第12羽 小(S)HITSUZIは大わらわです
「うあぁ! 待って! 待って!」
「メェ~!」
ミサリエルだよ。ボクは今、受付ホールの中を他の魂の間を縫って逃げ回る小羊ちゃんを追いかけているところなんだけど……。
通常、魂はそれ相応の格が無い限りそれ程自由に動き回ることが出来ないんだけど、今追いかけている小羊ちゃんはかなり格が高いらしく、この大広間にひしめいている具現化した魂達の間を器用に右へ左へとチョコマカと走り回ってなかなか捕まえられないんだよね。
馬達と猿達の間を巧みに縫うように走り抜け、象の足の間を潜り抜け、小羊ちゃんが突進してきたのに驚いて気絶して倒れたタヌキ達を器用に飛び越えて行く。
そんな小羊ちゃんを追いかけてかれこれ数十分。
「ふう、やっと捕まえたよ」
「メェ~!」
亡羊の嘆とはならず無事捕獲だよ。
「はい、小羊ちゃんこんにちは。大丈夫だよ、もう怖がらなくても良いから逃げないでね」
「メェ~!」
この子はさっき保護課の天使が物質界とボク達の神界の途中で彷徨っていたところを保護して連れて来てくれたんだよ。
保護課の天使の話によると、最初はかなり怯えていたらしく、保護しようとしてもびっくりして逃げ回って追いかけるのにかなり苦労したんだって。
確かに、この迷える小執事ちゃんは、かなりの『格』を有しているみたいだから、とてもすばしっこかったんだろうなと創造できる。
今もちょっと目を離した隙に逃げ出そうと走り回って捕まえるのが大変だったしね。
ボクは、保護課の天使の苦労を想いつつ苦笑しながら小羊ちゃんに水晶盤をかざして魂の形質を読み取り転生に必要な処理を行っていく。
「……おや、めずらしいね。小羊ちゃん、キミは日本神仏界から迷子の捜索願いが出てるみたいだよ。それじゃ、一旦ここで受け入れてから、日本神仏界へ転出手続きを取るね。……来世は日本で人間種の女の子みたいだね。……はい、これで手続き完了っと、今度は迷わないでね、迷える小羊ちゃん」
「メェ~! ……アリ……ガ……トウ……」
「どういたしましてだよ」
人間以外の種は、基本的に殆どの種が流暢には発音的言葉は喋れないんだよ。
ただね、それぞれの魂の格が上がって来ると少しずつ言葉として明瞭化してくるんだよ。
けれどね、発音的な言葉で喋れなくても魂の状態では意思というかたちで直接伝わることになるので、意思疎通は問題なくやりとりできるんだよ。
さっきの迷える小羊ちゃんの場合は、格はかなり高かったから、喋れないと言うより、ただ単に恥ずかしがり屋さんだったみたいだね。
どうやら、その関係で逃げ回っていたみたいだけどね。
~ ~ ~
「…と言う事があったんだよ」
「へえ、迷える小羊の迷子の捜索願いですか、初めて聞きました。そんな事もあるんですね」
「うん、かなり珍しいんだけどね。全体で見ると、無いって言う程少ない訳でもないらしいんだよ」
わたしとミサリエルさんは事務室で書類を整理しながら、そんな話をしていました。
亡くなられて彷徨う魂が ここ天界にたどり着くパターンも幾つかあります。
代表的なパターンなのが
○引き寄せられて来る
○自分で来る
○保護課の職員の天使に保護されて来る
と言ったところでしょうか。
まずは「引き寄せられて来る」ですが、これは波長が合っていたり、近かったりといったものですね。全種を通して最も多いパターンとなります。特に人間種に関してはこの波長が合うというのが大きな要素となります。
人間種の魂は『信仰心』や『気持ち』を強く持つ事によってそれぞれの『界』と繋がっていた理、引き合っていたりする為、その『界』に無意識に引き寄せられてくることになります。
