第10羽 聞くと見るとは大違いです
「……はい、これで手続きはおしまいですぅ。来世は人間の男性ですぅ。生まれる場所は北海道○○○○○○ですぅ」
「ブッポーソウ♪ (ツギ、ニンゲン、ワカッタ、アリガトー)」
メルエルちゃんが全身が褐色で白い斑のアルフクロウ種の一種であろう方の手続きを終えて自分の事務机に戻ろうとしていたので、わたしも丁度戻る途中でしたから、一緒に行こうかと思いまして声を掛けることにしました。
「メルエルちゃん、お疲れ様です。今終わりですか? なら、一緒に戻りませんか?」
「パスティエルちゃん、お疲れ様ですぅ。はい、じゃあ片付けますのでぇ、少し待っていて下さいねぇ」
「良いですよ」
メルエルちゃんの片付けが終わるのをまってから、わたし達は話しながら受付ホールの出口に向かって歩き始めました。
「ところで先程の方が日本神仏界の仏界の三宝の『仏法僧』と同じ鳴き声を持つブッポウソウですね」
「ああ、パスティエルちゃん、それ人間さん達の早とちりなんですよぉ。あの方はコノハズクさんですぅ」
「へっ??? 違うの?? 確か何処かで聞いた話だと、鳴き声から名前が付いたのだと伺ったような気がするのですが」
「え~っとですねぇ。それは、むかしむかしですねぇ、丁度日中に森の中でブッポウソウさんを見かけた人が夜中に「ブッポウソウ♪」と鳴いている声を聞いて、日中に見た鳥の鳴き声だと錯覚したのが、そのまま人間の社会ではつい最近まで信じられていたみたいなんですぅ」
「へえ。知らなかったです。初めて聞きました。そうだったんですね」
「ちょっと待っていて下さいぃ。え~っとですねぇ。あっ、ありましたぁ。この方がブッポウソウさんですぅ」
めるえるちゃんが水晶盤に、操作して一羽の鳥の映像を映し出してわたしに見せてくれました。そこには嘴がオレンジ色をした全体的に瑠璃色の鳥が映っています。
「この方がブッポウソウですか。なるほど、先程の方とは確かに別の方ですね」
そんなお話をしながら西洋風神殿造りの廊下を転出入係の事務室に向かい、メルエルちゃんと並んで歩いていきます。
温かい光が差し込んでくる柱と柱の間からは、季節の花々が咲き誇っている庭が見え、花の香りをこの廊下まで運んできてくれています。
遠くの木の辺りでは、庭の手入れの為に翔び回っている天使達の姿も見受けられます。
休憩時にでも庭園に出て芝生に寝転んだら気持ち良さそうですね。
今度、機会があったらやってみましょうかね。
「この前の純白の神獣狼の夫婦の事といい、結構誤解している情報が多いですね」
「ああ、『男は皆狼』が、実は狼は一夫一婦を守る種だったっていうのですかぁ」
「そうそう。わたしは、人間班の窓口に来た人間種の女性から話を聞いたのですけど……」
「それはね、記録を残しているのが人間種のみだから、その記録を参考に日本の種の分類をしたりしているんだけど、ついでに内容もみたりしていると、結構誤解も多いんだよ」
突然後ろから、ミサリエルさんがわたしとメルエルちゃんの首に手を回して抱き着いてきました。
「「うわぁ!」」
「パスティエルさんもメルエルさんもお疲れ! 何? 今戻るとこ?」
「お疲れ様です、ミサリエルさん。いきなりビックリしましたよ」
「お疲れ様ですぅ」
「あははっ、ゴメンゴメン。さっきまで猫達の手続きをしていたら、無性に何かに飛付きたくなってさぁ。丁度良い所にパスティエルさんのツインテールがユラユラ揺れていたものだから、ついね」
「それ、わたしのせいなんですか?」
ペロっと、ミサリエルさんが下を出して左手を耳の上の辺りで猫の手の様にしています。ミサリエルさんは結構こういうイタズラっ子の様なオチャメなところがありますよね。それがまた似合っているのですけど。
