第25羽 幼馴染は大きなお世話です
こんにちは、パスティエルです!
わたしたちの居るところは山々に囲まれた自然豊かでのどかな場所で、わたしはそこから雲の上の神殿に向かって翔んで通勤しています。
周りを見渡せば、日の光と朝露に濡れた草花が共演するかの様にキラキラと輝き、一日の始まりを生物に告げているかのようですし、感じられる山の空気はひんやりとして冷たいですが爽やかな気に満ちていて目を覚ますのに丁度良いです。
「スー、ハー。……よしっ!」
わたしは軽く翼を広げ、その後大きく伸びと深呼吸をしてから数度翼をはためかせ、大地をトンと蹴って大空へと翔び立ちました。
そして、スッと雲の上に上がるとわたしは、ポフッと雲の地面に降りて歩いて職場に向かいます。
翔んで行けば速いのですが、雲の上は土の上とはまた違った感触で、わたしはこの歩いて通う時間が割と好きだったりします。
なので、誰かと一緒の時は翔んで行きますが、自分だけの時はこうやって雲の上を歩いて職場に行くことも多いです。
そう言えば、『インド神界』の成り立ちに、以前、山は羽を生やし飛び回っていたとあります。その為大地は安定せず、そこに生きるものたちは不安な日々を送っていたそうで、それを見かねたある神が山の羽を斬り山を大人しくさせたと言う事でした。その際、斬り落とされた羽は雲となり、山の近くに寄り添うようにたなびくようになったとか。
そんな事を想いながら、わたしは雲の上をのんびりと歩いて行きます。
雲の間から見える霞がかった大地や遠くに見える海、時折鳥の群れが移動している様や日の出日の入り、四季の移り変わりなどは見ていて飽きません。7日くらいならボーッと眺めていられますね。まぁ、そうしたら勤務終わってる頃なのですが……。
◇
「パ~ス~ティ~エ~ル~ゥ!
わたしがのんびり雲の上を歩いていると、遠くからわたしを呼ぶ声が聞こえてきました。
この声は、聞き覚えのある声ですね。
振り返ってみると空から、見知った乳……じゃなかった顔が手を振りながら翔んで来るのが見えました。
「あれ? ノマエルじゃない。こんな所でどうしたの!?」
幼い頃からの友人で、現在は配属された課は違いますが同期のノマエルが大きな胸と共にわたしの傍まで来てポフッと着雲しました。
……兎に角、お・お・き・いのです。ええ、そりょぁメリエルちゃんやサフィエル先輩よりも。
着雲した際も揺れると言うよりバウンドしたと言う表現の方がピッタリしっくりくるように感じる程。
……わたしのコンプレックスの元凶の張本天使が今ここに顕現しています。
「久しぶり、パスティエル! って言っても3年くらいだけどね」
この少しクセのある黒髪を束ねて右肩から前に垂らした娘が、わたしの幼馴染で近所に住んでいたノマエルです。
本当に幼いころから学園に上がってもずっと同じクラスで、就職先はおろか配属先の支部まで一緒と言う、正に『腐れ縁』というヤツです。流石に、配属された課までは同じじゃありませんでしたが
現在は日本支部守護課に所属していて、主に人間の所に行き、見守り助言する役目を果たしているそうです。
「そうですね。最近は忙しいの?」
「まぁね。この前さぁ、班の子が結婚で寿退社して、担当が増えちゃって担当の割り当てと引継ぎでちょっとバタバタしてたけどね」
ノマエルが、乱れた髪を整えながら応えますが、もともと癖ッ毛なので手を離した瞬間すぐに元に戻ってしまいます。その事をノマエル自身は気にしたようでもなく話を続けていますが。まぁ、何時もの見慣れた光景なのですけど。
「そうなんだ。一天使あたりどのくらいの人数を守護してるの?」
「定期的に見守ってるのは1000人位なんだけど、辞めちゃった関係で200人も担当増えちゃって1200人になってもう大変で……」
「一騎当千ですね」
「あはは、そうだね。それにしても、人間社会を見てないのに、日本の言葉の言い回しを良く知ってたね」
「まぁ……ちょっといろいろあってね。で、保護対象者にはずっと張り付いて守護してるの?」
「まさかぁ、神様か高位の天使様でもないと、『ユビキタス』なんていう同時に複数遍在による守護なんて事できないよ。私達はその個体に憑いている守護霊に守護を任せて、定期的に周って助言したり忠告したりしてるのよ。あと、力の行使は神力をかなり多く消耗するから、あまり人間の社会ではできないけどね」
「へぇ、そうなんだ」
「ああ、聞いてよ。守護対象者が世界を股にかけて活躍するのは良いのだけれどさぁ。この前なんて、担当に割り振られて引継ぎが終わったばかりでさあ、急に『エンジェルフォール』を撮影するのでいきなりギアナ高地に行っちゃった守護対象者がいてね。それを追いかけるのに、慌てて出張費を申請したりが大変でさぁ」
「そういう時は仮払い?」
「そうそう。もう慌てたわよ」
「じゃぁ、追いかけてわざわざ南アメリカまで行ったんだ?」
「……ほんとに良く知ってるわね。でね、他の神界とかとも連携しているから、何とか見つけられたんだけど、守護霊に忠告が間に合わなかったら、あの守護対象者、テーブルマウンテンから転落死するところだったのよ。いやぁ、あれは焦ったね。やっぱ、天寿を全うさせないと神事評価の評価点に響くしね。あっ、知ってる? 『エンジェルフォール』って、『天使の滝』じゃなくて、発見者のエンジェルさんにちなんで『エンジェルさんの滝』って言う事。でさぁ、私、日本に帰るついでに、滝の底まで降下してみたんだけど、苔と霧の中に薄い光が差し込む光景は、神界や天界にあっても違和感のないこうけいだったわね。あれなら『天使の滝』って言ってくれてもよいかも」
「そんなに綺麗なんだ。わたしも一度見てみたいかも」
まぁ、転生課では直接人間の社会に関わることがまずできないので、そんな機会はほぼ無いでしょうけど。
「……パスティエル、ちょっと痩せた?」
わたしがちょっと考え事をしていると、不意にノマエルがそんな気遣うような事を言ってきたのですが、視線の先を辿ってみれば……。
「どこ見て行ってますかね?」
じっと、わたしの胸の辺りを腕を組んで凝視して来るのですが、組んだ腕で抱え上げられた状態になった胸がより強調されて……たわわに実った二つの果実ってヤツですね。
そう言えば思い出しました!
