第11羽 脱皮したのは大蛇です
わたしが担当分の窓口手続きを終えて一段落ついたところで休憩室にやって来ると、奇妙な光景が目の前に飛び込んできました。
休憩室の片隅でヘビの着ぐるみ? 寝袋? ……この前、ヒュドラの着ぐるみでしたから着ぐるみと言う事にしておきましょう……を着て床でとぐろを巻いているトワエルさんが何やら和んでいました。
うん。心の底からリラックスしている感じが全身から漂っていますね。
それにしても今度のは何でしょうか?アナコンダとか? それとも以前が『ギリシア・ローマ神界』のヒュドラでしたから、今度は『インド神界』のナーガでしょうかね?
わたしは、取り敢えず声を掛けてみる事にしました。
「トワエルさん、こんな隅っこで何をしているんですか?」
「……冬眠ごっこ? ……」
あれ、着ぐるみは間違えましたか? 寝袋だったのでしょうか? ……どっちでもいいですかね。
「だから、何で疑問形なんです? 楽しいですか?」
「…割と……楽しい……かな? ……」
「どうして、そこも疑問形なんです? って、はぁ、そうですか。それは何よりです」
以前のヒュドラの着ぐるみの時も思ったのですが、この着ぐるみは一体全体どうやってここまで持ってきたのでしょう? まさか、着込んだまま出勤して来たとか? ……無いですね。警備課に真っ先に捕まりますね。でも、半分位、有りそうな気が捨てきれないのですが。
「……意外と落ち着く……パスティエルもする? ……」
そう言うと、トワエルさんは私にもう一匹のヘビの着ぐるみを差し出してきました。
「……とぐろを巻いて……わだかまり解消?……」
ですから、何故に疑問形なんです!? わだかまりって? ……そう言われると何だか興味が出て来ましたが、この二匹目の着ぐるみは一体何処から出してきたのでしょう?
「え~と、では、お言葉に甘えて」
何となく断るのは気が引けましたので、一緒になってヘビの着ぐるみに包まり丸まってみることにしましたが、ここで予想外の事が起きました。
「あっ、本当だ。これ、意外と良いかも」
なるほど、着込んでみるとこれは中々落ち着きますねぇ。何と言いますか、考え事とかしている時にとても良さそうです。
そうやってしばらく和んでいると、不意に休憩室の入口の方から声が掛かりました。
「あんた達、こんな所で一体何やってるのよ?」
そして、サフィエル先輩が少し呆れたような表情を浮かべながら休憩室に入って来て、トワエルさんとわたしの所の傍までやって来ました。
「あっ、サフィエル先輩。え~と、サフィエル先輩もやってみます? 思っていたよりも、結構落ち着きますよ」
わたしの言葉に、トワエルさんがすかさずサフィエル先輩に三匹目のヘビの着ぐるみを差し出しました。どうでも良いのですが、一体、何処から出してきたのでしょうか? あと、何匹持っているのでしょうか?
