第17羽 気持ちは大興奮です!!!
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『業務改善案募集! 明日の天界を変えるのは君だ!』
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「……何ですかこれは???」
今、職場内の職員専用廻廊の途中にある西洋神殿風の造りの柱にデカデカと張り出されたポスターを見ながら首をかしげています。
目立つには目立っているのですが、厳かな雰囲気の柱に、何ともどぎつい色使いで書かれた文字が、中々に台無しな光景です。
「あぁ、それね。上層部のお偉いさんが、人間界を覗き見していた時に、じゃなかった。視察していた時に見かけたらしくて、暇潰しにやってみよう、おっと間違えた。職員の仕事への意識向上にやってみようってことらしいよ」
わたしが疑問におもっているとたまたま通りがかった事情通のクラリエルさんが内情を暴露しつつ教えてくれました。なるほど、暇潰し、あっともとい、仕事への意識向上ですか。
「聞いた話によると、採用されたり高評価だと何か出るらしいよ」
「へぇ、どれどれ?」
わたしは興味本位で内容を読み進めて行きます。
……。
……。
……。
「!!!」
そうして募集要項を見ていたわたしはある一文に目が釘付けになりました。
* * *
『最優秀賞1名……ギリシア・ローマ神界ご招待!』
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「こっ、これは!!!」
「どうしたの、パスティエル!? 急に眼の色を変えて」
何世紀にもわたり、わたしが夢見ていた言葉がそこにはありました。
「何とギリシア・ローマ神界と言えばクレタ島。クレタ島と言えば、アマルテイアのミルクの本場!」
日本にもいろいろな神界が日本支部として存在していて、その周辺には多少ですがその神界の食べ物や品物を手に入れることもできるのですが、流石に本場の神界に行ったり来たりすることは、なかなか出来ない事です。ちなみに、わたし達は日本支部にいるので、比較的、日本神仏界の食べ物や品物は手に入りやすいのです。
そう! 『界外旅行』と言うのはわたし達にとっては夢のまた夢のようなことなのです!!
と言う訳で、本場アマルテイアのミルクが飲み放~題~ぃのチャンスです!!!<書いてません>
「上層部の本気度が分かりました! 本場アマルテイアミルクの飲み放題が、わたしを待っています!」<再度言います。書いてません>
気が付けばわたしは、転生課の自分の机に急いで戻るべく、翔ぶが如く……翔んでたかもしれません……とにかく廻廊を駆けていました。
「ちょっ、パスティエル、どうしちゃったの!?」
「善は急げです。待っていて下さ~い!!! わたしのアマルテイアミルク飲み放~題~ぃ!!!」<だから書いてないってば>
「……何、あれ?」
「どうしたんですかぁ、クラリエルさん? パスティエルちゃん、物凄い勢いで通り過ぎて行きましたけどぉ」
「さぁ? あたしが聞きたい」
「ん???」
◇
と言う事で自分の席に戻って来ました!
とは言え、何を改善すれば良いのやら……。そう言えば、この前のクレーム男騒ぎの後に異世界転生を希望する方達にアンケートを行ったんでしたっけ。
その中にヒントがあるかもしれません。早速、取りに行きましょう!
