第30羽 ラストオーダーは大盤振る舞いです
「トワエル、一緒に帰ろうか」
「……構わないけど、寄り道する……『天衣無縫』……」
「『天衣無縫』? ああ、『中国神仏界』日本支部近くにできた服のお店?」
「……そう……」
「パスティエルさんは残業?」
帰り支度をしながらミサリエルさんが声を掛けて来ました。
「はい。選定した異世界転生者のノルマがまだクリアできてないもので」
私は書類をトントンと揃えながらミサリエルさんに答えました。
「ああ、リーイン課長から頼まれた件だったよね。大変だね。ボクに何か手伝える事あるかい?」
「あと一人なので、大丈夫ですよ」
有り難い申し出ですがこれで今回の件は終了ですので何とか少し残業するくらいで済みそうです。
◇
いよいよ今回最後の方となりました。最初で少し失敗しちゃいましたが、それ以外は概ね順調に運べたと思います。
失敗というのは今回一番最初に担当した異世界への転生者に付与したスキルに関しての物です。
その方が希望したスキルは『ネットスーパー』でした。
まあ、これ自体はわたしが以前業務改善案で提案した「神速連絡便による物資の輸送」を利用すれば可能でしたし、ユーザーインターフェイスは水晶盤でわたしが物質界から購入する際に使っている画面を少し変えれば済むので思ったよりは簡単だと高をくくって油断したのがいけなかったようです。
購入画面をそのまま流用した為、使用可能な通貨が『円』になったまま、転生者の魂に付与してしまいました。
スキルは魂に付与されているので当然ユーザーインターフェイスの部分も転生者の魂に付与されている関係上、直接いじって改善しなければなりません。
その為、選択画面とかはまだ、こちらで管理しているので何とかなりますが、アクセスする部分やお金を投入する部分、投入されたお金のチェック部分などは転生者の魂に付与されている為にこちら側ではどうすることもできません。
なので何らかしらで救済措置を考えなければならなくなりました。
次回出勤して以降、通常業務が空いた時間に少しずつ考えていくことにしましょうか。
まだ、転生者が意識を取り戻すのには時間もありますし、まあ、何とかなるでしょう。
後月、為替相場やらレートやら物価やらを考慮しなければなりませんが、今回はこれが終わったら、帰りましょうか。
帰ってから、試しに買ってみた□△×コーヒーの入ったパンを食べることにしましょう。
<それ、何フラグ?>
◇
さて、今回最後の方ですし、気を引き締めて行ってみましょうか!
えっと、異世界への転生者として選んだ方はっと……あっ、あの方の様ですね。
「あの、ちょっとよろしいですか?」
わたしは後ろを向いている少年に声を掛けました。直接特別応接室に連れて行ってから意識を持ってもらった方が良かったのですが、仕事が押してしまって待合ホールで待たせてしまうことになってしまいました。ちょっと申し訳なかったですね。
すると少年はこちらに振り返り、不思議そうに私を眺めてしばらく考えてから応えてくれました。
「あっ、俺、そういうの間に合ってるんで。じゃあ、これからアルバイトの時間なんで失礼します」
って、何ですかその反応は!? いきなりこの場から去ろうとしないで下さい。それに確かこの方、水晶盤の情報によると部活に専念していた筈です。
「ちょっ、ちょっと待ってください! 人間社会の駅前とか路上での勧誘と間違えてませんか? 第一、あなたアルバイトなんてしてないでしょ!」
わたしは慌てて制止します。
「違うのか?」
「違いますよ。それにすでにあなたは亡くなられていますので、勧誘も何もここが天界です!」
事実を告げると一瞬驚いたような表情をしましたが、すぐに落ち着きを取り戻した様で元の表情へと戻りました。
「ああ、やっぱ俺死んでたんだな」
何ですか。ちゃんと理解されていたんですね。お茶目な方の様です。
「一ついいか。俺、何で死んだんだ?」
「あなたは放課後、部活をしていてボールが胸に当たり心臓震盪を起こして亡くなられています」
わたしはありのままを伝えます。
「わりぃ、『しんぞうしんとう』って何?」
「『心臓震盪』はボールが心臓付近に比較的弱く当たった際、タイミングが悪く心室細動を起こしてしまい、心臓が正常に働かなくなってしまう状態です。除細動器(AED)が近くにあれば助かる可能性もあったのですが、あなたの場合、運悪く近くに有りませんでしたのでそのまま……御気の毒です」
「はあ、だから、守備練習からの記憶が曖昧なのか」
「ご納得いただけましたか? ではこちらへ付いて来て下さい」
「ああ、分かったよ。死因、教えてくれてありがとな」
「いえ、意外とあっさりしてらっしゃるのですね」
「まあね。どうせここでゴネても生き還れないんだろ?」
「ええ、ですがあなたは特別に異世界転生が出来る権利を獲得されました」
「異世界転生って、あのファンタジーとか、ラノベとかの?」
「はい、たまたま物質界に顕現していた女子高生風女神を暴走車から庇って引かれて亡くなったとか、たまたま物質界に遊びに行っていた幼女風女神をナイフを持って暴れていた通り魔から庇って刺されて亡くなったとかのあれです」
ここ最近、物質界の日本の人間社会の物品に関してや異世界転生に関して調べていくうちに見つけた資料をいろいろと目を通すようにしてますからね。
「……くっ、詳しいね」
「最近、勉強しましたから」
どうです。ちゃんと成果が出ているでしょう。
「へえ、クラスメイトのヤツが聞いたら狂喜乱舞してそうだな」
「あなたは嬉しくありませんか?」
「正直よくわからん」
「そうですか。詳しい事は部屋に着いてからご説明致します。このまま、わたしに付いて来て下さい」