ミサリエルさんも転出入係の事務室に戻る途中とのことでしたので、わたし達と一緒に廊下を歩き始めました。
「それでね、人間社会での狼への誤解は他にも幾つかあるんだよ。まずは『一匹狼』って言葉があるんだけどね、人間のイメージでは「誰にも頼らずに単独で孤高に生きている」って感じが強いらしいんだけど、実際には『群狼』って言葉の方が合っていて家族単位の群れをつくって縄張りの中で集団で狩りをして生活しているんだよ」
「ふむふむ」
「で、この『一匹狼』なんだけど、若い個体が群れを出て、自分の家族を作る為に別の群れに移動中とか、年老いて死期が近かったり怪我をして狩りに付いていけなくなったりして群れから外れたとかなんだ。いずれにしても単独では狩りがうまく行かないので『一匹狼』のままだと近いうちに飢え死にしてしまう事になる弱い存在と言う事になるんだよ」
「あれれ、まったくイメージが逆ですね」
「そうだね。ほかには『送り狼』って言う言葉もあってね。こっちは「送り狼になるんじゃないよ」って言う風に使って「送っていく道すがら襲い掛かるんじゃないよ」って事を意味しているらしいんだけど」
「え~っとぉ……これも逆なんですかぁ?」
「まぁ、うん。実際に森で狼が後を付いてくることがあるんだけど、これはね、自分達の縄張りに入って来た物が、自分たちの縄張りからおとなしく出て行くまで見守っているだけで、侵入した方が攻撃の意思を見せない限り、空腹でもなければ襲い掛かったりはしないんだ。単に斥候役ってところだね。 だからこれだと実際の行動に即して言い直すと「送っていくだけで終わるなよ」って感じになるね」
「え~っとぉ……それはぁ、ちょっとどうなんでしょうぅ?」
「狼は昔は、山や森を守護する神の化身とも、神の御使いともいわれていたのだけども、海外から入って来た言い伝えとかのイメージの影響とかが強くて、田畑や家畜、果ては人間に被害を及ぼすという悪いイメージが強くなってしまい、日本では人間種の手によって殆ど滅んでしまったんだよ。まぁ、その結果、鹿や猪なんかが増えて畑や森林に被害が出ている皮肉な事態になっているみたいだけどね」
「それはまた……これも一つの生態系の変化というものでしょうけど……以前のヤンバルクイナのお話とはまた違ったパターンですね」
「だからあの純白の神獣狼さんは、奥さんが神格ヲ得るまで見守っていたんでしょうねぇ」
「そうですねぇ。でもまさか、それでこの神界にまで自分の意思で探しに来るとは」
「先に亡くなったのがさぞかし心残りだったのだろうね」
「ですねぇ」
「奥さんの方も、探しに来てくれて嬉しそうでした死、本当、羨ましい夫婦ですよね」
「羨ましい夫婦で誤解と言えば、この前の狼さんの件の時にもお話ししましたが、日本では仲睦まじい夫婦の事を『オシドリ夫婦』と言っていますけれどもぉ、実際はおしどりの夫婦は毎年パートナーを替えるので『おしどり夫婦』ではないのですよぅ」
「……1シーズンのアバンチュール……」
「「うわぁ!!」」
曲がり角を曲がるといきなり目の前にトワエルさんが現れました。まぁ、現れたのは特におかしなことではないのですが……ええ、それ自体は全然おかしなことではないのですが。
「何をしているんですか? こんな廊下の真ん中で? しかも、その恰好は?」
「……ヒュドラ……拭き掃除……」
何故か、トワエルさんが沢山の首を持つ蛇の着ぐるみを着ていました。なるほど『ギリシア・ローマ神界』のヒュドラでしたか。って、疑問のポイントはそこではないのですが。
その足元では一匹のカニが器用にハサミで布を掴みせっせと廊下を雑巾がけしているすがたが見受けられます。何とも健気な光景ですねぇ。
