第29羽 御神籤は大吉です
「あなたは、来世も人間として転生することになりますが、特に書類上の指定は有りませんでしたので、希望の地域に転生することができます。何処か希望の地域はありますか? 希望が無ければ、このまま日本で転生することになりますし、希望が有れば、転出手続きをすることになります」
「……では、また日本人として、お願いします。あっ、出来れば、牛乳の美味しい所が良いなぁ。小さい頃、牧場の近くで育ったんですよ。あの頃は、自然の中、のんびり伸び伸び暮らせてて良かったなぁ……って、駄目ですよね。あはは、冗談です。忘れて下さ……」
「お任せ下さい!!! 備考欄に、わたしの一押しのポイントを記載しておきます! ご心配なく。乳牛は全て放し飼いで自然の草を食べてゆったり育て、搾った牛乳は低温殺菌と言う、手間暇掛けた一品を提供している所です!」
「は、はぁ、有難うございます……やけに力入っているけど、大丈夫かなぁ、この神様?」
「いえいえ、やっぱり自ら美味しい牛乳を造り出すと言うのも牛乳好きの醍醐味の一つですよね。よ~く分かります!」
物質界の日本の人間種の諺に『好きこそものの上手なれ』と言うものがありますが、この方の魂も上手く成長してくれると良いですね。
「えっ? 造る? あの、ボクは……別に……美味しい牛乳が飲めれば、それ……」
「手続きはこれで完了です。是非、美味しい牛乳をたくさん造って下さいね!! それでは、良き来世を!」
◇
「『物質界』の人間社会では、今丁度、新年ね」
「新年って、『物質界』の時間の流れの感覚って、今一短すぎてピンとこないんですよねぇ。勤務終わってると『お正月』でしたっけ? 過ぎちゃってますし」
リーイン課長から命じられた特別に異世界への転生をされる方の手続きをこなしつつ、通常業務もこなし前半戦を終えて休憩を取る為に、サフィエル先輩とわたしは休憩室に向かおうと西洋神殿造りの長い廊下を並んで歩いています。
「前に日本式のハロウィンパーティーをやった時も、物質界では1ヵ月くらい過ぎちゃってましたしね」
「私達と人間種の時間の感じ方にはかなりずれがあるけど、パスティエルも日本支部の人間班にいるんだから 『物質界』の人間社会の行事ごとは、大まかにでも覚えておかないと駄目よ」
「そんなもんですかねぇ」
まぁ、流石に『新年』までは知らないわけではないのですが、まだ、日本支部に配属されて赴任したばかりなので、日本のイベントは把握しきれてないのです。
何しろ、『物質界』の日本の人間社会はおおらかと言いますかいい加減と言いますか、『信仰心』は横に置いておいてイベントに関しては『界』を問わず取り入れることに抵抗のない人間種の集まりの様でして、
ハロウィンに仮装して街を練り歩いたかと思えば、
クリスマスにパーティーでケーキと鳥の丸焼きをたいらげ、
すぐに大晦日にソバを啜りながらお寺で鐘を突き、
その足で神社に行って祈り、おせち料理をつつきつつ、
健康の為と七草粥を啜り、鏡餅を割り、
極めつけには、食べ過ぎたと言って『半断食』や『プチ断食』を行う。
「勤務の時間帯によってはわたし達が出勤してから退勤するまでの間にクリスマスから初詣まで終わってますよ。今回は『に組』のシフトでしたね。私達だって勤務終われば前にクラリエルさんが作り方を教えてくれた『七草粥』、えっと古くは『七種菜の羹』」でしたっけ? 食べ終わっちゃってますよ。あっ、『七種菜の羹』で思ったんですけど、1月7日を『人日』って言うのに対して、1月4日は『羊日』っていうんでしたっけ? その日ってやっぱり『羊羹』を食べるんですかね?」
「……一応勉強はしている様ね。偏っているのは簡潔にまとめたせいと思いたいけど」
他愛も無い話をしながら、廻廊の窓から見える庭園を眺めつつ歩いて行きます。
「そうだ。ちょっと待っててね。日本神仏界本部に知り合いがいるから行ってくる」
急に何かを思い出したかのようにサフィエル先輩が立ち止まりました。
「サフィエル先輩、何しに?」
「それは戻って来てからのお・た・の・し・み」
そう言うが早いかサフィエル先輩は翼を広げて翔び立って行ってしまいました。
◇
わたしが事務室の隣にある休憩室に着き、食事を終え、のんびり物質界の日本からサンプルとして仕入れた練乳のたっぷり入っているコーヒー飲料の□△×コーヒーを飲んでいると、しばらくして、サフィエル先輩が八角柱の筒の様な物と箱を抱えて戻って来ました。
「これ、異世界への転生者に行ったアンケートで見て、ちょっと気になっていたんですよね。あれ、サフィエル先輩」
戻ってきたのは良いのですが……。
「その恰好は一体どうしたんですか?」
サフィエル先輩が下が赤っぽいズボン? 白い靴下にサンダル? をはき、それに白い服を着ています。サフィエル先輩の長くて綺麗な金髪は後ろで束ねて紙の様な物でまとめ、その上から白い布? 紙? で束ねて金糸で結ばれています。
あれはトワエルさんの家でコスプレパー……日本式ハロウィンパーティーをした時にサフィエル先輩が仮装した巫女の衣装ですね。『日本神仏界』にもトワエルさんの様な方がいらっしゃるのでしょうか?
