第13羽 お見舞いは大勢でです
こんにちは、パスティエルです。
現在、わたしは勤務時間外、つまりは自由時間です!
わたし達の神界の勤務体制は4交代制で、一回の勤務は物質界に合わせると約7日ぐらいです。
なので次の勤務までの間、物質界に合わせると約21日間はお休みタイムとなる訳です。
人間種から見ると長いように思うかもしれませんが、悠久の時を存在し続ける神様や天使にとってみれば、人間種の一か月程度の長さは物質界に当てはめると、一日くらいにしか感じません。
そういえば、物質界の7日が神界の勤務時間の基準になっているのは、幾つかの神界の起業の際の最初の神様の仕事始めから、一段落付けて休憩にするまでの1サイクルが、物質界の7日だったという事が根拠になっているそうです。
と言う訳でこの間は羽を休めて眠るも良し、羽繕いをするも良し、羽を伸ばして日本地区の他の『界』の美味しいミルクのお店を巡るのも良しなのです!
ですが、今回は皆でトワエルさんのところのカニのカルキノスのお見舞いに行こうと思っています。
前にトワエルさんと一緒に転生課の廊下をカルキノスが掃除している時、誤ってサフィエル先輩がカルキノスを踏んづけて甲羅が割れてしまい、脱皮の為安静にしているとの事でしたので、皆で話し合いトワエルさんの家に遊びに行くがてら、お見舞いに行こうとなった次第です。
天使は怪我は兎も角、病気には縁遠い存在なので、以前から話には聞いていた人間種のお見舞いというものは初めてです。まあ、脱皮は病気とは違いますが。その辺はノリなので、置いておくことにしましょう。
ちなみにトワエルさんには内緒なのでサプライズイベントというやつです。
「でも、ミサリエルさん。いきなり大勢でトワエルさんの家に押しかけても大丈夫でしょうかぁ」
「ああ、トワエルはそういうの気にしないと言うか、むしろウエルカムみたいだよ」
そんな訳で皆お見舞いの品を持って集合し、トワエルさんの家に向かいました。
「トワエルさん、カルキノスのお見舞いに来ました!」
何故かわたしが代表してドアをノックしてから声を掛けしばらく待っています。
するとしばらくしてギィーとゆっくりドアの開く音とともに家の中から
なんか! 緑っぽいなんかがドアから出て来ました!!!
わたしは一歩飛びのき持っていたカルキノスへのお見舞いの品の包みを構えます。長さのある包みなのでメイスの代わりくらいにはなるかもしれません。これが駄目そうなら奥の手です!
そして、得体のしれない緑の虫っぽい物体を注意深く見定めます。
と言うか、トワエルさんです。虫っぽい着ぐるみを着たトワエルさんがのそりのそりと出て来ました。
危なかったです! もう少し気が付くのが遅れていたら弓矢も具現化してあの緑の虫っぽい物体を射貫くところでした。
それにしても、周りを見ても構えているのはわたしだけの様な気がしますが、気のせいでしょうか?
「皆さん、何故そんなに自然体なんですか!?」
「いやぁ、ボクは付き合い長いから」
「知ってたわよね」
「まあね。予想の範疇内かな」
えっ!? 驚いたのってわたしだけですか!? そうだ! メルエルちゃんは……。
「うわぁ、すごいですねぇ」
目をきらきらさせて、わたしとは違った驚き方をしているようですね。
サプライズイベントのつもりがわたしが驚いてしまいました。皆さん、これ知っていましたね。だから、先頭がわたしだったのですね。
「トワエルさん、何ですかその恰好は?」
「……趣味の時間……新作の製作中……」
どうやら着ぐるみを作っていた様なのですが、何故、着ぐるみ姿なのでしょうか?