「え~っとぉ……なるほど、拭き掃除でしたかぁ。お疲れ様ですぅ」
「メルエルちゃん、あっさり納得しちゃってるけど、それで良いの?」
「……カルキノス……あっちの隅もお願い……」
あれは一体どうやって動いているんでしょう? 言われた通りに横歩きで器用に拭きながら曲がり角の隅に向かって歩いて行きます。でもですね、トワエルさん、それではまるでですね……。
「うわぁ、すごいですぅ! カルキノスさんが、言われた通りにお掃除して行きますぅ。エライですぅ!」
「トワエルさん、それではヒュドラと言うより『ギリシア・ローマ神界』の十二神の一柱で有らせられるヘラ様ですよ」
「はぁ、お利口さんですねぇ。トワエルさん、後でお掃除終わったら、カルキノスさんの頭撫でて上げても良いですか?」
「メルエルちゃん、本当に素直に感心してますね。それはさておき、その恰好で拭き掃除をする意味はあるんですか?」
「……新作……お披露目……」
「ああ、新作見せたかったんだね」
「ミサリエルさん、納得してますけど、トワエルさんの趣味ですか?」
「うん。時々作って持ってくるよ。この前も『スフィンクス ギリシア・ローマ神界バージョン』とか言って、廊下の真ん中で、通りかかった天使に手あたり次第なぞなぞを出していたっけ」
「まっ、まさか、ハズレた天使は美味しくいただかれたりとか!?」
「あはは、違うよ。確かハズレた天使には『日本神仏界』で仕入れたって言っていた『ポケットティッシュ』っていうのを配ってたよ」
~ ~ ~
「……残念賞……参加賞……」
「はぁ、ありがとうございます」
~ ~ ~
「それじゃぁ、正解した天使には何が貰えたんですかぁ?」
「まさか! 崖から飛び降りたとかは、流石に無いですね」
「うん。これも『日本神仏界』で仕入れたって言っていた『スフィンクス』って言う種のネコを象った『招き猫』と言う置物だったね。ちなみに、猫種の『スフィンクス』はキタアメリカ地区のカナダが原産だよ」
~ ~ ~
「……年収アップ……千客万来……どっちが良い」
「え~と」
「……両手上げもある……万歳とお手上げどっちが良い? ……」
「え~と、じゃ、じゃあ、万歳で」
~ ~ ~
「それはちょっと見てみたいかも」
「確か、その前は『スフィンクス エジプト神界バージョン』だったよ。横に金色のブロックで四方どこから見ても日本の文字の「金」という字を象った模型を置いて座ってたっけ」
「すごいですねぇ」
「何か、それは、おそらくピラミットが日本の表記で『金字塔』ってことで、シルエットが日本の文字の『金』という文字に見え、黄金に輝いているようにも見えるからですよね。ですが、その光景は、いろいろと、どうなんでしょうか? ……トワエルさんも謎生物ですよね」
「……ミステリアス・エンジェル……良いかも? ……」
「わぁ、すごいですねぇ」
「うん。間違いなく不可思議な天使ではあるけどね」
「神秘に包まれた天使、って、包まれているのはヒュドラの着ぐるみですけどね。
バキッ!!!
その時、丁度曲がり角の辺りで硬質な物が割れる鈍い音がしました。
「んっ!? 今の鈍い音はなんでしょうか?」
わたしが鈍い音のした方を振り向いて見ると、拭き掃除をしていたトワエルさんのお供のカニ……カルキノスでしたか? を踏んずケてしまって困惑しているサフィエル先輩の姿がありました。その後ろでは同じく困惑した顔のクラリエルさんが受付ホールの篝火用の松明を持って立っています。
「あっ! サフィエル先輩!」
「えっ!? 何でこんな廊下にカニが!?」
「……カルキノス……これも宿名……間違えた。宿命? ……」