以前までは同じ『信仰心』を持った人間種は大体同じ地区に集まっていました。ところが最近では地域を超えて異動する方が増えて、本来引き寄せられるべき『界』にたどり着けず合っていない近場の『界』に引き寄せられてしまうケースが多くなってきました。他の種なら地区を超えても特に支障が無かったのですが、人間種の場合は『信仰心』や『気持ち』に伴う『門』などの関係上そうもいかず、これを改善する為、各『界』が話し合ってそれぞれの『界』に支部を置くこととなりました。
次に「自分で来る」というばあいですが、これはある程度の『格』を得たものが目指して来るというパターンです。
先ほど述べた言い方ですと、人間種の魂は『信仰心』や『気持ち』によってそれぞれの『界』と繋がっていたり、引き合っていたりする為、その『界』を自ら意識して目指して向かって来るといったパターンになります。
人間種ではありませんが、最近だと、奥さんを探しに来た神獣狼がこのパターンにあたるでしょうか。
他には「保護課の職員の天使に保護されて来る」というパターンがあります。
魂が自力でそれぞれの『界』にたどり着くことは、皆さんで言うところの、風向きや潮流や波動やいろいろな引き合う力などの関係で、結構大変な事だったりします。
なのでどこかの『界』にもたどり着けないまま途中で迷って次元の狭間で彷徨い続ける魂もそこそこいたりします。
そこで各『界』の担当者が、やり方は違えど、それらを導くために魂の元に出向いて行って保護する事が有ります。
うちの天界では保護課の天使たちが巡回を行ってこの任にあたっています。
余談ですが、日本の人間種の社会では、死神様を『水先案内人』などと言う事もあるそうですが、物質界と各界の間を潮流に見立てるならこの表現はかなり的を得た比喩的表現かもしれませんね。
◇
「うえ~ん!!!」
「どうしたのですか? 怖がらなくても大丈夫ですよ」
わたしは、神殿の廊下の柱に隠れる様にピタリと張り付いて身体全体で力一杯泣いているまだ幼い少女にできるだけ怖がらせない様に、膝を折り目線の高さを合わせて優しく声を掛けました。とは言っても、小さな子が亡くなってここに来られているのです。幼いとはいえ、人間種は自我が有りますので戸惑い怯えるのは当然でしょう。
よく見ると黒髪におかっぱ頭で色白ですね。日本の伝統的な衣装の『キモノ』を着ています。『キモノ』の模様は確かクラリエルさんに教えてもらったスイレンでしたでしょうか? とても可愛らしくて資料で見た日本の昔の『女童』と言った感じでお似合いなのですが、最近ではあまり見なくなったとサフィエル先輩が前に話していましたね。
なんでも西洋の衣装に押されたり、『キモノ』の着方が難しかったり、その着方を広く教える事をしなかったり、『キモノ』が高価だったりでいろいろな要因が重なって普及しなくなってきたんだそうです。日本の人間社会の素晴らしい文化なのにもったいないと思います。
話が逸れてしまいましたが、一先ず話が聞けるようになるまでと泣きじゃくる女童の傍に付いていると
「おお! お嬢様、こんな所にいらしたのですね。そこの者! お嬢様から離れろ! な! 何をする!? 放してくだされ、サフィエル殿!」
「少し落ち着いてください。心配いりませんから、彼女は私と同じ転生課の職員です」
振り向くと、少し離れた処で髪を振り乱さんばかりに暴れてイルスーツを着た白髪の老人がサフィエル先輩に取り押さえられ羽交い締めにされてジタバタとしている光景が目に飛び込んできました。まあ、羽交い締めと言っても人間種は羽がありませんけどね。あれ? こんな感じの資料を最近何処かで見たような気がしますが、何だったでしょうか?