「着ぐるみを作っているのは解りましたが、何ですか、その恰好は?」
「……ハタオリムシ……作業着……」
「ハタオリムシ? ああ、キリギリスのことだね。鳴き声が日本の機織り器を動かしている音に似ているからと言う事でそう呼ばれているんだっけ?」
クラリエルさんがそう教えてくれましたが、ヨーロッパと違い随分と働き者のイメージのする名前ですね。まぁ、あのイメージを付けることになった元の話ではキリギリスではなくてセミだったと思いましたが。
「なるほど、トワエルさんは形から入るタイプなんですね」
<何の形からだよ!>
「えっと、改めてボク達カルキノスのお見舞いがてら遊びにきたんだけど」
「……入って……」
そういうと、トワエルさんは家の中へと招いてくれましたが、キリギリスの着ぐるみを着たままの手招きはなかなかにシュールですね。
「「おじゃましま~す」ぅ」
ところで、天使が「お邪魔します」ってどうなんでしょうか? 確か、『日本神仏界』では『邪魔』は修行を妨げる魔のものだったかと思いましたが?
まあ、『魔』は『魔』で『界』があり、特定の『神界』と対立している事はありますが、別段、わたし達の『神界』と仲が悪い訳では無いので問題無いんでしょうかね。
◇
「……お持たせですが……」
ハタオリムシの着ぐるみから着替えたトワエルさんが、飲み物とクラリエルさんが選んでくれたフルーツケーキを切り分けてくれました。
「カルキノスの容態はどうかしら?」
サフィエル先輩が申し訳なさそうに訪ねています。
「……心配ない。大分落ち着いてる……顔色が良い……」
「「(顔色って、違いが解るんだ!)」」
「良かったですねぇ」
「あっ、これ、カルキノスにお見舞いの松葉杖です」
わたしが用意して来たカルキノスへのお見舞いの品をトワエルさんに手渡します。カルキノス、気に入ってもらえると良いのですが。
<何時になく真剣に吟味してたよね>
「……ありがとう……渡して来る……」
トワエルさんは包みを受け取ると、ちょっと包みの長さがあったので少し考えてから机の上に置くのを憚ったのでしょう。それを奥の部屋、おそらくはカルキノスのところへと置きに行きました。
直接お見舞いもしたかったのですが、変に無理して身体を動かさせるのも良くないだろうと皆で話して遠慮することにしました。
家の主のトワエルさんが席を外したので、あらためて部屋の中を見渡してみます。
部屋の中は、思っていたより普通で落ち着いた感じのシックな色合いに統一されています。
トワエルさんの見た目からすれば静かな性格に良くあった雰囲気なのですが、先程の様な着ぐるみの姿をちょくちょく見ていると違和感と言いますか何と言いますか、ギャップがありすぎてどうにも落ち着かない感じがします。
「正直、部屋の中が着ぐるみの『百鬼夜行』ってイメージだったんですけど」
「どんなイメージだい、それは!?」
すかさずクラリエルさんの突っ込みが入ります。
「まあ、わたしはパスティエルの想像も解らなくはないけどね」
「それは楽しそうですねぇ」
サフィエル先輩の賛同は得られましたが、メルエルちゃんはメルエルちゃんらしいおっとりとした反応が返って来ます。
「ああ、それは流石に……」
ミサリエルさんが、右手で右頬をポリポリと書きながら苦笑いをしています。
「ですよね。失礼な想像をしてしまいました」
「隣の3部屋分ぐらいだよ」
「……3部屋分くらいですか」
「うん。3部屋分くらい。ちょっと前にボクが遊びに来た時の話だけどね。『百鬼夜行』と言うより、ダンジョンのモンスターハウスってとこかな」
「それ無事に脱出出来るんでしょうか?」
「……時々、迷い込んだ天使が神隠しに……」
「天使が神隠しって、トワエルさん、そもそも迷い込んで来るんですか、この家?」
「ところでぇ、カルキノスさんはどうでしたかぁ?」
おお、メルエルちゃん、華麗にスルーです! メルエルちゃんらしいとも言います。
「……顔を赤くして照れてる……」
「「(赤くって、やっぱり違いが解るんだ!)」」