「遠慮しておくわ」
あっさりと辞退されてしまいました。予想は付いていたのですが、サフィエル先輩の着ぐるみ姿も見て見たかった気もするので、少し、いやかなり残念です。
「機会が有れば、是非今度」
「……ヘビの様に……首を長くして……待ってる…………」
「ヘビって、どこまでが『首』ですか?」
「多分、永遠に無いと思うわよ」
◇
「……次……どうぞ……」
「シャ~(オネガイシマス)」
……次の方を呼ぶと……シロヘビが這い寄って来て……目の前でとぐろを巻いて……座った? ……。
……座ったで……いいよね……。
「……白ヘビ……キミ……人間種になれるけど……なりたい? ……」
……この白ヘビの転生先の種の候補は『陸上生物』……幅が広い……第一候補に人間種を薦めてみる……。
「シャ~(イイ)」
「……いいって……なる? ……ならない? ……どっち? ……」
「シャ~(ナラナイ……オガマレツカレタ)」
「……拝まれ疲れた? ……ああ、なるほど、納得……」
……『生前経歴書』では……死因が、蛇の生ごろ……。
……ヘビは、場所によって……神様だったり……神様の御使いだったり……魔だったりする……。
……脱皮を見て……『再生・不老』……。
……頭と尾を繋いで……『永遠・不死』……。
……人間種は蛇に『不老不死』を重ねるけど……。
……脱皮中は皮膚が弱く……防御力が著しく下がる……。
……だから、外敵から狙われたら……ひとたまりも無い……。
……脱皮する種の中で……大型の甲殻類などは立つこともままならない種もいる程で……下手をすれば自分自身の体重で命を落としかねない種もいる……『不老不死』とは程遠い状況……。
「……じゃあ、何になりたい? ……」
「シャ~(リュウ!)」
「……無理……コモドドラゴンとか……タツノオトシゴとかなら……」
「シャ~(ソウ、ザンネン。ナラ、イイヤ)」
「……んっ、ちょっと待って……異世界で……募集してる……やる? ……」
「シャ~(ヤル!)」
「……でも、ヘビ型じゃない……トカゲ型……それでも? ……」
「シャ~(カマワナイ)」
「……分かった……蛇足……翼の有る無しは? ……」
「シャ~(ホシイ!)」
「……分かった……竜に翼を得たる如し……フフッ……」
「シャ~(ナニ???)」
「……魔改造……竜蟠鳳逸の士……フフッ……」
「シャ~(……エーット)」
……私はシロヘビの手続きを終わらせて一息ついた……。
……ふう、喋り過ぎて、ちょっと疲れた……これくらいにしておく……ああ、あれやった方が良いのかな? ……うん、やっておこう……。
「……良き来世を……これでどうかな?……」
◇
「!?」
「あのぉ、どうかしましたか? もしかして、私に何か問題があったんでしょうか?」
わたしが違和感を覚え、手続きの手を止めてしまった事に不安を感じたのか、目の前の人間種の女性の方が恐る恐る尋ねてきました。ちょっと、申し訳ない事をしたでしょうか?
この方の死因を『生前経歴書』で見てみると、藪をつついて驚いて飛び出した蛇に噛まれて亡くなられたようです。
「いえ、失礼しました。あなたの来世での転生先は、ヨーロッパ地区での人間種の女性となっていますので、今からヨーロッパ本部への転出手続きを行いますね」
「ヨーロッパですか! スタイル抜群ですか!? プロポーション抜群ですか!!!」
<ここでも藪をつつくか!>
「なにか?」<目が蛇!>
ピキーン!
「……あっ、何でもありません!」
<ヘッ、ヘビに睨まれたカエル>
それにしても何でしょうか? 何時もの様に窓口で手続きを行っていただけなのですが、今わたしの立ち位置が著しく脅かされたような気がします。
レゾンデートルというものを見つめなおした方が良いのでしょうか? 少し考えてしまいます。
<無いのも己が認めればレゾンデート……>
「なにか?」<目が蛇!>
ピキーン!
<……あっ、何でもありません!!>
わたしはい・つ・も・の・よ・う・に手続きを終えると、転生されて行く魂に向かい声を掛けました。
「良き来世を!」
何時もよりほんのちょっぴり気合いが入っていたのは秘密です。
◇
わたしが担当分の窓口手続きを終え、一段落ついたところで休憩室にやって来ると、またもや奇妙な光景が目の前に飛び込んできました。
「トワエルさん、また何をしているんですか? ヒュドラの着ぐるみなんか着て?」
何故かまた、トワエルさんが沢山の首を持つ蛇の着ぐるみを着ていますが、前のとは頭数が違っているような気がして少し感じが異なっているようにも見受けられますけど、所謂『○○バージョン』という物でしょうか?
