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05

 チーズケーキを届け終えたコリスたちは、おばあさんに終了報告をするため、来た道を戻っていた。



「ああ、もうお昼のようですね、そろそろお昼ごはんの支度をしないと……」



 手をひさしのようにしながら、空を見上げるミコ。

 ふと、違和感に気づく。



「そういえば、お(みや)でお掃除をしていたときは、お昼過ぎだったのに……知らず知らずのうちに1日たってしまったのでしょうか?」



 先頭でスキップしていたコリスが、軽快なステップで振り向いた。



「ふふっ、ミコちゃん。この『ヴァーチ』の中では時間の速さが違うの。現実の1時間が、ヴァーチの1日になるんだよ。といっても体感は変わらないんだけどね」



 最初のクエストを通して、コリスはすっかり水を得た魚のようになっていた。

 もはやミコに対しても物怖じする様子はない。


 保護者のように後からついてくるユリが尋ねてくる。



「ということは……現実での1日が、ヴァーチの24日分に相当するということ?」



「うん! こっちにいれば1日が24倍になるの! 受験勉強や、スポーツの練習とかを

ヴァーチでやる人も増えてきてるんだよ! ちなみにヴァーチユニットが自律神経を調整してくれるから、ログアウトしても時差ボケしないんだよぉ~!」



 歌うように答えるコリス。

 おばあさんの家が見えてきたので、ガマン出来ない様子で走っていった。



「おばあさん! チーズケーキ、とどけてきました!」



 家の前で花壇に水やりをしていたおばあさんに、まるで孫のように接するコリス。



「おやおや、ありがとうね。そうだ、ちょうどよかった。これからお昼にするところだから、あんたたちも一緒にどうだい?」



「はい、ありがとうございます!」



 コリスは久しぶりに主人に会った犬のように、おばあさんのまわりをクルクル回りながら一緒に家に入っていく。



「うふふ。コリスさんって、元気でとってもかわいらしい方ですね。学園での印象ですと、物静かな方かと思っていたのですが……」



「そうね、まさかここまで変わるとは思わなかったけど……なんにしても、頼りにしてるわ。だってあの子は、『VRMMO部』に必要な人材なんだから……」



 後から続くユリとミコは、父母のようなまなざしで少女を見守っていた。


 ……コリスは最近、『私立百合(ももあわせ)学園』に転入してきたのだが、ずっとふさぎこんでいて友達もできずにいた。

 学園での彼女は怯える小動物のようで、まわりからは対人恐怖症のように思われていたのだが……今のこの明るくて元気あふれる姿こそが、本来の彼女なのだ。



  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 『ヴァーチ』は中世ヨーロッパをモチーフにしてはいるが、海外産のロールプレイングゲームのようにリアリティ重視ではなく、国産ロールプレイングゲーム……いわゆるJRPGに近い。


