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07 はじめての戦い

 コリスは仲間たちにひととおり説明を終えたので、実戦のため村の外に出てみることにする。


 『フィールドアローの村』という看板の掲げられたゲートを抜けると、どこまでも続く一本のあぜ道のまわりに大草原が広がっていた。



「道がある所はモンスターさんがいないから、比較的安全なんだけど……道をはずれると、ほら、見える? あのウサギさん……」



 コリスが指さす先には、身体じゅう傷だらけで、いかにもガラの悪そうな野良ウサギがいた。



「あれはラスカルラビットさんといって、作物を荒らす悪いウサギさんで……」



 ……ヒュンッ……!



 少女の耳元を、風切音が追い抜いていく。

 放たれた矢が、紹介したばかりのラスカルラビットの胴体に突き刺さる。


 コリスがハッと振り返ると、普段の柔和さがウソのような厳しい表情で、すでに二矢目をつがえているミコがいた。



「……ミコちゃん!?」



「あのウサギが放つ邪悪な気配……! 間違いありません……『蛇魔(じゃま)』です……!」



 ……ヒュンッ……!



 二射目も見事、邪悪なウサギの胴体を捉える。


 ラスカルラビットは膝下ぐらいの体高がある巨大なウサギなのだが、動きはなかなか素早い。

 それを正確に射抜けるミコの弓の腕前は、毎朝練習しているだけあってかなりのもののようだ。


 でも、敵もさるもの……矢を二発受けたところで怯む様子もなく、猛然と突っ込んできている。


 コリスは仲間たちに向かって叫んだ。



「ラスカルラビットさんはミコちゃんを狙ってる! ユリちゃん、近づかせないように迎え撃って! ミコちゃん! ユリちゃんに当たっちゃうから、射つのをやめて! ラスカルラビットさんの狙いがユリちゃんに移ったら、側面に回り込んで狙って! 横から当てると、ダメージが大きくなるから!」



 的確で淀みのないその指示は、ふたりの少女を動かすにはじゅうぶんであった。



「よろしくてよ!」「承知いたしました!」



 あぜ道から草原へと飛び出していくユリと、つがえた矢をいったん降ろすミコ。


 草を駆け散らしながらラスカルラビットに向かっていくユリは、素直に従った自分に密かに驚いていた。


 あたくしは人から命令されるが、大嫌いなはずなのに……。

 苗字で呼ばれるのと、名前を忘れられるのと、あと……オバケと同じくらい指図されるのが大嫌いなはずなのに……。


 なぜかコリスの指示には、従うのが当然みたいに自然と飛び出していた……!


 なぜかしら……?

 あの子の言葉だと、不思議とちっともイヤじゃない……!


 やはりあの子は、我がVRMMO部になくてはならない存在……!

 あたくしも、負けていられませんわ……!


 盾を構えているほうの手で、密かにロケットを握りしめるユリ。



「……ちょいやぁーっ!」



 そのまま腰の剣を引き抜きつつ、出会い頭のひと太刀を放った。


 ……ズバアッ!


 鋭い逆袈裟斬りが、ラスカルラビットの体毛を散らす。


 もんどりうって倒れたが、まだ死なない。

 ヘッドスプリングのようにして起き上がった。


 その瞬間を見逃さず、コリスは合図を送る。


「……これで、ラスカルラビットさんの狙いがユリちゃんに移った! ミコちゃん、横に回り込んで!」



「承知しました!」



 コリスの新たなる指示に、ササササとすり足で回り込みをかけるミコ。

 剣で斬りつけ、反撃を盾で防ぎ、攻防を繰り返すユリの真横に位置どる。


 ……ヒュンッ……!


 ミコの放った矢と、ユリの振りかざした剣が同時ヒットした瞬間、



「キュウゥゥゥゥゥゥーーーーーッ!?」



 ラスカルラビットはネズミの断末魔のような叫びと共にもがいたあと、ばったりと息絶える。

 コロン……と丸いしっぽが転がり落ちた。


 ……ブシュゥゥゥゥ……!