「折角だから、日本神仏界の知り合いに巫女服も借りて来ちゃった」
本物でした。考えてみればそうですね。それにしても、サフィエル先輩はあの衣装、案外気に入っているんでしょうか?
「と、言う訳で、日本神界の知り合いから 御神籤貰ってきたわ」
「『御神籤』? 何ですか、それ?」
「この筒を振った後に、筒を逆さまにして出て来た棒に書かれている文字と同じ紙をこの箱から取ってね。その髪に書かれている事が今年一年を占うものになるそうよ」
「占う? 予言ではなくて?」
「そう。大吉というのが、一番良いらしいわね。後は、多少場所によって順番が変わるらしいけど、凶が付くと良くないらしいわ」
「何々? 御神籤? ボク達もやりたい!」
ミサリエルさんやトワエルさん達も休憩室に入って来ました。
「この筒を振って逆さにして穴から出てきた棒に書いてある番号の紙を引いてね。紙の方は皆の神力に反応して内容が浮き出る特別性だって」
「はいは~い、あっ、大吉だ」
「やったー! あたしも大吉」
「わたしも大吉ですぅ!」
「……私も……」
「……これ、大吉しか入ってないのでは?」
「まあ、私達 天使ですからね」
「それじゃ、引く意味がないのでは?」
「まぁまぁ、他にも書いてあるみたいだし……。何々、待ち神来たらず。失せ物、隅々まで探すべし、さすれば見つかる……やっぱり、来てくれないのなら自分から行くべきよね」
クラリエルさんが何やら気合を入れています。同したのでしょうか?
「……全体運 猪突猛進 今こそ変わる時……着ぐるみ増量中……」
「それじゃあ、何も変わってないじゃない。いつもと同じでしょ」
「カルキノスが仕事に押し潰されそうですね」
そんな事をわいわいと話していると休憩室の扉から、黄緑色のポニーテールをフリフリと揺らしながら見知った天使が元気よく入って来ました。
「謹賀新年、あけましておめでとうございます! 今年もよろしくお願いいたします! で、皆さん何をやってるんですか?」
「あっ、ロムエルちゃん、あけましておめでとうございますですぅ。今年もよろしくお願いしますですぅ。えっとですねぇ、サフィエルさんが『日本神仏界』のお知り合いの方から御神籤というものを持って来てくれたので、皆さんで引いていたところなんですよぉ」
「ロムエルちゃん、あけましておめでとう。でもどうしてここに?」
「いえ、新年のコメントをと思って廻廊を歩いていたら、変わった服装の方がこちらに翔んで行かれるのを見かけたもので、それが良く見るとサフィエルさんだったと言う訳でして、後を追ってみたという訳なんですよ」
「ああ、なるほど」
「……同胞……ゲット……」
「違うから! 新年だけだから!」
トワエルさんがサフィエル先輩をロックオンしています。それをサフィエル先輩が慌てて否定していますけど、あんな感じで慌てているサフィエル先輩も新鮮ですね。
「ちなみにですねぇ、わたしはですねぇ。健康運 風邪に気を付けるべし。は~い、気を付けますぅ」
「天使が風邪なんて引かないでしょが!」
メルエルちゃんがすかさず、クラリエルさんに突っ込みを入れられています。
「じゃあ、わたしも引かせて下さい。……取材運 犬も歩けば棒に当たるって、わたしのコレ、何かいい加減でひどくないですか!? これほんとに大吉なんですか?」
「わたしは……恋愛運 意外な異性との出会いがあるかも 方角:北東。『日本神仏界』の『鬼門』の方角ですね」
「ボクはねえ、ラッキーアイテムは大きなぬいぐるみ。あはは、何これ?」
「御神籤って言うより物質界の本に載ってる占いみたいですねぇ」
「多分『日本神仏界』も親しみを持たせるためにいろいろ工夫をしているんでしょうね」
「……ミサリエル……シロナガスクジラ、貸そうか? ……」
「ああ、新天使採用式にトワエルが着て来たという例のアレね」
「そっ、それはちょっと……遠慮しておこうかな、大き過ぎるし」
「……そう、ザンネン……気が変わったら何時でも受付中……」
「あっ、有難う。その時は頼むね」
ミサリエルさんが誤魔化し笑いをしています。
「どれどれ、最後は持ってきた私ね……学業 努力せよ。金運 地獄の沙汰も金次第って、天界で地獄界の沙汰をどうしろと……越権行為をしろとでも」
「大体確か三途の川を渡る為の船賃に人間社会の金銭を渡すのは解るけど、審判の際に金銭を渡すのは駄目でしょ。賄賂って言ったかな? それやっちゃった場合に行く地獄界の刑罰の専用の場所もあった筈だし」
「分かってるわよクラリエル。あとで友人には、この御神籤に付いて小一日間問いただしてくるから」
「……それにしても御神籤ってこんな感じなんですか?」




