らってその時にね」
「そうですね。是非行きましょう。それではクラリエルさん、出題の方をよろしくお願いします」
「OK。ちょっと待っててね。……日本に生育している植物で……やっぱり、日本に関係した事が良いかな……」
クラリエルさんは、腕を組んで少し斜め上を向いて目を閉じて数秒考えてから、軽く頷いて目を開きました。何気ない仕草なのに綺麗さんがやると、とても様になりますね。ちょっと羨ましいです。
「じゃあ、『秋の七草』って知っているかな?」
「春の七草ではなく、秋の七草ですか? いきなり捻ってきましたね」
「ふふふ、まぁね」
クラリエルさんが悪戯っぽく微笑みました。こういう仕草も似合うんですよね。……あれですか? 綺麗さんは何やっても似合うってやつですか?
「いいですよ、受けて立ちましょう。秋の七草ですよね。……まずは、ハギ、オバナ……クズ、ナデシコ、オミナエシ……あとは、フジバカマ……最後の一つ、え~と、アサガオ!」
「正解。昔の日本の人が詠んだ歌が由来だけど、パスティエル良く勉強しているね」
「ありがとうございます」
「それじゃあ、この中の『尾花』は別名で何て言うか分かる?……まぁ、こっちの名前の方が人間種の間ではよく知られているかもしれないけどね。ヒントは、さっき『お花見』の話が出たから、今度は『お月見』っていうのが良いかな」
「え~とぉ、確か、『尾の様に見える花』で『尾花』でしたよねぇ。……尾っぽに見える……お月見……ススキでしたっけぇ?」
「おっ、メルエルやるね。当たり!」
「おお、メルエルちゃん、良く思い付いたね」
「エヘヘ、最初は鳥の尾を連想しちゃいましたけどねぇ。そしたら、何となくロムエルちゃんが思い浮かんでですねぇ」
「流石は鳥類班だね。ロムエルちゃん? ……ああ、広報課のポニーテールの新世紀採用の娘ね。なるほどなるほど。この『尾花』の『尾』は、四足動物の尾の事で、特に馬の尾に見立てているみたいね」
「クラリエルさん、ロムエルさんの事知っているんですか?」
「うん、ちょっとね。じゃあ、もう1問いってみようか。『アサガオ』は?」
「えっ? アサガオは『朝顔』ですよね」
わたしは、思わず首を傾げてしまいました。
隣を見ると、やはりメルエルちゃんも同じ様に首をかしげていますね。何か頭の上でハテナマークが浮かんでいるのが幻視できそうな感じですが、こちらはこちらでクラリエルさんとはまた違い可愛い仕草になってますね。……わたしも可愛いか綺麗、どっちかに入っているとよいなぁ。
「う~ん、これはちょっと意地悪な質問だったかな。この『秋の七草』の歌を詠んだ人がどれを指して『アサガオ』と言ったのか定かではないんだって。この歌が詠まれた時にアサガオが日本に会ったかが微妙なタイミングだったり、たの書物に記述されている『アサガオ』が、他の植物をさしていたりと言う事で、キキョウ、ムクゲやヒルガオと言う解釈もされているんだって。まぁ、今では一般的に『キキョウ』として扱っているのが多いかな」
「ああ、そういう曖昧なのなら動物にもあるんだよ。『ムジナ』って知ってるかな?」
ふいに、後ろから声が聞こえました。
「……『同じ穴の貉』……違うように見えても生き物皆兄弟……」
わたしの頭の中で、いろいろな動物たちが、一つの穴の中で肩を寄せ合っている様子が浮かんできました。ああ、何か可愛くて良いかも。……思わず頬が緩んできそうになります。
「え~と、微笑ましい光景が浮かんできて、合ってそうに聞こえるけど、違うからね。どちらかと言うと、悪いことを企んでる連中が一塊になっている様子を表した言い回しだからね」
穴の中で肩を寄せ合っていた動物たちの表情が急に凶悪な顔になってしまいました。ああ、かなり残念な光景です。
振り向くと、ミサリエルさんとトワエルさんが、先程のクラリエルさんとメルエルちゃんと同じように湯気の立ち昇っているカップを持ちながら、こちらに近付いて来ました。
「お疲れ」
「「お疲れ様です」……」
「……それで、この『ムジナ』なんだけど、アナグマだったりタヌキだったりが多いんだけど、他にもイタチやテン、ハクビシンも『ムジナ』って言ったりしてるんだよ。更にアナグマをタヌキって言ったりする地域もあったりしてね」
「へえ~、なんだかややこしいですね」
わたしはミサリエルさんの説明に聞き入りながら、カップの飲み物を一口飲みました。
「まぁ、結局今では、山に生息している中型の哺乳類の大まかな総称みたいな感じで一般的には使われているみたいだけどね」