 そして黒い煙となって、大空へと立ちのぼっていく。



「ふふん、あたくしにかかればこんなものですわ」



 むしろ戦い足りないといった様子で、剣をヒュンヒュン振り回すユリ。



「やはり……! この消え様は、この世ならざる者……! 『蛇魔』に間違いありません……!」



 黒煙を見送るミコは、決意に満ちた表情で天を仰いでいる。


 そんなふたりの元に、コリスが両手を広げながら、「わーい!」と駆け寄ってきた。



「やったぁーっ! ユリちゃんミコちゃん! 初めての戦いなのに、こんなにあっさり勝っちゃうだなんてぇーっ!」



 ふたりの勇者に命を助けられたお姫様のように、憧れの眼差しを交互に向けるコリス。



「わたしなんて、最初にモンスターさんと戦ったときは、怖くて泣いちゃったのに……ふたりともすごい! すごいよぉーっ!」



 コリスは人を褒めるのがうまい。

 計算でやっているわけではなく、人の手柄を我が事のように共に喜び、驚き、賞賛できる性格からだ。



「ふふふふん、あたくしを誰だと思って? 剣道、フェンシング、スポーツチャンバラ、ハエタタキ……あらゆる剣の道で敵なしといわれた、女三四郎とはあたくしのことですのよ?」



「そんな……これもコリスさんの指示のおかげです。ありがとうございます、コリスさん」



 すっかりいい気になっているユリと、謙虚ながらもまんざらでもなさそうなミコ。


 コリスは嬉しくてたまらないといった様子で、ラスカルラビットのドロップアイテムのである『うさぎのしっぽ』を拾い上げたあと……ウサギに取り憑かれたかのようにふたりのまわりをぴょんぴょんと跳ね回りはじめた。



「よし、よし、よぉーしっ! じゃあこの調子でドンドンいこうよ! さっきの戦いみたいに、大勢でひとりをやっつけるのが『ヴァーチ』の戦いの基本なんだよ!」



「手間がかかりますのね。100匹くらいまとめて相手にできませんこと?」



 ユリからじれったそうに言われて、コリスはピタッと動きを止める。



「うーん、慣れたらたくさんのモンスターさんをいちどにやっつけられるようになるけど……最初はひとりを相手にするのがいいんだよ」



「それでも、いちどに2匹くらいまでなら平気でしょう? ……ほら、ちょうどあそこに2匹おりますわよ」



 ユリが剣の切っ先を向けた方角には、2匹のラスカルラビットが茂みの草を食んでいた。

 コリスは困ったように眉を八の字にしていたが、それもすぐに晴れる。



「うん! じゃあやってみよっか! ただ、茂みの中に他にもいるかもしれないから、矢での先制攻撃はせずに……」



 ……ヒュンッ……!



 少女の言葉が終わるより早く、矢は風を切っていた。

 食事中のラスカルラビットに、矢ガモのように突き立てられる。



「あ……!」



 あんぐりと口を開けたまま、言葉を失うコリス。

 止める間もなく、ユリはスタートダッシュを切っていた。



「あっ……ユリちゃんっ!? し、茂みに近づいちゃ、ダメぇ……!」



 その悲痛な叫びの意味を、仲間の騎士はすぐに理解する。

 大嵐を受けたかのように、緑が激しく揺れたかと思うと、



 ……うぞぞぞぞぞぞぞっ……!


 ラスカルラビットの愉快な仲間たちが、茂みから大挙として飛び出してきたのだ……!


 そのおびただしい数に、ユリは一瞬怯んだものの、



「……ちょうどいい、2匹じゃ役不足だったところですわ! まとめてのしてさしあげますわ!」



 むしろ逆に勢いを増し、敵の群れへと突っ込んでいく。

 そして案の定、



「わあっ!? こ、この無礼者っ!? か、噛むんじゃありませんわっ!? いたたたたたっ!?」



 一斉に飛びかかられて、ニンジンのように噛みつかれまくっていた。

 いきなり大ピンチに陥るお嬢様。


 ミコは仲間の身体を蛇魔に捧げてはなるものかと、慌てて二矢目をつがえていた。

 一匹でも引き剥がそうと、ユリの身体に向けて矢を引き絞っていたのだが、



「ああっ、こ……これでは……狙えません……!」



 乱戦で狙いが定められず、切っ先をさまよわせるばかり。


 そうこうしているうちに、仲間の傷はどんどん深くなっていく。

 ミコは焦りを感じ、もはや狙いを定めるどころではないほどに震えだしていた。


 その手にふと、桜の花びらが舞い降りる。



「落ち着いて、ミコちゃん……ミコちゃんなら、きっとできるよ……」



「……!? コリスさん……!」



 ミコの傍らには、春の日差しのようにあたたかく、やわらかな光を放つコリスが寄り添っていた。

 花びらのような小さな指先で、ミコの構えた手を包み込みながら。


 不思議とミコは、安らぎのようなものを感じていた。

 自分より遥かに小さな少女が傍らにいるだけだというのに、大いなる母の胸に抱かれているかのような、絶対的で、唯一無二の安心感を……!

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