察するに、この目の前で泣いている子の関係者の様ですが、すごい取り乱しようですね。剣とか持っていたら切りかかって来そうな勢いです。神殿、廊下、取り押さえる? あれ? やっぱり引っかかりますが
◇
「先程は大変お見苦しいところをお目にかけて失礼いたしました。お嬢様を保護してくださって、誠に有難うございました。私はお嬢様の執事をしている者でございます」
先ほどとは打って変わって、慇懃な態度で礼を述べている老執事さん。
サフィエル先輩の話を聞いたところによると、どうやら、この女童を探して大騒ぎしているところにサフィエル先輩が対応に当たってくれて宥めてから一緒に探していた様です。
「はぁ、探していたって、あなたはこの子が別の界に行っているとは考えなかったのですか?」
わたしは多少呆れ交じりの声で、目の前の老執事さんに尋ねました。
「いえ、まったく! お嬢様の行く道が私の行く道でございますので! 必ず見つけ出せると信じておりました!」
即答ですか! 迷いのない老執事さんですね。
「実は、お嬢様が御病気の静養の為、ヨーロッパの別荘にお嬢様専用機で向かわれている途中、飛行機にトラブルが起きまして、どうやら機内の酸素濃度が薄くなり、私の力及ばずそのまま眠るように息絶えてしまった様です」
それは老執事さんのせいでもないでしょうに、それでここまで来たのですか? 責任感の強いお方ですね。
「お嬢様、何とお労しい!!」
「爺、妾は死んじゃったの?」
未だ亡くなったことに気付いていなかった様子の女童が、今の話を聞いて、また今にも泣きだしそうな表情で老執事に問いかけています。
「……さようでございます、お嬢様。ですが、この爺めがどこまでもお供いたしますので寂しくなどありませぬぞ!」
老執事は迷いのない瞳で真っすぐに女童を見つめています。
その光景を少し離れた所から、しばらくの間サフィエル先輩と見守っていると、老執事がサフィエル先輩とわたしの方に向き直り、姿勢を正し真剣な顔をして口を開きました。
「サフィエル殿、パスティエル殿、一生に一度のお願いがございます!」
一生に一度って、亡くなられている場合には有効なのでしょうか?
「私をお嬢様と同じところに生まれ変わらせて頂きたい! このままでは死んでも死に切れません」
「いえ、しっかりとお亡くなりになっていますよ」
「生き恥を曝すくらいならこの腹掻っ捌いて先代様の恩元へ!」
「だから、しっかりとお亡くなりになられてますって。後あなたは、ここ天界から何処へ行こうと言うのですか? それに、最近では『ハラキリ』も『ヒトキリ』も物質界の日本の人間社会では聞かれなくなったと思いましたが、珍しい方ですね」
思わず突っ込み所満載の言葉に反応してしまいました。
「落ち着いてください。お二方共、人間種への転生が可能なので問題はありませんよ」
水晶盤を操作していたサフィエル先輩が老執事さんに冷静に話掛けました。突っ込みを入れてしまった自分がちょっと恥ずかしいです。
「誠でございますか!! これでお嬢様を今度こそお守りすることが出来ます!」
「ただ、一緒となると双子になりますが、それでも構いませんか?」
「もちろんでございます!」
「ですが、記憶が残っている訳ではないのですが、それでも望まれますか?」
「問題有りませぬ!」
問題有りませぬって、言い切りますか!? 本当、迷いのない老執事さんです。
「パスティエル、手伝って。一緒に処理しましょう。パスティエルはそちらの方をお願いね」
「はい、分かりました。サフィエル先輩」
サフィエル先輩とわたしは、それぞれの水晶盤を操作してお二人の手続きを始めました。
「サフィエル殿、パスティエル殿、この御恩は一生忘れませぬ!」
短い期間ですね。
◇
「真っすぐと言いますか、何と言いますか、あの方が姉妹であればあの子も迷って途方に暮れるということはなさそうですね」
サフィエル先輩とわたしは女童と老執事の魂を含めた魂達を見送る為に、総務課連絡送迎係へ引き渡す為の入口に来ていました。
「そうね。迷惑にはなりそうだけど」
「ああ、確かに。妹に過保護すぎる姉と、姉にべったりの妹って感じで、妹にちょっかいを掛ける相手は片っ端から突っかかって行きそうですね」
その光景が容易に想像できてしまいますね。
それにしても本当に迷いが無い老執事さんでしたね。
まぁ、何はともあれ
「良き来世を」