わたしは自分の席に戻って来て早々、善は急げとばかりに書類保管室に向かいました。
「パスティエル君、どうしたんじゃね。欲望全開のオーラが出ている様じゃが? って、聞こえておらんのう」
「どうしたんですかぁ、リーイン課長? パスティエルちゃん、事務室に入って行ったと思ったら、また飛び出して行っちゃったんですけどぉ」
「さぁのう? 儂が聞きたいのじゃが」
「ん???」
◇
「えっと、アンケート回収箱はっと……確か『目安箱』のNo.1721 ー キョウホウ ー 6 ー トクガワ ー 8 ー ヨシムネだったかな……まったく、上層部は日本好きだからと言って、何で文書番号にこんな分かり辛い枝番号の付け方をするのでしょうかね? あははははっ、何か我ながらテンションがおかしな事になっていますが、まぁ、気にしません。……あっ、有りました! では、早速席に持ち帰って検討です!」
わたしは、アンケート箱を持ち、書類保管室を後にすると、再び自分の席へと飛んで帰りました。
「……パスティエルさん、何か、近付き難いオーラを出しているね」
「……取られる……」
「どうしたんですかぁ、ミサリエルさんにトワエルさん? パスティエルちゃんを遠巻きに眺めてぇ?」
「さぁ? ボク達が聞きたい」
「……触らぬ天使に祟りなし?……」
「ん???」
◇
それでは早速見てみることにしましょう。良いヒントがあると助かるのですが……。
わたしは、箱の中を机の上にひっくり返して、一枚一枚アンケートを読んでいきました。
このアンケートは「Q.あなたが、もし転生した時に望む事は何ですか?」という質問に自由に記入してもらう形で行いました。
「『チート能力がほしい』……いきなり、これですか? 箱に戻しましょう」
「『スキルレベルMAX状態で』……えっと、ソッと戻しましょう」
「『全パラメーターのリミッター解除』……こんなのばかりでしょうか? もうすでに、何かが折れそうです」
「『正義のヒーローになる!』……ようやく、救いの有りそうな願いが出て来ましたね。少年らしい願い、心が洗われる様です。今までの方々にも見せたいくらいですよ。っと、没年53歳……いつまでも少年の心を忘れなかったんですね」
「『女神や天使を付けてほしい』……神材派遣業とか……無理ですね。そもそも神材不足の問題もあるのに本末転倒になってしまいますね」
「『異世界でハーレムを作りたい』……頑張って下さいとしか言い様がないのですが……」
「『お嫁さんになりたい』……カワイイ願いですね。来世では叶うと良いですね。……一つ前の方とは出会いませんように」
「『異世界無双でキャッホー!がしたい』……キャッホーがしたいって、死体になってギャフンと言わなければ良いのですが……わたし、少し疲れてるでしょうか?」
「『端末を持っていきたいから、使えるようにしてくれ』……確か、別の方で生前、システム関係のお仕事をされていた方が、運用と保守で、残業時間月150時間超えを一年続けてこちらに来られたと伺ったことがあります……わたし達の感覚になおすと数十年くらい休みなしですか。しかも、これ神力食いでコストにしかならず浪費する一方ですよね……ここ数十年で出て来た物らしいですから、面白い発想ではあるのですが……機能を限定すれば、どうでしょう? う~ん、保留でしょうか」
どうしてでしょう? 夢と希望が詰まっている筈なのに夢も希望も無い感じがするのは何故ですか? これはパンドラの箱ですか? 最後に希望は有りますか?……最後だけなんてのもやだなぁ。
「『異世界でもうまいビールが飲みたい』……サフィエル先輩に後で相談してみましょうか」
「『スシー、テンプーラ、ニクジャーガ、タタミ、コターツ、フトン、キモーノ、サムライ、ニンジャ、アッパレ』……残留思念が記録されるので意思が伝わる用紙なので母国語で記入してもらえば良いのですが、日本が大好きなのは伝わりました。異世界の職業で『侍』や『忍者』があると良いですね」
「『異世界でも米が食べたいので、米の作られてる地域に転生させて』……転入先の神界で聞いてください。取りあえず、送付書類の書式に項目を加えるべきでしょうか? ……改善案としては弱いですね。備考欄に書けば済みそうですし」
「『醤油と味噌が欲しい』……何でしょうか、この切なくなるような気持ちは?」
「『異世界でも、練乳のたっぷり入っているコーヒー飲料の□△×コーヒーが飲みたい』……具体的な商品名は、何故伏せてあるのでしょう??? 練乳……何故でしょうか? 心惹かれるものが有ります」
……。
……。
……。
「ふむふむ、なるほど。日本から転生を希望する人は異世界に行っても日本の物が欲しい様ですね」
取りあえず、希望が最後だけでなかった事に安心しました。でなければ、『業務改善案』に『目安箱』の名称を『パンドラの箱』と改名する事を提案していたところですよ。
それならば、これらを踏まえて……。
「ちょっ、パスティエル、どうしたの? って、聞こえてないわね」
「どうしたんですかぁ、サフィエルさん? パスティエルちゃん、何時もと雰囲気が違うみたいなんですけどぉ」
「さぁ? 私が聞きたい」
「ん???」
◇
こうして、わたしは、アンケートの中から参考になりそうなものをまとめていきました。
そして、一次審査の書類選考に応募すべく、改善案の企画書を総務課企画係に提出しました。
……まさか、あの様な事態になろうとは……<一遍言ってみたかっただけなんだろ?>