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06

 巫女装束の少女を、異星人のように見るコリス、ユリ、おばあさん。

 中世ファンタジーの世界にひとりだけ和装なので、奇異なる視線もそれほど違和感がなかった。


 しばしの沈黙のあと、最初にコンタクトを取ったのは……リーダーであるユリだった。



「……ミコ、あなた本当にパンを食べたことがなくって?」



 集まる視線も気にならない様子で、当然のように頷き返すミコ。



「はい。お家ではいつも和食ですので……このぽたあじゅというお味噌汁が、生まれて初めて口にした洋食です」



「た……大変じゃあ! 大変じゃあぁ~!」



 ふと、家の外から悲鳴が割り込んできた。

 コリスたちは一斉に窓のほうを見やる。


 蝶がひらひらと舞う花飾りの窓辺の向こうには、必死の形相で家に向かってくるおじいさんの姿があった。


 ミコは「まぁ」と口に手を当てて驚いていた。

 見目麗しい黒髪の少女は、驚くときも上品だ。



「あの……わたくし、そんなに変なことを申しましたでしょうか?」



 食卓を囲む一同はつい頷きそうになってしまったが、それよりも早く玄関の扉がバァンと開く。



「大変じゃあっ! ……ああっ! 冒険者さんたち、ここにおったのか! 大変なんじゃ! 助けてくれんか!」



 死にそうな顔で飛び込んで来たおじいさんは、コリスたちを見るなり九死に一生を得たような表情になった。



  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 おばあさんから水を一杯もらって落ち着いたおじいさん。

 しきりに「大変だ」と叫んでいた事の詳細はこうだった。


 ……おじいさんの家で飼っている、めんどりのシャルロットが森の洞窟に棲むゴブリンにさらわれてしまったらしい。

 このまま放っておくと他の家畜もさらわれてしまうかもしれないから、ゴブリン退治をしてほしいという新たなクエスト依頼だった。



「シャルロットとは大仰な名前のニワトリですわね。でもすでにゴブリンたちのランチになっているのではありませんこと?」



 ユリの容赦ない一言に、青ざめるおじいさん。

 慌ててコリスがフォローを入れる。



「だ、大丈夫ですよ、おじいさん! シャルロットちゃんはきっと生きてます! わたしたちが必ず助けますから、安心してください! ねっ、ねっ!?」



 コリスたちは昼食もそこそこに、おばあさんの家をあとにした。

 おばあさんが昼食の残りを包んでくれたので、弁当持参でクエストへと出発する。


 ゴブリンがいるという森はそう遠くないようだったが、コリスはいったん村の出口あたりで立ち止まり、作戦会議をはじめた。



「村を出ると、モンスターさんがいるからやっつけて進もう。ゴブリンの洞窟に行く前にちょっと戦って、戦闘のコツを掴んでから行こっか」



「ああ、ついに戦闘ができますのね。実をいうと楽しみにしておりましたの」



 上品な言葉遣いとは対照的に、ゴロツキのように指の骨を鳴らすユリ。

 その隣で話を聞いていたミコは、小さく手を挙げていた。



「あの、コリスさん。これから山登りをするのですか?」



「ううん、しないよ。どうして?」



「先ほどコリスさんが、もんすたぁ(さん)とおっしゃっていましたので……」



「ち、違うよミコちゃん。モンスターさん。えっと……悪い怪物さんをやっつけるの」



「えっ、悪い怪物がいるのですか?」



 柔和だったミコの表情が、急に緊張を帯びる。



「もしかしてその悪い怪物というのは……『蛇魔(じゃま)』のことでは……?」



「じゃま?」



 オウム返しするコリス。

 疑問に答えてくれたのはユリだった。



「『蛇魔』というのは、我が百合(ももあわせ)学園がある山々に存在するという、邪悪な黒蛇が作り出した災いのことですわ。白ハブを祀る神社の巫女が山を守っていて、代々『蛇魔』と戦っておりますの」



 その説明を受け、ミコが続ける。



「おっしゃる通りです。安土桃山時代などは山に多くの『蛇魔』が存在しておりまして、わたくしたち白ハブ様の巫女が戦い、祓っておりました。ですが明治時代以降は『蛇魔』の数は減少していき、現代ではその姿を見ることもなくなりました。それはとても喜ばしいことなのですが、もしかしたらこの土地に移り住んだだけなのかもしれません……」