「それが原因で日本の裁きを司る人達の間でちょっとした論争が有ったりもしたみたいよ」
ふと、新たな声の方を見ると、ミサリエルさんとトワエルさんの後ろからサフィエル先輩がカップを持って現れました。
「サフィエル先輩、お疲れさまです」
「サフィエル、お疲れさん」
「「お疲れ様です」……」
「お疲れさま。ところで、みんな集まって何やってたの?」
「日本の植物の勉強をしていて、クラリエルさんに問題を出してもらっていたんですよ。で、今は秋の七草についてですね」
「……私もやる……アキノノニ サキタルハナヲ オヨビヲリ カキカズフレバ ナナクサノハナ……ハギノハナ オバナクズハナ ナデシコノハナ オミナエシ マタフジバカマ アサガオノハナ……」
「じゃあ、ボクも参加しようかな」
「私は見ていようかしら」
ミサリエルさんとトワエルさんはわたし達の方に、サフィエル先輩はクラリエルさんの隣に適当に椅子を用意して座りました。
「それでは再開して、そもそも『春の七草』の方は知っているかい?」
「もちろんだよ。え~とまずは、ホトケノザ、セリ、ゴギョウ、ナズナ、ハコベラ……それから、スズナ、スズシロだったよね」
ミサリエルさんが、元気良く右手を挙げながら答えました。こちらは爽やかタイプですね。
「はい。良くできました。さっきパスティエルと話してた秋の七草は『七草粥』と言われるような春の七草と違って薬として用いられるものが多いんだ。もちろん、春の七草も薬効があるけどね。どちらかと言うと、春の七草は『医』と言うより『食』の意味合いが強いイメージかな」
「……医食同源……薬食同源……」
「そうだね。トワエル、こっちの歌は知ってる?」
「……セリナズナ ゴギョウハコベラ ホトケノザ スズナスズシロ コレゾナナクサ……」
「お見事! よく知ってたね。それじゃあ、春の七草の中で『ナズナ』の別名は何て言うか知ってるかい?」
「……ペンペングサ……ベンベン……」
「トワエルは、由来の事まで知っているみたいだね。本当に、変な事まで良く知っているね」
「……ペンペングサが生える、荒廃レベル1……ペンペングサも生えない、荒廃レベル2……」
「えっと、そう、ペンペングサの由来は、なずなの花の下についている実の形が日本の弦楽器の『三味線』と言うものの弦を弾くための道具の『ばち』に似ているところからきているんだ。またの名をそのものずばり『三味線草』とも言うこともあるね」
「……有頂天……非想非非想天……」
「喜んでるみたいですねぇ」
「すごく喜んでるんだよ」
ミサリエルさんが笑顔で言いましたけど……正直、トワエルさんは感情が分かり難いですが不思議な魅力がありますね。
「えっと、次の問題いってみようか。『スズナ』は、日本人の間では、食べ物としての野菜の名前で一般的には知られているんだけど、何て言うか分かるかな?」
「あっ、それならボク知ってるよ。スズは『鈴』で『神様に呼び掛ける為の鈴」の形ってことで『カブ』の事だよね」
ミサリエルさんが、今度も元気よく右手を挙げながら答えました。
「ミサリエル正解。以前は葉の方が重要視されていたので『菘』は『鈴』の『菜』で『鈴菜』と言われたりもして『カブ』の葉の部分を指していたんだ」
「あら? アフリカ支部からの転出者が到着したみたいね。皆、そろそろおしまいにしておきましょうか」
周囲を気にしていたサフィエル先輩が声を掛けて来ました。流石、『ザ・天使』と言うべきわたしの先輩です!
「じゃあ、ラスト。最後の問題、前の問題と同じく最後に答えた『スズシロ』は別名何て言うか分かるかい?」
「……『スズ』だから丸くて……『シロ』だから白い……さっきの『カブ』の方が合ってる様な気が……」
流石に今度はミサリエルさんも考え込んでしまいました。
「確かに、どっちがどっちか分からなくなる時があるかもね」
「さっきの『スズナ』が葉の部分ですからぁ、意表をついてぇ、白い実の部分が『スズシロ』とかはどうでしょうぅ?」
どうやらメルエルちゃんも同じみたいで、考え込んでしまいましたね。
「あははっ、さっきの尾花の読みは良かったけど、今回は意表を突きすぎだよ」
わたしはと言えば……。
「最後の一つは……ってこれ、アリなんですか?」
「何の話よ?」
サフィエル先輩が不思議そうに問うてきましたが……。
<良き来世を!>
「誤解されますので、止めて下さい。……誤魔化そうとしてますよね」
<……(冷汗)>