「……ヤマタノオロチ……拭き掃除……」
「え~っと……なるほど、今度は『日本神仏界』でしたか」
「……蛇の目でお迎え……嬉しい? ……」
「だから何で疑問形? って、質問だからこれで正しいですね。えっと、嬉しいと言うより、八つの頭で見つめられると気分的には『蛇に睨まれた蛙』ってこんな気分かなぁって感じですかね」
「……一着しかない……謝罪……申し訳ない……」
「いえ、着ませんから。わたしが着るの前提で謝らないで下さい。と言うか、何でわたしが着ると思ったんですか?」
「……この前着てた……蛇の道は蛇……」
「何処の道ですか!? あれは気の迷いです! 着ませんよ」
「……着ないの? ……もったいない……」
「何がもったいないんですか!? それはさておき、その恰好で拭き掃除をする意味はあるんですか?」
「……舟形のバケツで雑巾を絞る時便利……しかも8倍……」
足元には8個のバケツが並んでいましたが、休憩室の掃除にこんなにバケツは必要ないと思うのですが。
トワエルさんは器用に着ぐるみを操って鎌首をもたげていたヘビの頭をそれぞれの舟形のバケツに入れて行きました。
「はぁ、すごいですね」
むしろ、この動きの方が難しくて大変な手間が掛かる様な気がするのですが。
「……ちなみに、バケツの中身は純『日本神仏界』産『神式会社 アシナヅチ&テナヅチ』醸造、超強力除菌用アルコール『大吟醸クシナダ』の800年物……」
「何故か、とても嘘っぽく聞こえるんですけど! ……それ、大吟醸って言ってますけど、サフィエル先輩の話では、普通に飲むお酒ではないのですか? しかも結構ビンテージ物とかプレミアム物とか言う物だったりしません?」
トワエルさんの着ているヤマタノオロチの頭が、それぞれの舟形のバケツに顔を突っ込んでいる光景は、バケツの中身を聞いてしまうと、八岐大蛇というより蟒蛇ですね。……あれ? 正しいのかな?
「……カルキノスのお見舞い……サフィエルから聞かれた……」
カルキノス? ああ、前にトワエルさんが廊下の掃除をしていた時に、一緒に雑巾がけをしていたお供のカニの。結局、あれは一体何でしょうか?
そう言えば、廊下をヒュドラの着ぐるみを着たトワエルさんとお供のカニのカルキノスが掃除していた時、謝ってサフィエル先輩が踏んずけてしまったんでしたっけ。そのお見舞いの品をサフィエル先輩に聞かれてトワエルさんが答えて、これを貰ったという訳なのですね。
それにしても、トワエルさんもサフィエル先輩がお酒好きという事で日本酒にしたのでしょうかね?
にしても、カニのお見舞いに日本酒って、どうなんでしょ? まっ、まさか! 甲羅酒!?
「で、今現在はカルキノスはどうなさっているのです?」
わたしはちょっと不安になって、恐る恐るカルキノスの今の状況を尋ねてみました。
「……脱皮中……絶対安静……」
「それは、おっ、お大事に」
何でしょうか、とてもホッとして胸を撫で下ろしました。
「……大丈夫……生命の神秘……」
「そう、ですね」
胸を撫で下ろした理由はそちらではないのですけどね。
「……月夜の蟹……蟹の念仏……フフッ……」
「え~っと」
何か不安ですね。今度、カルキノスのお見舞いにでも行ってみましょうかね?
何となく思い浮かんだんですけど、カルキノスのお見舞いの品に松葉杖とかどうでしょう?
<マツバガニとか思ってるだろ!>
◇
~ 休憩室にて ~
「ねえ、メルエル」
「どうしましたぁ、クラリエルさん?」
「ここにある、ヘビの抜け殻の山は、何?」
「さあぁ、見事なもぬけの殻ですねぇ」
「そうね。見事に蛻の殻ね。……トワエルを探しましょうか」