そう言ってわたしは通路へと歩いていきました。
「ああ、頼む」
頷いて少年もわたしの後に着いてきます。
途中、長い廊下を歩いて行くと見知った顔がいました。
「カルキノス、お疲れ様です」
最近、清掃のお手伝いをしてくれているトワエルさんのところのカルキノスが廊下を拭いていたので、軽く挨拶をします。
カルキノスも慣れたもので、左のハサミを上げて返してくれました。
「なんでカニが廊下掃除してるんだ!」
ふっふっふっ、驚いていますね。
「珍しいですよね」
他の支部はおろか、他の神界でもなかなか見ることができない光景かと思います。ですが、うちの支部では何時もの風景になりつつありますね。
「ねえよ! 珍しいも何も!」
何か突っ込みらしきものが入っていますが、時間も押していますので早く行くことにしましょう。
「こちらへどうぞ」
しばらく歩いていくと目的の部屋の前に到着し、わたしは扉を開いて室内へと招き入れます。
今回使用するのは『荘厳な神殿前の間』です。
いやあ、リーイン様の許可がありますので普段わたしみたいな一介の天使では立ち入ることのできない特別応接室を遠慮なく片っ端から使用申請してみました。<ほんと、いい性格してるよなあ>
「おっ、おう」
少年が恐る恐るといった感じで部屋の中へと入って行きます。
「どうです! 荘厳で美しい光景でしょ? これが天界です!」
室内に入ると白い雲の大地と青い空の間に聳え立つ黄金の神殿が出迎えてくれます。
「そりゃあ、美しいは美しいけど、さっきの役所のごった返している光景を目にした後で「これが天界です」と言われてもなあ」
「ちなみに、このピカピカの床は先程のカルキノスの仕事です」
「スゲえなカニ!」
よしよし驚いてますね。
何やらわたしに向かって拝み始めましたし
「我が転生課の自慢の戦力、貴重な清掃要員です。ちなみに、親類縁者ボランティアです」
「いいのか天界、それで!? っていうか『課』ってここやっぱ役所かよ!」
わたしは屋外祭壇の所定の位置に立ちました。
内緒ですがここ、一番見栄えが良い立ち位置がありまして、足元に『格』がある一定以上の者にしか見えない印が付いているんですよ。
「では改めまして。おめでとうございます! あなたはお亡くなりになりましたが特別に異世界転生の権利を獲得されました!」
「……」
「申し遅れました。わたしは天使パスティエルです。あなたの手続きを担当させていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」
「……」
決まりましたね。
あまりの荘厳さに声も出ない様です。
「女神じゃなくて、天使だったのか」
「いやですよ、褒めても何も出ませんよ」
時折、わたし達天使と神様方を間違われる方がいらっしゃいますが、まぁ、地域によっては、勢力争いに敗れた神々が吸収されて神格を下げられ天使となっているというところもありますので、的が外れている訳ではないのですが、この辺りは本当に長い歴史の中で複雑になっていますので説明は割愛させていただきます。
……まあ、いずれにせよ、来られる方にはそんなこと関係無く見られている事もあるようですが、少し照れてしまいますね。
ちなみにわたし達天使の名前の最後に付いている『エル』ですが、ヘブライ語で『神』を表していて、伝統的に名付けられています。中には『エル』の付いていない方もいらっしゃいますが、その方々は人から天使になられたりと少し変わった事情があるようです。
「時間が押してしまって申し訳ありません。もめてたわけではないのですが、ちょっと前が長引いていたもので。すでに残業時間に入ってますけどね」
「別にいいよ。その辺の予定とかはこっちは知らないし」
「それで、スキルはどういったものを希望されますか? ……もしもし、聞いていますか?」
何やら呆けている様ですがあまり時間も掛けていられないのでチャッチャと進めて行きましょう。
「んっ、ああ、俺こういうのあんまり詳しくないんだわ」
「そうですか。なら、お任せでよろしければ」
「なんか高い和食の店みたいな言いようだな」
なかなか面白い言い方ですね。
「んっ、待てよ。確かこういうのに詳しいクラスメイトが「空間収納が最高!」とか騒いでたな。それで頼むわ」
「はあ、そんな他人まかせで自分の来世を託しても良いのですか?」
「分からないものは分からないし。こういうのは詳しそうなヤツからアドバイスを受けたと考えればいいんじゃないか」
「そうですか。割り切ってますね。最後の方ですし、新年初仕事の期間中なので『福袋』的なものを空間収納のスキルに付加しておきますね」
実はちょっと仕入れ過ぎた感がありまして、いろいろと在庫が余ってたりします。このスキルに乗じて在庫整理をしようかなと思ってたりするのは内緒です。
「最後の人だからと言っている時点で在庫整理感がひしひしとするんだけどな」
うっ、すっ、鋭いですね。
「そっ、そんな事はあっ、ありませんよ」
「せめて、こっち見て詰まらずに言えたらよかったのにな」
「そっ、そうです! 前世の知識の持ち越しに加え、ある程度のステータス強化も最初からつけておきますね!」
ここは勢いで誤魔化しましょう。
「おっ、おう!」
「あとご一緒に言語理解も如何ですか?」
駄目押しのエンジェルスマイルです!
「……何かトレーに乗って出て来そうだな」
その後、わたし達は転生する地域や意識が戻るタイミングなど、諸々の説明や決めることを話し合っていきます。
「それでは、良き来世を!」
そして、わたしは今回最後の転生者を見送り、残業記録簿にしっかり記入後、帰路に着きました。