 おばあさんの家の台所も、中世であるならばそれなりの生活感というか不衛生感のようなものがあるはずなのだが、それらは全くない。

 中世っぽいのは見た目だけで、機能性や衛生観念は現代のキッチンに近かったりする。


 カマドは簡単に火が入り、流し台の蛇口をひねればお湯も出てくる。

 これらは電気ではなく、設定上は『魔法』という(てい)がとられているのだ。



「わたくしに、お手伝いさせてください」



 おばあさんの家に入るなり、ミコはごくごく当たり前のように手伝いを申し出る。

 これは、彼女がリアルで住んでいる田舎ならではの礼儀作法だ。



「おやおや、そうかい? じゃあ野菜のポタージュを作るから、野菜をみじん切りにしてくれるかい?」



「……ぽたあじゅ? 樹木の一種でしょうか?」



 キョトンとするミコに、すかさずコリスがフォローする。



「ち、違うよミコちゃん。えっと……お味噌汁みたいなものかな、洋風の」



「ああ、西洋のお味噌汁なのですね、理解いたしました。またひとつ、お利口さんになりました」



 大きな胸の前で拝むように手を合わせ、知識が深まった喜びを表すミコ。

 さっそく調理台に向かい、ニンジンやタマネギを慣れた手つきで刻みはじめた。


 トントントントンという小気味よい音にあわせて、みじん切りになっていく野菜たち。


 その様子を、隣で背伸びをしながら覗き込むコリス。

 刃物に興味津々、半分恐恐(こわごわ)といった様子で、ポニーテールが後頭部にぴったりと張り付いてる。



「わぁ……ミコちゃんってお料理上手なんだね」



「はい。毎日自炊をしておりますから」



 ミコは鮮やかな包丁さばきを続けながら、やさしく答えた。



「そっかあ、ミコちゃんは寮じゃなくてお寺から通ってるんだよね」



 「正確には寺ではなく神社ですわね」とユリの横槍が入る。


 コリスは寺と神社の区別がよくわかっておらず、「そうなの?」と両隣にいるユリとミコを、交互にキョトキョトしていた。


 父母を見上げる子供のような仕草に、ユリとミコの顔は否が応にもゆるむ。

 母親は、くすりと微笑んだ。



「はい、お宮様です。近くに学園ができて、非常に助かっております。それまではまわりになにもなくて、ひとりでさびしかったですから」



「ええっ!? ミコちゃんって、ひとりでお寺……じゃなかった神社に住んでるの!? お父さんやお母さんは!?」



 ビックリマークのように、ポニーテールがピョコンと立った。



「両親は大分市のほうに住んでおります。わたくしは白ハブ様の巫女ですので、ずっと白ハブ様のご本尊のお側にいる必要があるのです」



「ふぅん……。ねぇミコちゃん、今度ミコちゃんの神社に行ってみてもいい?」



「はい。是非お参りにいらしてください」



「やった! 約束だよ!」



 立てたポニーテールが、ぱたぱた揺れる。

 そのかわいらしさMAXの仕草に、ミコはとうとう吹き出してしまった。



「うふっ。はい、楽しみにしております」



 動物園に行く約束をした母子のように、微笑み合うコリスとミコ。


 隣にいた父親……ユリは注意を惹くように咳払いをすると、肉切り包丁を振り下ろしはじめた。


 ドスン、ドスンと震動とともに、分断されていく肉の塊。

 間近で開始された豪快な調理に、コリスは後れ毛まで逆立てながらのけぞっている。



「うわぁ、ユリちゃんもお料理上手なんだね」



「これ、料理っていいいますの?」



 ユリは縦ロールの髪が弾むほどに、力任せに包丁を振り下ろしながらぶっきらぼうに答えた。



「たぶん……。ユリちゃんって、お家でお料理はしないの?」



「するわけがありませんわ。今は寮生活ですし、家ではメイドの仕事ですもの」



「ええっ!? お家にメイドさんがいるの!?」



 ミコの時と同じようにポニーテールがピーンと立ったので、気をよくするユリ。



「ふふん、あたくしを誰だと思って? 大分では知らぬ者のいない百合(ももあわせ)家の人間ですのよ」



「ユリちゃんって有名なんだね、すごーい!」



 名家のお嬢様を、コリスは瞳をキラキラさせて見上げる。


 ユリはその先にあるおねだりを期待していたのだが、コリスの言葉がそれ以上続くことはなかった。

 コリスが別のものに興味を示しはじめたので、ミコはまた咳払いで気を惹く。



「……こほん。コリス、もしよければ百合(ももあわせ)邸に招待してあげてもよろしくてよ?」



 その一言に、コリスはジャラシに反応する猫のようにパッと顔をあげた。



「えっ、ホントに!? 行きたい行きたい!」



 再び輝く瞳が向けられ、自分の姿が写り込んだことに不思議な満足感を覚えるユリ。


 ……ユリは生まれてこのかた、自宅に人を招待したことがない。

 来たがる人間はいくらでもいるのだが、全部断ってきた。


 そのはずなのに、知りあって間もないばかりの少女をなぜ招く気になったのか……自分でもよくわからずにいた。


 でも、少女の澄んだ瞳で見つめられると……まるで大舞台でスポットライトが向けられたかのような優越感を感じたのも、また事実だった。



  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 ミコが材料を用意して、おばあさんがコトコト煮込んだ野菜たっぷりのポタージュ。

 それにパンとハムとチーズが今日の昼食。


 ちなみにユリが刻んだ肉は、夕食用の下ごしらえだった。



「……わぁ、おいしーい!」



 木のお皿に盛られたポタージュを、木のスプーンですくってフーフしたあと……そっと口に付けたコリスは、その美味しさに目を見開いていた。


 続けて口に運んだユリとミコも、同じように開眼している。



「本当ですわね、野菜の甘さが実によいですわ」



「やさしいお味で、ほっといたします」



 三人娘に褒められたおばあさんは、シワが増えるのもかまわずに顔をほころばせていた。



「そりゃよかった。たくさんあるからいっぱいおあがり。パンも焼きたてだから、おいしいよ」



「はい、いただきます。わたくし、ぱんというものは知識としてはあったのですが、口にするのは初めてで……これは、どうやって頂くものなのですか?」



 未知の食べ物を見るかのようなミコに、ぎょっとなるコリスとユリ。

 少々のことでは動じなさそうな、おばあさんまでもを唖然とさせていた。

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