◇
「そう言えば、ミサリエルさんとトワエルさんって同世紀採用なんですよね?」
「うん。ボクとトワエルはパスティエルとメルエルと同じように新世紀採用で日本支部の転生課転出入係に配属になったんだよ」
「へえぇ、もしかして、サフィエルさんとクラリエルさんもそうなんですかぁ?」
「私とクラリエルは違うわね。同世紀採用ではあるけど、わたしは採用時、北アメリカ地区の守護課だったし」
守護課ですか。わたしの幼馴染のノマエルと同じですね。まあ、ノマエルは日本地区ですが、そう言えばしばらく見てませんね。
「あたしは、ヨーロッパ本部の総務課だったからね。『異動希望調査』で前々から面白そうな情報を得ていた日本地区に希望を出したら希望がかなえられてね。それで異動して来たんだよ。だから、サフィエルとは異動して来てからの付き合いかな」
なるほど、本部ですか。クラリエルさんが情報通なのは、そういうルートを持っているからだったんですね
「『異動希望調査』ってあれ、神事課ちゃんと目を通してるのかしらね? 私の周りで希望にかなった話って聞いたのクラリエルくらいなんだけど」
「まぁ、一応目を通して考慮はしているみたいだけど、適正とか、能力とか、相性とか、各地区や課での神員の増減とかね。希望を叶えるにはいろいろあるらしいよ。いろいろね。フフッ」
何でしょう? 朗らかなのに踏み込んではいけないようなクラリエルさんの穏やかな笑みが怖いです。どうしましょう。このまま聞いていたい気もしますが、聞いちゃいけない気もしますし。
「そういえばボクとトワエルが配属された直後の事なんだけどね。有る時、休憩室にボクが入ったら洗い場の流しでアライグマの着ぐるみを着て洗い物をしていた事があったんだよ。だけど、アライグマが水の中に両手を入れているのは、餌を探している行動で、洗い物をしている行動ではないって事をおしえたらショック受けその場に倒れて死んだふりをしててたっけ……。ただ、見た目が似ているから間違えたのかも知れないけど、死んだふりをするのはタヌキなんだよね。全くの別種ね。ちなみに、アライグマは外見に似合わず結構気性が荒いんだよ」
クラリエルさんの怪しい笑みの雰囲気を察したのか? そうでないのか? ミサリエルさんが見事な話題逸らしで話を自然に変えて来ました。
「見た目の動作から名前が付けられたけど、実際は違ってたんですね」
ここは乗っかっておきましょうか。
「どちらもヨーロッパじゃあ、あまりお目にかからなかったしね」
「名前を聞いて作って、着て洗ってみたかったんですねぇ」
「……あの時は照れ隠しに襲い掛かるのが正解だった……勉強不足……反省……」
「いや、仲が良い今だからその行動取れるけど、ほとんど初対面でそれやっていたら、そく迎撃してるからね」
「と言うか、採用直後から職場内で着ぐるみ着ていたんですか!?」
「……採用式に着て行ったら入口で警備課に止められた……」
すでに着ぐるみ通勤やってました! そりゃあ、採用式で着ぐるみなんて着て行けば警戒されるでしょうに。
「……採用式……着飾った……」
「ちなみになんの着ぐるみを着て行ったんですかぁ?」
「……シロナガスクジラ……色とりどりの貝殻を付けて……」
「料理のメニュー名みたいね」
「ああ、ちょっとした噂になっていたね。「大型新神きたぁ~!」って」
「そりゃあ、現物質界最大級ですしね。銛とかあったら投げつけられそうですよね」
「……矢を射かけられそうになった……白旗上げてみた……」
「既に迎撃しかけられてましたか。まあ、矢は当然かな」<さっき射かけたしね>
「シロナガスクジラが白旗って、目立つのかな?」
「ミサリエル。心配するとこそこ!?」
「さてと、そろそろお暇しましょうか」
「そうだね」
「カルキノスさんお大事にですぅ」
「また遊びに来ても良いですか?」
「……何時でも歓迎……」
そうして、わたし達は玄関までトワエルさんに見送られました。
「「お邪魔しました」ぁ」