 真剣な表情で語るミコ。

 話が思わぬ方向に行ってしまったので、コリスはすっかり困ってしまった。



「え、えーっと……そのじゃまさんかどうかは、会ってみればわかるよ。でもどっちにしてもやっつけなくちゃいけない相手だから、戦い方について教えておくね」



 まずコリスは、ユリのほうを見る。



「ユリちゃんの職業は『騎士』さんだね。騎士さんは戦士さんと同じ前衛のアタッカーさんなんだけど、防御力が高いから戦いながらみんなを守ることもできるんだよ」



 ユリは自分のナリを眺めまわしながら、肩をすくめてみせた。



「選ばれし者のあたくしに相応しそうでしたから、キャラメイクで騎士を選択してみたのだけれど……ぜんぜん騎士っぽくありませんわ」



 ユリの装備は革の鎧にロングスカート、腰に下げたロングソードに革の盾。


 本人的には白銀の鎧に身を包み、白馬に乗って戦場を駆けるという華麗なイメージだったのだが……今の自分は下っ端の兵士のようだと不服なようだ。


 コリスは苦笑しながら見習い騎士をなだめる。



「騎士さんといっても初期装備だからね。『ヴァーチ』を進めていくとレベルアップして強くなって、どんどん新しい装備も手に入るから……そのうち理想の騎士さんになれるよ。すごい人になるとペガサスさんに乗ってるんだから」



「んまぁ、ペガサス? 選ばれし者のあたくしに相応しい乗り物ですわね。VRMMO部の功績としても申し分ありませんわ」



 ユリはすでに天馬に跨る自分を想像しているのか、満足そうに頷いていた。


 コリスはすっかりやる気を取り戻した仲間に微笑むと、次はミコのほうを見る。



「ミコちゃん。ミコちゃんの職業は『巫女』さんだね。巫女さんはちょっと特殊で、弓矢と魔法を使う遠距離特化のアタッカーなんだよ。離れた相手にはとっても強いけど、近づかれると大変だから気をつけてね」



 ミコの装備は巫女装束に革の胸当て、背中に背負った弓矢一式。


 本人的にはというか、まわりから見ても異論の余地がないほどマッチしている巫女姿。

 胸が異様に大きい以外は、何の問題もない。



「はい、承知いたしました。『蛇魔』がいるのであれば、わたくしは命を捧げて戦いに臨みます。それが白ハブ様の巫女に課せられた使命なのです」



 大きな胸に拳をめり込ませながら、決意を新たにするミコ。


 自分には全くないものに目を奪われていたコリスは、ふと気がつく。

 教えてあげたほうがいいのかな、どうしようかな、としばし逡巡した後、



「あ……あの、ミコちゃん、えっと……その……大きいお胸だと、弓を撃ったときに弦が胸に当たっちゃうらしいから、気をつけてね」



 頬を桜色に染めながら、コリスは言う。

 ミコはまな板少女の気遣いを察し、やさしく微笑み返した。



「コリスさん。弓でしたら退魔のために毎朝練習しておりますので、心得ております。でも、とても大切なことですよね。お教えいただきありがとうございます」



 深々と頭を下げるミコ。

 「い、いいえっ! こちらこそっ!」とコリスはすぐさまお辞儀を返す。


 ペコペコ合戦が始まる予感がしたユリは、ふたりの間に手刀で割って入る。



「ところでコリス、これは何ですの? アイテムの中にあったのだけれど」



 ユリの手首には、銀色のロケットペンダントがぶら下げられていた。



「あ……! これはね、『持って生まれた物』といって、その人だけのマジックアイテムなんだよ。ログインするときにリアルの愛用品を持ち込むと、それがゲーム内のアイテムになることがあるんだ」



 コリスはそう言いながら、自らのポニーテールを結うリボンを指さす。

 少女の頭から愛玩動物の耳のように飛び出ているリボンは、いまの大空と同じスカイブルーだった。



「わたしだとホラ、このリボン……『レインボーリボン』がそうなんだよ」



「なるほど……あたくしはお母様から頂いたロケットを身に付けてログインしたから、それが『ヴァーチ』に反映されたというわけですわね」



「そうみたいだね。それは『光のロケット』といって、写真を入れた人の能力がアップするんだよ。『ヴァーチ』の中で好きな人ができたら、その人の写真を入れるといいよ。好きな人をこっそりパワーアップさせてあげられるから」



「それは知っておりますわ。アイテムウインドウに効果が書いてありましたし。すでに写真も入れてありますわ」



「そうなんだ……ユリちゃんに好かれるなんて、いいなぁ、その人」



 コリスはしみじみと漏らす。

 それは嘘偽りを感じさせず、素直に良いと思う気持ちが伝わってきた。



「……なぜ、いいと思いますの?」



「なぜ、って……人から好かれるなんて、とっても素敵なことじゃない」



「そうかしら? 素敵かどうかは、誰から好かれるかによるでしょう?」



 するとコリスは、とんでもない! とばかりに顔を左右に振った。

 勢いあまったポニーテールが、もふもふと頬に当たっている。



「そんなことないよ! ユリちゃんに好かれてるその人、ユリちゃんに好かれてるとわかったら、きっと大喜びするよ! ぜったい間違いないよ!」



 無垢すぎる瞳をまっすぐに向けられ、ユリはとっさに顔をそむけてしまった。



「そ……それは当たり前ですわ。選ばれし者のあたくしから好意を向けられて、嫌な顔をする者などおりませんもの」



 素っ気なく吐き捨てながら、縦ロールをかきあげる。

 揺れたはずみにチラ見えした耳は、熟れたイチゴのように真っ赤に染まっていた。

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