小さい頃に行った学校の高原への遠足の行き道の途中で、こいつが橋から身を乗り出したのを慌てて止めて一緒に川に落ちびしょぬれになったんでした。
その時の一言が確か「胸が重くてバランスを失っちゃった。テヘッ」でしたっけ。
あれ? 良い思い出のはずが何か急に言い知れぬ怒りが沸いてくるような気がしますね。
「いつか収穫してやる」
確かギリシア・ローマ神界のお土産の中にアダマスの鎌のレプリカがあったはず……。などと、わたしが思っていると。
「おめでとう!」
不意に、ノマエルがそんな言葉を真顔でかけてきました。
「へっ!?」
わたしは反応できずに間の抜けた声を上げてしまい、ノマエルの顔を見つめて惚けてしまいました。
「聞いたわよ。パスティエル、部内の業務改善案の募集で最優秀賞取ったんだって」
一体何処からその事をって、まぁ、普通に職場内で公表されてますね。ロムエルちゃんが担当している職場内広報誌『天使のささやき』や『天使の見る夢』なんかにも載ってたりしますし。まあ、かなり大袈裟な気もしますが。
「パスティエル、あんたどうせ商品にでも目が眩んだんでしょ。そういう時は、周りが見えなくなってすぐ無理するから」
すっ、鋭いですね。あともう少しで「暁にスピンアウト」するところでしたし、って、あれ? 以前にもこれに似たようなことがあったような? あれは、確か学園祭の出し物の準備で、開催期間中のアンケートによる人気投票でナンバーワンになると『豪華! 学食一世紀無料券』が進呈されることになっていて……。
「……もしかして……」
「ノマエル、ひょっとして」
「おっと、そろそろ時間ね。じゃぁ私、次の人見守りに行かないといけないから、行くわね」
そう言うが早いか、ノマエルはわたしが言葉を続けようとするより速く、翼を大きく広げ雲面をポンと右足で蹴り空に飛びあがりました。
「ノマエル! 今度、うちに遊びに来てね! ギリシア・ローマ神界のお土産渡したいから~!」
「何買ってきたの~!?」
ノマエルが頭上から私を見下ろし尋ねて来ます。
「内緒ぉ! 渡してからのお楽しみ~!」
「ええ、いいじゃん。今教えてくれたって。……まっ、いいか、今度遊びに行くね」
そういうと、ノマエルは背中を向けて、先程翔んで来た方向へと翔び去って行ってしまいました。
「……わざわざ、それを言う為だけに、わざわざ戻って……」
わたしは、ノマエルが小さくなり見えなくなるまで、その後姿を見送っていました。
皆さん、知っていますか? 『腐れ縁』は、もともとは『鎖縁』だったそうですよ。鎖の様に硬い縁で結ばれているということなのだそうです。
◇
~ その頃の転生課課長席 ~
「どうしたんですかぁ、ロムエルちゃん。この天使だかりは?」
「うおおぉ!!! 外れん」
「ああ、メルエルちゃん。転生課課長、転生神のリーイン様がパスティエルさんがギリシア・ローマ神界からお土産として持ってきた炎と鍛冶の神ヘパイストス様作『黄金の椅子』のレプリカから出た鎖で雁字搦めになっていて身じろぎ一つできずに動けなくなっているんですよ」
「それにしてもロムエル。あなた何故転生課に?」
「ああ、クラリエル様、何かネタのにおいがしまして」
「ふ~ん、においを嗅ぎ付けられるようになれば大したものね」
「クラリエル様に褒められました! ありがとうございます。なにか嬉しい!」
「うぬぬぬぬっ! はっ、外れん! パスティエル君は、まだ来てないのかね!?」
「もうすぐ出勤して来ると思いますぅ」
「どう思う、サフィエル?」
「やっぱり鎖、出たわね」




